リビングデッドの叫び声
マスダは真剣な顔で言った。俺は聞かなかったことにした。そこで、いきなり8233教室からゾンビが飛び出してくる。621教室のよりアグレッシヴだ。フラグを回収しにきたに違いない。
「お前がどうでもいいフラグ立てるからゾンビ来ただろうが!」
ヤマモトは激怒したが、奴らは気にせずわらわらと教室から現れて合計三体になった。ねばっこい何かを垂らして近付いてくるゾンビに、とうとうヤマモトがキレた。そばにあった消火器を半狂乱に振り回し、やわなゾンビヘッズを粉砕する。腐りかけのトマトみたいなものが壁や床にぶちまけられ、それを見た俺のゲロとあいまって、白い校内はたちまち地獄絵図となった。バーサーカーヤマモトの活躍でゾンビはぴくぴくと痙攣するだけでその場から動かなくなった。そのまま俺たちは走って校舎から出た。目の据わったヤマモトがひきずる消火器の音が中庭に響く。
裏門はもうすぐだ。胃酸の味に耐えながら自分を励ます。当分トマトは食えない。
「あッ」
突然マスダが声をあげた。ゾンビ、ゾンビだ。茂みからゾンビアベックが四、五組出てきた。そんなところでいったいナニをしていたって言うんだー!!
「どうせイチャついてたところを咬まれたんだろ! ざまあみろ!」
言い知れぬ敗北感にむせび泣きながら俺は叫んだ。こいつらはいずれ決着をつけなくちゃいけなかった相手だ。しかし入手できた武器はグラウンドそばに落ちていたテニスラケットだけだった。
「くっそー! こんなとこでアベックに喰われて死ねるかー!!」
フルスイングすると彼氏ゾンビの頭が胴体から離れて一メートルほど先にぬちゃりと落ちた。ヤマモトはヤマモトで憤怒の形相でゾンビ相手に消火剤を撒いている。やっぱりお前とは心の友なんだな。
不意にマスダが言った。
「もういい、お前たちは先に逃げろ。ここはおれが食い止める」
俺から少しひしゃげたラケットを奪い、様になった構えをとる。
「これでも高校では県大会ベスト3に入ったんだ。おれのスマッシュを受けて立っていられると思うなよ」
そう言い終わらないうちに、ヤツは軽く腕を振った。一番近くのゾンビの頭が、ぱちゅんと音を立ててアスファルトに叩きつけられた。一瞬ゾンビたちがたじろぐ。フォームの美しさに感服していると、マスダに怒鳴られた。
「何してるんだ、行け! 行っておれの代わりにトゥインクル☆スイーパーを!」
俺とヤマモトは裏門へ走り出した。ちらりと振り返ると、校内から続々と現れるゾンビに囲まれつつあるマスダの姿が見えた。
「マスダー!!」
俺たちはもっさりした丸メガネ野郎を思ってちょっと泣いた。
「スマンやっぱ無理」
すごい勢いで走ってきて追いついたマスダが言った。べどべどになったラケットをかなぐり捨てる。
「てめえカッコつけといて三分ももってねぇじゃねーか! 涙返せ!」
「馬鹿め、あの量スマッシュしてみろ腱鞘炎になる」
俺は口をはさむ気力もなく、二人の口論を背中で聞きながら走る。ようやく裏門が見えた。だが数人のゾンビが徘徊している。
「こっちだ!」
マスダが停めてあるバスを指した。ヤマモトが乗車口を蹴り開ける。当然だがキーは刺さっていない。
「どうするんだ、動かないのに」
俺の問いにマスダは不敵に笑った。
「マンガで読んだことないのか?」
奴がハンドル下を壊すと、ややこしい配線があらわになった。その中をごちゃごちゃと弄って導線同士をくっつけると、火花が散ってエンジンがかかった。
「で、運転は誰がするんだ?」
尋ねると、さっきまでケンカしていたはずの二人は息を揃えて俺を指差した。
「大型免許持ってねーよぉおおお」
でっかいハンドルを握りしめて、俺はヤケクソでアクセルを踏み込んだ。避ける暇もなく、ゾンビ数人がタイヤに巻き込まれて無残な状態になった。半開きの鉄門を無理やりぶち抜いて、暴走バスは高坂の地名の由来である急勾配の坂を下っていく。
「なかなかスジがいいんじゃね?」
他人事のようにヤマモトが言う。マスダに至っては最前席を陣取って鎮座している。いつかこの恨み晴らしてやるからな。
バスはぐんぐんと加速し、ただでさえ過疎っているのに、さらに人気のない高坂の町を疾走する。
――駅だ! だが俺はバスの駐車方法なんて知るはずもない。
「おいバカ、ブレーキブレーキ!」
「踏んでるけど間に合わな――」
つんざくようなタイヤの摩擦音とともに、乗員三名のバスは停車場の柱に真っ向から激突した。
「……生きてる?」
体中がぶつけた痛みできしんだ音をたてているが、どうやら命に別状はないみたいだ。あとの二人も同様で、ひょっこり生き返ったかのような表情をしている。俺たちはたっぷり二分間顔を見合わせたのち、深い深いため息をついた。
『星空を駆けて☆キミの夢を守るの~』
マスダの家のフルスペックハイビジョンテレビからオープニングテーマが流れる。
「トゥインクル☆スイーパー二期決まってよかったな」
「まったくだ」
俺たちは行儀よく正座して、魔法家政婦が銀河中をお掃除するのを鑑賞した。