キャラメル
講義が終わり、私は誰よりも早く席を立って教室を出た。決して、友達がいないからではない。まあ、実際にはいないのだが。
私が講義を受けていたのは、七号館の三階の教室である。教室番号は覚えていない。私は調べればわかることは覚えない主義なのだ。そのせいで単位を落としてしまったのは仕方のないことである。
颯爽と階段を降り、二階のオーバーブリッジまで来ると、私は異変に気づいた。遠くから悲鳴が聞こえたり、フィクションとかに出てきそうなゾンビみたいな連中が、のろのろと歩いていたりしたのだ。今日は何かのイベントでもあるのだろうか。もしかしたら、西洋のお盆といわれるハロウィンは今日なのかもしれない。確か、子供が悪魔とかの仮装をして、「お菓子をよこさなければイタズラをするぞ」と脅してくる行事だったような気がする。大学生にもなって子供の真似事とは、呆れて物も言えない。
今、私は抹茶味のキャラメルを持っている。しかも新品で未開封である。勿論奴らに渡すつもりなどない。従って、さっさとゾンビどもから逃げることにした。幸い、彼らは格好だけでなく行動までゾンビの演技をしており、鈍足だったため逃げるのは容易だった。
オーバーブリッジで奴らの追跡を振り切り、校舎の外に出た。今日はカツサンドを食べたい気分だ。
しかし、外もゾンビがうろついており、また悲鳴が聞こえた。そういえば、悲鳴の説明がついていなかったのだ。もしかして、ゾンビどもは「イタズラ」と称して殴る、蹴るなどの暴行を加えたり、恐喝をしたりしているのだろうか。
しかし、それは間違っていた。逃げる学生をゾンビが捕まえて、噛み付いたのである。もはや、彼らの演技は本物といってもいい水準であった。殴る、蹴るではなく、噛み付くだったのである。
私は急いで逃げようとしたが、いつの間にかそこら中にゾンビがおり、私に向かって来ていた。いくら鈍足とはいえ、この包囲網からは逃げ出せそうにない。万事休すかと思われたが、私には切り札があった。キャラメルである。
ゆっくりと近づいてくるゾンビどもに、この紋所が目に入らぬか! と言わんばかりの勢いでキャラメルを見せ付けた。このキャラメルの内容量は十二個。そしてゾンビの人数は十一人。勝利を確信した私は、中身の一粒を右手に持ち、一番近くのゾンビに堂々と突きつけた。
次の瞬間、私は右手の感覚を失った。
何が起きたのか理解できず、呆然としている私の目の前で、ゾンビが何かにかぶりついていた。手である。骨ばかりで美味しくなかったのか、大して食べずに投げ捨ててしまった。
あれが、自分の右手だということを理解できる程度に落ち着きを取り戻した私は、同時に自分がこれから死ぬということも理解した。ひょっとしたら、こいつらは演技をしているのではなく、本物のゾンビなのかもしれない。とりあえず、死ぬ前にキャラメルを食べようと思ったが、左手だけでは食べられなかった。