さつえい
すげぇ、なんかの映画撮ってんのかなぁ。
それは、俺が最初に抱いた感想だった。
図書館に向かっていると、中通路の方からゾロゾロと押し寄せてくる何かに遭遇した。それは地面を這い、あるいは重そうに身体を引き摺りながら、ゆっくりと歩いていた。まったく現実離れした光景に、俺はこう呟く。
「混ざりに行こうかなぁ……」
あんだけゾンビっぽい何かがいる場所なんだ。一人くらい乱入したってばれないよな。
逃げ惑う人々の演技はなかなか迫真のものだ。叫び声といい、必死さ加減といい、本物っぽい。流石役者、気合いの入れ方が違う。
ゾンビに襲われているという設定からなのか、辺り一面に漂う腐臭。こう言ったところも忘れてないのがプロだな。ここのスタッフは結構本格思考なのかもしれねぇ。
「ん、あそこからも人が」
背後から聞こえてくる叫び声に気付いた俺は、後ろを振り向く。するとオーバーブリッジに設置されている螺旋階段から慌てて降りてくる人の姿を何人も目撃した。その後ろからは、やっぱりゾンビがいた。
もしかして、他の場所にもこんな光景が広がってるのか!?
自然と気分が高揚してきた。こんなチャンス二度とあるわけじゃないからな! せっかくの機会を見逃すわけにはいかねぇだろ!
気付けば俺は、逃げ惑う人の中に紛れて学校内を走っていた。こんな場所を思い切り走れるなんて気分がいいな!
人の流れはバス停の方へと向かっている。そっから回れば、校内一周出来るかな。
走って行く中でも、色んな光景を見ることが出来た。例えば、中庭の芝生の上で花を持って何やらそれを渡す練習をしてるゾンビや、進明堂の前でダンス……みたいなのを踊ってる奴もいた。それにしちゃ動きがかなりゆっくりだけど。
あれってゾンビ化する前の意思とかが強いとこうなるとか表したかったのかねぇ。
そう言えば、ここは大学なのに子供が紛れ込んでたりしてたな。なんだなんだ、今日は何でもありだなおい。平日の癖にお祭り騒ぎじゃねえか!
七号館と八号館の間の道を走っていると、突然横の方から強烈な臭いがした。
「うわ、くっせ!」
鼻を押さえながら叫んだものだから、くぐもったような声になった。
けど、今はそんなことどうでもいい。
臭いの元は、一体……。
「ぎゃぁぁぁぁあああああああ!」
俺の後ろを走っていた男子がその正体に気付いたらしく、今来た道を戻ろうとする。こういう役ってよくいるけど、バカだよなぁ。今まで逃げてきた道を引き返そうとするとどうなるのか、分からないわけじゃねえだろ?
「あ……がぁ……」
ゾンビ達に真正面から突っ込んでしまった男子は、右腕を掴まれたかと思うと、そのままへし折られる。痛みに悶えているところに、ゾンビが男子の腹部へ齧りついた。
おお、すげぇリアル。
撮影にしちゃやり過ぎのような気もするけど、迫力の食事シーンだ。一人に対して二、三匹のゾンビが群がる光景は、まるで獲物をとらえた肉食動物だ。
おぇ……リアルなのはいいけど、エグイのはちょっと……。
臭いとか、飛び散る肉片とか、そういうのを見ている内に吐き気を催していた。
いや、これって大丈夫なのか? 段々不安になってきたぞ。
だって、今俺の目の前で役者一人死んでないか? そもそもこういう描写って、CGとか使ってやるものじゃなかったっけ?
「……よく出来たロボット、とか?」
いやいや、流石にそれはない。もしかしたらあるのかもしれねぇけど、そんな話聞いたことない。
そうだ、手っ取り早い方法があるじゃねえか。
「監督に聞いてみるとか!」
撮影してるのなら、監督に聞くのが一番。そう思った俺は、その人を探す為に走り出す。
木々が見える道から体育館の方へと走る時に、ふと思い至った。
……あれ、それってどんな人なんだ?
当たり前の話だけど、会ったことなんてあるはずがない。それじゃあ意味ないじゃん。
とか考えてたその時。
「あ、もしかして……!」
前方をゆっくりと歩く、背中に赤くてちっちゃいカバンを背負ってる青年を見かけた。俺の友人だ。あんなカバン使う奴を、この大学で俺は一人しか知らない。
「おーい! そこで何してんだよー!」
俺はソイツのところへ駆け寄る。
と、ここで妙な違和感を感じた。近づくにつれて、段々と臭いが強くなってくるのだ。
コイツ、こんなにクサい奴だったっけか?
間近に迫って、後ろから肩をポンと叩こうとした、その時だった。
「おー……いぃ!!」
突然腹部に強烈な痛みを覚えた。腹に噛みつかれたんだ。
だれが、そんなことを……。
見ると、友人がすでにゾンビになっていた。
この時になって、初めて俺は悟る。
撮影なんかじゃねえ。これは、現実なんだ……。
遠のく意識の中、誰かがこう言ったのが聞こえたような気がした。
ゾンビだ! 逃げろぉ!
――もう、おせぇっての。