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三死

 おおゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない。


 まあ勇者でもなんでもないから普通に死ぬんですけどね。目の前のそれを観察しながら思う。短く刈り込んだ黒髪、うつろな目に右頬にはでかいニキビ。首筋には大きな歯形と縄の跡がついている。痩せ型。チェックのシャツ。黒のジーンズに、スニーカー。それは紛れもなく俺だった。


 大学に入ってからいじめを受けるとは思っていなかった。いじめはどんどんエスカレートしていき、じきに大学に通うことをやめ、死ぬことを真剣に考えた。それでいて何もできない自分が悔しくって、せめて最期の腹いせに大学構内で自殺すれば、世間にいじめを受けていたことが露見して、それがいじめてきた奴らに対する意趣返しにでもなればいい。そう思ってわざわざ大学に行き、空き教室で首を吊ったところまでは覚えている。そこから先の記憶はない。というより、そこで死んだはずなのだが、気がつくと目の前には俺が立っていた。生気を感じられない顔と緩慢な動きで少しずつこちらに近づいてくる。俺はそれをただじっと見つめるだけだった。そして俺はそのまま俺を通過していった。

 俺はあまりの出来事に動けず、俺の身体の後ろにあった窓ガラスを凝視していた。そこにかろうじて反射して映っていたのは、俺の後ろ姿だけだった。

 そんな馬鹿な、と慌てて窓から身を乗り出し手のひらを太陽に透かしてみたが真っ赤に流れるぼくの血潮は見えなかった。むしろ太陽に透かしてみなくても普通に透けていた。

 背後から悲鳴。振り返ると俺が人を喰っていた。やめてくれ。俺はベジタリアンなのに。そばにかけよって食われている人を助けようと試みるが、勢い余ってすり抜ける。いよいよまずい。極めつけはそんな姿を晒しても、俺に喰われている人は誰か助けてくれと俺ではなく天に助けを仰いでいた。そのままどうすることもできずに、俺はただ俺が人を食べるさまを、見ているだけしかできなかった。お粗末さまでした。


 状況を整理しよう。俺本人は周りから認識されず、さらには物体をすり抜ける。口から血をしたたらせている方の俺は、まあそのまんま。付け足すなら喰われたやつが体重を少なく見積もっても一割は減量されているっていうのに、そこには元気に歩き回る肉塊の姿が!

 でも、どうやらやっぱり俺は死んでいたみたいだな。首を吊ったところで俺は死んで、幽霊になったうえで体はゾンビにでもなった。そんなところか。ということは俺も俺もどっちも俺だったというわけだ。俺がゲシュタルト崩壊する。

 やることもないので俺は俺についていき、構内のお散歩中。辺りをよく見ればゾンビが散見される。しかし、ゾンビはともかく俺はどうして幽霊になんてなったのだろうか。よく聞く理由としては未練があったからとか。なんだろう。どうせ死ぬならもっとかっこよく死にたかった? 魔王なんか倒しに行って善戦むなしく死亡。みたいな。

 考えてもわからないものはわからない。俺は思考を放棄すると、次は目の前の俺について考える。わかりにくいからいい加減俺ゾンビとでも命名。ゾンビって確か生前の意思が影響するとかなんとか。ということは、俺ゾンビは俺の意思を引き継いで魔王を倒しに……。冗談は置いておくとして、俺の意思は俺ゾンビに何かしらの影響を及ぼしているのだろうか。そういえばこいつはどこに向かっているのだろうか。ゾンビにどこか目的の場所があるわけでもないだろうし、こういう無意識のところにこそ影響が強いのではないだろうか。このまま進めば右手には下り階段。まっすぐ行けばゆるやかな坂のカーブ。俺だったらいつもは階段の方を使うがどうだろうか。何も考えていなさそうなゾンビが、わざわざ階段とか使うのだろうか。そもそも足引きずって歩いている俺ゾンビは、階段なんて使えるのだろうか。

「頑張れ頑張れ! 出来る出来る! 絶対出来る! 頑張れ! もっとやれるって! やれる! 気持ちの問題だって! 頑張れ頑張れそこだそこだ諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティヴに頑張れ!」

 俺ゾンビは俺の応援むなしく、まっすぐ道なりに進まず、茂みに向かって突っ込んでいってこけた。どうやら俺の意思は影響していないらしい。というか、そうだと信じたい。

 俺ゾンビが起き上がる。どうやらニキビを取るプチ整形をしてきたらしい。ニキビがあった場所には新しく緑いっぱいの枝が突き刺さっていた。男の子にとって肌は大事だからね。近づけばフローラルな森の香りがした。その辺も紳士の嗜みだもんね。

 俺は何をやっているのだろうか……。自分のゾンビを観察するのにもいい加減うんざりしてきた。そろそろ成仏しよう。ところでどうやるの? 俺は俺ゾンビの観察を再開した。とはいっても、俺ゾンビがふらふら歩いているのを、ただただついていくばかり。しょうがないから歩きながら考える。成仏ねぇ……。改めて考えると俺がすでに死んでいることをいやでも思い出される。目の前に俺いるけど。そっちも死んでいる。死んでいる俺と死んでいる俺。うわっ……俺、死にすぎ……? 人間の俺は死んじゃったし、幽霊の俺もゾンビの俺もそろそろ死のうか。


 久しぶりに見かけた人間の姿に、しかし俺は眉をひそめた。それは主に俺をいじめていた三人だったからだ。三人はそれぞれバットなどの武器を所持しており、俺ゾンビに対して先手必勝とばかりに襲いかかってきた。バットや鉄パイプで殴打。三対一もさることながら、動きの鈍重さも加えて俺ゾンビはいいようにされるばかりであった。三人はそのゾンビを俺だと気付いた様子もなく、ただゾンビであるから殴っているようだった。動かなくなった俺ゾンビに二、三発蹴りを入れた後、去っていく三人。去り際に三人の内一人が俺を通り抜けて行った。俺を通りたければここを倒していけ! 奴らは紳士じゃないな。紳士の俺だったらそんなことは絶対にしない。たとえ死んでいても。

 そんなわけで残る俺は幽霊の俺だけになってしまったわけだ。人間とゾンビは死んじまってツーアウト。さっさとスリーアウトで来世にでもチェンジしたい。


 肉が千切れる音がする。同時に首筋が熱を帯び、焼き切れそうな痛みが突き抜ける。突然のことに呻きながら地べたを転げまわる。そして、視界の端に俺を確認する。そんな馬鹿な。俺はいったい何人いるんだ。右頬に穴の開いた俺がゆったりと俺に近づいてくる。え、なんで、さっき死んだはず。だいたい俺のことは見えてなかったんじゃ。口元から滴り落ちる血が、地面に落ちて消えていった。油断したなあ。俺が俺を咀嚼する音を聞きながら、俺の意識は消えていった。


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