第八話 無明
「北にですかっ! 早過ぎるのですっ!」
宿に戻った僕は、早速ヒスイに北へ向おうと進言したのだが、返って来たのがこの態度であった。
「今まで黙ってて悪かったけど、僕達は、それ程長くこの世界に留まれない。長くて3ヶ月と言うところなんだよ」
「だとしても、こちらにも都合と言う物が有るのですっ!」
ヒスイの言う都合とは、大陸を巡り各国に勇者の顔を知らしめ、各国からの援助を受ける事だろう。
その間に勇者は成長し、力を付け、仲間を集める予定だったと言う事だ。
これには、政治的配慮も含まれる。各国は、その勇者に援助したと言う実績が必要なのだ。
確かに急ぐのは、こちらの都合であり、ヒスイ達には関係ない。しかし、それを言うなら召喚などせず自分達だけでやれと言いたいと言うのも有る。
「解った。悪かった。忘れてくれ」
「そ、そんな意味で言ったのでは、無いのですっ!少し考えさせて欲しいのですっ!」
ヒスイは、僕があっさり引き下がった事に最悪感を覚えたのか、少し動揺している様子だ。
僕としては、ここまで解かれば問題は無い。一応契約があるから一月は付き合うが、その後は僕達だけで北に向かえば良いと思っただけである。
実際は、僕が3ヶ月しか居れないと言う言葉に動揺していたのだが、その時の僕にそれを知る術は無かった。
このヒスイと言うお姫様は、その容姿に違わず聡明で優しい女性だったのだ。ただ、勇者への憧れが強く、自らが召喚した勇者に対し落胆していただけであったと言う事だ。
それでも、勇者を勇者たらしめんと努力していたのだが、勇者であるベンには、それが自分を疎んでいる様に感じられていたのだろう。
だから、この時もヒスイの頭の中では僕達が3ヶ月しか居れないと言うなら、その3ヶ月をどの様に勇者に有益となるようにするか、と言う事だった。
翌日、僕は、当初の目的であった魔法陣を見に行くために用意をしていた。
装備を装着する段階で、ナイフが無い事に気がつく。何時もあった物が無いと言う状況は、酷く不安になる物だと初めて知った。
「ま、無いものは仕方ないか」
魔術祭場と呼ばれるその場所は、神殿の様な場所だった。
森の中の少し開けた処にあったその場所は、街からかなり太い道で繋がっていて、道中変な獣に襲われる事もなく辿りつけたのだが、石で組まれたその場所は、馬車で登れず全員が歩いて登る事となった。
100段以上も有るその階段を登った処では、森の木々よりも高い位置に存在するため、見渡す限りの森を展望する事が出来るのだが、地平線が森の木々で見えない程だとは思わなかった。
上から見れば、僕達が居た街も、単なる森だ。湖のある場所がそうなのだと認識出来るぐらいであった。
下から吹き上げる風が、新緑の匂いを運んで来る。ちょっとした山登りをしたような感じだ。
魔法陣は、石を削った溝により構成されている。確かに法力とマナを融合させる様な力場を感じるが、神力の様な物は感じられない。
これが、星の巡りにより神力を発揮する様になるかと言われれば、そう言う物も感じる事は出来なかった。
僕達の認識では、石で出来た大きな魔道具と言うところだ。
「何か特定の神に通じるような組成を感じる」
アリエンテは元魔女の家系だっただけ有り、こう言う魔法陣関係には僕達より知識がある。
「それが、星の巡りにより強化される期間があると考えるのが自然かな?」
「力の放出。それがあっちに向かっている」
サピスが指した方向に、ヒスイが目を細めた。
「そちらは、北なのですっ!」
「やっぱり、北に何か有ると考えるのが自然ですわね」
「これだけの建造物を壊すのは、気が引けるね」
「だ、駄目なのですっ!何も言わないで壊したりしたら、戦争になってしまうのですっ!」
「確かに、これだけの物を壊してしまうと、ヒスイ様の国とこの国が戦争になってもおかしくありませんね」
「まぁ、召喚を止めるのは、僕達の仕事では無いし、戦争なんか起こして貰っては本末転倒だしね」
僕もキャルの言葉に同意した。その言葉にヒスイは、安堵の息を漏らす。真剣に僕が、この遺跡の様な祭壇を壊そうとしていると思っていた様だ。
魔法陣の確認は、結局僕に早く北に行かなければいけないと言う考えを、強めさせるだけであった。
「あれ、何かな?」
チェリーが指差す空には、大きな翼竜のような影が見える。
「あ、あれは、ワイバーンなのですっ! 逃げるのですっ!」
「襲ってくるの?」
「倒しちゃ駄目なのか?」
「だ、駄目なのですっ! あれは執念深いのですっ!こんな処で倒してしまったら、ここがあれの大群で襲われるのですっ!」
既に大剣を抜刀しているジュードに、ヒスイが慌てた様に説明する。それならば仕方ないと、僕達は祭壇を急いで降りた。
「でも、あんなのが来る処に祭壇が有るって危険じゃないの?」
「昨日、結界が失くなったと言っていたのですっ!きっとそのせいなのですっ!」
「まだ、結界が元通りになってないって事ですね」
「じゃぁ、この事も報告しておいた方がいいね?」
魔術祭場から戻った僕達を、宿の女将さんが呼び止める。女将さんとは言え、流石エルフでお淑やかな美人と言うところである。
「森の憩いの方が来られて、これを置いていかれましたよ? 何でも謝りたいと言っておられたのですが、何時お戻りになられるか解らないので、私の方で伝えておくと言っておきました」
「そうですか、有難う御座います」
森の憩いと言うのは、僕達が昼食を取り、ナイフを盗まれた店だ。事情を知らないから仕方ないとは言え、勝手な事をしてくれたものだと思う。
これでは、本人達が本当に謝罪に来たのか判断出来ない。だが、僕は渡されたナイフを見て、驚いてしまった。
それは、僕のナイフでは無かったのだ。太腿に付けるためのベルトすら付いていない。
「本当にこれを持って来たのですね?」
「え? えぇ、確かそれだと思ったのですが、間違えたのでしょうかね? たかがナイフですし、それ程気になさることでは無いのではないですか?」
「たかがナイフ?」
「わ、私は預かっただけですので」
「どちらにしろ、僕はこの事をララ様にご報告する必要が有ります」
「そ、そうですか。私は、仕事が有りますので、これで」
僕の声が剣呑な物になったためか、女将さんは奥へ引っ込んでしまった。どちらにしろ、僕はこれをララのところへ届けて報告する必要がある。
戻ったなら戻ったで伝えるのが礼儀だと思うし、これはこれで、この国の国民はどうなっているんだと思う。
それで宮の方へ行ったのだが、今は忙しいから約束していない者は、取り次げないと言われてしまった。
「今日、魔術祭壇へ行ったのですが、そこでワイバーンを見掛けたので、そのご報告もしたいのですが?」
「何? そんな馬鹿な事があるかっ!」
「馬鹿な事?」
「ここは結界で護られているのだっ! ワイバーンなど近寄るはずがないっ!」
この門番も僕達を馬鹿にしている口なのだろう。僕達は、昨日一昨日とここに来ているのだから、僕達の事を知っているはずだ。
「僕が何者かは、貴方は知ってますよね?」
「ふんっジュエル王国の人間だろっ。確か女神の加護を貰ってるとか嘯いている奴だったな」
「では、僕が言った事を伝える気はないと?」
「ふんっ、そんな世迷言、伝えられる訳がなかろう。ララ様はお優しいから、お前たちの相手をしているだけだ。用が済んだなら帰れ帰れ」
全く、女帝様もこれでは苦労しているのだろうと、僕は、そのまま帰る事にした。
その頃、ララは神殿にて、必至で祈りを捧げていた。
「ル=ナ様、どうかお怒りをお収め下さい。ナカツ様には、ル=ナ様のご加護を頂いたナイフをお返しするよう取り計らいました。どうか、どうか、お許しの程を」
「主も哀れじゃのぅ」
「ル、ル=ナ様!」
「主達エルフが人間を嫌っておるのは知っておる。故に主には伝えたのじゃがのう」
「お許しは頂けないのでしょうか?」
「まだ、奴の元には返っておらんぞ? 何を許せと言うのじゃ?」
「そ、そんな馬鹿なっ!」
「主は、自ら確かめたのか?」
「す、すぐに確かめます。どうか、どうかご慈悲を」
ララには、月詠の姿は見えない。ただ、声が聞こえるだけだ。月詠の声が聞こえなくなり、ララは慌ててその場を後にする。
一刻も早く、自ら確かめなければならない。いや、女神が嘘を付いているはずは無いが、本当であれば自分の身の振り方を変えなければならない。
ララは、今まで放置していた自分を悔やんでいた。
「誰か! 誰か!」
「はっ、ここに」
ララの前に現れたのは、ララを護衛している衛兵の一人であった。
「すぐに馬を用意して下さい。ナカツ様のお宿に向かいます」
「はっ。畏まりました」
その衛兵は、カンテラとは違い、ララに忠実であった。ララの信用出来る数少ない側近の一人と言える。
ララは、用意された馬車に乗り込むと、ナカツの元へ急がせた。その為に、門前払いを食らって歩いていたナカツを追い越した事に気が付かなかった。
そして、ナカツから数百メートル先で、馬車が横転した。馬に矢が射られたのだ。
「タタラ! タタラ! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です、それより、ララ様、お逃げ下さい」
馬車の中では、衛兵がララを庇い、ララは負傷しなかったが衛兵は腕を折った様だ。
衛兵は、これが襲撃だと気が付いていた。その鍛えられた五感で、矢が飛んできた音を捕まえていたのだ。
本来なら自分が護るところだが、この腕では護りきれないと思ったのだ。横転した馬車から、ララを押し出したが、そこに近寄る黒い影があった。
「何者だっ!」
「くっくっく、こんな夜中にお出掛けしては危険ですよ?」
黒いフードに身を包んだ、声から女と思われる者が、ララに近寄ってくる。
自らも横転した馬車から這い出したタタラは、ララを庇い剣を構えるが、利き腕である右手は折れており左手で構えている。
御者台に乗っていた従者は、横転の際に吹き飛んだのだろう。この場には居ない。
相手が持っている武器が、弓ではなくボウガンで有る事を確認したタタラは、自らを盾にしてララを護るしかないと考えていた。
「死になっ! きゃっ!」
黒いフードの女が、ボウガンを打とうとした瞬間に、ボウガンが弾き飛ばされる。
何事かと思って見たら、手にナイフが突き刺さっていた。
「大丈夫ですか?」
「な、ナカツ様?」
目の前には、無防備なナカツがララと衛兵の前に立って、こちらを見ている。
「お、お前はっ! 何故ここに居るっ!」
「あれ? その声、聞き覚えがあるな? 誰だっけ?」
その時、突風が吹き、黒いフードが外れ暗闇の中、月の灯りに照らされた顔が顕となる。
風は、ナカツが起こした物だ。
「ああ、あの時の店員さんか。あれは、偶然じゃなかったって事?」
「ふん、お前が知る必要は無い。お前は、ここで死ぬのだからな!」
そう言って女が取り出したのは、淡く紅い光りを放つ、ナカツのナイフであった。
「それ、最悪死ぬって言ったよね?」
「ふん、そんな脅しに乗るとでもっ、ぐっ、なんだこれは?」
女は、ナカツのナイフを持った手を抑え、蹲っていく。
そこに、宮からの衛兵達が駆け付けてきた。
「何事だっ!」
「ら、ララ様っ!」
「貴様! ララ様をどうするつもりだっ!」
「その男がララ様を殺そうとしているのだっ!」
何故か黒フードの言葉を信じ、衛兵は、ナカツに斬り掛かって来る。その状況にララは、混乱している様子だ。
「うわっ、ここまで人間嫌いが徹底してると、逆に清々しいね」
単純に黒フードがエルフでナカツが人間のため、その様な行動に出たのだと思っているナカツは、呆れた様子で襲い来る衛兵を捌いていた。
流石に衛兵を斬り殺すのは、まずいかなと考えているところに黒フードが放ったボウガンの矢が迫る。
その矢を弾いたのは、黒いコートを身に纏った月詠であった。
「あれ? 久しぶり、え~っと、ここじゃル=ナだっけ?」
「相変わらず暢気よのぅ。それと済まぬな。妾がこの世界に顕現するためには、色々制約があっての」
月詠は、そう言って紅月を一閃すると、黒フードの女も衛兵達まで光りの粒となって消えていく。
「ル=ナ様なのですか?」
「そうじゃ。主も、周りを掃除せねばならぬようじゃの。ナカツよ、手伝ってやってくれぬか?」
月詠は、ララを庇っていた衛兵であるタタラの折れた腕を治しながら、ナカツにそう言った。
「それは構わないけど、僕で大丈夫なの?」
「心配要るまい。ララも信頼出来る護衛が欲しい処じゃろ。主なら妾が保証するでな」
「でも、僕あんまり時間ないし、北にも行かないといけないんだけど?」
「一月もあれば充分じゃろ? どうじゃ? ララよ。ナカツは、政の知識も豊富じゃぞ?」
「は、はい、有難いお言葉です」
「ナカツよ、本当はゆっくり話したいのじゃが、そうもいかんようじゃ。北のは、その、あれだ、まぁ気を確り持って、頑張るのだぞ」
「ちょっ。それじゃ意味解んないよって、もう行っちゃったし。皆消しちゃったって事は、衛兵もグルだったて事?」
皆消しちゃったら背後関係も聞き出せないじゃないかと、嘆きながらナカツが後ろを向いたところには、呆然とした表情のララとその衛兵が居た。
僕は、ララとその衛兵を伴い一先ず宿に戻る事にした。馬車を起こし、御者台にはタタラが乗る。元々の御者は逃げたのか、それともグルだったのかは今は解らない。
馬車の中でララは、何時もの朗らかな顔付きでは無く、少し青褪めた顔で何かを考えている様だった。
僕は僕で、月詠の最後に放った言葉の意味を考えていた。月詠らしくない、何か戸惑った様な申し訳なさそうな顔が気になっていた。
宿に戻り、皆に事の顛末を話すと、カティ達は慣れた物であるが、ヒスイは驚愕しララに同情的で、何でも協力すると言っている。
「状況は、解ったけどさ、ララ様は、私達にどうして欲しいのさ?」
「フレイアさんっ! そんな言い方は、無いと思うのですっ!」
「どんな言い方したって同じだろ? どちらにしてもこの国の内政の話だ、ララ様が私達に何かして欲しいなら依頼の形を取らないと、あんただって勝手に動けないんじゃないのか?」
「そ、それは、その通りなのですっ」
「もし、お力添え頂けるなら、正式にご依頼させて頂きます。その、ル=ナ様からも、ナカツ様に手伝って貰えと言われておりますし」
「ちっ、あの駄女神が。ナカツを何だと思ってるんだ」
「フレイアさん、お気持ちは解りますが、決めるのはナカツ様ですよ?」
「解ってるよ」
東西広しと言えど、月詠を駄女神呼ばわり出来るのは、フレイぐらいだろう。チェリーがフレイを「どうどう」と宥めている。
と言うか、解っていた事だが、キャルも地味に毒舌だ。何気に同意してるし。
「ヒスイは、それで良いの?」
「勿論なのですっ! 各国を巡り、依頼が有ればその依頼を受けるのも勇者の務めなのですっ!」
「魔術祭壇で、ワイバーンを見掛けたんだけど、それは大丈夫なの?」
「多分、結界が消えていたためと思われます。ル=ナ様のお怒りが静まれば、元に戻ると思うのですが」
「それは、本人が出てきて助けてくれたんだから、大丈夫だと思いますよ」
「ナカツ様は、本当にル=ナ様とご懇意なのですね。ちょっと羨ましいです」
「ナカツンは、こう見えてもツンデレだからね」
「意味解らないって、チェリー」
「頭脳班と脳筋班に別れる事になりそうだな」
「私は、ナカツから離れない」
脳筋班って、ジュード、自分で言ってどうする?
しかし、月詠が人に見える形で顕現したと言う事は、多分、僕との繋がりを明確に示したかったと言う事だと僕は考えた。
僕を助ける為と言うなら別に人に見えなくても構わない訳だし、そもそもあんな矢ぐらいなら精霊達が避けてくれていたはずなのだ。
全員を消したと言うのも、事を早く進めるためだと思われる。僕が倒したなら死体が残るし、その後処理も時間が掛かっていただろう。
紅月を持って来たのも、その一つだと思える。月詠なら、新月でも黒月でも良かったはずだ。
僕が以前ララ達の前で見せた事を知って、同じ物を態々使い繋がりを信じさせたと言うところだ。
つまり、僕を完全に信用して、僕に頼る様にしなければならない理由があったと考えられる。
月詠に貸しだなと、僕はニヤリと笑った。これが、まだまだほんの序の口であり、北には思いもよらぬ者が僕を待ちわびて居るなんて、この時は予想すらしていなかった。
「まずは、ララ様の情報から整理しましょうか」
「ララとお呼び下さいと、申し上げました」
皆の目が痛いので、その突っ込みは勘弁して下さい。
帝国は、ワンマン運営だった。つまりララの言葉一つで全てが決まる。
それ故にララを疎ましく思う者も居たようだが、ララはララで信頼出来る者を側近に置いており、後は気にしていなかった様だ。
ララが皇帝職に付いているのは、その血筋と類希なる月の女神との親和性であった。
幼い頃より月詠が気に掛けていたようで、その月詠の言葉が聞こえると言う事が大きかったらしい。
皇配とでも言うのだろうか、夫もまだ決めておらず、当然子供も居ない。その位置をカンテラが狙っていたと言える。
穏便に事を運ぼうとしていたのだが、カンテラが捕まった事により強攻策に出たと言うところか。
「現状、ララが死んだら、誰が皇帝に?」
「叔母のルルか、その娘のリリでしょうか?」
レレとロロも居るのか? と思ったが、あまりに不謹慎だったので口には出さない。
税収も殆ど無いと言う事だった。主に供物で宮は成り立っているらしい。ある意味宗教集団、ララと言う教祖により国は成り立っていると言う事だ。
つまり、ララでなければならない。それが解らない程、欲に塗れた者が居ると言うことか、別な誰かへの信仰か。
「まずいっ! ララ、宮へ戻るんだ!」
「は、はいっ!」
月詠、ちゃんと言って行ってくれよ、と僕は、嘆いた。これが月詠が全員消した理由か。
「翔ぶぞっ! ガラッ! ララの馬車を頼むっ! 翔べない者を乗せて来てくれっ!」
「待つのですっ! 私も連れて行くのですっ!」
ヒスイを何故かアリエンテがお姫様抱っこし、僕がララをお姫様抱っこし、ジュードがタタラさんを抱えて翔んだ。
予測が当たっていたなら、宮でララの訃報を待っている者が居るはずだ。月詠が全員消した事で時間は稼がれているが、朝になれば居ないと騒ぎ出すに違いない。
いや、既に騒ぎ出して、行動を起こしている可能性がある。
「これは、何て気持ちの良い」
僕達は、一気に木より高い位置に翔び上がり、そこから宮へ落ちる様に翔んだ。宮では、一番高い部屋に向かう。
宮の中は、思った通り喧騒としている。名残惜しそうなララを、また連れて翔ぶ約束をして、漸く僕達は中へ入る事が出来た。
僕達は、ララの寝室から宮の中へ入り込んだ。
「何をしているのです? 何の騒ぎなのです?」
「ララ様がっララ様がっ、ララ様?」
通路を走っている侍女を捕まえララが状況を確認する。侍女は最初ララを認識出来ない程、慌てていた様だ。
「宰相のブラウニー様が、ララ様が襲われたと仰られて、兵を集めておいでです。私達は、どうして良いのか解らず………」
「そう、解ったわ。皆を諸葛の間に集めて頂戴」
「はいっ! 畏まりましたっ!」
僕は、振り向いたララの行動に頷きを以て応える。ララを先頭に諸葛の間に向かう。
諸葛の間に付いたララは、一番奥の席に腰掛け、僕とアリエンテそしてヒスイとタタラさんはララの傍に、残りは部屋のあちこちに散らばる様にした。
諸葛の間には次々と人が入って来て、ララの姿を見て安堵の息を漏らす。僕達は、そうやって入ってくる者の表情を確認していた。
入って来た時に驚くのは仕方ないとして、その後、安堵の息を漏らすではない者が数名いた。苦虫を噛み潰した様な顔をした者も。
それらの者の背後に、ジュードやフレイを配置しておく。最後に衛兵の何人かを連れ、勢い良く入ってきたのが宰相のブラウニーであろう。
「なっ何故ここに居るっ!」
「貴方こそ、この騒ぎは一体何なのですかっ!」
「くっ、あれは偽物だっ! 捕らえるのだっ!」
「し、しかしっ!」
ララの前にタタラが庇う様に立ちはだかる。そのタタラを横に下がらせララが立ち上がった。
それは、何時もの軽く柔かなララではなく、威厳に満ちた堂々とした女帝そのものだ。その姿に、周りの者は臣下の礼を取る。
宰相の後ろに控えていた衛兵達までも臣下の礼を取るため、ブラウニーは一人その場に立ちつくし間抜けな姿を晒していた。
こう言う場合、宰相って言うのは、お腹が出たメタボな親父を連想するのだが、ここに居るのはイケメンエルフで、なんか自分の方が悪者の様な気がしてくる。
「宰相殿、ご説明願えますか?」
「わ、私は、ララ様が襲われたと報告を受けたので………」
「誰から報告を受けたのですか?」
「そ、それは、衛兵の誰かだったと………」
「素性も解らぬ者の言を受け、貴方は動いたのですか?」
「い、いえ、確かに見た事の有る者だったので………」
「有り得ませんね。私は確かに襲われました。しかし、ここに居るナカツ様に助けられ、そして襲った賊は、我が月の女神で有らせられるル=ナ様が、冥府へと送り届けて下さりました。私も話にしか聞いた事が無かったのですが、神に討伐されると本当に光りの粒となって消えてしまうのですね。魂も残らないと聞き及んでおります」
「まさか、そんな馬鹿な」
「ここに居るタタラも見ておりました。そして、ここに居るナカツ様がル=ナ様の御使以上の方で有り、これからの国の立て直しを手伝って頂ける様、ル=ナ様から頼んで頂けました」
「馬鹿な。人間なんぞに」
「もう一度、聞きます。貴方は一体、誰に報告を受けたのですか?」
「ぐっ」
「その者を牢屋へ」
こうしてあっけなく幕を閉じた僕のナイフ騒動だった訳だが、月詠が一月なんて言った物だから、その後の後処理まで僕達は行う事になってしまった。
しかし、内政と言う物は酷く面倒な物だ。パソコンが無いこの世界では全て紙だし、その紙自体も羊皮紙しかないため、メモ用紙なんて物もない。
文官のトップであった宰相殿は、これが全て頭に入っていたと言うことだろう。いや、彼の頭の中にしかない情報と言う物が殆どなのかも知れない。
ヒスイは、僕達を残して旅立つと思ったのだが、これも良い勉強になるからと、ヒスイが受けた依頼として僕達は、ここに滞在している。
しかし、ガラ、ベン、ジュード、フレイは、もっぱら衛兵との戦闘訓練しか行っていない。
ヒスイは、ベンにも少しは内政の仕事を覚えろと言っているのだが、ベンは読み書きが出来ないからと逃げ回ってる。
周りから見ていれば、出来の悪い弟を叱っているお姉さんにしか見えない。若しくは、世話の妬ける幼馴染と言う感じか。
しかし、流石に宰相と言うのは頭が良くなくては務まらないのだろう。その頭の良い宰相が、何故ララを亡き者としようとしたのか、僕には全く解らなかった。
現状でも、宰相が全てを仕切っていたと言っても良い程だし、仮にララを亡き者にしたところで頭が入れ替わるだけだ。
その入れ替わった頭は、今のララより信仰を集められるとは思えない。一体、何が彼を動かしたのか? 僕は、未だに牢に幽閉されている彼に話を聞く事にした。
「聞きたい事が有るんだ」
「今更、何を聞きたい」
鉄格子の向こうの寝床に腰掛け、両手を鎖で繋がれているイケメン。何をやっても様になるのが羨ましい。
「何故、ララを?」
「ふん、そんな事か」
「別にララを殺しても、貴方の状況は変わらなかった、寧ろ悪化したと思うんだけどね」
「ララ様は、私の進言を聞いて下さらないのだ。しかも、何故かララ様の決断の方が正しかった様な結果となる。しかし、それは偶々幸いな方向に進んだだけなのだ。その事をララ様は理解してくれないのだ」
「成程ね。効率を重視する進言をしても、ララは感情で判断したとしか思えない判断を下す。それが、また上手く行ってしまうと」
「ああ、神に愛されていると言う事なのだろうな。お前の様な者が遣わされるぐらいに」
何をやっても思い通りに行かないと言う事はある。何も考えていない様な者が、何でも上手くこなしている事がある。
彼は、自分が前者に感じ、ララを後者に感じているのだろう。
効率重視とした行動を取っていると陥る現象だと、僕はあの世界で学んだ。世界に与えている影響を考えれないと、世界からの反発を受けるのだ。
「貴方は、精霊を感じれますか?」
「何? いや、ここ最近感じれない、感じようともしていなかった。何時からだろうな、ふふふ。そうか、そう言う事か」
何か思い当たる処があったのか、ブラウニーは笑いだす。その笑いが収まるまで、僕はじっと待っていた。
「忘れていたよ。我らエルフは森と共に生き、精霊と共に有る。精霊を感じていない私には、何をやっても森が、世界が味方をしてくれていなかったと言うことか。ははは、滑稽だ」
「貴方は、生まれてくる時代と世界を間違ったのかも知れない」
「何だと?」
「効率重視で発展した文化を、僕は知っている。だが、そこは神に見放された世界だ。神から独り立ちした世界とも言える。だけどそれが間違っているとも正しいとも言えない」
ブラウニーは黙って僕の言葉を聞いていた。
「その世界がそうなる為には、数万、数億の犠牲の上に成り立っている。仮にそうしようとしても、それが正解だとしても、今の時代、この世界では性急過ぎる」
「井の中の蛙だと言いたいのか」
「変革は穏やかでなければ、多くの犠牲者を出してしまう」
「お前は、一体何者なんだ?」
「その答えは、僕も持ち合わせてませんよ。貴方は何者ですか?」
「ふふ、成程、確かにそうだな」
「ララは、貴方の処分をまだ決め兼ねていますよ」
「私は、一度ララ様を殺そうとしたのだぞ?」
「労働刑と言うのをご存知ですか?」
「それは、鉱山などで働く奴隷の事だ」
柄にも無い事をしてしまった。僕は、他人に説教できる様な人間では無い。まだまだ経験不足だし、何よりもこの世界の常識を知らないのだ。
僕の常識を押し付けるのは、傲慢と言うモノだろう。だけど、言わずにいれなかった。言ってしまった。少々自己嫌悪に陥ってしまう。
森の憩いは、すっかり僕達の行きつけとなってしまっていた。
あの従業員は、無理やりあの日あの時押し付けられたそうで、ナイフの件は寝耳に水だったらしい。
それで仕方なく上等なナイフを持って僕達の宿にお詫びに来たそうだ。
やはり、会って聞いてみないと、全く話が通じていない状況だったと言う事だ。
あの女店員は、ブラウニーが雇った冒険者だったと言う事だった。色々暗部な仕事を依頼していた、結構長い付き合いの者だったらしい。
「今回の件でナカツ様が、とんでもないサディストだと解りましたわ」
「うんうん、めちゃ激しかったよねぇ~」
キャルとチェリーが人聞きの悪い事を言う。
「ナカツ様の新たな一面の発見でしたね」
「ちょっと人聞きの悪い事言わないでよ」
カティまで便乗してきたので、僕は抗議の声を上げた。
「何故、冒険者のわたくしが、あんな書類仕事に塗れなければいけないのが、ご説明頂きたいですわ」
「悪いと思ってるから、今日はこうやって、皆に奢ってるじゃない」
「こんな金銭で済むような物は、わたくし達には、お礼でもお詫びでも無い事は、解っておられませんこと?」
「まぁ、甘い物は遠慮なく頂くけどねぇ~」
カティはこれでは礼にも何もなって無いと言い、チェリーもそれに同意の様子だ。
アリエンテとサピスは、黙々と食べては注文を繰り返している。皆の中で小さい方の二人は、皆の中で一二を争う大食漢である。
そろそろ約束の一月も経ち、内政の方も僕達が居なくても大丈夫な様にはしてきたつもりだ。
今日は最後の休みを貰って、僕は皆に今までの労いを兼ねてご馳走しているのだが、あまり成功していないようだ。
「それで僕達は、北へ向かおうと思っているんだけど、ヒスイ達とは、ここでお別れで良いかな?」
「何を言っているのですっ! 私達も北へ向かうのですっ! それ以前に契約はまだ継続中なのですっ!」
口の周り一杯に生クリームを付けているヒスイは、今まで特大パフェと格闘していた。
「え? だってそっちにはそっちの都合があるって」
「あの時は、考えさせて欲しいと言ったはずですっ! 駄目だと言った覚えは無いですっ!」
「危険な旅に成るかも知れないよ?」
「元々北には行かなければならないのですっ! 貴方達が居ない時より居る時の方が安全だと判断したのですっ! それに、勇者以外が魔王を倒したなんて事になったら本末転倒なのですっ!」
ヒスイは、ヒスイなりに考えているようだ。だけど、その理由は僕達と一緒に行くために捏造した理由にしか聞こえないけど、僕はヒスイの優しさを感じてその事には触れない事にした。
森の中に聳える街、フォレスト帝国の入口で僕達は、ララと別れの挨拶を行っていた。
周りには、エルフの皆が来てくれている。宿の女将さんや、森の憩いの店主や店員さん達もだ。
森の木漏れ日の中、夜露を含んだ草木が、瑞々しい匂いを放っている。
「本当に行ってしまわれるのですね?」
「えぇ、色々お世話になりました」
「返って来たら、私の夫になりませんこと?」
「は?」
「ナカツ様でしたら、民も反対しませんでしょうし、私もそろそろ身を固めようかと考えておりまして」
「「「駄目っ!」」」
「勿論、皆様もご招待して、ナカツ様専用の後宮を建設致しますよ?」
「いや、そんな無駄な事考えないで、ちゃんとした人探して下さい」
「もう、連れないのですね」
「ララ様、また帰りに寄りますので、その時は宜しくお願いするのですっ!」
「えぇ、勿論、歓迎致しますわ」
「それじゃ、そろそろ出発しますね」
僕達は、ララを筆頭としたフォレスト帝国の街の皆の見送りを受けて旅立つ事となった。
この一月で係わった人は多い。これで、少しでもエルフと人間の蟠りみたいなものが、薄れてくれれば良いと僕は願うのだった。
「さぁ、北へ行くのですっ!」
「了解」
ガラの御者により、僕達はフォレスト帝国を後にする。予定より早く北へ向けて。