第七話 共業
カティの話術により、ヒスイ、ミヤ、ガラが知っている事は、粗、聞き出されたと思われる。
この三人は、カティ、チェリー、キャルの三人に、懇々と異世界から召喚する事の身勝手さを説かれ、打ち拉がれていた。
それにしても、青い空に緑の大地、吹き抜ける風が気持ち良い。この世界には、マナも精霊達も豊富な事が伺える。
僕達は当面、勇者様御一行に同行する事にして、今は姫様が用意した結構大きな馬車の荷台で、幌を開け放して揺られている。
例によって馬車の荷台は乗り心地が悪いため、早々に荷台は浮かせている。全体を浮かせるのではなく、中間を浮かせてサスペンションにしている形だ。
以前、全体を浮かせて大騒ぎになった事があるために編み出した方法と言える。これなら周りから見る限り、他と違う様には見えない。
「こ、これは何とっ! 快適なのですっ!」
「少し練習すれば、皆さん出来る様になると思いますわよ?」
とは言っても、これも発想の違いだ。浮かして引っ張ると言う発想が浮かんで来ない事には、誰もやろうとはしない。
そして、この世界の魔法は、非常に効率が悪い。精霊に頼む形ではなく自らの法力、彼女達は魔力と言っているが、それをマナに直接反応させているのだ。
僕達も出来ない事はないけど、その場合、精霊達が抵抗となって、かなり効率の悪い現象の発現となる。
この、荷台を浮かせているのも、僕は精霊達にお願いしているだけで法力は一切使っていないが、彼女達が同じ事をやろうとすると、魔力がすぐに枯渇すると言う事だ。
そして、この世界の魔法使いや魔導師と呼ばれる人間の周りには、精霊達が寄り付かない。無理にマナを反応させている弊害だろう。
そう言う意味では、召喚魔法も無理やり行っている可能性があるが、あれは神の力が必要なはずだ。
あの世界でもそうだが、どの世界でも敬虔な信者が神の力を借りて行うのが召喚魔法だ。
「ナカツ様? 何を考えておられますの?」
「うん、この世界の召喚に力を貸している神様って誰なのかな? って」
「どの世界にも、気まぐれな神様が居られますから、何方かの特定は無意味なのでは有りませんか?」
「それもそうなんだけどね」
あの世界でも召喚に手を貸している神は、多種多様だと言う事だった。
宗教や信仰云々よりも神が、召喚を行おうとする人間を気に入っているかどうかと言う意味合いの方が強い、と言うのが月詠の言だ。
「召喚は、星の巡りと魔法陣と魔力によるので、神は関係ないのですっ!」
「どちらにしても、その魔法陣を一度見てみたいね」
つまり、これが気になっている事だ。神に関係無いと言い切る者が召喚出来ているのは何故か?
余り考えたくないのだが、この状況を楽しんでいる神が居ると言う事だと手に余る。
「それでしたら次の街に丁度、隣国フォレスト帝国の召喚儀式が行われる魔術祭場が有るのですっ!」
「フォレスト帝国?」
「はいっ! 森と湖を愛する自然と共に有る事を信条とする帝国で、女帝ララ=リーフ様が治めておられる、とても綺麗なお国なのですっ!」
「それは、楽しみだ」
召喚される側には悪いけど、5年に一人と考えると100年で20人、1000年でも200人にしかならない。世界の人口が60億は居ないとしても億を下る事はないだろう。
そう考えると「溢れ」と言うのも大きな問題では無い気がする。
なんとなくだが、サラが慌てただけと言う気がしないでもないが、こう言う時に月詠が居てくれると色々聞けるのだが、月詠は基本的に僕一人の時でないと出てこない。
以前聞いた時には、
「妾の神気をまともに受けて平気なのは主ぐらいじゃからの」
「盗賊は平気みたいだったけど?」
「馬鹿者、あの時は主のために神気を落として顕現しておったのじゃ」
「じゃぁ、神気を落として顕現すれば?」
「なんで気楽に顕現出来る主の処へ行くために、態々、気を使わなければならんのじゃ」
と言われてしまった。
それでも、どの世界に行っても、一度は顔を見せるので、そのうち現れるだろうと、僕は楽観的に考えていた。
馬車は御者をガラが行い、後ろには幌付きのかなり大きな荷台を引いている。
僕達は、その荷台の半分ぐらいに丈夫な板を敷き、空気の固まりを下に入れて浮かせいる状態だ。その上に皆が座っているため、地面の起伏による揺れを感じない。
そこでベンに対する教育を行っているのだが、ヒスイとミヤも参加している。主に魔法について聞きたいようだが、はっきり言ってミヤには無理だろう。
僕が見る限り、精霊達がミヤを避けているのだ。これは、無理にマナを反応させて魔法を使っている弊害なのだろう。
それに比べてヒスイの周りには、それなりに精霊達が居る。ベンよりも素質が有りそうだ。
そしてベンだが、どうも精霊を感じる事は、あの世界でも出来ず終いだったらしい。業や因果応報についても理解していないため、あの世界に召喚された事は殆ど役に立っていないと言わざるを得ない。
ベンへの教育については、キャルが行っている。僕達の中では、一番教えるのが上手いからだ。
精霊について教えながら、その中に因果応報について織り交ぜて教えている。僕には、そんな器用な事は出来ない。
一応ベンには、僕達があの世界から来た事は、伏せておくように言ってあるし、ベンも自分がこの世界の人間だと言う事を言わない方が良い、と言う事ぐらいは理解している。
「何か居る」
「何処?」
異変を察知したのは、常に精霊達により周りの様子を伺っているサピスだ。
フレイとジュードは、武器を持って何時でも飛び出せる体勢になる。アリエンテが周りの精霊達に防御を促す。これで普通の矢ぐらいなら届かない。
「500メートル先」
「人?」
「人ね」
「人だな」
御者台のガラも気が付いた様で、馬車の速度を落とし始めている。
前の方を見ると、馬車の荷台が傾いている。車輪が片方外れているようだ。その前で旅人風の人が一人、大きく手を振っていた。
「罠」
「罠ね」
「罠だな」
僕達も遅ればせながら武器を手に取る。それを見て、漸くベン達も武器を手にした。
馬車は、100メートル程手前で停車させた。ジュードとフレイが飛び出し、フレイのハルバートの鋒が、手を振っていた男の顔の前に突き出される。
「な、何するんだよっ!」
「貴様達こそ、どう言うつもりだ?」
「な、何の事だ?」
「こんなに人が居るのに、助けを求めたとは、言わないよな?」
「ちっ!」
フレイとジュードの言葉に男は舌打ちをすると、荷台の位置まで下がり剣を抜く。それと同時に荷台から3人の男が出て来た。
周りの草むらからも男達が出てくる。総勢20人程に取り囲まれる形となったが、僕達も既に荷台から降り戦闘態勢を取っていた。
「ばれたら仕方ない。皆殺しだっ!」
「ばれなくても皆殺しだがなっ!」
「随分、女が居るぜ?」
「何人かは、残しておこうぜ?グへへ」
ヘラヘラと哂いながら、不穏な事を口にする男達。お約束通りの言葉に目眩がするが、僕は男達に違和感を感じていた。
「これは、瘴気か?」
瘴気とは、特定の魔物が発する邪気で、普通の人間が瘴気に当てられると、邪悪なる物に染まると言われている。逆に邪悪な人間は、瘴気を纏い易いとも言われている。
僕が、この瘴気を発する魔物に遭遇したのは、まだ一度切りだ。月詠の加護を受けた刀を破壊してくれた、あのドラゴン。
唯一僕達が、全滅の危険を感じさせられた戦い。アジ・ダハーカの血から産まれたと言われる邪悪なるドレイク。全員生還出来たのは、今でも奇跡だと感じられる。
ただ邪悪と言う言葉で片付けて良いのか、僕は疑問だったが今はそんなことを思い出している場合でも、思考している場合でもない。
「この世界には、あれが居るのか………」
「やはり、何か有ると考えた方が宜しいですわね」
カティの言葉に頷くと、僕はニヤニヤと哂っている男達の中に斬り込んで行く。アリエンテも両手にジャマダハルに似た武器を持って僕に続く。
僕達は馬車の後方、フレイとジュードは、馬車の前方で戦闘を始めた。ガラも前方の戦闘に加勢しており、前方は大型の武器ばかりで迫力がある。
男達の剣毎、叩き切る勢いだ。
後方は、僕とアリエンテが動きの速さで斬り込み、ベンも男の一人と対峙している。
チェリーとカティが、魔法で援護して、ベンに他の男が向かわない様にしてくれていた。
男達の後方から打ち出された火炎は、軽くサピスが無効化し、ミヤも攻撃魔法で支援を行っている。
ものの5分もしないうちに、あっさりと男達は全滅した。
血の臭いに咽るが、僕とアリエンテが残り死体を調べることにし、残りは先に行って貰っている。
近くに居ると血の臭いを嗅ぎつけ、獣や魔獣が来る可能性が高いためだ。
「お金を持ってないのは解るけど、何も持ってないな。まるで暗殺集団だな」
「荷台の中も何もない」
「この近くに隠れ家でもあったのかも知れないね」
「調べる?」
「いや、止めておこう。皆を余り待たせても悪いしね」
「解った」
僕とアリエンテは、死体を調べながら馬車の近くに死体を集め、最後に炎の魔法で焼き払い土に還すと、馬車を追いかけるためにアリエンテを抱え風になった。
僕とアリエンテが馬車に合流した時、馬車には、ヒスイとサピスとフレイが残っているだけだった。
残りは、狩りに行ったらしい。ヒスイだけが残ると言ったのだが、広範囲の索敵が出来るサピスと、もしもの時のためにフレイが残ったそうだ。
この辺りの采配は、カティだろう。若干フレイが不満そうだが、何が不満なのかは見当も付かないので、触らぬ神に祟りなしを決め込む。
「それで、何か解ったのですっ?」
「いや、何も持ってなかったよ。まるで暗殺集団だった」
「そうですか。一向に野盗が減らないのにも、困った物なのですっ!」
「ここで、今日は野営?」
「仕方がないのですっ! この先は、森を抜けるので夜は危険なのですっ!」
「何か出るの?」
「夜行性の獣とか魔獣とか虫とかが森には沢山居るのですっ! 森を抜けるのは、昼間と言うのが常識なのですっ!」
「じゃぁ、寝る処でも作っておくか」
そう言って僕は、土魔法で雨風が凌げる箱を作った。12人が入って食事ぐらいは出来る様にと、少し大きめに作ったのだが大き過ぎた様だ。
「こ、こ、これは、な、何なのですっ!?」
「箱。ちょっと待っててね? 寝れる様にするから」
僕は、ヒスイが驚いているのが面白くて、ちょっと気合を入れ過ぎてしまった。サピスから「毎回、こんなの作るつもり?」と言われて、冷や汗を流す事になってしまう。
まず、入口と空気穴を作ったのは良いのだが、12人分のベッドを作ってもスペースが余ってしまったので、テーブルや椅子まで作ってしまい、中はちょっとした家になってしまったのだ。
狩りから帰ってきたカティ達にも「遣りすぎ」と言われてしまう。
狩りは順調だったらしく、その夜は鹿に似た肉とその辺りで取れる果物とだったが、肉も柔らかく果物がまた甘くジューシーで、満足のいく物だった。
夜は不寝番を立てるとガラが言ったが、僕達は精霊達が教えてくれるので要らないと言ったら、また驚いていた。
僕は、皆が寝静まった後、一人でこっそりと箱の上に登る。この世界も星や月が綺麗だ。星座が僕の知っている物と違う。
世界が違うと言うのは、宇宙まで違うと言う事だろう。月詠に逢いたいと思っていたのだが、違う人間が来たようだ。
「ちょっと良いか?」
「ん? 寝付けないのか?」
ベンである。僕は、精霊達に浮かせて貰い上に登ったのだが、彼は、よじ登って来たようだ。
僕の横に同じ様に寝転がり、言葉を選んでいるのか暫く黙っている。
「俺も、あんた等みたいになれるかな?」
「どう言う意味?」
「俺も、あんた等みたいに強くなりたい」
「僕は、そんなに強い訳じゃないよ。確かにジュードやフレイは強いけどね」
「だけど、黒狼を一瞬で細切れにした」
「あれは、刀の力かな? 僕はね、あの世界に行く前は、戦闘なんてない平和な世界に居たんだ。だから僕ぐらいなら幾らでも成れるんじゃないかな?」
「そうなのか?」
「魔法だって無かったし、剣なんてぶら下げて歩いていたら、捕まっちゃう世界だよ」
「そんな世界が有るのか? いや、有るのだろうな」
「住んでいた処には、帰らないの?」
「魔王を倒してからだ」
「そうか」
彼にも思うところが有るのだろう。しかし、彼が居ると月詠が来る事は有り得ないため、僕も寝る事にする。
そこからの旅は順調だった。森を抜け、平原を抜け、湖の畔を周り、また森に入った頃、森の中に信じられない物を見る事になった。
森の中に街が有ると言うより、森で出来た街が有った。木の上には家の様な物があり、木の祠に店が出店している。
自然の湖の周りは、公園のようになっており、周りに露店が並ぶ。自然を切り開いて街にするのではなく、自然の中に街が溶け込んでいる。
道はそれなりに有るのだが、遠目に見れば全て自然の木が立ち並ぶ森の一部である。
自然の木で上手く街を囲っている中で、門に当る部分に差し掛かると、僕達の前に衛兵らしき者達が立ちはだかった。
ガラが二言三言話すと衛兵達は道を開け、僕達は宿屋へ向かい、馬車を預け宿屋に入ると、早速女帝様に挨拶に行くとの事である。
僕達は行かなくても良いと思っていたのだが、ヒスイ曰く、正式にパーティとなっているのだから当然同行せよとの事で、渋々僕達も付いて行く事になった。
「あらっ! 貴男が今代の勇者様ですか? これは、これは精霊に愛されておいでですわね」
一際大きな木に造られている、これまた一際大きな建物と言って良いのか解らない物の中へ入った途端、見た目20代前半のエルフが走り寄って来て、僕の身体を撫で回している。
エルフらしい整った顔立ちと、スレンダーな体付きに豊満な胸とお尻を持っている、世の女性達の憧れの容姿と言えるだろう。
「ララ様、お待ち下さいっ!」
「ララ様!」
後ろから侍女や、衛兵達が走って追いかけて来ている。呼び名からすると、彼女が女帝ララ=リーフと言う事だろうが、どう見ても若い。
エルフは、長命な為、見た目より年を取っている事は知っているが、これは反則だ。
「あ~え~っと、僕は勇者じゃなくて、彼が勇者ですよ?」
「あら? それは、失礼致しました。では、こんなに精霊に愛されている方と旅をしておられるなんて、今代の勇者様は幸運ですわね。あっ申し遅れましたわ。わたくしが、フォレスト帝国女帝のララ=リーフです。宜しくお願いしますね」
エルフは人間嫌いだと思っていたが、この女帝様はカティ達より姦しく人懐っこい様だ。
唖然としている間に僕達は客間に案内され、この後、食事をしていく事まで決まっていた。
「我が国は、太陽の神ソ=ル様と月の神ル=ナ様を信仰しているのですが、その月の神ル=ナ様から神託があったのですよ」
食事の席で、ララが嬉しそうにそう言ったのだが、僕の背中を悪寒が走り抜ける。
「ル=ナ様からは、近々最大の加護を与えた者が向かうとのことだったのですよ。これはもう、勇者様御一行の事しかないと思いまして」
ちょっと頭痛がしてきた。これは、間違いなく月詠の仕業だろう。過保護なのは有難いが、何処か斜め上なところを何とかして欲しいと、切に願うのは贅沢なのだろうか。
僕達の母校とも言える月の雫は、文字通り月詠の加護の掛かった学校であったし、サラについても月詠の加護を受けている。
サラは、アルー=テミスと言っていたが、どちらにしても僕には、月の女神として有名な名前の類だ。
どうやら「かぐや姫」と言うのも、元は月詠の事だったらしい。月が関係する伝承や言い伝えは、某方、月詠に繋がると僕は学習している。
「それで、何方がル=ナ様のご加護を受けておられるのでしょう?」
ララの言葉に一斉にカティ達が僕を指差す。その姿に、ララは「やっぱり!」と燥ぎ、ヒスイ達は目を丸くしていた。
「いや、今指を指した人達も全員、女神様の加護を受けてますからね?」
抵抗にならない抵抗を試みたが、やはり無駄だった様子だ。ララの目がキラキラ輝いているように見える。
「何か、ご加護を受けている物をお持ちでは無いのですか?」
「あぁ~刀は壊しちゃったから、今はこれしかないですけど」
僕は、月の雫時代から使っているナイフを差し出す。このナイフも、鞘から抜くと淡く紅く輝く程に加護を受けているため、今は人前では殆ど抜かない様にしている。
それでも、アリア先生から最初に貰い、月詠が最初に加護を授けてくれた思い入れのある武器なので、御守り代わりに常に身に付けていた。
それを見たララは、キラキラしていた目を更に見開いて、僕のナイフに魅入っていた。
「流石、狩りの神様であられます」
「ル=ナ様って狩りの神様なんですか?」
「はい、ソ=ル様は、太陽の恵みと豊穣や平和の神であり、ル=ナ様は、静寂と慈母と狩りの神で御座いますよ」
「へ~」
あの真っ黒黒助がねぇと、僕は少し失礼な事を考えていた。
でも、よくよく考えると静寂と慈母の神と言うのは解る気がする。月詠は、何時も僕の事を見守っていてくれている。
狩りの神と言うのも、紅月の他に蒼月と言う弓を月詠は良く使うため、イメージに合っていた。
「今代の勇者様は、本当に素晴らしい方を、お仲間にお持ちですのね」
そう言って、ベンの方に微笑むララ。やはり人の上に立つ者は、人の動かし方を知っているのだろう。
これで、僕ばかりに話しかければ、勇者であるベンが面白くないのは当然である。そう言う処を解っているのだろう。
開かれた晩餐は、森の幸が豊富に振舞われ、湖か川で獲れたであろう魚や柔らかい肉まで有って、ララの話術の中、とても豊かで和やかに過ぎて行った。
宮廷に泊まる事も勧められたのだが、流石にそれは遠慮させて貰った。その代わりに、翌日も晩餐を一緒すると言う約束をさせられたのだが、それぐらいは仕方ないだろう。
ヒスイは、ララに憧れている様で、終始ご機嫌で今も上の空の様だ。
「ララ様って、本当にお綺麗で気さくで上品で、素敵な方なのですっ! あれで100歳を超えているとは、とても思えないのですっ!」
聞かなかった事にしよう。
翌日、僕達は街の中を探索していた。この街は色んな世界を旅した僕達でも珍しい。ここまで自然と言うか、森と一体化した街と言うのは、初めてだ。
12人でゾロゾロ歩くのも何なので、僕達は、6人ずつに分かれて行動している。ヒスイ達にジュードとフレイが同行し、残りが僕達と言う形だ。
あちらは男女3:3なのに、こちらは僕以外女の子と言う、周りから見ればハーレムなのだろうが、何時もの事なので僕は妙に気が抜けた状態だった。
僕達は、カフェテラスの様になっている木の根元で食事を取る事にしたのだが、小さな事件が起こった。
カティが頼んだ物と違う物が来たと怒っているのだ。いや、違う物が来た事に怒っている訳ではない、その態度に怒っている。
「だから、これは頼んだ物と違いますわよね?」
「そちらの方が高いのだけど、こちらの間違いだから同じ値段で良いと言ってるのに、何が不満なのよ!」
「その、態度が不満なのですわ。何故、謝罪の一言も御座いませんの?」
「なんで、人間如きに謝らなきゃいけないのかしら?」
そう言って、店員であろうエルフの女の子は、その場を去って行ってしまう。
残された僕達は、カティを宥めながら、なんとか食事を続けたのだった。
「全く、異世界は本当に自分勝手な者が多くて嫌になりますわ」
「エルフは、人間を嫌っている世界が多いからね。仕方ないよ」
「こんな事をすれば、確実に世界に対する反逆となりますのに」
「それが身を持って解るのは、あの世界ぐらいだよ」
これが、演技だったのかどうかまで僕には解らない。若しかしたら、気に入らない人間たちへの仕返しだったのかも知れない。
だが、この喧騒に紛れて、僕のナイフが盗まれてしまった。
「あれ?」
「どうされましたの?」
「ナイフが無いふ?」
「寒い」
サピス、相変わらず冷たい言葉を有難う。
料金を払う段階でその旨を伝えたのだが、「最初から持って居なかったのでは、有りませんか? うちに対する嫌がらせですか?」などと言われ、料金も間違った料理分まで確り取られた。
「一応、忠告しておきますが、あのナイフは、僕以外の者に使われる事を嫌います。最悪、死にますので気を付けて下さい」
「何を、仰っているのか解りませんね」
馬鹿にした哂いを浮かべるエルフには、それ以上係わらないで僕達は店を後にする。
あのナイフに与えられた加護の内の一つだが、僕がとても弱かったので、他人に盗まれた時の為の加護が掛かっていたのだ。
それは、あの世界で偶々僕の落としたナイフを使って僕に斬り掛かろうとした野盗が、突然苦しみだした事で発覚した。
そして野盗が手を離したナイフは、僕の鞘へ勝手に戻って来たのである。今回は鞘毎盗まれているからどうなるか解らないが、使った者は只では済まないだろう。
その夜の晩餐では、僕の太腿にナイフが無い事を真っ先に見初めたララが、その事を聞いてきた。
カティ達は、あの店での出来事を克明に報告する。基本、僕達は虚偽の報告をすると言う考えが無いので、良くも悪くも正確に報告してしまうのだ。
「ふん、ル=ナ様の加護を得たナイフ等、貴様には分不相応であったのであろう」
「カンテラ! 口を慎みなさい!」
何時もララの護衛をしているのであろう衛兵も、僕達の事が気に入らなかった様だ。
「あれは僕が貰った物で、僕が加護を受けた物です。それを否定する事は、僕にくれた者、与えてくれた者を否定する事だと解っていますか?」
「何だと!」
剣に手を伸ばしたカンテラと呼ばれた衛兵を、ララが手で制している。
僕の前には、アリエンテが武器を装備して立ち塞がり、ジュードは抜刀し、フレイもハルバートを構えていた。
ヒスイ達は、オロオロしているが、カティ達も既に精霊達に呼びかけており、一触即発の雰囲気となっている。
「矛をお収め下さいナカツ様。この件に関しましては、わたくしの方で責任を持って対処させて頂きます」
「別に構いませんが、最悪この国は、貴方がたの言うル=ナ様から見放されるとご認識下さい」
「それは、どう言う意味でしょう?」
「先ほども言った通り、これは、ル=ナ様を否定し、侮辱する行為だからですよ」
暫し沈黙がその場を支配する。温厚で柔かであったララも、真剣でキツい眼差しを僕に向けている。
沈黙を破ったのは、外から走り込んで来た兵士であった。
「ララ様!」
「何事です!」
「我が街の結界が、消滅しました!」
「何ですって? すぐに張り直す様に術者を集めなさい」
「貴様! 何をした!」
「僕達は、何もしていない。月の女神を蔑ろにしたのは、貴方達だ」
「これは、ル=ナ様のお怒りだと?」
「さぁ? 僕には、神様が何を考えているかは解りません。ただ、あのナイフは僕以外の者が使う事を嫌がります。盗んだ者は、今頃死んでいるのじゃないですかね?」
「死っ、そうなる事が解っていて放置して居られたのですか?」
「知らぬ、存ぜぬで通されたのですよ。一応、忠告はしておきましたがね」
「誰か! 今すぐ、ナカツ様達が昼食を取られた店を調べに行かせなさい!」
店の名前や場所も聞かずの命令に、多分、僕達は監視されていたのだろうと理解する。つまり、監視していた者も、その事実を放置していたと言う事だ。
この時点で、色々と推察出来る。まず、ララが首謀者で有った事。ララに献上しようとしたか、または単に欲してララの部下が行った事。そして、あの店の単なる僕達への嫌がらせの可能性だ。
だが、あの時は刀とナイフを一緒に置いていたのに、ナイフだけが盗まれていた。店の嫌がらせの可能性が消える訳ではないが、ナイフの価値を高く見ている者の仕業と考える方が自然だろう。
「店ではなくて、ナイフを調べた方が良いのでは、ないですか?」
「どう言う意味でしょう?」
ララの眼差しが剣呑な物に変わる。
「僕達に店の名前も場所も聞かなかった、それは僕達に監視が付いていたと言う事でしょう? つまり、僕のナイフが盗まれた事も知っていた」
「それは………、監視をお付けしていた事は謝罪致します。それは、皆様の安全の為だとご理解下さい。ナイフの件につきましては、報告を受けておりません」
よっぽど腹芸が達者なのか、本当に知らないのかだろう。そうなると次に怪しいのは、未だに僕達に斬り掛かろうとしているカンテラと言う衛兵だ。
「未だに僕達に敵意を向けている、カンテラさんでしたっけ?」
「何だ!」
「僕と勝負しましょう。紅月」
「何!」
僕は、徐に紅月を呼び出す。僕の右手に握られた、その紅く輝く刀身は神々しく、敵対する者が月詠の信者であれば平伏す程の物である。
月詠が自身で顕現すると皆が神気に怯えると言う様に、これは月詠の闘神部分の神気の固まりだ。故に信仰が無い、ヒスイ達ですら固まっている。
「そ、その刀は………それ程までの物を………。も、申し訳有りませんでした」
信仰が厚いであろうララは、床に平伏している。
「そ、それが何だと言うのだぁ~っ!」
カンテラと言う衛兵は、僕に斬り掛かって来た。僕は、その剣の根元に軽く紅月を当てる。それだけで、カンテラの剣は脆い小枝の様に折れた。
斬れない物が無いと言われる紅月に取って、そこらに有る鋼鉄製の剣など、豆腐を切る様に斬れるのだ。
「な、なんだと?」
「貴方が主犯でしたか」
「あれは、あの様な加護を与えられた物は、ララ様にこそ相応しいのだ。貴様などには、身分不相応なのだ!」
「カンテラ、貴方は何と言う事を! その者を取り押さえなさい! 刑は後で言い渡します!」
紅月を収めた僕達の横を、カンテラが両脇を固められて引き摺られていく。
僕は、項垂れているララの手を取り立ち上がらせた。
「本当に、申し訳有りませんでした。ナイフは在り処を聞き出し、すぐにでもお届けいたします。あ、そ、その、持ち運んでも大丈夫でしょうか?」
「抜かなければ大丈夫だと思いますよ?」
「そうですか。本当に申し訳有りませんでした」
「と言う事は、あの店の態度は、素だったと言うことか」
「そ、その店についても厳重に注意しておきますので、どうか、お許し下さいませ」
「その必要は無いですよ」
「え?」
「あんな態度で居れば、そのうち客が来なくなるでしょうし、客や街の者も同意だったとしたら、この国の先も長くないでしょうから」
そう、あんな態度で経営が成り立つのは、僕が元居た世界くらいだろう。僕の世界では、良くあった話だ。
まるで店の者が一番偉いような態度。お金を払ってるこちらが、悪い様な物言い。月詠に送られた、あの世界では考えられない事だ。
そして、少なからずマナや精霊達が正常なこの世界では、その結果は因果応報となり本人に巡って来るだろう。
「い、いえ、必ず謝罪させます」
僕は単に思った事を口にしただけだが、ララには、僕がこの国を滅ぼす事を考えている様に受け取られた様だ。
そのまま僕達は帰ろうとしたのだが、晩餐の用意もしてあるので、と予定通り晩餐に付き合わされる事となった。
「こんな事でお詫びになるとは思いませんが、今日は美味しい物を沢山用意致しましたので、楽しんで行ってください」
昨日より元気の無いララであったが、僕達は遠慮なくご相伴に預かる事にした。食べ物を粗末にしちゃいけないからね。
「たかがナイフぐらいで、騒ぎ過ぎなのですっ!」
「君には、たかがかも知れないけど、僕には大切な物なんだけどね」
騒いだのは、僕では無いと言いたかったのだけど、そんな言葉は聞いてくれなさそうだ。
「それより、あの刀は折れたのでは無かったのですかっ! 全く騙されていたのですっ!」
「ごめんごめん、あの時は、本当の事を言う訳にも行かなかったからね」
「仕方ないのですっ! 許すのですっ! その代わり、私のお願いを一つ聞くのですっ!」
「それは、また怖いなぁ。で、お願いって何?」
「それは、これから考えるのですっ!」
「はいはい、出来る事でお願いしますよ?」
ヒスイは、僕に一つ貸しを作った事で嬉しいのか、ニコニコとしていた。まぁ、恨まれるよりは、ましだろうと、僕は気にしない事にする。
「全く、あのままこの国を滅ぼしちゃうのかと思って、ワクワクしちゃったよ」
「ワクワクって………」
全く、チェリーは相変わらずだ。
「本当ですわ。わたくしも、覚悟を決めてましたのよ?」
「うんうん」
いやいや君達、僕を何だと思っているんだい? カティとサピスも同意してるし、ちょっと落ち込む。
「お前は、本当に計り知れない奴だったのだな」
「濡れちゃいました」
「このエロ魔導師は、何を仰ってやがりますか!」
「セリフを取られたからと言って、怒らないのキャル」
「わ、私は濡れてません!」
「卑猥」
何時もの雰囲気に戻ってホッとするやら、冷や汗が流れるやらだ。
「それにしても、あんな刀をお持ちでしたら、魔の物達も恐る事もありませんね」
魔の物? この世界には魔物が存在すると言うのだろうか? エルフの女帝が言うのだから、相手は獣人と言う事は無いと思う。
「ララ様?」
「ララとお呼び下さい、ナカツ様」
「は、はぁ。で、その魔の物と言うのは、どう言った物なのでしょうか?」
「そうですね、余り知られておりませんが、北の地には、ドレイクを筆頭に吸血鬼や夢魔等が居ると聞いております」
ララの言葉に、その場を静寂が支配する。それ程までに衝撃的だったのだ。
「ドレイク?」
「はい、ドラゴンの亜種と聞き及んでおります。その身は黒く巨大で、吐く息まで黒く、体は刃を通さぬ程硬いと」
やはり居るのか? それが、僕の知っているドレイクと同程度だとすれば、今の勇者達では無理だ。
しかも吸血鬼や夢魔も居ると言う事は、確実に魔族が存在すると言う事だ。
魔族とは、実は人が作り出した物だ。吸血鬼にしろ、夢魔にしろ、糧は人間の血であったり、人間の精であったりするのだ。
だから、魔族が人を滅ぼそうとする事は、有り得ない。糧が無くなるからだ。しかし、向かって行く者は、容赦無く殺戮する。
魔族自体は、全滅させても無意味だ。魔族が発生するのは、発生する理由が有るからで、それは人側に原因がある。
それを解消しない限りは、いくら全滅させてもまた何れ発生するし、その原因は多義に渡るため一長一短に解消は出来ない。
だが、あのドレイクは別物だ。ここのドレイクが僕の知っているドレイクとは、別系譜で有る事を祈るしかない。
「どうされました?」
「いえ、恐ろしい者達が北には居るのですね」
「わたくしも、実際に見た事が有る訳では有りませんので、聞き伝手で申し訳有りません」
「いえいえ、今後の参考になりました」
この不安を抱えたまま暢気に旅をする事は僕には不可能だったし、ベンがそこまで強くなるまで付き合ってる訳にはいかない。
僕達が異世界に留まるのは、大体100日を基本としている。それ以上になると、元のあの世界に、還れなくなる可能性が高くなるからだ。
101日目から還れなくなると言う訳ではないが、サラ曰く、100日を超えると僕達をトレースしている、あの世界の魔道具の反応が悪くなると言う事だった。
この辺りの仕組みは、よく解っていない。サラの組織に居る者達で作成した物らしく、色々な神の加護が混じっていて、月詠にも全容はよく解らないらしい。
僕は、早々に北に向かうべきだと確信した。