第五話 卒業
例の祭りでの事件以後、僕は、精霊達の声? が聞こえる様になっていた。会話が出来ると言う様なモノではなく、子供よりまだ高い透き通る様な声で囁かれている様な感じだ。
お陰で、精霊達が悪戯好きだと言う事を実感した。「くすくす、くすくす」と聞こえたと思ってそちらを見ると、必ず風がスカートを巻き上げているのだ。
なので今は、皆でアリエンテを迎えに行くところだが、僕は出来るだけその笑い声には反応しないようにしている。
反応してしまうと、まるで僕が風の精霊を使って、スカートを捲ったかの様な目で見られるからだ。
「こんなに皆さんが仲が良い期は、初めてですね」
「そうなんですか?」
アリア先生は、相変わらずスカートが捲れる事なんてお構いなしの様子だ。
確かに、「きゃっ」とか言って、スカートを抑えているのは、カティ達ぐらいで、道行く人は本当に気にしていない。
ジュードは相変わらず防塵眼鏡を掛けているが、今は獣っ娘の方が優先度が高いらしい。
思ったんだけど、獣っ娘達って尻尾を出すためか、皆すごいローライズなんだよね。獣男さんたちは、ズボンに穴が空いてるみたいだから、そうしても良いと思うんだけど。
「同じ時期にこちらに来たのだから、皆、仲良くしそうな気がしますけど?」
「そうでも無いのですよ? 今回は、ナカツさんの影響が強い気がします」
「僕の?」
「はい、のほほんとしていて癒されます」
いや、僕より絶対アリア先生の方が、のほほんとしてますよ。とは口には出せず、理不尽なモノを感じながら僕は愛想笑いをするしかなかった。
とは言え街は秋模様と祭りの影響で、ほんのりとした哀愁と華やかな歓楽が入り混じった、不思議な雰囲気を醸し出している。
僕の服の裾がツンツンと引っ張られる。最近慣れて来たサピスだろうと思いそちらを向くと、やはりサピスが紅い瞳を上目遣いで、僕に向けていた。
「あれは何?」
「あれって?」
「昨日の、あれ」
「えぇ~っと、僕も夢中だったから覚えてないんだけど、どんなだったの?」
サピスの聞きたい事は、昨日の僕の攻撃の事だろうと解ったが、正直、僕にも何が起こったのかは解っていなかった。
カティの話によると、僕は、暴漢達の一人に向かって行き、刀を横凪ぎに切り込んだだけらしい。
男は僕の刀を自分の刀で受け、吹っ飛んで行ったのだが、解らないのはジュードやフレイの相対していた男達から、後ろでヘラヘラしていた男達まで吹っ飛んで行った事だ。
「多分、あれは、ナカツ様の剣に反応して、某かの精霊が同調したのでないかと、思われますわ」
「あの時の、精霊さん達は、ピリピリした感じがしました」
カティとキャルが、その時の事を説明してくれる。キャルなどは思い出して怖かったのか、自分の身体を抱きしめ身震いしている程だ。
「ナカツさんは、精霊さん達に愛されてますからねぇ。きっとナカツさんと一緒に怒ってくれたのでは、有りませんか?」
人差し指をピッと立てて説明するアリア先生に、僕は成程と思ったのだが、サピスは難しい顔をして考え込んでいる。
「俺達には影響なく、奴等だけ吹っ飛んで行ったからな」
「剣による技では無く、精霊の力に依るものと考えた方が妥当なのは確かだが、それでもアタシ等を巻き込まなかったのが不思議だ」
フレイの言葉にサピスも勢いよく頷いている。同じ事が疑問で難しい顔をして考え込んで居た様だ。
「まぁ、いざと言う時には、思ったより頼りになるってことで、良いんじゃない?」
「思ったよりってなんだよ」
ジュードの言葉に皆が爆笑し、その話題は有耶無耶となって終わってしまったが、サピスは、まだ何かを考えているようだった。
それから他愛もない話をしながら、どう見ても教会か修道院にしか見えない建物の中に、僕達は入って行く。
昨夜と違い、中はそれなりに人が居て、僕の知る病院の受付を彷彿とさせる雰囲気だ。
その片隅にアリエンテは、一人で腰掛けていた。
「アリエンテさんっ!」
比較的よく一緒に居るキャルが駆け寄って行くと、こちらを向き、すっと立ち上がるアリエンテ。
三つ編にしていても、お尻まである長い銀髪。僕の世界では見た事もない銀色の瞳に、透き通る様な白い肌。
幻想の世界から抜け出てきた妖精と言われても信じられる程だ。
その妖精が、僕の前まで歩いて来ると跪いた。ミニスカートの裾から白い物が覗いているが、それよりもアリエンテの言葉に驚愕してしまった。
「我が王よ。この身は王の盾となり、剣となることをここに誓います。我が誓を」
「え?」
アリエンテの声を初めて聞いた。澄んだ鈴の音の様な、耳に心地よい声と、その発した内容に僕は思考停止してしまう。
その隙を突いた様に、アリエンテの唇が僕の唇を塞いだ。
「「「えっ~!!!」」」
「あらあら、アリエンテさん大胆ですね」
「ちょちょ、ちょっと何言ってるの?!」
「我が誓」
なんとかアリエンテを引き離して問い質すが、アリエンテの銀の瞳に見据えられ、僕は挙動不審に陥ってしまう。
「あ、アリア先生! ニコニコ見てないで、何とかして下さいよ!」
「う~ん、でも其々の世界のシキタリとか掟とかあるから、まずは帰って落ち着いて話を聞きましょ?」
マイペースなアリア先生の説得? で、僕達は何とか帰路に付くこととなったが、何故か皆の雰囲気が怖い。
アリエンテは、キャルに連れられ二人で歩いていて、僕はジュードに小突かれている。
カティは顔を真っ赤にしているし、サピスもなんとなく不機嫌だ。チェリーは、何故かアリア先生と楽しくお喋りしている。
僕は、どうしてこんな事になったのか、帰ってからどうなるかと憂鬱になってきた。
寮に戻って食堂に全員集まって、アリエンテの話を聞いている。アリア先生、何がそんなに楽しいのですか?
アリエンテの話は、こうだった。
アリエンテの世界では黒死病が蔓延し、魔女狩りが行われている真っ最中だったらしい。僕の世界で言う14~5世紀ぐらいだろうか。
その中でアリエンテの家族は、精霊の加護を受け薬草による薬を作っていた家系だったと言う事だった。
一族の中に予言に長けた者が居て、アリエンテは神託と言う名の予言を受け、一族の中で大事に育てられていたらしい。
黒死病が蔓延したため、アリエンテの家は薬を供給するために大変だったが、アリエンテの家から渡される薬では当然黒死病の特効薬となるわけもなく、逆に黒死病を広める魔女だと言われ始め、長く住んでいた場所を追われる事になったと言う事だった。
長い間、一族で放浪していたが、周りの弾圧に徐々にその人数も少なくなっていき、最後に追い詰められ、崖から墜落したらこの世界に居たと言うのが、アリエンテがこの世界に来た経緯だと言っている。
「じゃぁ、アリエンテは召喚されたんじゃないんだね?」
「アリアに拾われた」
「大変だったんだね。僕には想像も付かないや」
「でも、これも王に逢うための試練」
「じゃぁ、受けた神託だっけ? 予言は成就しなかったって事?」
「成就した」
チェリーの質問に、顔も向けずに断言するアリエンテ。
そこに、何か焦った様子のカティが質問を被せる。
「ま、まさか、それが王に逢う事とか言う訳じゃありませんわよね?」
「そう、私は、世界の王と成る者の、従者となると予言されていた」
「いや、僕は、そんな者には成らないと思うよ?」
「世界の王は、精霊に愛され、世界を跨ぐ旅を行う。私は、その従者となり、王を護る者と成ると言われていた」
これだけ話をするアリエンテも初めてで驚いているが、その内容がまた途方も無い話だった。
僕は、どうした物かと、無い頭を悩ます事となる。どう考えてもアリエンテの勘違いだが、どうやって納得させるか。
確かに僕は学校を出たら旅でもしようかと考えていたから、アリエンテの様な可愛い娘が一緒に来てくれると言うなら、嬉しいと思うけどこれは違うと思う。
「あのね? アリエンテ?」
「な、ナカツ様っ!」
僕が、アリエンテを説得しようとしたところに、カティが顔を真っ赤にして割り込んで来る。
本心では、邪魔しないで欲しいなと思ったが、何かカティも必死そうだったので思わず息を飲んでしまった。
「な、何かな? カティ」
「そ、その、皆さんっ! 一度、わたくしの召喚者に、逢って下さいませんか?」
「いや、今その話しなくてもいいんじゃない?」
「いえ、アリエンテさんは、ナカツ様の従者として旅をしたいのですわよね?」
カティの言葉にアリエンテは、こくんと頷く。
「本当は、卒業前にと言われていたのですが、丁度良い機会だと思います。今週末にお願いできませんか?」
「あぁ、そう言えば、サラス=バディ様から頼まれてましたね? でも、ナカツさんは召喚者が居られますよ?」
「そ、それは、一応話を聞いてから、召喚者の方とご相談頂ければと思いまして」
「それもそうですね」
なんか、アリア先生とカティの間で話が進んでいる。サラスバディって誰?
「アリエンテさんも、それで宜しいでしょうか?」
「私が、我が王の従者となるのは決定事項」
これは、説得は無理だ。まぁ、旅をする時に一緒に連れて行けば良いだろう。ぐらいに僕は諦め方向に傾いていた。
その週末、僕は、初めてこの世界の馬車なる物に乗った。
これは、凄まじく乗り心地が良いと言うか、まるで普通に椅子に座っていて、風が吹いているだけと言う感じだ。
カティの話では、台座が良いものだから安定していると言うことだが、浮いているため衝撃が全くない。
止まる時は、慣性の法則が働くんじゃないかと思ったが、そこも精霊達は上手くやってくれるらしい。
「ようこそ、ボクがカティを召喚した、サラス=バディだ。サラと呼んでくれたまえ」
僕達を出迎えてくれたのは、ボクっ娘だった。僕の世界で言う黒いゴシックロリータな服装に身を包み、腰には細いレイピアと呼ばれる剣を下げている。
カティとは、また違った淡いストレートの金髪を背中まで伸ばし、頭には大きなリボンを着けている。瞳はエメラルドグリーンで、身長はサピスやアリエンテより少し高いぐらいだ。
西洋風の豪邸の中に案内された僕達は、やたら天井が高く長いテーブルの有る部屋に通された。
ちょっとスカート丈の短いメイド服に身を包んだメイドさん達が、僕達の前に紅茶を注いでくれる。
どんだけ金持ちなんだと思ったけど、よくよく考えればこの世界でお金は必要ないのだった。それを忘れるくらい僕は混乱していたと言える。
「さて、話はカティから聞いているけど、男の子は一人だと聞いていたのだけど、どちらがジュード君かな?」
「あ、俺」
ジュードは、ぶっきらぼうに手を揚げて答えた。愛想が無いと言うより、この豪邸に僕以上に困惑していて上の空の様だ。
「じゃぁ、君は?」
「あ、ぼ、僕は、ナカツと申します」
僕は、緊張して噛んでしまう。大きな建物は街で見ていたけど、この世界でこんな豪勢な屋敷が存在するとは思って居なかったため、元の貧乏性が出てしまった。
「そんなに緊張しなくても良いよ。君も迷い込んだ口かな? それとも、誰かに召喚されたのかな?」
「え? あ、はい、召喚されました」
「そうか、差し支えなければ、召喚の条件を聞いても構わないかい?」
「えぇ~っと、こっちに来て何をするか? ですか? だったら、好きにして良いと言われてますけど」
「それは、また豪気な召喚者だね? 何故召喚したんだろう? あ、いや、それは言わなくても構わないよ」
「は、はぁ………」
「じゃぁ、カティ。一応、全員候補者と考えて構わないのかな?」
「えぇ、本人達の意思さえ確認が取れれば、構わないと思います。ただ、アリエンテさんに関しては、ナカツさんの従者となるのが望みと言う事です」
何か理解不能な話をしているが、一応僕達の意思が尊重される事は理解出来たので、なんとなく安堵の息を漏らす。
サラは、少し考えて立ち上がると、僕達に向かって話を始めた。
「まず君達は、この世界に多量に召喚されている者達の事を知っているかな?」
サラの質問に僕は頷く。周りの皆も頷いている。それを見てサラは満足そうに頷くと話を続けた。
「そうか。ではお浚いがてらに軽く説明をすると、まず、他の異世界で無闇な召喚が行われ、何も知らず召喚される者達が増えている。それらに対応するため、この世界で任意召喚を行い突然の召喚に備えている。また、多量な召喚は元の世界に還る者の確率を高めるためと、この世界の魔物や獣の消費に貢献して貰うため、後は人口増加を望んでいる」
サラの説明に、僕は聞いた事が有る内容ばかりなので頷いていたが、カティ以外は驚いた顔をしている。
今までの話を総合すると、僕とカティ以外は召喚ではなく迷い込んだと言う事になる。そうなると学校で聞いた話が全てだから、僕が来る前に聞いていなければ当然だ。
「ナカツ君だっけ? 君は、召喚者から聞いたのかな?」
「え? えぇ」
また暫く思考を行うと、サラは話を続けた。どうも僕は、サラの中でかなり予定外な参入者らしい。
「ボクは、この何も知らず召喚される者達に対する、次の段階を考えているんだよ。つまり、この世界から元の世界に還る者達の支援を行う事をね」
「俺達が還る時の事?」
「いやいや、ボクが態々月の雫にカティを送り込んだのは、迷い込んだ者を集めるためだよ。迷い込んだ者達と言うのは、言い方が悪いかも知れないが、元の世界から弾き出された存在だ。だから元の世界に還る確率は、非常に低いんだよ」
質問したジュードだったが、サラの回答に更に困惑している様子だ。
「今、ボク達は、元の世界に還った者達の世界へ、こちらの者を送り込む方法を研究している。だけど、この世界の人間は送り込めない事は、既に解っている。だが、君達の様にこの世界に来た者は、送り込める事が解ったんだよ」
「つまり、僕達に元の世界に還った人達をサポートしろと?」
「君は、頭の回転も速い様だね。中々興味深い。その通りだよ。そこでだが単刀直入に言うと、まず、月の雫を卒業したらこの世界を旅して貰いたい。この世界に蔓延るブラックカードの集団、ボク等の間ではブラックチーフと呼ばれているんだが、どうやら彼等が組織立ってきているらしいんだ。彼等の組織を潰して貰いたいんだよ」
「何故、この世界の人達でやらないんですか?」
「勿論、軍も投入しているよ。これは、君達の実践訓練を兼ねているんだ。君達の合意が得られたなら君達を我が軍の遊撃軍として登録し、軍士官同等の地位を用意出来るんだが、これらは全てこちらの都合だ。嫌なら断ってくれて全く問題ないし、断ったからと言って君達がこの世界で生きていく上で不利になる事は、全くないとボクが保証するよ」
「カティさんは、参加されるのですか?」
「わたくしは、その契約でこちらに召喚して頂きましたので」
「カティも突然、元の世界に還っちゃう?」
「わたくしの世界では、異世界から召喚するなどと言う話は聞いた事が有りませんわ。だから多分、還る事はないと思いますの」
「アタシは構わないぜ」
「俺もだ」
「有難う。即決して貰えるとは、思わなかったよ。当然の事だが、卒業まで考えて貰って構わないし、もし今回断ってくれても、卒業後に気が変わったならボクに言って貰えれば、それから参加して貰っても構わない」
「一つ質問して良いですか?」
「あぁ、構わないよ。何だい?」
「こう言う勧誘って他にも有るんですか?」
「どう言う意味かな?」
「つまり、僕達異世界人を都合良く使おうとしてスカウトするような事は、他の人も考えているか? と言う意味ですが」
「都合良く使うとは、手厳しいね。ボクの知っている限りでは、初の試みだよ」
「僕は、つく、召喚者に相談したいので、お返事は後日と言う事でお願いします」
「うん、それで構わないよ。じゃぁ、他の皆も返事は、卒業までにカティに伝えてくれれば構わないよ。後は、食事でも楽しんで行ってくれたまえ」
サラは、そう話を締めると、部屋を出て行く。カティもそれに従って出て行った。僕達は、冷えた紅茶を口にして、其々考えているのか沈黙が場を覆っている。
何時も賑やかなチェリーが何も言わなかった事からも、皆、初めて聞いた話で、即決出来る様な話では無かったと言う事だろう。
それにしても、僕とカティ以外が召喚されたのでは無かった、と言うのは初めて知った。
アリエンテについては先日聞いていて、ジュードについては結構前に聞いていたが、はっきり言って皆悲惨な感じがするので、聞き出すのは止めておこうと思う。
カティの言う通り、確かにこれに僕もアリエンテも参加するなら、アリエンテの願いは叶えられる。でも逆に言うと僕が参加すれば、アリエンテも参加すると言うことだ。
そんな危険な事にアリエンテを巻き込んで良いとは思えないし、僕だって戦闘はこの世界では避けられないと言っても、自から好んで渦中に入る必要も無いと思う。
どちらにしても、僕の場合は月詠に相談すれば良いや、と言う軽い気持ちが有ったのだろう。だからその後、カティとサラが密談を行って居たなんて知らなかったし、知って居ても気にもしなかっただろう。
「ナカッツも、その召喚者がOKなら来るだろ?」
「どうかな? 僕は、戦う事が得意じゃないと言うか、経験が無いからね。対人戦なんて出来るのか怪しいモノだよ」
「そうか。俺は、戦う事が生きる事だったからな。この申し出は有難い」
「きっと、フレイも近い感じなんだろうね」
「フレイアは、どうか知らないが、俺は、武器が無いからな。ナカッツと似た様なモノだと思うぜ?」
「え?」
「この世界には、銃もプラズマショットも無いからな。しかも身体は、生身だ」
「そうだね」
プラズマショットとは、僕の世界でのスタンガンの様な物だと言う事は、以前ジュードから聞いていた。
確かに、戦闘形態は全くの肉弾戦となるから、かなり勝手が違うことになるのだろう。それでもジュードは人を殺せる。僕は、殺した事が無い。
これは大きな違いだと、僕の知識と感情は訴えていた。
僕達が、悶々としている頃、別な部屋では、カティとサラが話をしていた。
整然と書物が壁に並んでおり、大きな机の椅子にサラは腰掛けている。カティは、その前のソファーに腰掛けていた。
「あのナカツと言う少年は、面白いね。是非、欲しいところだ」
「はい。先日、暴漢に襲われた時も、不思議な力を行使されて居られましわ」
「へぇ~。どんな世界から来たのだろうね」
「かなり平和な世界から来られたと伺っておりますわ。それに、わたくし達とは違った文化がかなり発展した、魔法の無い世界だとも」
「成程、じゃぁ断られる可能性が高いかな?」
「しかし、彼が来ると言えば、付いてくる方が増えますわ」
「アリエンテと言う娘だったかな?」
「いえ、サピスも多分。それに他の方達も、その回答に受ける影響は大きいモノと、わたくしは考えておりますわ」
「そんなに影響力が有るのかい?」
「アリア先生も仰っておられましたわ。この期は皆が仲が良い。その原因はナカツ様の影響が大きいだろうと」
「ほぅ、それで、簡単に全員を連れて来る事が出来たと言う訳か。これは、この後も少し手を打っておいた方が良さそうだな。彼の好みは解るかい?」
「何ので御座いますか?」
その時、カティの目が剣呑に光り、サラも何かを気付いた。
「彼をこちらに引き込むためのさ」
ニヤリと笑ったサラに対し、カティは、優しい微笑みを以て応える。
(これは、彼を敵に回したら、カティも敵に周りそうだ。事は簡単になったと思ったが、逆に彼に対する態度を間違えると失敗すると言う事か)
サラの頭の中では、計画の修正が大幅に行われていた。
そんな会話が成されていたとは全く知らないで、僕は目の前に用意された豪華な食事に目を丸くしていた。
こちらの世界に来てからの食事に不満は無かったが、寮で食べる食事は比較的ワイルドな物が多かったのだ。
ここに並んでいるのは、僕の世界で言うフランス料理の様に手の込んだ物ばかりである。
ローストビーフの様な物や、ロブスターの様な物など、なんか元の世界に戻ってパーティにでも出席している様な錯覚に陥っていた。
「こんな食事も有ったんだ」
「ボクは、異世界の人達とも交流が多くてね。彼らの話を元に、うちのメイド達に再現させているんだよ」
僕の何気ない言葉に、サラが答える。僕とサラの席は、かなり離れているのに良く聞こえた物だ。
「こんな食事を何時も食べて居るんですか?」
「いやいや、当然、これは君達を饗すために用意した物だよ」
「それは、態々有難う御座います」
「いやいや、気にしないでくれたまえ。態々来て貰ったのは、こちらの方だからね。当然の事だよ」
色々と話を聞いていたが、やはりあの容姿と話をしている内容と口調にギャップを感じる。
女性に年を聞いてはいけないと僕の常識が訴えているが、後でカティにでも聞こうと僕の好奇心は動かされていた。
「ところでナカツ君、君は、何があれば、内に来てくれるかね?」
「はい?」
突然掛けられた言葉に、僕は、ロブスターモドキを頬張りながら間抜けな返事をしてしまった。
なんとも直球で来られてしまった。この世界の仕組みからすれば、下手な駆け引きは必要ないのかも知れない。
逆に騙すなんて行為をしてしまえば、貢献度を大きく下げる事になってしまうと言う事だろう。
「難しく考える必要は、ないよ。例えば、この食事が毎日食べられるならとか、君の価値観として何が対価になるかを知りたいだけなんだよ」
「は、はぁ、でも何故僕に?」
「勿論、君に興味が有るからだよ」
「へ?」
その瞬間、冷たい物が突き刺さった気がした。それはサラも同じだったようで、ニヤリと哂っていた唇を引き攣らせている。
「そ、そうだ。ここには大浴場が有るんだよ。良ければ入って行かないかい?」
「大浴場?」
「その後には、冷たいデザートを用意させるよ。どうだい?」
「それは、ちょっと惹かれますね」
僕は、実は結構温泉とか好きなのだ。寮のお風呂は、ユニットバスくらいしかない。この言葉に僕は食いついてしまった。
そこは、かなり広い風呂場だった。直径が30メータ程もある円形のお風呂だが、岩場の様になっている。
お湯の底もヌルヌルしておらず滑る様な事もなく、上手く座れるように段差となっていた。
この世界にシャワーと言う物が存在しない。僕は、精霊達に頼んで湯船のお湯をシャワーの様に浴びせて貰う。
「へぇ~、器用な使い方するんだな?」
「そう?」
頭からお湯を掛けて貰いながら、僕が、頭を洗っていると何かガヤガヤと聞こえてくる。
僕は、嫌な予感がした。ここは銭湯では無い。つまり、男湯と女湯が分かれているなんて事は無いのだ。
「わぁ~っ! 大きいっ!」
「わたくしも初めて入らせて頂きますけど、これは大きいでわね」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってぇ~っ!」
僕は、慌てて湯船に浸かった。女の子達は、その白い肌を隠そうともしないで、惜しげもなく晒している。
胸も、腰も、お尻も、太腿も、丸見えである。
「あっナカツン達も入っていたんだぁ」
「ナカッツ。俺は天国に迷い込んだのか?」
「ちょちょっと。恥ずかしくないの?」
「なんで? お風呂は裸で入るモノじゃない」
「嫌、僕達、男なんですけど………」
「ナカツンたら、何言ってるんだか。そんな事知ってるよ?」
どうやら、月詠だけが特別だったのじゃなくて、僕の常識だけが特別だったようだ。
それは、アリア先生も下着ぐらいじゃ隠さないはずだ。あれ? でもこの子達は、スカートを抑えていたと思ったけど。
解らない。恥じらいの基準が解らない。と考えつつも、僕とジュードは非難される事もないので、和気藹々と身体を洗いっこしている女の子達を眺めていた。
「気に入って貰えたかね?」
サラさん。貴女もですか。そうですね。そうですよね?
服の上からは解らなかった、それなりに張りでた胸と括れた腰と、少しふっくらとした臀部を惜しげもなく披露しながら、サラまで入ってくる。
「こうして裸で付き合えば、皆の心も打ち解けてくれるかと言う思いだ。存分に味わってくれたまえ」
髪の長い女の子達は、皆、髪を上に結わえていて、普段見れない項が見えて扇情的だ。
男の生理現象で、僕とジュードは湯船から上がる事は出来ない。
「とっても広くて気持ち良いです」
「うんうん」
あの大人しそうで純朴そうなキャルと、サピスでさえ何も意識していないように見える。
「王よ、お背中をお流し致します」
「いや、良いから。それから王って呼び方は止めてって言ったよね?」
「では、ナカツ様。お背中をお流し致します」
「いや、それより折角広いお風呂に入ったんだから、アリエンテも寛げば?」
その遣り取りを見て、皆、クスクス笑っている。笑っている暇があれば助けてよと目線を送ったが、助けてくれる気はなさそうだ。
僕は、シャワーの様に湯船のお湯を浴びる方法を披露して、それは、功を奏し皆がそちらに気を取られてくれたので、なんとか難を逃れた。
と言うか、目の前で見目麗しい美少女達が、全裸でシャワーを浴びていると言う、本来なら小躍りしてしまいそうな状態なのに僕は酷く疲れていた。
横で、「グッジョブ!」とサムズアップしているジュードが居る。
こうして僕は、天国と地獄を同時に味わい、酷く疲れて寮に帰る事になった。風呂上りのデザートは味も解らなかったが、帰りの馬車も快適だったのが救いだ。
「と言う事が有ったのだけど」
「それは、また、眼福であったであろう」
「それは、もうってそうじゃなくってっ!」
「照れなくても良いぞ?」
僕は、久しぶりに訪れた月詠に先日の話をしていた。相変わらず神出鬼没に僕の部屋に現れる月詠は、相変わらず僕のベッドに寝転がって脚をパタパタさせている。
眼福と言う意味では、これも眼福なのであるが口には出せない。
「照れてるんじゃないっ!」
「では、妾と風呂にでも入るか?」
「いや、それは、その、ごめんなさい。照れてました」
「うむ、素直なのは良いことじゃ」
「で、どうすれば良いと思う?」
「好きにすれば良いと、以前言ったであろう?」
「そうなんだけどさ、旅をするのは良いんだけど、盗賊の殲滅が目的ってなると戦闘が前提じゃない?」
「成程。だが、お主なら盗賊如きに遅れを取る事も無いと思うがの」
「その根拠のない自身は何? 僕は、戦闘なんて無理だよ」
「祭りの時、主は、たったの刀ひと振りで、盗賊全員を打ちのめしたであろうが」
「なんで知ってるのさ。でも、あれは無我夢中だったし、何をしたのかもよく解ってないし」
「主の事は、何時も見守って居ると言ったであろう? 何をしたのか解らないのであれば、調べればよかろう?」
全く月詠の言う事は正しい。正し過ぎて反論の余地が無い。
全く調べようとしなかった僕の落ち度であることは確かであり、それで解らなかったなどと言うのは怠慢以外の何者でもない。
「そう落ち込むな。どちらにしても良い話だと思うぞ? その何とかに参加すれば、旅の用意はして貰えるのであろう? 馬車で旅することになるじゃろうし、大勢の方が安全安心じゃ。特に主の様に戦闘が不得手と考えているなら、尚更ではないのか?」
「そうなんだけどさ、そうするとアリエンテも、必然的に参加すると思うし」
「それは、そのアリエンテと申す者の責任じゃ。主に付いて行くのは、その者の意思なのじゃろ? それで主の行動に制約が掛かる事を、その娘はどう思うかの?」
「でも………」
「心配なら、主が護ってやれば良いだけじゃ。護る自身は無い、でも行きたいから付いてくるなと言うなら、そう言えば良いじゃろ? 勝手に主が判断するのは傲慢と言うモノじゃよ」
「解ってるよ」
本当に辛辣だ。月詠と話をしていると、自分の醜さが浮き彫りになってしまう。
結局僕は、戦闘はしたくないけど、彼女と一緒に旅はしたいと言う気持ちを誤魔化していただけなのだ。
整理すると、カティの話に乗るとカティ、フレイ、ジュードにアリエンテと共に旅をすることとなる。断ると、アリエンテと二人でと言う事になる。
その際、カティと共に行けば僕の未熟な旅の知識が補える事が期待出来るが、アリエンテと二人なら僕はきっとアリエンテに頼りっぱなしになるだろう。
単に戦闘を避けたくてカティの誘いに乗る事を躊躇しているが、アリエンテと二人で旅をした場合、もしもの場合、余計にアリエンテを危険に晒してしまう事になる。
うん、僕は何を悩んでいたのだろう? ちゃんと考えれば、自ずと答えは出るじゃないか。
「決まったようじゃの?」
「そうだね、僕はやっぱり愚かだ」
「今更じゃの。しかし、それを認識出来る事は大事じゃ。自らの取るべき行動を悩む事も、大事な事じゃ」
「そう言って貰えると助かるよ」
何時の間にか、僕はまた月詠の豊かな胸に顔を埋められている。
「でも、皆で旅をすると、こうして貰える機会が無くなるな」
「何? それは問題じゃな。うむ、その件は、妾の方で検討しよう」
おどけながら、優しく頭を撫でられているうちに僕は眠ってしまったらしい。
翌日、僕は、カティに参加させて貰う旨を伝えた。
朝、教室にカティが入って来た時に、カティの元に行きそれを伝えたのだが、その時カティは暫く固まり、見る見る顔が花開く様に笑顔になると僕の両手を取って「本当ですわね? 本当にご一緒して頂けるのでわね?」と、勢い良く聞いてくるので、僕は、ただただ頷く頷き人形と化していた。
そして、数日後に僕達は、卒業の日を迎えた。
特に卒業式の様な物が有る訳ではなく、アリア先生が寮で最後の夜と言う事で、料理を一杯用意してくれて、朝まで宴会の様に飲んで食べて騒いていた。
最後だからと僕達は、昨夜の残りを朝食として軽く食べた後、ちゃんと片付けをする。その片付けまでが楽しく感じられた。
驚いた事にカティの話には、全員参加すると言うことになっていて例の馬車が迎えに来ている。
「アリア先生、短い間でしたけど、色々有難う御座いました」
「いえいえ、何時でも遊びに来てくださいな」
「このナイフと刀は、大事に使わせて貰います」
「消耗品ですから、気にしないで下さいな」
アリア先生は目尻に涙を浮かべている。たった3ヶ月程だけど色々あったし、アリア先生にも色々お世話になった。
次々にアリア先生に挨拶をして、皆抱きついている。
記憶水晶と言う魔道具に、記念写真の様に僕達全員の姿を収めると、アリア先生はそれを大事そうに抱きしめてくれた。
僕の世界で言う、卒業写真の様なものだろう。
馬車が走りだすと、馬車から皆手を振る。アリア先生も水晶を胸に抱えて見送ってくれた。
僕達は、アリア先生が見えなくなるまで手を振り続けた。
こうして、僕達は月の雫を卒業し、新たな旅立へと向かったのだった。