第三話 殺生
「どうじゃ? この世界は気に入ったか?」
奉仕活動と言う名のアルバイトを終え、寮の部屋に戻った僕を迎えたのは、僕のベッドの上で俯せに寝転がり、お菓子をポリポリ食べながら、黒いミニスカートでニーハイの脚をパタパタとさせている月詠だった。
プールで散々泳いだ僕達は、少々疲れたと言うことで、街には繰り出さず、そのまま寮に帰って来たのだ。
寮で夕飯を食べさせてもらい、部屋に入ると月詠が居たと言う状況である。
「暫く逢えないんだと思ってたよ」
「一週間以上逢っておらんかったじゃろうが」
「その前も一週間ぐらい逢わなかったと思ったけど?」
「ああ言えばこう言う、中々可愛いではないか。む? その太腿に付けておる物はなんじゃ?」
僕は、ナイフを太腿の鞘から抜いて月詠に渡し、椅子を跨いで背凭れに顔を乗せる様にして座った。
「これ? 何か魔法を使えないなら持っとけって、アリア先生に持たされたんだけど…」
「ふむ、まぁ、何処にでも有る様なナイフじゃの。どれ、加護でも与えておいてやるかの」
そう言って月詠がナイフの刃の部分を掌で撫でると、淡く光る。
「あぁ、本当に神様なんだなぁ」と僕は、その光景をぼんやりと眺めていた。
「加護って?」
「色々な特典じゃ」
ニヤリと笑う月詠の笑顔が邪悪だ。
「なんか嫌な予感がするんだけど………」
「気のせいじゃ。それより剣の修行を積めば、これを授けてやってもも良いぞ?」
月詠はどこからともなく、例の紅い刀を出していた。
前は気付かなかったが、その刀は、刃全体が紅く発光しているように見える。
いや、光の剣とでも言う感じがしたため、僕は怖くなって触る事さえ出来なかった。
「いや、僕は人を切ったり出来ないよ」
「それもお主の居た世界の文化による弊害じゃの」
「どう言う意味?」
「人だけは、殺してはいけないと言う価値観じゃ」
「いや、人に限らないけど」
「そうか?」
「家畜の事を言ってるなら、確かに僕は殺してるって言う認識は無かったけど、それって………」
「ふむ、やはり主は中々良い感性を持っておるようじゃ。そのうち戦う事になるから、殺すと言う事に慣れろとは言わないが、理解しておくことじゃな。そうして同族殺し、共食いと言い換えてもよいが、私利私欲でそれを行うのも人だけだと言うことを」
「戦争のことか、でも戦う事になるって?」
「魔物とか、獣とかじゃ。襲われたなら、殺さなければ殺される。それもこの世界では、避けては通れない事じゃからのぅ」
「避けられないのかよ」
「勿論じゃ。この世界では、必要以上に自然は破壊されておらん。当然、獰猛な獣や魔獣なんかも徘徊している場所が残っていると言うことじゃ」
「近寄らなければ良いんじゃ?」
「向こうから近寄ってくる場合も有ると言うことじゃ。何故、街に塀が有ると思っておるのじゃ?」
「街から出なければ?」
「無理じゃ」
「即答かよ!」
「随分、突っ込みが激しいのぉ?」
「突っ込ます様な事を言うからだろ?」
「別に構わんぞ。価値観の違う世界に連れて来たのは、妾じゃ。それで、お主のストレス発散になるなら喜んで突っ込まれようぞ」
僕は、月詠から返されたナイフをしげしげと眺めていた。見た目は何も変わっていないが、なんか軽くなったような気がする。
僕にも何かを殺す時が来るのだろうか?いや、月詠は、それは避けられないと言っている。
よく小説やアニメなんかで、初めて人を殺す時に躊躇したり、殺した後に嘔吐するような描写を見たことがある。
僕もそうなるのだろうか? 僕は、本当にすぐその事を身を以て体験する事になるとは、この時には想像すらしていなかった。
ふと、僕は月詠の「ストレス発散」と言うキーワードが気になった。僕にストレスが溜まっていた?
「その為に態々来てくれたの?」
「ふふ、心配するでない。お主に逢いたかったから来たのじゃ」
そう言いながら微笑む月詠は、本当に綺麗だった。
「それは兎も角お主、街の外を見てみたいとは思わぬのか? 他の街へ行ってみたいと思わぬのか?」
「そりゃ、そのうち行ってみたいとは思うけどさぁ。飛行機みたいなのは無いの?」
「あるぞ。しかし、乗るためにはゴールドくらいには、なっておらんとな」
「まずは、この世界に貢献しろってことか」
「その通りじゃが、だから徒歩で旅をしながら貢献すると言うのも、この世界では普通に有る訳じゃ」
「この貢献度って結構解り難いんだけど、誰がどうやって決めているの?」
「誰かが決めている訳ではないぞ? それは、人其々がマナに与える影響を現しているだけじゃ」
「その基準を聞いてるんだよ。どれぐらいの影響が有れば色が変わるのかって」
「それは、不変的なものじゃ。そのカードはオリハルコンで出来ていて、オリハルコンはマナの影響を現すと言うだけじゃ。逆に言えば色が変わった事を人が目安にしているだけじゃの」
「オリハルコンって、もっと硬い金属かと思ってたよ」
「そう言う意味では、全てがオリハルコンでは無いぞ。簡単に言えばほんの一部がオリハルコンで、その現す色を全体的に見せる魔道具と言うところじゃ」
「偽造とかされないの?」
「とんでもない悪人以外は、そんな事考えないじゃろうのぅ」
「やっぱり考える悪人は居るんだ?」
「お主の様に召喚された異世界人ではなく、偶々迷い込んだ者と言うのも居る。その中にはこちらの常識の教育を受けず、短絡的な手段を講じる輩も希には居ると言うことじゃ」
「あ、それ、他の人達の召喚って誰がどうやって決めてるの?」
「基本的には行政を司る者達、本人達は自分達を貴族と呼んでおるがの。その者達が一定周期で行っておる。決定は通常、交渉によって行われる。つまり無差別なため、その召喚魔法の行使中、まだ相手がこちらに来ていない状態で合意の確認を取るだけじゃ」
「僕は、寝ている間に召喚されたと思ったけど?」
騙されたりしないのかな? と思ったけど、こちらの世界は基本的に、性善説と同じ様なものなのだろう。
騙すと言うことは、自然破壊の次にやってはいけない事だと教わっている。
「その前にちゃんと契約したであろうが。しかもお主の世界はマナが無いから、本来召喚など出来ないのじゃ。結構大変だったのじゃぞ?」
「そっか、迷惑掛けたんだ。ごめんね」
「わ、妾には大したことではない。お主の世界には触媒もある事だしの」
「触媒?」
「お主の家に代々伝わる家宝じゃ」
「そんな物が有ったんだ」
「それがなければ、こちらの世界からお主の世界に行く事は、今では適わぬからのぅ。昔はそうでもなかったのじゃが」
「マナが失くなったから?」
「それが最大の原因じゃが、そうなる要因と言うものがの」
「自然破壊とか?」
「それも大きいが、そもそも触媒は多々あったのじゃ。じゃが、その触媒を使用していた神々との契約をそちらの世界の者達は、尽く断ち切ってしまったのじゃよ」
「そっか、信仰心って奴だね」
「うむ、昔から神器と言われているモノは、高位の神々が触媒としておったものなのじゃが、今では殆ど触媒として機能しておらん。嘆かわしいことじゃ」
「だから、神に見捨てられた世界か………」
月詠と話していて、なんとなく僕の世界の事が理解出来てきていた。
しかし、もう戻れるか解らない世界より、今はこちらの世界でどう生きていくかだ。
「で、本当のところは、何をしに来たの?」
「お主に色々買ってやろうと思っての。この間は、忙しくてそれどころでは無かったからのぅ」
「え? でもそんな事したら、僕の貢献度が下がりまくるんじゃ?」
「召喚した者がこちらでの生活に支障が無いように、色々買い与えるのは召喚したものの義務じゃ。心配するでない。お主は、有り難く受け取れば良いのじゃ」
「そんなものなの?」
「そんなものじゃ。だから今日は、ここに泊まって、明日、街に買い出しに出かけるのじゃ」
「泊まるって、ベッド一つしかないよ?」
「構わん、添い寝してやるから安心せい」
「添い寝って、僕も一応男なんだけど………」
「したいなら構わぬぞ? 言うたじゃろ? 「お主のストレス発散になるなら喜んで突っ込まれようぞ」と。まずは、一緒に風呂に入ろうかの」
「意味が違うだろぉ~っ! って! えっ! ちょっちょっと待ってってぇ~っ!」
「既に一度、一緒に入ったでは無いか。遠慮するでない」
僕は、月詠に引き摺られ風呂場に連れて行かれ、着ているものを剥がれ風呂に突っ込まれた。
月詠が僕の後ろに滑り込み僕を後ろから抱きしめると、魔法か何かで一気に湯船にお湯が満たされる。
月詠の豊満な胸が、僕の背中で押しつぶされているのを感じる。すべすべした脚で身体を挟まれ、僕は身動きが取れない状態で居た。
「どうじゃこの世界は?」
「う、うん、まだよく解らないけど、やっていけると思う」
「そうか。すまぬの、妾の我侭でお主をこの世界に召喚してしもうて」
「そう言えば、何で僕を?」
「色々あるのじゃが、主に妾の姿が見えた事が切掛じゃ」
「普通は見えないの?」
「久しく反応する者は居らなんだの。それに、主には死相が出ておったからの」
「死相って、あのままだと、僕は死んでたってこと?」
「そう言うことじゃ」
「じゃぁ、命の恩人だね」
「ふふ。ナカツよ。主は本当にあの世界の人間か? まぁ、あの世界で妾の姿を見える者を、簡単に死なせてしまうのが惜しくなった妾の我侭じゃ」
「そっか、有難う」
月詠は、僕を背中から優しく抱きしめてくれた。
そのままベッドまで拉致された僕は、月詠の豊満な胸に抱きしめられたまま、悶々とドキドキしていたはずなのだが、いつの間にかその安らかさに、しっかりと眠り付いてしまっていた。
昨日は、カティ達が帰りに街を案内してくれる予定だったが、思いの外疲れた僕は、またの機会にして貰う事にしていた。
だから今日の月詠の申し出は、願ったり叶ったりではあるのだが僕達が出掛けた後に、そのカティが憤慨していたことなど僕には知る由もなかった。
僕は、朝早くから月詠に起こされ、朝食もそこそこに街へ連れ出されていたのだ。
月詠と居るとつい色々と聞きたくなってしまう。何でもあっさり答えてくれるからだが、面倒臭い説明を月詠は好まないようだ。
「精霊か? お主なら解るじゃろ? 個体は、液体になり、液体は気体となる。運動は熱を持ち、光を発生させ影を作る」
歩きながら、精霊が何故風火水土光闇しかいないのかを聞いたら、この答えが返って来た。
「えぇ~っと、それって、火と光と闇はエネルギーの精霊で、風と水と土は物の精霊ってこと?」
「当たらずとも遠からずと言うところじゃな。つまり、人が勝手に分けているだけと言うことじゃ」
「あっ! つまり作用させる物の形が違うだけで、精霊に違いは無いと言うこと?」
「うむ、本質は同じと言う事じゃ。当然、精霊達にも得手不得手が有る。それが風の精霊などと呼ばれる所以じゃの」
「じゃぁ光と闇の精霊が人と対話をしないとか、土の精霊が人が多いとあまり出てこないって言うのは?」
「主の様に見える者は少ないのじゃ、風、水、火は体感として認識し易いであろう? しかし光はここに有るし、影はそこに有る。何時も有るからそこに精霊が居るとは感じ難いと言うことじゃろうの」
「じゃぁ雷の精霊って言うのが居ないのは?」
「主は知っておろうが。電気が主たるエネルギーの世界から来たのじゃからのぅ」
ニヤリと笑う月詠に、ちょっと馬鹿にされた様な気がした。
僕だってプラズマの基礎や、雷が起こる原理ぐらい知っていると思って、聞いた僕が馬鹿だったと気が付いた。
大量の電流のためには、大量の摩擦が必要だ。つまり雷と言う事象を起こすために、他の要素を大量に使うと言う事だろう。
「でも、この世界って精霊は皆同じと言う理解は、されていないってこと?」
「いや、精霊自体を感じれたり見れたり出来るのは、少数のため、現象に紐付けた方が使い易いと言うことじゃ」
「魔法ってこと?」
「そうじゃ。魔法とはイメージを精霊に伝えて、精霊に現象を起こして貰うモノなのじゃ。だから、その様に風や火の精霊のイメージを持った方が伝え易いと言うことじゃな」
「魔道具は?」
「魔道具は、マナに反応する物質の組み合わせじゃ。お主の世界のパソコンの様な物じゃの」
それは解る。キューブが正しくそんな感じだ。
「法力は?」
「法力は、マナに作用する力じゃ」
「最初の日に教えてくれれば良かったのに」
「基礎を学んだ故に、その質問が出てきたのじゃろ?基礎が解からなければ、その質問すら出てこぬわ」
「僕達の周りの精霊の密度が高く感じるんだけど、これは月詠のせい?」
「勿論そうじゃ。お主には妾の加護が有る故、お主だけでも他の者より精霊達が集まってくるはずじゃぞ?」
「月詠のお陰だったのか」
「見えるのは、お主の素質じゃ。そのうち声も聞こえる様になるじゃろうて」
「そう言えば、ざわざわした感じはしてたんだけど、これって言葉として認識出来るようになるってこと?」
「うむ、お主にもう少しマナが馴染めばの」
そんな話をしているうちに、僕の両手は、荷物で一杯になっていた。
僕の物なので僕が持つのは当然なんだけど、ちょっと買い過ぎじゃないかと思う。
こちらの世界では、「買う」と言う概念は無いのだけど、店屋があって選んで、カードを見せるんだから、僕が買物と認識しても問題は無いだろう。
カードの色によって制限されているスペースが有るのだが、後学のために月詠に連れて入って貰ったが意味がなかった。
そのカード色でないと装備出来ないとか、着れないとかなのだが、要は特注品が殆どで現物は置かれていなかったのだ。
武器屋は、流石にワクワクした。やっぱり本物の剣とか鎗とか戦斧とか、男心を擽るのは仕方ないだろう。
杖のコーナーは、玩具売り場かと思ったのは、内緒だ。元の世界で、これらを腰にぶら下げて歩いている人が居たら、痛い人と思われるのは間違いない。
武器の方は捕まるけど………。
結局、武器屋は見るだけで終わった。月詠が加護を掛けてくれたナイフ以上の物は無かったのと、僕に使える武器はまだ無いからだ。
「まぁ、模擬刀で素振りから始めるのじゃな」
この世界で、金属や木で出来た物は少ない。建物は石造りが多く、家庭用品は陶器が多い。僕のナイフなんかもセラミックっぽい。
金属や宝石の類は、地下を掘ることに、木は材料として伐採することに貢献度が掛かるため、土を焼くだけで済む方が一般的に出回っていると言うことだ。
従って、木刀などと言う物も出回っていないため、模擬刀などと言う言葉になる。
朝から出かけて居た僕達は、昼食を食べた後「では、また近いうちに来るから、しっかりと勉強しておくのじゃぞ」と言う言葉を残し、月詠は戻って行った。
月詠と別れ、多量の荷物を持って寮に帰った僕を迎えたのは、何故かプンプンしているカティだった。
「ナカツさん! 何処に行ってらしたのですか!」
「いや、僕を召喚してくれた人が、日常品を仕入れに行こうって言うので街まで」
「そ、それでしたら、仕方有りませんわね。で、でも一言言って頂きたかったですわ!」
「え? なんで?」
「な、なんでって、それは………その………」
「カティは、昨日の帰りに街に寄らなかったから、今日、一緒に行こうと思っていたんだよねぇ?」
「チェ、チェリーさん! そ、そう言う訳では、有りませんわよ!」
「それは悪かった。また、今度、街の案内をお願いするよ」
説明してくれたチェリーの言葉に、僕はカティに謝罪することにした。
何にしても気に掛けてくれていたのだ。ここは謝っておくべきだと僕の直感が告げている。
「べ、別に、や、約束していた訳では有りませんし、何時でも言って下されれば、ご案内致しますわ!」
「そっか、その時は、宜しく」
部屋に一旦戻って荷物を置いた僕は、交流も図っておくべきかと思い、皆の居た食堂にもう一度向かった。
食堂には、カティ、チェリー、サピス、キャルが居る。
今日は、皆、動き易そうな格好をしている。スポーティな格好とでも言えばいいだろうか?
しかも、露出も激しくなく、どちらかと言えば何時もに比べかなり少ないし、キャルですらスカートではなかった。
「他の皆は?」
僕は備え付けの冷蔵庫から、冷えたお茶を取り出して皆が座ってる所、具体的にはサピスの隣カティの斜め前に座った。
因みに冷蔵庫と言っても、単なる箱である。クーラーボックスを想像して貰えば、大体合っている。勿論、魔道具だ。
テーブルは、8人掛けで、まだ余裕は有る。
「アリエンテさんも、そろそろ見えられるかと。フレイアさんとジュードさんは、街へ出かけてますわ」
「なんだ、フレイとジュードは仲良いんじゃん」
「ご一緒に出掛けたとは、申しておりませんわよ?」
「あ、早合点しちゃったか。悪い悪い」
「ナカツンって結構単純だよねぇ?」
「そうかな?で、まだお昼だけど、皆はこれからどうするの?」
頬杖をついてチシャ猫の様な顔をしているチェリーを、僕は華麗にスルーして話題を振った。
「今日は、これから皆で料理しようって、今、アリア先生とアリエンテ待ちだよ」
「へぇ~、僕も参加しようかなぁ」
と言ってるところに、アリア先生とアリエンテがやってきた。
アリエンテは、背中に大きなリュックを背負っているし、アリア先生はどこか重装備だ。
背中には矢筒を背負い、手には西洋弓のような物を持っている。腰には杖とナイフまで装備していた。
「あら? ナカツさんもお帰りだったのですね? これから狩りに行きまので、一緒に参りましょう」
「え? 狩り? 僕は、料理するって聞いていたのですけど?」
「えぇ、ですから食材を狩りに行きますのよ? 新鮮な食材の方が美味しいですし、野営の訓練にもなります」
「そ、そこからですか~っ!」
そして僕は、アリエンテが背負っていたリュックを背負って、皆の後を付いて歩いている。
一行は、学校近くの門から街を出て、小高い丘に向かっている。その丘の向こう側は森になっていて、兎や鹿等、初心者向けの狩りの対象が居るらしい。
よく見ると、僕以外の女の子達も、僕と同じナイフまで携帯している。逆に言うと僕はナイフだけだが、他の皆はそれ以外の武器を持っていると言う事だ。
着いた場所を見て僕は、唖然としてしまった。まるで、キャンプ場の様に、結構な人が火を囲んで、食べたり飲んだりしている。
僕の知っているキャンプ場と違うのは、其処彼処に動物らしき物が、逆さまに吊られていたりすることだ。
また、大きな剣を担いで居る人や、戦斧を担いで居る人なんかが居る事も、違いと言えば違いだ。
「これだけ人が居ると、ここは安全ですね。私達も、ここに場所を確保して全員で行きましょう」
「盗まれたりしませんか?」
僕の言葉に一瞬皆固まると、女の子達は微妙な顔をしてアリア先生は吹き出してしまった。
「プッフフフ。やはり、ナカツさんは、結構野蛮な方達が居られる世界から来られたのですね。ご心配要りませんよ? 寧ろここに居る皆さんが守って下さいますわ」
アリア先生は、そう言うと手を不思議な動きをさせた。すると、その辺りの土が盛り上がり椅子とテーブルの形となる。
僕が目を見開いて驚いていると、遠くからアリア先生を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アリアせんせ~~~っ!」
「あらあら、マリーアンナさん。お久しぶりです」
「はい! こちらは新しい生徒さん達ですか?」
「えぇ、そうですよ」
女の子達が軽く会釈するので、僕も習って軽く会釈する。
「流石、アリア先生、綺麗な土魔法ですね」
「ふふふ、有難う御座います。それで、マリーアンナさんは何故こちらに?」
「私もお手伝いで、生徒さん達の引率です」
「そうですか、お気を付けて下さいね」
「はい!有難う御座います。先生もお気を付けてぇ~っ!」
そう叫びながら、その人は走って元の集団の方へ戻って行った。アリア先生はニコニコと微笑みながら手を振っている。
僕達は、荷物をその場に置いて、森の中へと入って行く事になった。
「学校って、結構沢山あるんですか?」
「はい、殆どの方は大きな学校に行かれますよ? うちに来るのは個人的に召喚された方か、偶々この世界に来てしまったような方が大半です。ですから人数も少ないのですよ」
更に質問を続けようとしたが、アリア先生に手で制されてしまった。
「これは食べられますよ」
アリア先生が引き抜いた草は、根っ子が人参の様な形をした白い物だった。
「ナカツさん? 同じものを見つけたら、採取してくださいね」
「あ、は、はい」
僕は、それを受け取ると、持たされていた袋に入れる。それからも、色々と食べられると言う植物を教えられて、僕は同じ物を見つけたら採取すると言う仕事を行っていた。
そうこうしている内に、皆がアリア先生の合図で散開していく。まるで、敵地に潜入している軍隊の様な動作だ。
僕は、アリア先生の背後から、目標となっているモノを見ると、それは丸々と太った兎の様な動物だった。しかも大きい。
アリア先生が、ギリギリと弓を引き絞る。その弓が放たれるのが合図だったように、一斉に兎に向け、魔法が放たれた。
兎の逃げ道を塞ぐ様に、兎の前に土の壁がせり上がり、驚いた兎の顔に水の塊がぶつかる。
それらに殺傷力は無いが、逃げるタイミングを逸した兎は、敢え無くアリア先生の放った矢に脚を串刺しにされ、身動きが取れなくなっていた。
そこにアリエンテとサピスが飛びかかり、アリエンテが兎の首をナイフで切り裂き、兎は絶命した。
こうして見ると兎は、成人女性としては小さめのアリエンテとサピスより、多少小さいぐらいの大きさがある。
「こちらの兎って、こんなに大きいんですね」
「これは、かなりな大物ですわ。私もここまで大きいのは初めて見ましたわ」
「ちょっと大きいですので、ここで捌いて持ち帰りましょう」
アリア先生はテキパキと兎を裁き、首を切り落とし逆さ吊りにして血抜きを行う。皮を剥ぎ、内臓を取り出す辺りで僕は目を背けてしまったが、僕以外の女の子達は食入いるように見ている。
血の匂いが充満して、僕は吐きそうになるが、なんとか堪えた。
要らない内臓や頭は、土の魔法で地中に葬られる。かなり便利な気がする。
肉はこれで充分と言うことで、僕達は元の荷物を置いた丘の方へと戻っている。
僕は、まだ植物を採取しようと下を見ながら歩いていたら、服をクイックイッと引っ張られた。
何事かとそちらを向くと、サピスが指を指している先には、大きな巣を張った蜘蛛がいた。
「蜘蛛?」
「あら、これは美味しそうですね?」
「え?」
「うんうん」
サピスは好物なのだろうか、かなり乗り気で頷いている。アリア先生は、軽く弓を射ると、蜘蛛はあっさりと巣から落ちる。
それを、カティとキャルが手際よく脚だけを切り離し、チェリーが他の部分を土に還して行く。
僕は、食べないぞと思いながら、まるで戦利品を誇示するように、蜘蛛の脚を掲げて持ってくるカティとキャルを見ていた。
その脚は、一本が1メータも有る程長い。
野営地では、リュックの中から炭を出して火を起こした。「遠赤外線で焼くのが美味しいのですよ」等と言われた時には、僕の頭の中は混乱の極みであった。
網は、土で出来た物と言う事なので、多分セラミックの様な物なのだろうと納得した。
水が魔法で出てくるのが有難い。草の要らない部分等は、土魔法で掘られた穴に捨てることで、すぐに土に還ると言うことだ。
お皿や、調味料は持ってきている。と言うよりリュックの中身は、粗食器と調味料と炭だった。
これだけの人数分の飲み物を持って来なくても良いと言うのは、画期的な気がした。
内臓を食べると言う習慣は無いそうだ。毒物を食べていたり、内臓自体に毒を持っていたりする可能性があるかららしいが、これは家畜化されておらず、野生で何を食べているか解らないと言うことからだろう。
サピスが、焼けた蜘蛛の脚を僕に食べろと勧めて来る。
「いや、蜘蛛はちょっと………」
「食べず嫌いは良くない」
じっと見つめる紅い瞳に僕は負けてしまい、意を決して食べてみたら、蟹みたいな味がした。
「う、美味いっ!」
「ふふふ、それは結構珍しいのですよ?」
サピスは何かと僕に構ってくれる。無口だが、結構優しいのかも知れない。
それから野菜になるのか解らないが、草の根も甘くて美味しいし、サラダ菜の様な草もサニーレタスの様な感じだった。
肉は、網の上30センチぐらいのところに吊るしてあり、各々がナイフで削ぎ落とし、網の上で焼き加減を調整して食べる。
僕がマゴマゴしていると、アリエンテがざっくりと切り落として、僕の前に肉を置いてくれた。分厚いステーキぐらいの大きさだ。
「あ、有難う」
頷くだけのアリエンテは、サピス以上に無口なのかも知れないが、それなりに気を使ってくれている様だ。
カティとチェリーは、何か楽しそうにやり取りしている。
脚の部分は持って帰って、干し肉にでもするか、寮での料理材料とするそうだ。
「あの、アリア先生?」
「はい、なんでしょう?」
「何故この世界の人は、沢山の人を異世界から召喚しているのですか?」
「ナカツさんは、召喚されたのですよね? その時に理由を聞きませんでしたか? または、これからどうして欲しいか聞いてませんか?」
「えっと、取り敢えず学校で常識を学べとだけ………」
「そうですか。基本的には、皆さん召喚される時に、其々の理由を聞いて合意なさって召喚されているはずですので、一概に何のためと言われると、その理由が異世界の方々の方が、実行して頂き易いからとしか言えませんねぇ」
「成程、基本、召喚した人其々に理由が有ると言うことですか………」
「そうですね。後、召喚された理由はプライバシーに関わるため、普通は聞き出したりしません」
「済みません。変な事聞いて」
「いえいえ、構いませんよ。そうですねぇ。これで聞きたい事の答えになるか解りませんが、一つには、人口の問題が有りますね」
「人口?」
「はい、例えば、今のナカツさん一人では、この兎にさえ倒されてしまう可能性があります。しかし、自然破壊や環境破壊は、この世界では行う人が居ません。だから食べる方を増やす目的も有りますね」
「成程………」
「あくまで、一つの仮定ですよ? 人の世界は一つの理由で動いている訳では有りませんので」
それは、確かにそうだ。同じ行動でも人によって思惑が違う事は、多々有るのは元の世界でも当たり前の事だった。
「つまり、魔王みたいなのが居て、それを討伐しろという様な話は、無いと言うことか」
「魔王? 何ですか、それ?」
僕の言葉に、皆、キョトンとした顔をする。やってしまった感で、僕は苛まれた。
「あ、いや、つまり、特に宛の無い旅なんかして、それで途中途中の獣を狩って食べるような生活でも、この世界に呼ばれた理由になるのかな?なんて思った訳ですが………」
「えぇ、個人的に召喚される方達は、寧ろ、そう言う目的の為に召喚される方は多いですよ?」
じゃぁ行政は? と聞きたかったが、僕はそこまでにすることにした。今、あまり聞き出さない物だと言われたばかりだしね。
少なくとも、僕には、月詠が、これからどうすれば良いか教えてくれるだろう。「お主の好きにすればよい」とか言いそうだけど、取り敢えず何か義務が発生している訳ではなさそうだと、納得することにした。
何か、女の子達の目が獲物を狙うような目になった気がしたけど、うん、きっと気のせいだ。まだ、肉が食べ足りなかっただけに違いないと思うことにした。
片付けは、あっと言う間に終わった。
持って帰る、肉や、食器以外は、アリア先生が作ったテーブルや椅子と一緒に、地中に埋めるだけだったのだ。
その跡は、何事も無かった様な綺麗な更地となっている。
この世界に家畜と言うモノが居ない訳では無く、主に乳製品用で、肉は野生の物が市場に出回ると言う事だった。
卵もブロイラー等はなく自然卵ばかりで、多量に産むナントカトカゲの卵が主流らしく、鶏の卵よりちょっと大きめだ。
ちょっとワイルドだったけど、僕は、結構楽しい時間を過ごせた。皆とも距離が縮まった気がする。
「何だよそれぇ~っ! そんな楽しい事やってたなら、俺も寮に残ってれば良かった」
翌日の教室でジュードは、僕の話を聞いてがっくりと項垂れている。
ジュードは、街に出て獣人ウォッチングを楽しんでいたらしい。どんだけ獣っ娘好きなんだ。
「天気が良ければ、何時でもやるってアリア先生は言ってたよ?」
「本当か? よしっ! 今週末は、それを予定にしよう! それで他の学校の子ともお知り合いになって………ムフフ」
ジュード、第一印象と中身が違い過ぎるぞ? しかも楽しみなのはそっちなのか?
ただジュードの場合、僕と違って相手が何であれ、躊躇なく殺しそうだ。そこだけは多分、僕よりもこの世界への順応性は高いのだろうなと言う印象だけは覆らない。
どれだけ馬鹿な事を言っていても、彼が人を殺して来たと言うことに変わりはない。
それを否定するつもりは無いし、彼の世界ではそれが当たり前だったのだから、仕方ないだろう。そして、多分フレイも………。
「何よ」
「いや、フレイも来れば良かったのになと思ってさ」
僕は何気なくフレイの方を向いたら、フレイと目が合ってしまった為、咄嗟に思いついた言葉を発していた。
「そうね。次回が有ればアタシも参加するわ」
「・・・・・」
「何よ」
「いや、断られるのかと思っていたから」
「アンタ、アタシを何だと思っているの?」
「いや、ちょっと怖い、お姉さん?」
「ふぅ~っ。悪かったわ。アタシだって無闇に敵を作ろうとしている訳じゃないのよ」
「そ、そうなんだ。じゃぁ、これからも宜しくね」
フレイは「えぇ」とだけ小さく言うと、前を向いてしまった。
僕とフレイの遣り取りを見ていたジュードは、ニヤニヤしている。
この後、ジュードに僕だけ、皆と仲良くなって狡いと、散々責められたのだが、「獣っ娘ばっかり追いかけてるからじゃない?」と言ったら、「ガーン」と自分で言って膝を付いていた。
ジュード、お笑い芸人になりたいの?