もう少しだけ小説家を目指す
「俺も小説が書きたいんだ!」
彼女から見たら僕はどのように見えているのだろう。
急に叫んだ変な人に見えるかもしれないし、またかと呆れられているかもしれない。
一応は友達として喋りあう仲だと僕は思っているが、彼女へ「俺達親友だよな!」とか聞いたことないし聞く予定も無い。
今僕たちは密室で大きな机を挟み見つめあっている。
そう言うとロマンチックな気がするだろうが、そんなことではなく、たった2人しかいない文芸部の活動中なのだ。
何故僕が小説が書きたいと言い出したかというと、彼女は小説家になろうというサイトで小説を書いているらしいからだ。
その事実はさっきまで知らなかったし、文芸部と言いながら本をろくに読んだことの無い僕に彼女は言う必要が無いと判断したからだろう。
「小説なんてあんたが書けると思ってるの? 文芸部でマンガしか読んでない癖に」
その言葉に返す言葉が無いのは少し恥ずかしい物があるが、俺にだって小説くらいなら書けるはずだ。
伊達にマンガを読んでいろんなストーリーを見てきた訳じゃない。
「じゃあ少し書いてきてよ。明日読んであげるから」
いいだろう。
素晴らしい小説を読ませてやるぜ!
そうと決まれば行動あるのみ!
荷物をまとめ、マンガをカバンに入れ、彼女を置いて先に家へと足を動かす。
彼女の家は学校から徒歩40秒でつく、まさに目とはなの先。
彼女を送って行く必要がないのは甘い青春の一時が無いことを除けばこういう時に便利なのだ。
「論外」
そう言いながら彼女は俺が書いた小説を机の上に投げ捨てた。
まだ渡して30秒もたってないのにこの有り様、一体お姫様は何処が気に入らなかったのやら。
机の上に散らばった僕が書いた小説が目に入る。
レイン「うおおおおおおおお!!!!!」
ライ「はああああああああ!!!!!」
ドゴォォォォォォン!!!!
レイン「ぐああああああああ!!!!」
ライ「下半身が埋まったか・・それで身動きが取れないはずだ!俺の勝ちだ!」
主人公とライバルが一対一で決闘をして主人公が相手を追い詰める最高のシーンだ。
この迫力は素晴らしいものがある。
「全部だめ。ゴミ以下の価値しかないわ。一から小説の書き方を教えた方がいいのね?」
彼女にはこの小説の素晴らしさがわからないらしい。
「ちょっとこのシーンだけでいいから私が書き直すわよ。多分こんな感じだと思うんだけど……」
俺とアイツの刀がぶつかり、激しいつばぜり合いが起こる。
互いに力を込め相手を押し切ろうとするが、力が拮抗していてなかなかうまくいかない。
次の瞬間、ライが力を一瞬抜きレインの刀を滑らせ受け流しそのままレインを勢い良く投げ飛ばした。
凄まじい勢いでレインは地面へと叩きつけられる。
降りしきる雨によって泥になった土に下半身をとられレインは立ち上がることが出来無い。
「俺の勝ちだ!」
「ざっと読んだ感じこんなところでしょう? まずいちいちセリフの前に名前を入れるな、邪魔よ。それに会話文だけで書かれても何が起こってるのか分かんないわよ。ドゴーンなんて擬音も必要がないわ」
何を言ってるのかわからんな。
名前を入れなきゃ誰が喋ってるかわからないじゃないか。
ちゃんと「下半身が動けないのか!」って言ってるしわかるじゃないか。
「さっき私が書いた文の「俺の勝ちだ」は誰が言ったかなんてそれまでの文章でわかるでしょ。それにアンタは今、もし座ってる椅子が急に倒れたらなんて言うのよ」
そりゃ危ない! とか、うわ! とか言うだろ。
「それと一緒よ。椅子が倒れた時に、「椅子が倒れた!」って転けてるようなものよ。わざわざ言わなくても倒れたのはわかるでしょ。わからないならそれは会話ではない地の文が少ないの」
ぐぬぬぬ……。
しかしそれは俺の独自の技法であって……。
「黙れ! 基本が出来てないのにアレンジするな! アンタのそれは料理したことがない人がアレンジと言って塩と砂糖を入れ換えるようなもんよ!」
むう……。
「アンタの頭の中には戦闘シーンが浮かんでるのかもしれない。でもその思い浮かべた図は同じように思い浮かべれないこともあるの。下半身が埋まったって書かれたら腰から下全部地面にぶっ刺さったように感じるわよ。しかもどうやって刺さったかもわからないじゃない」
そりゃ投げ飛ばしたから足首から下が地面にとられて動けなくなったわけで……。
「それを書けと言ってるのよ! ドゴーンとかの擬音だってすごい勢いでぶつかったのはわかったけど、どれくらいの早さでぶつかるのかわからないじゃない。しかもそれは地面にぶつかった音? それとも壁?」
ハイ……。
「それの他にも、・・・ではなくて、そういう点は……のような三点リーダーを使って表すの。2個の三点リーダーを一組にして使う決まりがあるのよ。カイジじゃないのよ小説は!」
……。
「それに? とか、! を使った後に文章を続ける場合は空白を入れなきゃ見にくいわ! 全部読んでないのにも関わらずここまでダメ出し出来るなんて逆にすごいわよ」
ハイボクガワルカッタデス……。
まさかここまでボロボロに言われるとは思わなかった。
正直に言うなら小説をなめてたと言わざるを得ないだろう。
小説を書くのは難しいし、俺はもうマンガ読んでるだけて幸せだし、小説を書くのは諦めよう。
いつも黙々と文庫本を読んでる彼女がここまで喋るのは初めて見たかもしれない。
良いものが見れたと思って、おとなしくマンガを読む日々に戻るとしよう。
軽くため息を吐き、椅子に深く腰掛け、カバンの中からマンガを取り出す。
目の前の彼女が少しだけ動くのが見える。
彼女も自分のカバンから読む本を取り出すのだろう。
そう思って前をチラリと見ると彼女とバッチリ目が合ってしまった。
彼女は僕から目を反らし、夕日のせいと言えるほど微かに、ただ夕日とは違う赤に染まった頬をしながら、机の上に散らばった紙をつまみ上げ、少し申し訳なさそうに僕にこう言ったのだ。
「ところで……続きってないの? ちょっと面白かったんだけど」
もう少しだけ僕は小説家を目指しても良いかもしれない。
ランキングに上がってたエッセイに釣られて初めて投稿した。
深夜のテンションで書き上げてしまったので、出来れば誰にも見られずその他の海に消えてほしい。