蓮/虚像-2
こんなヒロイン嫌だ。
「ぬいぐるみ…?」
「はい、ぬいぐるみです」
欲しいものは何か、と聞かれて素直に答えたら、ロイザさんが驚きで呆けています。……なんか悔しいですね。
確かに私は、ぬいぐるみみたいな可愛い物を好むイメージはないでしょう。実際にありませんし。むしろ、あったら怖いです。てかネジが5、6本抜け飛んでいると思います。
昔、昔の話です。
エレンは、可愛い物が好きな少女でした。でも、我が家にそのような物を買う余裕はありません。彼女は幼いながらそれを理解し、我が儘の1つも言いませんでした。母と父は思うところがあったのでしょう。彼女の誕生日に、クマのぬいぐるみを贈ったのです。彼女はとても喜びました。
私がエレンになる前の話で、うっすらとしか覚えていませんが。ただ分かることが、そのクマのぬいぐるみは、私の手元には無い、という事だけです。
どんな理由で無くなったかは、私は知るよしもありません。知っても、どうすることも出来ませんし。ただ、ぬいぐるみを見るたびに、懐かしさが込み上げてきます。とても心地好い。
「ロイザさん?」
「…いや、なんでもないよ。ぬいぐるみだっけ」
「はい。出来れば、クマのぬいぐるみが良いです」
「クマの……」
難しそうな表情で、考え込むロイザさん。なんか不味かったですかね? 先程、戴いたピアスよりは全然安いと思うのですが。
もう、開き直りましたよ。
あの視線に晒される位なら、ロイザさんの財布の中身を少なくして良心を傷付け、その場から去る方が全然ましです。良心なんてあって無いものですからね。人間なんて、自尊心と算段とエゴイズムで出来てますから、はい。
ロイザさん。立ち止まってないで、早く行きましょう。考えるのなんて、歩きながらでも出来ますから、早く。ほら、周りの視線が嫉妬から嘲笑に変わって……、嫌がらせですか? 何か聞こえてくるのですが。
何? あの子、彼のこと困らせているんじゃない? とか、地味だから飽きられたのよー、とか聞こえてくるのですが。私の硝子のハートが、ひび割れそうで……いや、硝子って案外硬いものですよね。全然余裕でした。
「ロイザさん」
「ん?」
「いい加減、道の真ん中で立ってても迷惑だと思うので、歩きません?」
「あぁ…」
今、気が付きましたみたいな表情で、周りを見渡すロイザさん。
いや、本当にそんな考え込むような事ですか? 私には似合わないとか、そんなので悩んでいるのなら、なんか失礼です。
「嫌でしたら戻りましょう」
「いや、そうじゃなくて…。ぬいぐるみが、欲しいんだね? クマのを」
「はい」
「だったら、買う必要は無いね」
「そうですか」
「僕の家に、沢山あるから。その中からあげよう」
「ありがとうございます……?」
感謝しますって…あれ? いや何で、私はロイザさんから物を買って貰ったりしてるんですか。もしかして流されました?
前世では姫様に「貴方は流され易いですから、私以外には流されてはいけませんよ」とお小言をよく頂きました。
申し訳ありません、姫様。私、エルージュことエレンは、思いっきり流されてしまいました……、寒っ!?
おおう……久し振りの悪寒です。ここ2、3ヶ月来てなかったのに。毛布……はあるはずないですよね。
「どうしたんだ? 凄く震えているけど……大丈夫?」
「ちょっと、悪寒が、するだけです、から、お構い無く」
「大丈夫じゃ……なさそうだね。今日はもう戻った方が、いいかもしれない」
「この後、予定が」
「駄目だよ。その震え方は異常だ。ぬいぐるみは直ぐに持ってくるから、家でいい子にしてるんだ」
あぁ、最悪です。
本当にこの後は、大切な予定があるのですが。約束していたのに、皆の残念がる顔が簡単に思い浮かびます。私の数少ない良心が……、仕方ない。
「ロイザさん」
「なんだい?」
「ぬいぐるみ、沢山あると言っていましたよね?」
「沢山あるよ」
「あの、えっと……」
「ん?」
「ぬいぐるみを、5つ、戴けないでしょうか」
「5つ? 僕には必要無いから別にいいけれど……。何故、そんなに?」
「いや、その、ですね……」
「言い辛いのだったら、言わなくて良いよ。その代わり、大切にしてね」
「……感謝します」
言えるわけ無いじゃないですか。
孤児院の子供達にあげる、だなんて。
私は、そんな善人では無いから、そんな誇れるような資格なんて、無いから。
言えるわけ、無い、です。
エレンは、物凄く、ひねくれています。
現実を知っていて、現在を見ていない。
人を理解しているようで、理解していない。そんな子。