蓮/虚像
恋愛の筈なのに、恋愛が出来ないという罠。
それは、偶然だった。
幼い子は、扉の前で静かに佇む。手に持っていたクマのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
「あなた……。あたしは、どうしたら良いのかしら……」
「今まで通りに接してやればいいじゃないか。あの子が、俺達の子であるということに変わりはないだろ?」
「でも…! 目を醒ましてから人が変わったようになって、まるで達観するような目で、あたしを見てくるのよ! ……あんなの、子供のする目じゃないっ。無邪気に笑うことも無くなった。くるくる変わる表情も、何処かに置き忘れたかのように無表情よ! あの子は……!」
「おいっ」
「あの子は……、あの子は一体"誰"なの!!?」
喉がカラカラする。
子供は、ぬいぐるみを抱え、ズルズルと蹲った。
全てが夢であれば、それはどんなに素晴らしいことだろうか。
ぬいぐるみは、湿っていた。
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「これはどうかな?」
こんにちは。前世は騎士です、と自信を持って言える、花屋の娘エレンです。
本日は、珍しく花屋は休業なので、大通りへと買い物に来ました。
「エレン」
「あ、はい。すみません、ボーッとしてました」
「これ、君に似合うと思うのだけど」
買い物に来たのは良いですが、何故かロイザさんが付いてきてしまいました。
あらためて思うのですが、仕事はどうしているのでしょうか? 毎日毎日、飽きもせずに薔薇を買いに店にいらっしゃって、買ってからも暫く店内に居座っているので、余程暇なのかと。本当に謎ですよ、えぇ。
もしかしてニートでヒモだったりします? その手に持っているネックレス、すごく高そうなのですが。
「私に、追い剥ぎにあえと?」
「……そんなに高そうか?」
「はい。私は葱を持った鴨ですよ、と全身で言っているようなものです」
「今の時代は、そんなに物騒ではないと思うが」
「見掛けだけですよ」
前世よりは平穏ですけど、裏では多分、前より酷いことになっていると思います。人間は良くも悪くも学びますからね。……いや、人間だけではないですが。
この街、この国にいる孤児は、もの凄く少ないです。聞こえは良いでしょう、国が潤っている証拠ですから。ですが、実態はそんな喜ばしいものではありません。
孤児が少ない理由。
それは、見付かれば直ぐに、人浚いに浚われてしまうからです。そして行き着く先が、人身売買会場。そこで売られてしまえば、もうその子の人生は終わったといっていいでしょう。末路なんて、言いたくも聞きたくもないです。あぁ、気持ち悪くなってきた。吐きたい。
この事実を知る人は、以外と少数です。大抵、お歳を召した方々ですね。
「エレン、顔色が悪いよ? 風邪かい?」
「……何でもないです」
顔に出てしまったようですね。すみません、ご迷惑をお掛けしました。
そんなことより、早く此処から立ち去りたいのですが。ロイザさん、私は貴方様が美人なのは知っていますが、貴方が自分の顔を把握してないことを、今、知りました。
周りに居るお嬢様方の嫉妬の目線で、私は死にそうです。軽く悪寒がするくらいに。ただでさえ協調性が無いと言われ、これといって仲の良い友人らしき人が少ない私です。このままいったら、友人が居ない寂しい人になってしまいます。どうしましょう? ……半ば自業自得ですが。店にも支障が出るかもしれません、どうしましょう。
「エレン、はい」
「え」
あぁ、だからそんな高そうな物を……。碧の宝石がついているピアス、日の光に当てると、虹を混ぜたような不思議な色合いになって、確かに綺麗ですけれど。こんなの似合わないと、私は断言できます。……あれ? なんでロイザさんから、プレゼントを貰う流れになっているのですか。
「これ下さい」
「はい。あらお客様、良い物に目をお付けに……」
ちょっ、なに勝手に買っているんですか。ああ、その金額は……! 高すぎですよ! 無くしますよ、傷付けますよ、良いんですか!?
「はい、つけてあげよう」
「ま、まって……」
「あれ、もしかして穴、開いてない?」
そうですよ、ピアスホールなんて開けてませんよ。お洒落なんて、年頃の乙女がすれば良いじゃないですか。私の精神年齢を何歳だと思っているんですか。しかも、元男というオプション付き。誰得ですか、誰得。
「似合うと思ったのだが……」
「気持ちだけで嬉しいですから」
「じゃあ、気持ちとして受け取ってほしいな」
「あ、いや……」
うあ、押し付けられた……。宝の持ち腐れでしょう。
あぁ…! 周りの視線がっ。
「ろ、ロイザさんっ。私、向こうに欲しい物があるんです!」
「そう、じゃあ行こうか。……何が欲しいのかな?」
「え、えっとですね……」
************
くすくす、あはは、
其所は綺麗な花畑だった。
子供は楽しそうに笑い、くるくる回る。
くすくす、あはは、
天使のようにあどけなく笑い、回る、廻る、まわる。
くすくす、あはは、
周りには花弁が舞い、白い綿がふわりと舞う。
あは、
子供はピタリと止まり、ニコリと表情を固めた。まるで人形のように。
「おかーさん」
そっと子供は手を伸ばす。
その先には、1人の女性が居た。
「あ、あぁ……」
女性は止めどなく涙を流す。
子供は変わらない表情で、その可愛らしい唇を開いた。
「ぬいぐるみ、こわれちゃったから、いらないよ?」
嗚呼、これが、夢であれば、良いのに。
きっとこれは、取り返しのつかない現実だとしても。
花弁が、濡れた。
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「ぬいぐるみが、欲しいです」
昔、無くしてしまったから。
エレンは、良くも悪くも、八方美人。私は友達が出来ない。
もう、プロットから外れまくってるんで、開き直ります。多分、急展開とかあるかと。
最近気付いたんですけど、エレン視点で進めると、何も起こらないという。しかも、話が進まないorz
とりあえず、ラブなロマンスと、ヒロインらしいヒロインはいません。