るりはこべ/変化
サクサク行きます。
「…………ュ」
ん? なんでしょう、何か言いました?
あぁ、虫が……。ピンセットは何処でしたっけ。じゃなくて、独り言なんて珍しい。不都合でもあったんでしょうか、聞いたほうが良いでしょうかね。
「どうかしましたか?」
あ、こっちにも虫が。ピンセットがありません。素手で掴みたいですが、毒虫だったら大変です。
「何でもないよ、エレン」
そうですか、何もなくて良かったです。ピンセットはそっちでしたっけ? 確か本棚の横にある、机の上に置いた記憶が……。
「あ、その本は」
「すまないね、珍しい本だったから、つい勝手に読んでしまった」
後ろを振り向けば、美人さんが本棚に手を掛けています。いつの間に其所へ、気付きませんでした。
あとですね、其所、分かりづらいと思いますが、店じゃなく、家の敷地内ですよ。別に減るものでもないので構いませんが。
「構いませんけど、面白くもなんとも無いですよ」
「面白くは無かったけど、愉快ではあったよ」
愉快、ですか。まぁ、見る人によっては愉快でもあるでしょうけど、私にとっては不快でした。
途中でうんざりして、読むのを止めてしまいましたが、あの本は御伽話というより、勇者を讃える伝記です。ざっと見てたところ、恋情・才能・勝利! で成り立ってました。決して、友情・努力・勝利! ではないです。本当に、果てしなく不愉快でしたよ、えぇ。
それにしても、美人さん――ロイザさんは暇なのでしょうか? ここ最近、ずっと店に通って来てます。買っていくのは、いつも薔薇ですが。売り上げが少し上がりました、ありがとうございます。
毎日通ってくるので、それなりに会話をするようになりました。おかげで分かったことが、いくつかあります。
1つは名前、ロイザさんというそうです。2つ目は、やはり貴族で、貧乏らしいです。多分、貧乏は嘘だと思いますが。そして3つ目、彼はモテます。
美人って素晴らしいですね。
彼が来ることによって、若い娘逹が、今までの倍は来るようになりました。無論、ロイザさん目当てですね。聞いたところ、ロイザさんに彼女は居ないらしく、それを知ってか、次の日から更に倍の娘逹が群がりました。勿論、必ず花を買っていただきますよ、じゃなかったら営業妨害ですから。美人効果って素敵です。ありがとうございます。
「そういえば、エレンは知ってる?」
「何ですか?」
「最近、人の失踪事件が多いんだ。これ迄に5人が居なくなってる」
あぁ、確か表通りのパン屋の主人が行方不明だって、娘逹が騒いでいたような。本当だったんですか、物騒です。
「このご時世に失踪とは、怖いですね」
「あぁ、しかも皆大人なんだよ。子供は今のところ被害は無いんだ」
「へぇ、普通は逆だと思いますが」
父と母に注意しておきましょうか、特に父。とても心配です。物理的に、自分より小さい母の尻に敷かれていた父ですから、浚われるなんてあっという間でしょうね。簡単に想像がつきます。………なんでしょう、無性に悲しくなってきました。
「そうだね、不可解な点が多すぎる」
ロイザさん、私は貴方が不可解で仕方ありません。貴方は何者ですか。どうでもいいですけど。
そんなことより、本当にこの時代は平和ですね。
誰かが居なくなっただけで、こんな大事になるんですから。もう、平穏もいいところです。昔なんて頻繁にありすぎて、いちいち問題にするのも煩いくらいでしたよ。犯罪は犯罪なので、騎士団はちょくちょく動いていましたが。……何故か私は、一回も担当した事がありません。魔物とかいろいろありましたしね。
「君も気をつけて」
「お心遣い、感謝します」
そう言って、ロイザさんは店を出ていきました。またのご来店、お待ちしております。
さて、さっき見つけたピンセットを使って、虫を取りましょうか。あ、コイツしぶとい。抵抗しても無駄ですよー……、
「痛っ」
あー、薔薇の棘に指が刺さってしまいました。虫を潰さないように、変に力を入れたせいでしょう。可笑しいですね、薔薇の棘は取った筈ですが。取り忘れでしょうか? あれま、血が出てますね、止血しませんと。
………ちょっと不吉ですね。
ロイザさんのキャラが、いまいち掴みにくい今日の頃。