ユーカリ/新生-3
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どうしましょう、どうしましょう。
後ろは壁、横も壁、目の前には美人さんが。危機ですよ、どうしましょう!
「ねぇ」
なんですか、なんだい、なんでしょう。
あぁ、くそっ。あいかわらず歯はガチガチと鳴り、脚はガタガタと震えてます。まともに返事をすることすら出来ません。
その視線、本当に止めて下さい。殺したくなります。
大丈夫、楽に死なせてあげますよ。騎士団時代に培われた暗殺術で一瞬です。私、こう見えても隊長に「お前は隊の中で、一番殺しが上手い。まるで眠ってるようだよ」と太鼓判をいただいた程ですよ。安心して、その身を私に委ねて下さい、痛いのなんてほんのちょっとです。今は女の身体で、あまり鍛えられていませんが大丈夫。記憶に残ってますから。
「聞きたいことがあるんだ」
はいはい、何ですか。今の私は、貴方をどう葬って差し上げようかと考えて……。
「君って、ここら辺の子だろ? 花屋が何処に在るのか教えて欲しいんだけど……」
はいはい、何ですか。今の私は、花屋の娘ですけれど……あれ?
あ、お客様でしたか。
いらっしゃいまーせー。お客様1名ごあんなーい。
紛らわしいですね全く……って、あれ、寒くない。あれ?
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「ただいま帰りました」
「お帰り……まぁ! エレン貴女やっと……!」
「お客様です」
「あら残念」
母よ、その人は貴族です。
貴女の愛読書のような、めくるめくラブ・ロマンスなど何処にも存在しません。そんな都合のいいことなんてありませんから。夢を見るのも良いですが、夢は夢のままが一番美しいんです。
「もったいないわぁ、父さんの次にいい男じゃないの」
「さりげなく、のろけるの止めて下さい」
「昔の父さんはねー」
「お客様、お求めの花はなんでしょう」
「……薔薇はあるかい? 深紅のを」
「はい、こちらはどうです?」
「綺麗だね」
「ありがとうございます」
「あらあら、いい雰囲気じゃないの」
「母さん、黙ろうか。何本お望みで?」
「じゃあ2本で。赤いリボンを」
「少々お待ち下さい」
昔の父の可愛さを語れなくて、隣で母はブー垂れています。仕事なさい、仕事。
それにしても、この美人なお客様は、余程赤が好きらしいですね。あと薔薇も。
微笑みながら、薔薇を撫でるそのしぐさは様になっていて、絵にしたら爆発的に売れるでしょう。賭けてもいいですよ。
そういえば、姫様の名前には薔薇が入っていたことを思い出します。名に違わず、文字通り薔薇のような方でした。あぁ、姫様。
……うん。悪寒はしない、ですね、珍しい。
まぁ、そんなことより仕事しませんと。よし、リボン完璧です、さすが私。……嘘です、冗談です。自分で思って気持ち悪いことに気づきました。
「はい、出来ました。110センになります」
「ありがとう」
「ちょうど、お預かりしました。ありがとうございました」
ラッピングした小さな花束を渡し、代金を貰います。ちょうどですね、ありがたいです。お釣り計算するの、めんどくさいんですよね。
店にある金額を確認し、一段落ついた所で、ふと気配がして顔をあげます。
美人さんが、花を見て回っていました。帰らないのですか。どうでもいいですけど。
大切そうに、その手に握られている小さな花束。なんでしょう、美人さんに凄く似合います。薔薇、ぴったりですよ、センス良いです。
あ、でもラッピングしたということは、プレゼント用ですか。もったいない。思わず見とれてしまうくらい、似合っていますのに。
「そんなに見つめられると、照れてしまう」
すみません、ガン見していたようですね。でも、貴方も私のことガン見したじゃないですか、お相子ですよ。
「いえ、薔薇が良くお似合いでしたので」
「ありがとう、嬉しいよ」
考えていた事を言えば、美人さんは本当に、嬉しそうに微笑みました。
初対面の、あまり良くなかった印象を覆す位の素敵な笑顔ですね、ありがとうございました。
美人さんは、一通り花を見て満足したのか、店から出ていきました。
「また来るよ」
そう、言い残して。
それから彼が、言葉の通り店に毎日のように来て、常連客になるのは、直ぐのことです。
美人さんは、薔薇が良くお似合いです。