ゼラニウム/憂鬱
こんにちは、前世は根暗で有名だった騎士エルージュです、な花屋の娘エレンです。
この頃ロイザさんが、あまり店に来なくなりました。
何か有ったのでしょうか? たまに顔を出す時、どことなく疲れたような顔をしています。まぁ、その美貌には何ら影響はありませんでしたが。むしろ、なんか儚さが加わって、美しさに磨きが掛かっているくらいです。
ですが、そんなこと別にどうでも良いのですよ。
ロイザさんが来なくなったのに比例して、若い女の子達も来なくなって来ました。どうしましょう、大問題です。大通りへ売りへ行っても、カップルは沢山いるのに、全然売れません。可笑しいです。異常です。何ですかこれ。
「……もしかして私、疲れているんでしょうか」
疲れているのだったら、納得いきます。だってこれは幻覚ですよね、エルージュだった頃もよく見てましたし。
アハハ~
ウフフ~
そうです。これは幻覚なんですよ、えぇ。もしくは、今は春なんですね。春は、なんか頭のネジが抜けた変な人が沸いてくるとか良く言いますしね。きっとそうなんでしょう。
だからこれは何かの間違いなのですよね。
大通りだというのに、約半分位の店が閉まっている中、普段の倍以上の恋人同士が愛を語り合っているのは。
私の目の前に広がる、この歪な光景は。
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「ただいま戻りました」
もう少し、粘ろうと思ったのですが、やっぱり耐えきれず、戻ってきてしまいました。
あんな所に長時間いたら、私の方がどうにかなってしまいます。それにしても最近、閉まっている店が多いですよね。何か有ったのでしょうか。
「エレン、久し振りだね」
「あ、ロイザさん。いらっしゃったんですか」
おおぅ、気配が全くしませんでした。いつの間に。私も感覚が鈍りましたね、ちょっとショックです。鍛えた方がいいでしょうか? 頭で覚えてても、身体がついてこなかったら意味ありませんからね、えぇ。
それにしてもロイザさん。その手に持っているのは、題名の意味が明らかにおかしい、ラブとロマンスで溢れている母の愛読書ですよね? 何で持っているんですか、何で読んでいるんですか。
「ん? エレンも読みたい?」
「結構です」
「そうかい? 結構面白いよ、この本」
さりげなく勧めないで下さい。私はその本を開いて、1ページで読むのを断念しました。初っぱなからエンジン全開過ぎるんですよ、その本。
「いつものを」
「はい」
いつもの、と言って分かるくらいに、この店の常連になったロイザさん。良かった、赤字にならなくてすみそうです。この後、きっと沢山の女の子達が押し掛けて来るでしょう。
「そういえばロイザさん、最近あまり来ませんね」
「あぁ、ちょっと仕事がね」
「………」
……仕事してたんですか。てっきり、ニートでヒモだと思ってましたよ。余りにも自由でしたので。
「そうだ、エレンはさっき花売りに出掛けてたよね」
「えぇ、全く売れませんでしたが」
「悪いことは言わない、あまり売りに行くのはやめた方が良い」
「何故ですか?」
「前にも知らせたが、行方不明者が多発していてね、先日、25人を越えたんだ」
「25人はいくら何でも……」
「そう、多い。しかも皆大人で男性ばかりだ」
「……だから、大通りの店がだいぶ閉まっていたのですか」
「そうだよ。前から注意をしていたが、ここまできたらね。そのうち何か警告があるだろう」
「……そうですか」
何でしょう、嫌な予感がします。
何も無ければ良いのですが。
脳内にこびり付いた、あの歪な光景が、何故か離れませんでした。
実際に、そんな光景があったらドン引きする自信がある。