アネモネ/はかない恋
とりあえず、プロローグ終了。
「ただいま」
「みてみて、クマさんだよ!」
「エレンお姉ちゃんがくれた!」
「コラ走らない」
元気ですね、羨ましい。私にもその元気を分けてほしいくらいです。
おチビさん達、そんなドタドタと廊下を走ったら転びますよ。ただでさえ、この院は古く、老朽化も進んでいるので、床が抜けてしまうかもしれないのに。
ベキッ
「―――!!?」
「ほぉら、言わんこっちゃない」
おぉ、すごい。アガーサ、ナイス反射神経です。
それににしても、子供の体重で床が抜けるとは。アガーサが咄嗟に抱き上げなければ、怪我をするところでした。いい加減、改装した方がいいと思うのは、私だけではないはずです。
「あれ、エレンちゃん」
「……あ、ノクスじゃないですか。院に来ているなんて珍しいですね」
「エレンちゃんこそ」
ちゃん付けで呼ばれるのは滅多に無いので振り返ってみれば、普段は孤児院にいないはずの方が。
相変わらず、爽やかな笑顔ですね。顔はどちらかというと普通なのに、その爽やかオーラでイケメンに見えてしまう不思議。美形ではなくイケメン。フツメンの癖にイケメン。ちょっと表に出て、今まで泣かせてきた女の数を教えてくれても構いませんよ。むしろ教えなさい、えぇ。
あと、そのサラサラの黒髪のキューティクルの秘訣を教えなさい。私の髪、冬になるとゴワゴワになって静電気が凄くて困るんですよ。エルージュだったときは、サラサラのストレートで手入れを特にしなくても、癖なんて全然つかなかったのに。失って初めて気付きましたよ、ありがたさを。髪の手入れがめんどくさいですよ、まったく。
「息抜きに寄っただけですよ」
「へぇ。じゃあ、あのクマは?」
「たまたま、ぬいぐるみを持ってたんですよ」
「エレンちゃんがぬいぐるみ……? 似合わな…痛っ」
「あ、すみません。ブーツの踵で足を踏んでしまって」
「おまっ」
21の大人が、なに足を踏まれただけで泣きそうになるんですか。情けない。踏んだ私が言う台詞ではありませんが。
「それで、ノクスの方はどうしたのですか」
「……はぁ。俺は、彼女が出来たから院長先生に報告」
「彼女を、ですか? 婚約者ではなく?」
「い、いや、その……、結婚を前提に……」
なに、おろおろしているんですか。挙動不審過ぎますよ。先程の爽やかさは何処へ、今はただのフツメンです。ヘタレですねヘタレ。……まぁ、前世の私よりはましですが。エルージュは、恋愛にも発展させませんでしたから。
「……プロポーズはまだ、と言うことですか」
「………そうだよ」
「良かった。私は貴方を殴らなくてすみます」
「怖っ」
「無職が家庭を持とうなんて片腹痛いですね」
貴方が仕事を求めて、長年育ってきた院を抜けたのは知っていますよ。
「フフン、エレンちゃん。俺は3ヶ月前に無職は卒業したんだ」
「へぇ、良かったですね」
「心の籠ってない祝いの言葉をありがとう」
いえいえ、どういたしまして。
むしろ、それ以外に何て言えと。
「そういえば、彼女さんは?」
「サーシャ、彼女は子供の達と遊んでいるよ」
「サーシャさんと言うんですか」
「あぁ。とても優しい女性だよ」
「そうですか」
優しい、ですか。
ノクスの彼女をつとめるには、ただ優しいだけの女性では無理だと思いますが。まぁ、本人達の自由ですし、幸せならそれで良いと思いますよ、えぇ。
「エレン姉さんー、ちょっと来てくれるー?」
「なんでしょう? ちょっと待っててください。……ノクス、呼ばれたので私は行きます」
「あぁ」
「……そうだ、プロポーズしてないんですよね?」
「そうだけど」
「プロポーズの花は、私の店で買ってくださいね。おまけしますから」
「エレンちゃん……」
がっくりと肩をおとすノクスに、思わず口角が上がります。
私にも生活が掛かっているので。最近、売れ行きがあまり良くないので。商売の対象のカップル達が増えているというのに、何故か売れないんですよね。ていうか買ってくれない。なんというか、皆自分たちの世界に入って、話も聞いてくれないんですよ、まったく。ロイザさんのお陰で、何とかなっていますが、どうにかしませんと。
「エレンねーちゃん!」
「はいはい、行きますよ」
そういえば、ノクスが何の職業に就いたのか聞いてませんでしたね。
まぁ、仕事をくびにされないように祈っておきましょうか。
次から、物語が進むはず。