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二話、ねこみみ公爵と女神の伝説

 




2話、ねこみみ公爵と女神の伝説






 ◆





 規格外だ。

 何が規格外か?

 そんなものは、規格外だから規格外なのだ。





 ◆





 暗い闇が底知れなく続いていく、月の無い夜。

 その中をランプも何も持たず、それどころか黒い外套に身を包み、闇に身を隠すようにして走って居る人物が居た。


 ――否、訂正しよう。走っている人物たちが居た。


 ひとりは既に息も絶え絶えに、もうひとりは余裕そうな表情で、しかし背後の人物を振り返りもせず。細い路地を駆け抜け、怪しげな露天の勧誘を余裕を持って居る人物が払いながら走って居た。


 時折、喧騒の音と『異端楽譜』の露天にもう一人が足を止めそうになるが、その度に紅茶の様な色合いをした赤味がかったブラウンの髪をした人物が、それを遮って走り出す。



「でも本当に、侵入はできるのだろうか……」

「くっちゃべってないで、どんどん走ってくださいよ。あんた、只でさえノロマなんだから」

「……本当‥容赦が無いというか、敬意も何も無いというか」

「敬意も糞もありませんよ。ああでも……そんな物も、かつてはありました」

「それがいつの間に……」

「とっくに流して捨てましたよ」



 ふんっ、と不遜に鼻を鳴らした敬語を付け足しの様にして使って居る人物は、ふと何かに気が付いた様に、数歩遅れて走っている人物を振り返った。



「ああ、此処です。ルイード、様」

「常々思っていたんだけれど、『それ』気持ち悪いから。普通に呼んでくれ‥」

「ああ、なら早速そうさせてもらいますよ、ルイード。親父に怒られて以来、様付けしてたんですけど、どうにも慣れないですから、困っていたんです」

「あとその敬語も」

「これは癖です」



 とてもそうは思えないけれど、と思いつつ、ルイードは半ば諦め気味に溜息を付いた。

 雪こそ積もって無いものの、冬独特のしん、とした無音の空間に、その溜息はやけに重々しく響く。それが解ったのか、前を走って居る、少しだけ裾の跳ねたブラウンの頭が怪訝そうに首を傾げた。



「何です」

「……癖だと? 嘘をつけ」

「命令されずとも、すでに嘘をついていますが」

「そういう意味じゃない。……ああでも、やはり嘘だったのか」

「はあ、まあ、そうですが」



 気の抜けた返事を返す、彼――ルイード・フォン・クランクの直属騎士であり、混沌の魔歌使いの親友であり、ルイードの幼馴染であるユーディスカ・ラドアドル、――は不意にとある一軒の家の前で足を止めた。

 周囲では、怪しげな外法の楽譜やら精霊の化石(精霊が封じられた石)を打っている露天商が興味深気な表情でこちらを見つめている。

 その視線に、ユーディスカは鋭く上に持ち上がった瞳を更に吊り上げ、軽く舌打ちをした。

 これら全てを取り締まる事は、もはや裏街では無理に等しい。

 だがしかし、これら全てを取り締まる役目を仰せつかって居るのが、ユーディスカたち、王国の騎士なのだ。……正直、彼からしてみれば、これ以上厄介な事になる前に、ひと暴れしてやりたいというのが本音である。


 寧ろ、騎士は騎士でも、魔歌騎士隊に(一応)所属している、自分の親友の様に『気に入らなければ暴れる』、しかもそれを生暖かい目で見られて『あの暴れん坊だから仕方ない』という見られ方をしているギルフォルドが心底羨ましい。

 もっとも……実を言うとユーディスカ自身も、彼に引け劣らずの型破りぶりを発揮しているのだが、それを知るのはルイードだけなのである。


 周囲の煩わしい目線から意識を逸らし、ユーディスカは一見ボロ家にしか見えない家の扉を軽く叩いた。



「師匠、居ますか」



 その彼の言葉に、周囲に居た野次馬は、ギョッとしたように目を剥き、慌てて二人から目を別の方向へと移す。それを満足気に見つめ、ユーディスカは中から返って来た「名は何と」という言葉に答えるべく、口を開いた。



「貴方の教え子、ディーとルーです」

「……そうか、そうか。ならば問う。リッドの犯した罪を三つ答えよ」

「師匠の家屋粉砕、師匠の書物全焼失、それからリレイアお嬢様の心を奪った事です」

「……、よろしい」



 低くも無く高くも無く、不思議な声音をした声がそう答えた途端。

 二人の足元から不思議な――、声とも楽器の音ともつかぬ不思議な音色が溢れ、二人の目の前は真っ白に染まり、目を開けたときには、暖炉の前にゆらゆらと規則的に揺れている、ゆり椅子に座った女性の居る部屋の中へと移動していた。

 それに真っ先に気が付いたルイードは、その場で優雅に腰を折った。



「お久しぶりです、お師匠様」

「……お久しぶりです」



 その二人の動作に、規則的に揺れていたゆり椅子が止まり、その脇からにゅっ、と出てきた白い手が『堅苦しいのはやめろ』と言いたげに上下に動いた。

 その動作に、ルイードは相好を崩し、やや砕けた調子で口を開いた。



「お変わりありませんね、師匠」

「わらわが今生、姿を変えることなどありはせぬよ」

「……お元気そうで、良かった」

「何処かの馬鹿弟子に、魔歌の一発や二発食らわせないことには、わらわも死んでも死にきれん」



 ふふふ、と機嫌良く笑う声が響き、ルイードとユーディスカは顔を見合わせた。


 なんせ、この師匠――二人からしてみれば、人生の半分以上を共に過ごして居る事になるのだが、機嫌が悪い時には速攻で攻撃的な魔歌を放って来る、ギルフォルド以上の気まぐれ者で、未だに気分の上下を読むことが出来ずに居る人物なのだ。


 ――しかしそんな二人のお師匠様は、今日は目に見えて機嫌が良いらしい。

 二人して顔を見合わせ、その理由を思案してみるが……彼女もまた、人とは掛け離れた思考方法をして居る為、それを推測するには至らない。


 そんなことを考えて居た二人の目の前で、不意にゆり椅子がキシリと軋み、軽い音を立てて、彼女は床に降り立つ。

 さらりとした銀髪が床に流れ落ち、二つに結い上げられた髪に付けられた髪留めが、彼女が動く動作に合わせて揺れる。そして、紫の紫陽花の様な瞳が二人へと向けられ――少女独特の幼い顔立ちの中に、不自然に浮かぶ大人びた笑みを浮かべた。


 しかし彼女は、ルイードの臍辺りまでの身長しか無く、もしも此処にギルフォルドが居て、彼が横に立てば、彼女の身長は彼の腰元にやっと及ぶかどうかしか無い。

 彼女は、ルイードとユーディスカが出会った時から既にこの身長で、その事を以前問いかけた所によると『今生の私は、酷い業を背負っているのだよ』との事らしい。


 それを聞いたユーディスカは思った。とどのつまり、どういう事なのだ、と。



「さて、そなた等の問いの答えを私はすでに知っておるぞ」



 昔の事を思い帰していたユーディスカに、彼のお師匠様は不意に言葉を紡ぐ。

 それにいち早く隣に居たルイードが反応し、顔を上げた。



「やはりギルは……アカシックレコードに?」

「うむ、おるぞ」

「想像通りではあるけれど、実際に現実であって欲しくなかった事実ですね」

「それは到底叶わぬ願いであるぞ、ルー。まず、相手は『あのギルフォルド』なのだから」

「……そうでしたね」



 ――アカシックレコード。

 ギルフォルドが軽く侵入してしまった、という事実を軽く話してはいるものの、本来であれば『誰も知りえぬ場所』であり、そして何より『誰も入れぬ場所』でもある。型破りと言うか、相変わらずの常識はずれというか。

 生まれた時から振り回されて来たユーディスカからしてみれば、ここ最近おさまっていた偏頭痛が再発しそうな眩暈を感じた。



「あの場所は、わらわも管轄外でのう。――それに、どうせ入る輩なんぞリッド以外おらぬ。だからして、あの場所には時が数倍に流れる魔歌を施しておいたのだが……それさえ効果が無い」

「……師匠。ギルの立場からこの数ヶ月を考えると、どの位経過しているのですか?」

「ざっと、三年は経っておるわ」



 そう眉間に皺を寄せながら呟き、二人の師匠である少女は「しかも」と言葉を続けた。



「しかも、あの馬鹿弟子め。あの塔に間違って紛れ込んだ少女に、『出るには惑いの魔歌を破るしかない』等と嘯きおって」

「……惑いの魔歌というと、探したいものを探せなくさせる、例の物ですか?」

「違いない」

「でも確か、惑いの魔歌は……」



 そこまで口にして、ルイードはとある事に思い至る。

 今、師匠が言った言葉がそのままの事実であり、更には自分が知って居る惑いの魔歌の知識を合わせれば――物凄く、嫌な予感にぶち当たるという事に。そのことに気付いてしまった。

 魔歌使いの一般常識としてであれば、楽譜が存在する魔歌の破り方や対処方法は、最初に魔歌を修練した時点で大体の術者が学ぶ。しかし、その少女……恐らく魔歌使いではない、偶然不幸にもギルフォルドの近くへと紛れ込んでしまった彼女は、それを知らない。

 ということはつまり……。



「師匠、もしかして‥ギルは敢て出てこないんですね? 出る方法など、とっくに知って居るのに」

「ギルですからねぇ。ありえなくは無いですし、行動の根拠なんて誰かに推測できるようなものじゃないです」



 二人のにべも無い言葉に、師匠は薄く笑って銀髪を揺らしながら頷いた。



「あやつの考えて居ることなど、ただ単に『退屈だからやる』が基本的な根拠であろうが」

「それから、『面倒くさいからやらない』も、あいつの場合はありますよ」

「そうだの」



 少女は面白そうに、くつくつと喉を鳴らして笑う。

 何故なら、ギルフォルド同様に‥常に表情や行動、思考回路が良く理解する事が出来ないユーディスカが、久しぶりに目に見えるほどに感情を露にしているのだ。

 もっとも、それを口に出したとしたなら、――地の騎士、もしくはクルセイダーと呼ばれる彼の冴えた技が、こちらへと矛先を向けるのだろうけれど。

 それでも、互い互いに食えない性格をしている、という事に、ギルフォルドもユーディスカも塵ほども気付いていない、というのがまた面白い。


 だが反面、常識という物を二歩も三歩も、それどころか三段跳びで飛び越えた二人。それに常に付き合い、常に面倒事を背負い込み、常に尻拭いをして回って居るルイードが哀れと言うものだ。

 本来であれば、ギルフォルドは王国魔歌騎士隊の精鋭騎士として、ユーディスカは王国騎士団のルイード直属騎士として、王子を守るべきなのであろうが。……それが既に『当たり前の事』として認識されて居る時点で、ルイードの将来の気苦労は目に見えていた。


 そんな不幸人間、こと……この国の王子であり、王国最強と呼ばれる二人に『従えられた』ルイードが、ふと口を開く。



「あの、それで……師匠」

「ルー、行き方であればそれは問うまでもない。それをそろそろ教えようと思っておったのだ」

「私が聞きたいこと、察していただけましたか」

「こちらも、いたいけな少女が魔王の手に堕ちるのは、好き好んで望みはしないのでな」



 魔王という表現は、魔歌狂いで気紛れなギルフォルドに似合っている。

 そんな、本人に聞かれたら一度や二度の死では免れないほどの事を考えながら、ルイードは更にその先を問うべく口を開いた。



「しかし、その少女は一体どうやって……あんな場所へと入り込んだのです?」

「それはわらわにも解らぬよ。リッドを閉じ込めるためだけに特化した牢獄に、わらわの目を盗んで忍び込む――と、」

「もしかして、魔歌使いなのでしょうか」



 ポツリと呟いたルイードの言葉を、ユーディスカがゆるりと首を振ることで否定する。



「それは魔歌を修めた、あんたや俺が、ありえないってことを一番よく知って居るでしょうに」

「……相手は、惑いの魔歌の破り方を知らない、か」

「はい。一番厄介なそれを知らないはずが無い」

「ふーむ、」

「知っていて使わないとしたら、ギルがとっくに叩き出してますよ。気に食わないものは、とことん気に食わない男ですからね」

「それは、まあ……身に染みて解って居るよ」



 やや遠い目をしながら呟くルイードに、けれどユーディスカは気遣った様子も無く、こちらを楽し気な目で見つめている、幼い容姿をした師匠へと目線を向けた。



「師匠は、どう推測します」

「さてのう。もっとも、わらわが言える事は、ひとつの可能性だけだのう」

「その可能性とは?」

「リッドの気を引くほど面白い存在で、かつ‥わらわやリッドに匹敵するほどの力を持ち得ている可能性を持ち、その癖、魔歌のいろはも知らぬ」



 そんな状況が起こるとしたら『どの様な場合なのか』と師匠は試すような口調で話し、その答えを二人に求める。


 長年の付き合いで、結論は自分で出せ、といわれる事に慣れていたルイードもユーディスカも、師匠の言葉の端々に浮かぶ不自然さに、とある結論へと漕ぎ付けることが出来ていた。――が、それを正確に正しいと断言できる根拠が、何一つ思い浮かばない。

 何しろ、二人はギルフォルドを見つけてさえ居ないのだし、それはつまり……件の少女を一目として見て居ない中での推測でしかないのだ。



「さてさて、わらわの弟子たちよ。……リッドの阿呆を殴る為に、はたまた少女の存在を確かめる為に、閉じられた歴史書の塔へと行きたいかのう?」



 そんな、やきもきした様子の弟子たちに向けて、銀髪の少女は、やはり面白気な表情を浮かべ、紫陽花色の瞳を細めて問いかけた。

 その問いに、ユーディスカは顔を持ち上げ、頷く。



「勿論です。ギルが居なければ機能しない部分が王国には多すぎますし。……何より、ギルの体感時間では三年以上経って居るというのに、それでも呑気に塔の中に閉じこもっている根性は、率先して叩き直したいところですよ」



 きぱっ、と淀みなく告げられた言葉に、ルイードも肯定するように苦く笑った。

 そんな二人の姿に、師匠も満足気な表情で椅子へと立てかけられていた、樫の杖を手に取ると、よっこらせ、と見た目には似合わない掛け声をつけて、椅子の上へと昇り、二人へと視線を寄越す。



「その問いや苛立ちは全て、リッドへと押し付けよ。――ついでに、わらわの分も頼んだぞ」

「つつしんで、殴らせて頂きます」

「了解いたしました」

「それから、そろそろ『鍵を返せ』と言っておいてくれると、助かる」

「心得ました」



 ルイードとユーディスカが同時に答えた瞬間、先刻扉の前でも聞えた様な、不思議な声音が部屋の中へと響きわたった――。










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