一話、ねこみみ公爵と異世界の少女4
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どこまでも続く、高い高い書棚。
それを見上げ、美鶴は改めて感嘆の溜息を吐き出した。正直、彼女はそんな光景を今まで見た事が無かったのだ。
世界有数の大型図書館に行けば、これに近い情景は見られるのだろうが――。それにしても、縦に長く、煙突の様な形状をした図書館は、流石に世界中どこを探しても見つけることは出来はしないだろう。
何より、収納の難しさ云々を置いておいても、あまりに危険すぎる。
古い本は床へと落とされ、積もりに積もった本の中に積載され、落とされた開いた本棚には新しい本が入り込む。
そんな魔法の様な事が現実としてありえて居るからこそ、この書棚は存在できて居るのだ。
「ミツル、」
そしてその図書の群れを有効活用できるのもまた、限られた存在だった。
空中をふわりと浮いて階段を降る様な動きをしながら、こちらへとやって来る黒髪に猫耳の男――ギルフォルド。彼は、美鶴の姿を見つけると、すぐさま目を輝かせ、彼女の横へと降り立った。
「用事は済んだのか」
「一応……部屋らしきものは見つけました」
「部屋らしきもの?」
「どこも本に埋もれていて」
「ああ、寝所が欲しかったのか。そうならば俺に先に言えば、すぐに教えてやったのに」
ふむ、と呟いてギルフォルドは「で?」と首を傾げる。
「その部屋は『寝室だった』のか?」
「……いえ、寝室ではなかったですね」
殆どの部屋が本棚やら、書庫の様なつくりをしていて、テーブルとそれから居心地の良さそうなソファ。暗い室内を淡く照らしだしている、火とも電気とも付かない明るいランプの部屋を見つけるだけで精一杯だったのだ。
けれど、どうやらギルフォルドの口ぶりからして、普通に人が住むことを用途とした部屋が、それなりに存在しているらしい。
そんな美鶴の心情を察したように、ギルフォルドはトンッと美鶴の肩を押し、赤いルビーの様な瞳で奥を合図した。
「ついて来い。案内してやる」
「あ、はい」
前をスタスタと歩き出したギルフォルドの声に、美鶴は慌てて彼の長い足に追いつくように駆け出した。
しかし途中で彼もコンパスの違いに気付いたのか、やや口元をゆるめると同時に、足の速度も緩め、美鶴へと振り向いた。
「大体な。この閉ざされた歴史書の塔で、何かを探すなど正気の沙汰ではない」
「……でも、ギルは私に色々と探すのを手伝えと言いました」
「それは、俺の手伝いだからだ。俺は『惑いの魔歌』に多少耐性があるからな。それなりに捜索する事が出来るし、それさえ破ればこの塔から出ることも可能だ」
「惑いの、魔歌?」
「ああ、それも説明していなかったか」
聞いた事が無い単語に、首を傾げて問い返す美鶴。
そんな彼女の姿に、ギルフォルドは黒いマントの下から手を伸ばし、自らの頭をカシカシと掻いた。
「魔歌にはそれぞれの属性があるだけだ、とは先刻説明したな」
「はい」
「そうか。ならそれは置いて置こう。魔歌の効果を発揮するには、精霊への祈りや自己の生まれながらの才能が影響して来る。……が、その中で、特定の魔歌の旋律を楽譜にする、という方法で発動する魔歌も多少存在しているには存在しているのだ」
つまりは、陰陽師の呪文や魔法使いの魔法陣の様なもの、と言った方が解りやすい。
「その中に、惑いの魔歌と呼ばれる楽譜がある。……力の弱い魔歌使いが描けば、その人物が他の人間から気付かれにくくなる、という効果程度なのだが‥。力の強い魔歌使いが描けば『何も探し出せなくなる』という厄介な効果を発揮するという、これがまた面倒な代物なのだ」
「もしかして、この塔には、それがかけられている……のですか?」
「ああ、しかも俺が破ることができない上に、耐性がある程度にしか反発出来ない、強い魔歌が奏でられている」
そう忌々しげに呟き、ギルフォルドはふと足を止め、前方を指差した。
「例えばこの先の道。ミツルが探している寝室を目指して歩いてみろ」
「……ここを、まっすぐにですか?」
「ああ。ついでに、目的地はこの先に在る」
「解りました」
「俺はここで待っている」
こくりと頷き、彼の指が示す方向に向かって一歩、また一歩と足を進めて行く。ギルフォルドは、そんな美鶴を廊下の壁に背を寄り掛からせて、面白そうに瞳を細めながら見送って居た。――のだが、歩けども歩けども特に何か変わった様子は無く、ぼんやりとしたセピア色の光が廊下を照らし出しているだけだ。
彼は一体自分に何をさせたかったのだろう……と考え始めた所で、ふと目の前に見知った人影が座り込んでいるのが見えた。
「ギ、ル?」
「早かったな」
「え? どうして此処に居るのですか?」
傍に積まれた本に、退屈そうに腰をおろして居た人物は、美鶴の問いに口角をニヤリと吊り上げて意地悪く笑った。
「言っただろう。惑いの魔歌が掛かって居るのだ、と」
「廊下を一周して来たとか、ギルが先に回ったとかでは……」
「そこまで早く回れるほど狭い場所ではないし、俺は退屈だが面倒事は嫌いだ」
そうきっぱりと言い放ち、ギルフォルドは本の山から立ち上がる。
そして目線だけでついて来いと合図をして、長い足でゆったりと歩き出した。
彼と出会って、まだほんの僅かの時間しか経っていない。……けれど、ギルフォルドが時折見せる不器用な程の優しさは、美鶴の中の警戒心を解くのに十分だったし、迷う事に慣れてしまって居る美鶴からしてみれば、既に現状に慣れ始めてしまって居た。
暫らく歩くと、先刻美鶴が歩いていた時間よりも短く、今までとは少しだけ違う扉が目の前に現れる。
「ここから先が、本以外の物が存在している空間だ」
「本以外の?」
「ミツルは、食物を食べなくても生きていけるのか?」
「それは無理です」
「そういう事だ」
つまりどういう事なのだ、と美鶴は問いたくなった。
しかし、それを問いかけた所で、彼から返って来る答えは大方予測が付く。
恐らく彼は、『つまりどういう事なのですか?』と問いかけた美鶴に対して、至極当然と言いたげにこう言うだろう。『だからそういう事だ』と。
その光景が目に浮かぶように脳裏に想像出来た美鶴は、質量のある扉をギルフォルドが押し開けるのを、じ、と見つめて居た。
そろそろ、何が起こっても驚かない。そう思って居たのだ。
――が、そんな美鶴の思いに反して、その先にあったのは思いも寄らない光景だった。
そこには、森の奥深くの妖精の里にでも迷い込んだかのような空間が広がって居た。
大きな大樹を中心として、その周りには『赤や青の人型の何か』が歩き回ったり、露天を開いたりと自由に動き回って居る。
暫らく呆然としていた美鶴は、手前で顔を覗き込んで、楽しげにしているギルフォルドに向き直った。
「こ、これは一体なんです?」
「ミツルは、買っても居ない食物を料理できるのか?」
「それも無理です」
「そういう事だ」
再び突っ込む部分の多い返答を返し、ギルフォルドは戸惑って居る美鶴の腕を強引に引っ張ると、中へと踏み込んでいく。
「いじるのもそこそこに、取りあえず説明だけはしておいてやろう」
「はい……。というか、弄られてたんですね」
「ミツルは反応が面白い」
ふ、と楽しげに声を立てて笑い、おずおずと人型の何かから差し出された赤い果実を手に取った。
「閉ざされた歴史書の塔、とは言っても、この中に迷い込んでくる人間は数少ないだけで、完全に居ない訳では無い。その全てを閉じ込め、出られなくして居たとしたのなら、とっくにあの中は屍で塗れ、死臭に満ちて居ただろう」
そう呟き、手に持った果実をギルフォルドは美鶴の掌の上に乗せた。
「だからこそ、この場所が存在して居る」
「死なせない為に、ですか?」
「簡単に言えばそうだ」
「簡単に言えば?」
ふわふわと漂う様にして、美鶴とギルフォルドの横を極彩色の人が通って行く。それに反射的に会釈をすると、相手も同じ様に美鶴へと会釈を返して来た。
それはつまり……、この様々な色の人たちは意思を持ち、それぞれに行動している、という事になる。
「ここに居る全てが、視覚化された精霊だ。そして存在している物全てが『精霊が作り出した物』だ。凄くファンタジックで面白いと思わないか」
「ギルは、何が言いたいんですか?」
「やはり、誤魔化されてくれないらしいな。まあ良い。つまりな、精霊が作り出した物に影響され続ければ、いずれその人間もまた精霊になる」
「そ、れって……」
思わず、掌の上に乗った瑞々しい赤い果実へと視線を落す。
ギルフォルドが言いたい事、それは恐らく……この場所に存在している物を食べ続け、この場所で生活し続ければ、自分も彼らの様なふわふわとした精霊になってしまう、と言いたいのだろう。
ふるっと恐ろしさに体を震わせた美鶴に視線を向け、ギルフォルドは声を立てて笑った。
「とはいえ、一夕一朝でそんな現象が起こる事はない。事実、俺も数ヶ月はここの食べ物を食べて居るが影響は皆無だ」
「ギルを基準にしたら駄目だと思います‥」
正直言って、彼の魔歌というのがどの程度の強さなのか、それは美鶴には想像できなかった。しかし、それでも彼は若干――いやかなり、常識から外れているのは美鶴にも理解できる。
つまり彼を基準にして考えては駄目だ、という事だ。
「ミツルは気が弱いな。……まあ余り気にするな。それに、もしも精霊になりでもしたら、俺が使役して傍に置いてやるから安心しろ」
「すごく嫌です」
「俺の珍しく働いた親切心を無碍にするとは、良い度胸だ」
そう不機嫌そうに言い放ったギルフォルドは、目尻を若干吊り上げて言っては居るものの、本当に怒って居る訳では無いらしい。
その証拠に、ふらっと視線を彷徨わせると、ある一点を指差して足を止めた。
「見つけた。最近は寄って居なかったから曖昧だったんだが‥大体合ってたな。――ミツル、あそこだ」
「……?」
「寝る場所と部屋が欲しいんだろう?」
「あ、はい」
「あそこが宿だ。最も、この場所は基本的に金銭は必要としないから安心しろ」
そう言ってギルフォルドが嬉々として指差す方向には、二階建ての周囲の建物よりも大きな建物が建っていた。提げられた看板には、大きな文字で『宿』と書かれて居るのだが、どうやら異世界とは言っても、基本的に文字も言葉も不自由は無いらしい。
その事にホッと安心しつつ、美鶴はギルフォルドに手を引かれるままに、その中へと入って行く。
「チチル、客だ」
そして、カランッと軽いベルの音を鳴らして入ると同時に、ギルフォルドは宿のカウンターに向かって声を掛けた。
それに反応するように、近くに丸まって居た小さな猫がピクリと顔を上げ、こちらを訝しげな金色の目で見つめた後で――「おお! お客様ですニャ!」と、簡単の声を上げ、トンッと床へと降り立つ。
もっとも、色とりどりの精霊人を見て、かつ……動くギルフォルドの耳と尻尾を見て居る美鶴は、流石に『喋る猫』程度では、驚かなかったが。
三毛猫は、陽気な調子でふわふわとした片手を上げると、ギルフォルドへと向けてペコリと礼をした。
「ギルの坊もお久しぶりですニャ」
「そうかもしれないな」
「そうですニャ! 僕の猫時計に換算すると、坊は十年はここにいらして無かったですニャ」
ほらほらっと得意気に、見た目だけ見れば可愛い三毛猫は、首に掛けていた懐中時計をギルフォルドの前に突き出す。
その懐中時計を、チラリと横目に見つめたギルフォルドは、ハァ、と眉間を押さえて首を振った。同じ様に懐中時計を覗き込んだ美鶴も、覗き込んだ瞬間、彼の溜息の理由を知る。
何故なら……三毛猫が持って居る懐中時計は、モーターかプロペラでは無いかと思うほどの早さで、丸い縁の中で物凄いスピードで回転していたのだ。
「一つ言うが。……例え猫の時間と人間の時間が違えど、その時計は明らかに壊れて居ることは間違いない、と俺は断言する」
「……にゃんと!」
「そんな狂った調子でぐるぐると回る時計、幾らなんでもおかしいと気付け」
「にゃんと、にゃんと! でも、坊。僕がこれをパパ上から頂いた時点で、既にこうだったにゃ……?」
ションボリと項垂れて、もふもふとした手から懐中時計を落す三毛猫。
その姿に、ギルフォルドは同情した様子を一切見せず、クルリと美鶴へと向き直った。
「美鶴、紹介しよう。この猫は――」
「魔女様の使い魔、チチルですにゃ! そしてこのお方は、魔女様のゆうしゅーなお弟子様で、猫人族の武家、チルチル家のご子息様ですにゃ! ……って、にゃんでそんなに、坊は僕を睨むんですにゃ?」
「チチル。今発言した言葉の全てが全て、余計なことだからだ」
そう不機嫌そうに言って、ギルフォルドは三毛猫……チチルの髭をツンッと引っ張った。それには流石のチチルも驚いたのか、短い悲鳴を上げて、恨めしげな目で天井へと目線を向けてそ知らぬ顔をするギルフォルドを見上げる。
しかし、だ。美鶴からしてみれば、魔女という存在も猫人族という存在も、今始めて聞いた単語であり、その殆どを理解出来ないのだが――。何のことだろう?と首を傾げる美鶴の姿に、ギルフォルドは胸を撫で下ろした様に息を付き、チチルへと向き直った。
「まあ良い、チチル」
「僕のかわいい髭ちゃんへ、丁重な謝罪を要求するにゃ」
「後でしてやる」
「嘘にゃ! 坊はそう言って、僕に一〇一回謝ってないにゃ!」
「……、よく覚えて居るな」
「僕たち猫族は、恨み言だけは特別に記憶してるんにゃ」
エヘンと胸を張るチチルの姿に、ギルフォルドは「厄介な‥」と呟いて、瞑目した。
しかしそこは流石ギルフォルド、と言うべきか‥彼は直ぐに気を取り直して、軽く片手を上げると、言葉を続けた。
「チチル、それはともかくとして、美鶴の案内を頼みたいのだが」
「それで謝ったつもりだったら、僕は悲しいにゃ……。でも、坊。美鶴ってのは誰ですにゃ?」
「見えてないのか? だとしたらチチルは一体なんの為に、先刻名乗ったんだ。……ほら、ここに居るだろう」
口元に手を当て、小首を傾げる三毛猫に嘆息し、ギルフォルドは自分の後ろを指差す。
その整った指先を金色の目で追ったチチルは――美鶴と目線が合うや否や、零れ落ちるかと思うほどに目を見開いた。
「にゃ、にゃんと、にゃんと!」
「あの……はじめまして、ミツル・ミチノギです」
「にゃんと! あ、僕はチチルですにゃ」
「チチル、くん?」
「チチルで良いですにゃ。僕もミツルって呼ぶんにゃ」
「はい、チチル」
ふふふん、と背を逸らし、チチルは口をむずむずと動かして、ギルフォルドへと目線を向けた。
「で、ギルの坊のお嫁さんですかにゃ?」
「違う、拾いものだ」
「ただ拾っただけの人間に、坊が親切! にゃんと、坊が親切! ……天変地異の前触れかもしれないですにゃ……魔女様」
「チチル。ここ最近来なかっただけで、そう拗ねるな」
「ここはお話相手がいにゃいから、僕は坊が来なければ寂しい一方ですのにゃ」
少し責める様な目線で、じ、と見つめて居る金色の瞳に、ギルフォルドは諦めた様に首を振った。
「それは悪かった。しかし今日からはミツルが居る」
「でもきっとすぐに、青や赤い人になっちゃうにゃ。そうしたら結局は僕は寂しいまま、なんにも解消されないんですにゃ」
「そうかもしれない。それは俺にも分からない。……だが、ただひとつ言える事は、ミツルは恐らく『ただで消えることは無い』」
「……?」
ギルフォルドの言葉に、チチルは頭の上に疑問符を浮かべ、美鶴へと視線を向ける。
けれどそれは、美鶴もその三毛猫と同じ気分で‥隣で何か思案する様に腕を組むギルフォルドへと問うように目線を向けた。
それに気が付いた彼は、目元を意地悪く歪めると、ゆっくりと口を開いた。
「ミツルは異世界から、わざわざ真っ先にこの塔にやって来たんだ」
「にゃんと、ミツルは異世界の!」
「しかもわざわざ、この俺の腕の中にだ。何か理由があるか、単なる精霊の気まぐれか」
「てっきり僕は、堅物、天然、無頓着、女嫌い坊の花嫁に精霊様が送ってくれたんにゃと」
チチルが呟いた言葉を軽く流し、ギルフォルドは「で、」と言葉を続ける。
どうやらチチルの恨み言(拗ねた言葉とも言う)は全て聞き流す事にしたらしい。
「閉じられた歴史書の塔であれば、異世界への帰り方も解るだろう」
「にゃ‥。あの中から、坊は探すと仰るんですにゃ?」
「ついでだからな」
「ぜぇぇぇぇったい無理にゃ」
ふるふるふるっと首を振るチチルは、毛を逆立てて目を吊り上げた。
「大体、ここに坊が入ってどの位経っているかご存知ですかにゃ?」
「数えた事は無いな。……多く見積もっても、大体半年以内くらいだろうか」
「三年ですニャ」
「それはチチル時計の計算だろう?」
「違うですにゃ! 人間時計と人間日読みですにゃ!」
ぷんぷんと頬を膨らませ、チチルは金色の目を吊り上げて怒った仕草をする。
もっとも、不安定な様子で二本足で立っているため……怒っているのだが、迫力は半減しているのだが。
しかし、と美鶴は心の中で思う。
魔歌という不可思議な力を以てしても、この塔の中では本一冊を探す事でさえままならない。それはつまり……平々凡々な美鶴からしてみれば、一粒の砂の名前を探す様な途方も無い話しなのではないのだろうか、と。
しかも、ギルフォルドに至っては、彼の体内時計がどれくらい進んで居るのかは別として、この塔に三年間居るのだ。
とてつもなく絶望的な予感を、美鶴はひしひしと感じていた。
そんな美鶴の心情を察した様に、チチルは耳の裏を軽く毛づくろいをしながら、憐れむような視線を向ける。
「ミツルが可哀相ですにゃ。坊は、世間一般とは明らかに掛け離れた感性の持ち主。僕もときどき‥けっこう、つねに付いていけないと思う事が多いからですからにゃー‥。多少日数が掛かろうとどうってことないって思ってるんですんにゃ」
「ギル……、私はこの塔から出られるんでしょうか?」
「どうだろう。――これでも俺は、本気で探そうとは思って居るのだが」
「嘘にゃ! 坊が自分の為以外で動くだなんて……。天変地異どころか、宇宙創成が起こっても僕はびっくりしないにゃ!」
金色の目をくりくりと見開き、チチルは抗議の声を上げた。――が、それはギルフォルドの鋭い一瞥で一瞬のうちに封じられ、耳をぺたん、と垂れさせ項垂れる。
「面倒事も厄介事も、俺は嫌いだ。……だが、それ以上に退屈が一番嫌いなんだ。――分かるか、チチル?」
「僕にはまったく解らない領域の話ですにゃ」
「……本当にチチルはつまらない」
「つねづね思っていたけど、坊、僕に対して凄く失礼ですにゃ!」
プンプンと怒りを露にするチチルに、けれどやはり――ギルフォルドは特に気にした様子は無く、言葉を続けた。
「兎に角、俺はミツルと忘れられた魔歌を捜す」
「あの、ギル……私の帰り方は……?」
「ああ、そうだ。帰り方も捜す」
「お願いします」
一応、と言いたげに付け加えられた言葉だったが、ギルフォルドが存外――直情的で自分に真っ正直な人間なのだと、今まで見てきた中で解って居た美鶴は、それでも口に出して宣言してくれただけでも希望はあるのだと思う事にした。
(それに、私は……物語の主人公の様に、元の世界へ帰りたいと願わない)
美鶴が迷子になっている間に、両親はいつの間にか何処かへと行方をくらませ、物心ついた時には既に、孤児院に居たのだ。
育ててくれた先生方に感謝こそすれ、そう強く『帰りたい』と美鶴は思えなかったし、なにより……気まぐれであれ、ギルフォルドが美鶴を必要としてくれた事に、少なからず嬉しさを覚えていた。
――ギルフォルド・ディ・リアンデ。異世界の猫耳公爵(次期)。
黒髪に赤いルビーの様な瞳、容姿だけ見れば美男子と言って良いというのに、独特の感性と一直線にしか歩けない彼の性格が、それを残念ながら霞ませて居る人。
一時の気まぐれにしろなんにしろ、彼に頼らねばこの世界では生きていけず、彼に頼らねば元の世界に還ることも出来ないのだ。
(もしかして、気が付かなかっただけで私って、結構ギルに……)
そこまで考えた時、ルビーの様に美しく赤い瞳が面白そうに細められたのを見て、美鶴はそれ以上考える事を止めたのだった。
――考えずとも、彼の願い事は『魔歌をうたわずとも叶う』のだから。
基本的に作者が真面目ではないので、真面目に見ないで目を細めて薄目で見ていただけると嬉しいです(土下座