第7話 いざ、魔王城へ。
速攻で断ったが、泣き付かれた。
やーめーろーよー、パーズに殺されるー。
不承不承うなずいたら、ようやく大人しくなったぜ。ふぅ……。
俺は一体いつから戦士系になったんだ。
それ以外のトラブルはなく、不寝番をパーズに任せて就寝。
まぁ、俺たち以外のパーティーもいたし、大丈夫だろ。
朝食はスクランブルエッグをパンに挟んで食った。
うめぇ。
森を抜けると、広大な草原が広がっている。
どこまでも続きそうな、様々な緑。
初めて見る景色だ。
ちらほら魔物の姿が見えるし、戦闘しているパーティーもある。
余計な体力と魔力を使いたくねぇから、魔物に見つからねぇよう、慎重に歩く。
慎重に、歩いていたはずなんだが。
「オイ」
「何かな、ジスト君」
「何で目の前にドラゴンがいるのか、二十文字以内で説明しろ」
「前方不注意かな、エヘッ」
パーズを魔法書の角で一発殴ってから、改めて目の前のドラゴンを見る。
夕暮れ時の真っ青な鱗。鋭そうな爪。口からはみ出た白亜の牙。閉じられた目。耳を覆い隠す補助翼。それだけで俺の身長くらいはありそうな主翼。人間の太腿より太い尻尾。
大物じゃねぇか……。
「よし、逃げるぞって、魔法発動させようとすんなーッ!」
振り返ったら、姫が魔導書を開いて、何やらモゴモゴ言っていた。
「折角寝てンだから起こすンじゃねぇよ!」
「ジスト君、後ヨロシク! 自力で逃げてね!」
「って待てぇい! 俺死ぬ! 死んじゃう! 俺も助けて!」
俺の横を、ファイを姫抱きしたパーズが、ダッシュで逃げて行く。
「頑張れ!」
戻って来る素振りも見せず、更にスピードを上げやがった!
「薄情者ー!!」
てめぇ、覚えてろよ……!
「逃げるっつってるだろうが!」
「きゃ、あっ……!」
姫の手を無理矢理引っ張って逃走を図る。
その拍子に姫の魔導書が落ちたが、拾ってるヒマはねぇ。
「私の魔導書!」
「後で拾えばいい! 死にたくねぇのならな!」
ラルドを置いて来た気がするが、気のせいだ、きっと。
走って走って、青いのが見えねぇトコまで走った。
ドラゴンは飛べるから、あまり意味ねぇけどな!
パーズとファイ、ラルドとも無事に合流できたし、よしにしよう。
「あはは、びっくりしたね」
「パーズのせいで、私の魔導書を落として来てしまいましたよ。どうしてくれるのです」
俺が魔法書で殴るより早く、姫が蹴る。
完全な八つ当たりだけど、止めねぇよ?
ボコボコになるまで蹴られればいい。
姫がパーズを蹴ったおかげで、俺の標的は一人になった。
「ラルド。てめぇ、また魔導書持ってっただろ」
「うん? 何でここにジスト殿の魔導書があるのじゃ?」
袖ポケットから俺の魔導書を出しといて、言うのはソレか。
つくづくタチ悪ぃ。
「オラ返せよ」
魔導書を取り返す、と。
「ンクル様……!」
「んあ? え?」
姫が言った名前に一瞬よそ見してから、魔導書を改めて見た。
「……マジかよ……」
魔導書からは、男の上半身が生えていた。
重さはねぇが、やっぱりキモい。
茶色に近いウェーブした赤毛を肩で切り揃え、レッドドラゴンのような深い赤の瞳をしている。着けている物は、高級そうな、瞳と同じ色のローブだ。
ンクルと言う宮廷魔導師にそっくり。
「今のドラゴンを追い掛けろ。魔王」
俺が観察しているのも構わずそれだけ言うと、ンクルはまた両手だけになった。
魔力切れだな。
しかしこれは……。
「あの一瞬分でこれだけって、すごくね?」
「そうですね」
「てか、普通のドラゴンって、魔力持たねぇよな?」
「うん、じゃあ追っかけよっか? あれが魔王の可能性もあるんだよね?」
そう言えばそうだ。
もし魔王なら、ドラゴンなのに魔力持っててもおかしくねぇな。
「決まったみたいだね。今度は前方不注意にならないようにするよ」
パーズの先導で、来た道を戻る。
いや、道はねぇけど。
青いドラゴンは、のっそのっそと山の方に向かっているトコだった。
「ああ、ありました、魔導書。無事で良かったです」
魔導書から出ている魔力を辿っていたのか、姫はあっさり魔導書を見つけた。
魔法書だとこうは行かねぇな。
ドラゴンは山のふもとにある洞窟の中に入って行った。
洞窟の入口には、立て看板。
ピンク色の板で、赤や透明の宝石か何かでデコってた。その上、白いレースやドピンクのリボンでも可愛らしさアップ。
……ホントに何やってンだよ、魔王……!
「わー、これは想像以上にピンクだね」
パーズが軽く看板を撫でると、空いてるスペースに文字が浮かび上がる。
『おいでませ、魔王城へ』
女の子が書くような、丸っこい字だ。
ホントに何やってンだよ、魔王!
パーズが手を離すと、文字が消えた。
ふむ。
「ラルド、ちょい触ってみ?」
「えー、ヤじゃー。何だか十八禁なニオイがぷんぷんじゃあ」
「いいからさっさとやれ」
渋々と言った感じでラルドが看板に触ると、また同じ文字が浮かんだ。
「何コレ、面白ーい」
興味を持ったファイが看板を触るが、今度は文字が出なかった。
「ぶー。何でよぅ」
「ファイ君が可愛い女の子だから、嫉妬してるんだよ。さ、行こう」
痒い。
アレは単に魔力に反応してるだけなんだが。
ファイには魔力が全くねぇから反応しねぇの。
殴られるから言わねぇけど。
「じゃ、俺帰るわ」
死にたくねぇし?
「貴方って腰抜けだったんですね」
盛大な溜め息をついて、姫が言った。
「やかましい。俺を盾にしようとしたヤツに言われたくねぇ。そもそも俺は無理矢理連れて来られたんだし」
「お馬鹿! こんな所で何を言うのです、このお馬鹿!」
「バカバカ言う方がバカなんだよ、バーカ!」
「お馬鹿に馬鹿と言われる筋合いはありません、お馬鹿!」
「てめぇ! またバカっつったな! 俺はバカじゃねぇ!」
「じゃあ阿呆ですか? 阿呆なんですね? それはお気の毒ですが治りません」
「ジスト君、早くしないと置いてくよー!」
「おうよ!」
…………あれ?
「馬鹿じゃのぅ」
「馬鹿ね」
「お馬鹿さん」
「このお馬鹿」
ちくしょう! ハメられた!
しかも俺の後ろには、ファイと姫とラルドが押し寄せて来た!
出たら殺される! ファイとかファイとかファイに原型を留めねぇくらいにボコられて死ぬ!
俺の人生詰んだ!
「てめぇら、せめて前に出ろ!」
「わしは僧侶じゃからの、早く倒れたらマズかろう?」
「アタシは僧侶だもの、早く倒れたらマズいでしょ?」
「貴方、私の盾になって下さる約束でしたよね?」
「ダウトぉ! ファイ、ダウトーッ!」
「ジスト君、いつの間にレキサ様とそんな仲になったんだね。僕は羨ま……ごめんよ! キミともっと仲良くなりたいと思っただけで、浮気じゃないけどもっとやってくれたまえぇ」
こっちの輪に入ろうとしたパーズが、ファイにつま先を踏まれて喜ぶ。
「ハァハァ。ジスト君、羨ましいだろ」
「羨ましくねぇよ、ボケ」
半分イッてる顔で迫るパーズ。
なけなしのファンの子、泣くぞ。
「あら。足ならもう片方余ってるから、やってあげなくもないわよ?」
「まさかの上から目線!?」
「嫌って言ってもやってあげるから、安心してね」
「安心できるかっ!! 寧ろ恐怖と痛みしかねぇよ!」
しかもまた拒否権スルーされたし! ちくしょう!
「あー、痛気持ちイイけど、ファイ君!」
「いてぇ! 手首もげる! 二回に分けてもげちまう!」
抵抗しているうちに取られた手首の間接を外され、何事もなかったかのように戻された。
いてぇよ、バカ!
「何よ?」
「キミ、やっぱり太ったよね? 前よりちょっいだだだだだ!! コンバットブーツでぐりぐりは……、らめぇっ! 親指とその他がさよならしそうだよファイ君!! 寧ろ親指が分裂しそうな勢いだよファイ君!!」
「分裂程度でガタガタ言わないの! 乙女の心を傷付けた罰よ!」
「待って! 何等分にされちゃうの、僕!」
「左半分は生かしといたげる。それとも上半分がいいかしら?」
「半殺しの意味が違うよ、ファイくーん!」
この期に及んで冷静だな、オイ。
「はい、注目!」
姫がパンパンと手を打ち鳴らし、みんなの注目を集める。
「騒がしいです。静かにしなさい。響くし、この奥に魔王がいるかも知れませんからね」
正論だけど、言うの遅ぇよ……。