第6話 姫のお願い。
日も暮れたので、今日は野宿。
姫は自ら進んで食事の準備を手伝う。
調味料担当はラルド。袖ポケットから一式取り出す姿は、もう見慣れた。
今日は肉入りスープか。悪くねぇ。
水源から遠くなると、まず食えねぇからな。
俺の魔法で火を興す。
魔法使いは野宿に重宝される。だから、いつもいくらかの余裕を持って戦わねぇとダメなんだ。魔法使いにクールなイメージがあるのは、実は今日の夕飯のためとか、魔力切らすなんてバカだろ、なんてのは口が裂けても言えねぇな。
食べ終わったら、食器洗い担当が食器を洗う。ローテーションだから毎回違うヤツなんだが、今回はファイだ。
そして眠くなるまでまったり過ごす。
因みに今日は川の近く。てゆーか、橋近く。帰れなくもねぇが、姫とパーズは職務を休んでいるから、帰れねぇんだそう。
焚火の傍で、魔法書にマーキングついでの読書。魔法書は魔法辞典と雑誌の両方を兼ね備えている、魔法使い必携のアイテムだ。
対して魔導書は、魔法書より多くの魔法を取り扱い、研究中の魔法や、最新の論文なんかが載ってる。魔導書そのものにも魔力がこめられているらしい。よく戦闘中に魔導書が自動でめくられているのは、このためだとか。
魔導書最大の特徴は、魔法使いには開けねぇトコ。
ただ魔力を流し込むだけじゃダメだと、姫に怒られちまった。技術的な問題なんだな。
俺がどうやっても開けられなかったあの魔導書を、いとも簡単に開きやがった。その上、俺が持ったらバッツーンと閉じやがった。
「てめぇ、燃やすぞ」
「魔法使いの魔法ごときで破損する物ではありませんよ、お馬鹿」
「じゃあ焚火に」
「魔導書見くびらないで下さい。そんな簡単に燃えたら、この世から疾うに魔法がなくなっています」
それでも姫は、俺から魔導書を取り上げた。
「暴君だ、暴君」
「何とでもお言いなさい。それにしても、これは興味深いですね。こんなに古いのに、今の魔導書と、内容に変わりはありません」
ちょっと覗いてみたが、内容はさっぱり。俺が魔導師になる日は遠いってか。
上等じゃねぇか、いつか開けちゃるわ。
「魔導師になりたいのでしたら、私が直々に教えますけど」
「だから何様だ」
「この国のオヒメサマですよ」
早くも一通り読み終わったらしく、姫は魔導書を返してくれた。
早速こじ開けようとしてみたけど、やっぱりダメだ。
「魔力を針みたいにするのです」
「その感覚が既に分かんねぇんだが」
「じゃあダメですね」
早ぇ。
諦めるの早ぇ。
針のようにー、針のようにー……。
……ムリだ。
どうしてもこねくり回してると、丸くなっちまう。
難しい。
「もっとも、一朝一夕でできるなんて、この私くらいですけどね」
上から目線の癖に嫌みがねぇのは、多分事実だからだ。古本屋で見つけた魔法書に取り上げられてたし。
まだ絵本を読むくらいの頃、絵本と間違えて魔導書を開いたらしい。それだけならいいが、魔法まで使って、城の柱を壊したとか。
今もまぁ、多少乱暴な感じはする。
「最近は柱壊さねぇのか?」
ちょっと聞いてみた。
そしたら姫、読んでいた魔導書を落とした。
覚えてンな、コレは。
「……壊しては、いません」
若干言いにくそうだ。
「じゃあヒビ」
「……前向きに、善処しています」
改善されてなかった。
魔導書で殴る構えをしたので、話をそらしてみる。
「そーいや、そのトランクの中身って何だ? 随分重そうだったけど」
「古文書ですよ」
そう言って、トランクの中を見せてくれた。
古めかしい分厚い本が、わさっと出て来る。
「コレ関係か?」
両手の生えた魔導書を指すと、こくりとうなずいた。
昨日はこれらを探していたから、読んでねぇらしい。
古文書か。
ある程度は予測してたが、古文書に載るほどの人物ねぇ……。
「初の宮廷魔導師か、石像王子か……」
「石像王子まで知っているのですか?」
「アレだろ。色んな魔法を研究してて、複合魔法に成功したって言う。石像になったのも、愛する姫を守るため、複合魔法で作った薬を飲んだかららしいな。魔王でもまだ解除できねぇくらいの、スゲー魔法」
「貴方が魔法オタクだと言う事が、良く分かりました」
俺の言葉を遮って呆れた顔で、姫。
「いやいや、普通だろ?」
「いいえ。魔導師ならともかく、一介の魔法使いがそこまで知っているのは、魔法オタクですよ」
ちょ。何でンな生温かい目で見てンだよ。
「一般常識、一般常識! 一般常識だから!」
「いいえ。魔法使いが知っているのは、精々複合魔法に成功した程度ですよ」
えー。
あんなにスゲー人がそんな認識ってヒドくね?
語り足りねぇくらいなんだけど。
「魔法使いって、頭がカワイソウなんだな」
「貴方も魔法使いですよね?」
「うぐ」
「まぁ、そこまで知っているのでしたら、話しても大丈夫そうですね」
さりげなく俺にトドメを刺した姫は、持っている本の中でも特に損傷が激しい一冊を取り出した。
魔導書と違って、古文書は本当にただの本だ。
だからって、こんなにヒデェ状態って、管理者ちょっとぶん殴りてぇ。
「この本には、愛用の魔導書に意識を移す術が書かれています。これに因ると、姿を現すには他者の魔力が必要な事も、本体が生きていないと使えない事も書かれています」
そう前置きして、姫は俺の知らねぇ石像王子の情報を教えてくれた。
石像王子の魔法を解こうと、数々の魔導師たちが挑んだ事。
いざ調べようとすると、どこからか強力な魔法が放たれ、なかなか調査が進まない事。
そして。
石像王子は姫の遠い親戚に当たる事。
「私は石像王子にかけられた魔法を解きたいのです。その為に、魔導書の彼に話を聞きたい。そして彼に話を聞くには、魔王クラスの魔力が必要なのですが……」
途端に暗い表情になる姫。
「雑魚でもまだ恐いのに、魔王と対峙できるかどうか……」
「アレでまだ慣れてねぇのかよ……」
慣れたら、踏み付けてぐりぐりしそうだ。
踏まれて喜ぶルー・ガルー。
さっさとトドメ刺したれよ。
パーズは二人も要らん。
「ですから、あの……」
そのうち、ルー・ガルーまで侍らせたらどうしようなどと考えていると、姫にローブの袖を引っ張られた。
焚火に当たって赤くなった頬。
ねだるかのような上目遣い。
ちょっぴり困った表情。
……嫌な予感しかしねぇ。
「貴方を盾にしてもいいですか?」