第5話 説教フルコース。
目の前には、モザイク処理が必要な物体。
その背後には、ファイにちゅーを迫る変態。
何に怯えたのか、俺の腕の中にいる姫が、ローブをきゅっと握る。
分からなくもねぇ。
姫自慢の麗しの王室騎士隊隊員が、このモザイクを作ったとは、到底思えねぇんだろうが、残念ながらモザイクは毎回必要だ。
一方変態は、ようやく俺たちに気付いたのか、攻撃の手を。
……緩めなかった。
明らかにこっちをガン見したのに続行とか、そっちにもモザイク必要なのかよ……。
頭痛くなって来た……。
「ちょっ、何でアンタがここにいるのよ!」
唇は死守しつつ、ファイ。
「外から開けて貰ったよ。僕らは優秀だからね」
抵抗されてもめげずに攻めながら、変態。
「そろそろめげればいいと思う」
「うむ、パーズ殿は少しくらいめげるべきじゃな」
「冗談じゃないわ! このくらいでめげる根性しかないなら、死ね! 死んで詫びなさい!」
「きゃいん! ごめんなさい! 謝るからもっとやってほしい!」
パーズの変態リクエストに応えてやる辺り、バカップルだ。
モザイクを川に処分し終わったラルドが、タオルで手を拭きながら戻って来る。
「ところでの。わし、地図を買うたんじゃが」
袖ポケットにタオル収納。代わりに地図を出す。
広げた地図を、姫と三人で覗き込む。
他二人はと言うと。
「ファイ君、もっとだ。もっと僕を殴ってくれたまえ」
恍惚とした甘い声でねだるパーズ「うるさい、黙って」「はふん!」が、すかさず顔面を殴られた。
懲りろ、少しは。
地図は、それなりに有名な国や街の所在が分かる、ごくごく一般的な物。
道は書かれていねぇから、迷子になっちまう事うけあいだ。
そーいや、勇者様って半年くらい行方不明だった気がする。大人しく保護されていればいいのに。
「ここが、ジェムナスの王都じゃ」
右上にある大陸の右下辺りにある巨大な中洲を指す。
大陸は地図の四分の一を閉めるほど。逆三角形に似た形をしている。殆どが、険しい山脈だ。どうやら周囲の山脈には、いくつかの洞窟があるらしい。ウワサでしか知らなかったけど、地図に書かれてるって事は、実在するのか。
「そしてここが、魔王がいると言われている場所じゃ」
つつーっと、街を指していた指を南下させる。
「魔王近ッ」
俺たちがいる大陸より小振りな大陸の、真ん中辺り。そこに魔王がいるらしい。
「でも、アタシたちがいる大陸と、魔王がいる大陸を繋ぐトンネルって、こないだ崩壊したって聞いたわよ?」
と、ファイ。
姫もその報告を受け、鋭意復旧中なんだとか。
どっかの大バカ魔法使いが、調子こいてトンネルの中で爆発魔法を使ったらしい。
そう言えば俺が持ってる魔法書でも、『この上なくアホでマヌケな死因ランキング』とゆー、腹黒コンテンツがあるんだが、そこの今月第一位だったな。
気付けよ、バカ。魔法使いの癖にバカなのかよバカ。
きっと今月号を読んだヤツ、総ツッコミだろうな。
「うむ、わしも聞いたぞ。復旧には相当時間がかかるらしい」
「あー、その事なんだけど」
パーズが言いにくそうにしながら言う。
「魔王って、そっちの大陸じゃなくて、こっちにいるらしいよ? さっきはその報告に上がったんだけど、姫様暴走なされてたし」
「マジでか……」
「うん。おピンクな看板が出てたみたい」
何やってンだよ、魔王……。
「ふむ。向こうの大陸に行かなくてもいいんじゃな?」
「多分ね」
「それでは参りましょう」
やっと俺のローブを離した姫が、身だしなみを整えた。
「その前に、レキサ姫様は、戦闘に慣れて下さいませ。先程の戦闘が、初めての戦闘でしたでしょう?」
ここからの攻防が長かった。
俺はもう二度と、パーズに説教喰らいたくないと、本気で思う。
「その必要はありません」
気丈に振る舞い、パーズを睨み付ける姫。
でもどう聞いても、負け惜しみにしか聞こえねぇ。
「ジスト君に守られている姿は、とても愛らしゅうございましたよ」
いつもと違い、サディスティックな微笑を浮かべるパーズに、姫がぼふっと赤くなる。
Mだと思ってたが、まさかのリバーシブル。
そんな一面は知りたくなかったぜ……。
さすがに姫が可哀相だ。
「いや、一般人守るのが冒険者の義務だろ?」
「レキサ姫様は冒険者だ。ジスト君に守られる理由なんてない」
スマン、姫。戦力にならんかった。
「私が守れと命令しました」
どこまで意地を張る気だ。
「ジスト君がその命令に従う理由はありません。彼は我等王室騎士隊でも、城に勤める者でもありませんよ」
あっさり論破されたし。
あー、何つーか、アレか? 俺が守ったのがマズったのか?
「分かった、俺が悪かった」
「何故貴方が謝るのです!? 貴方のお陰で私は助かったのですよ! 胸を張りなさい!」
「代わりに姫様は反省なさって下さい。魔法使いの上級職である魔導師が、下級職の魔法使いに守られてどうするのです」
「事実だけどムカつく。一発殴っていいか?」
「ジスト君は後でね」
こうなった時のパーズはしつこい。
以前、ファイを叱った時は、三日三晩説教されたらしい。次回は七日かけて説教すると言い渡され、しばらく雰囲気がギスギスしてたな。
それを知っているファイとラルドは、俺たちから距離を取っている。
俺もそっち行こう。
「お待ちなさい。貴方も当事者なのです、逃げは許しません」
「とばっちりじゃねぇかー……」
「姫様。そのお言葉を、そっくりそのまま貴女様にお返し致します」
端から見てるとパーズが大人気ねぇが、姫を慮っての事なんだろう。
ワガママ姫のお守りは大変そうだ。
「まーまー、落ち着けよ」
「僕は落ち着いているよ、ジスト君。ジスト君は、姫様が魔王戦の戦力になると思う?」
「いんや、全然。むしろ足手まとい」
即答してみた。
姫は「裏切り者っ」と言う代わりに、睨み付けて来た。
いやだって、事実だし?
「魔法使えねぇ魔法使いと魔導師って、一般人と同じじゃね?」
「でしょ? ですから姫。最低限、雑魚には慣れて下さい。魔王退治はそれからです」
「そんな事をしている間にも民が……」
「いい加減になさって下さい!」
珍しく大声を出すパーズに、姫だけじゃなく、みんな思わず姿勢を正す。
ひぃっ。
「雑魚ともマトモに戦えないのなら、ハッキリ申し上げて邪魔です。まだ僕らだけで魔王退治に向かう方が、勝算があります」
涙をこらえている姫の前に片膝をつき、ハンカチで拭う。
おい、また中身の変態が寝てンだろ、コレ。
ものすげーいたたまれねぇんだけど!
「姫様。貴女を守った民が、貴女の為に亡くなるのは見たくないでしょう?」
子供を諭す優しい声に、姫が俺をちらりと見る。
こっち見んな。
何でさっきから俺を巻き込もうとしてンだ。
「……はい」
「未だ十四の貴女にはキツいかも知れませんが、戦闘に慣れて下さい。貴女の為にも、貴女が愛する民の為にも」
「分かりました」
しょんぼりして、ようやく折れた姫。
悪戯が見付かった子供みたいになってる。
さっきまでの勢いはどうしたよ?
「ではまず、ジスト君に謝りましょう。彼の善意を踏みにじる態度はいただけませんから」
「巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
パーズに促され、深々と頭を下げる姫。
いやまあ、終わったから別にいいんだけどな。
「気にすんな」
「僕からもごめんちゃい。テヘッ」
対してコイツは、ハートか星が見えそうなライトな態度。
「てめぇはもっと反省しやがれぇい!」
こっそり発動準備していた、初級火炎魔法を連続でブチ込んでやった。
スッキリ。
「不躾とは思いますが、戦闘に慣れるまで暫く、貴方を盾にしても宜しいですか?」
パーズに言えと言ったら、ヤツはファイがいる時はファイを最優先で守ると公言しているらしい。
で、何で俺なんだ?
「はっはっ、すっかり懐かれちゃったね、ジスト君」
「違います。パーズは盾として今は使えませんし、ラルドは回復役ですから盾にするには忍びありません。ファイはパーズの守護対象なので、盾に出来ません。消去法です」
「あーハイハイ、分かった分かった。守りゃいいんだろ、守りゃ」
「すぐに慣れて見せますよ」
そう言いながら姫は、パーズを踏んでいた。
うむ、平常運転だな。
宣言通り、最初の頃は怯えていたけど、何度もモザイク処理している間にも慣れたらしい。
「ほらほら、どうしたのです? 早く立たないと、次の魔法を放ってしまいますよ? いいのですか? いいのですね? そろそろ我慢の限界ですから、せめていい声でお啼きなさい」
などと、鬼畜発言が出るまでになった。
頼もしい限りである。
開き直り過ぎだ、バカ。