第4話 姫の初戦闘。
姫は少し飾りが減ったドレスに着替えた。丈も膝下くらいで、パーズが喜びそうな編み上げブーツが……いかん。毒されてンなー、俺。
動きやすそうだけど、相変わらず高級感と非戦闘向き感がビシビシする。
その上、あのでけぇトランクを持ってるモンだから、狙われても文句は言えねぇ。
そんなこんなで、王都のある中洲と大陸を結ぶ橋を渡る。
ジェムナス国は、大きな川に浮かぶ大きな中洲を中心に、一つの大陸を統治している。
中洲に王都があるのは、一番安全だからだ。
広大な森が川の両脇を固め、激流が魔物の侵入を阻む。
大きめの魔物は高さの問題で森にすら立ち入れず、森を通れるくらいの魔物なら、世界中から集まった精鋭たちが小遣い稼ぎに狩っちまう。
空を飛ぶ魔物も同様。
仮に精鋭たちの歯が立たなくても、国が誇る王室騎士隊が片付けてくれるだろう。わずか数十名で構成されているが、一人一人が一騎当千の実力者。パーズも当然、そんじょそこらの精鋭程度には勝てるらしい。認めたくねぇが。
そんな事を自慢げに話す姫。誰か目ェ覚まさせてやれよ。可哀相だろ。
で、今、目の前に魔物がいるんだが。
二足歩行の大型マッチョ狼、ルー・ガルー。
正直雑魚なのは、パーズがいる時の話。
人間より体格が非常によろしい。並大抵の魔法使いなら一撃で気絶させる高い攻撃力を持ち、俺はその並大抵の魔法使いだ。ついでにラルドもその範囲。
ここは一丁、姫の強力な魔法で……。
「ってオイ! 何ボサッとしてンだよ!」
「は? え? あ、何ですか?」
「何ですかじゃねぇ! アレに早く魔法を撃て!」
「ジスト殿! レキサ姫! 逃げるのじゃ!」
ラルドの声で、敵に背を向けていた事に気付く。
ちくしょう、この距離じゃ、霧や魔法を放つ前にヤられちまう。
姫は初めて魔物を見たのか、少し震えながら、半ば硬直状態。
ルー・ガルーが斧を振り上げる。
最悪、気絶しちまってもいい。
何とか姫だけでも守んねぇとな。
「こっちよ、ワンコ!」
俺が身体を盾にした時、威勢のいい声と共にルー・ガルーの後頭部に何かが強くぶつかる音が聞こえる。
「よっしゃ! ナイス、ファイ!」
ファイの華麗な飛び蹴りでできた隙に、杖にこめられた魔法を解放する。
幻覚作用のある紫の霧が、杖の宝石を中心に広がって行く。
よしっ。これで少しは戦いが楽になるはずだ。
ラルドを見ると、殴るために杖を構えていた。
そうやって使うモンじゃねぇよ。
掲げて念じれば、上級火炎魔法に勝るとも劣らねぇ火炎魔法が、敵全体に向けて発射される、すんげぇいい杖なんだけど。
完璧持ち腐れてるし。
ラルドにツッコミ入れられるのも、霧のおかげだ。
ルー・ガルーの攻撃は、誰を狙ったのか分からねぇほど、大きくそれた。
とは言え、まだまだピンチから抜けてねぇ。
ファイがルー・ガルーの背後から飛び蹴りしたせいで、挟み撃ち状態。俺が前衛扱いのままだ。
前衛職なら諸手を挙げて喜ぶオイシイ場面なんだが、こちとら普通の魔法使いなんだよぉぉぉ!
肝腎の魔導師はすっかり一般人レベルの使えなさだし、ラルドは攻撃に向いてねぇ。
「しょうがねぇ。俺が魔法で気ィそらすから、蹴りでも何でもかましてやれ!」
「お手とお座りは?」
「もうお前カエレ!!」
「冗談よぉう。真面目にやるわー」
ツッコミしている時間も惜しい。
構ってちゃんなバカは放っておいて、魔法書を開く。
「って、ふおおおお! まだマーキングしてなかったー!」
昨日買ったばかりなのを忘れてたぜ、素晴らしい勢いで。
魔法使いは自分がよく使う魔法や気になる魔法をすぐ使えるよう、魔法書に貼り紙を付けたり、ペンで印を付ける。
まぁ、魔法書がなくても使えるには使えるんだが、威力が弱まったり呪文を間違ったりするんだよ。
俺が打ちひしがれていると、姫が自分の魔導書をそっと差し出した。
気持ちはありがてぇが、魔導師の魔法を魔法使いは使えねぇんだよ、バカ。
まだ混乱してンのか、この姫は。
いっそラルドが持ってる杖引ったくって、それで攻撃するか……?
俺が迷っていると。
「はい、そこまで」
底抜けに明るい声で、戦闘が終わった。
……え?