第2話 魔王退治を致しましょう。
翌日。
パーズ以外の三人が、城の前に集まる。一人いないだけで、とっても平和だ。
兵士に案内され、城の中を進む。
一般家庭の倍は、高さのある天井。一面に芸術的な絵が描かれていて、色付きの光が降り注ぐ。教会にあるステンドグラスの、規模がでっかい版だ。
頑丈そうな柱には、細かい模様がみっちり。
十人くらいは並んで歩けそうな通路の両脇には、ツボやら花ビンやら、やたら高そうな品々が置いてあって、ラルドの目の色が変わった。
持ち帰んなよ、頼むから。
宿屋のドアよりも丈夫そうな扉の前に行き着く。これならファイがタックルしても壊れなさそうだ。
ゆっくりと開いた扉の向こうに、姫がいた。
膝に分厚い魔導書を乗せ、読みふけっている。
何回見ても、ふわんふわんのポニーテールがミルクティー色で、食欲をそそる。
「お……おいしそうな色ね」
「誰がミルクティーですか」
ファイの呟きに、鈴のような声が返る。
ちょ、スゲー地獄耳。
俺たちから家三軒分は離れてンぞ。
「挨拶もなしにいきなり何ですか。貴方達、それでも私の民ですか?」
魔導書を閉じた姫の目には、明らかな怒りの色が見て取れる。
てゆーか、「達」でくくるなよ。言ってたのはファイだけだぞ。
「うわー、感じ悪ーい」
オイ。俺を殺す気か?
「お黙りなさい」
ぴしゃりと言い放つ姫。妙な威圧感がある。
「親しき仲にも礼儀有りと言いますが、親しくない仲にも礼儀は有って然るべき事なのです。ましてや私はこの国の姫。貴女方民が敬意を持って接するべき相手ですよ」
間違っちゃいねぇ。
間違っちゃあねぇが、やっぱり上から目線だ。
「レキサ姫様、ご機嫌麗しゅう」
俺たちの後ろから、朗々とした声が響く。
張りがあり、威厳に満ちた声だ。
これがもし呪文詠唱の声だったなら、誰もが聴き入るかも知んねぇ。
声の主は堂々とした足取りで、広い部屋の中央を歩く。
姫のすぐ側まで近付くと、すっとしゃがんだ。
「本日は大変お忙しい中、我々のために貴重なお時間を割いて頂き、有り難く存じます」
「はい、大変結構です。流石は王室騎士隊隊員ですね、パーズ」
「パーズだって!?」
「貴女様の美しい教育が行き届いている、何よりの証ですよ」
「ちょ、俺のツッコミはスルーかい!」
騎士のように片膝をついているヤツの近くに行って、確認する。
やべぇ、パーズだ。
いや、パーズの皮を被った騎士だ。
「……中の人、替わった?」
「何を言っているんだい、ジスト君」
本物なのか、とても疑わしい。
「どうしよう、ファイ。パーズが壊れた」
「何言ってるの? 頭、大丈夫? パーズはパーズよ」
そう言ったファイは、パーズの爪先を踏む。
「ファイくぅーん! 今はダメぇー!!」
あ、パーズだ。
「ファイ君、勤務中はダメって言ったじゃないか。ガマンできなくなっちゃうよ」
てゆーか、変態だ。
ファイがパーズを更に殴ろうとした時。
「はい、注目!」
パンパンと手を叩く音に遮られた。
「ここは謁見室です。静かになさい。今回はパーズに免じて許してあげなくもありませんが、次回からは気を付けるように。うるさくしたら、川に放流しますよ」
「何様なんだ」
「この国のオヒメサマですが、それが何か?」
いけね、声に出ちまってた。
ツッコミが的確すぎて反論できねぇ。
「さて」
姫が玉座から立ち上がり、ドレスの裾を直す。
あれ? 足元にでけぇトランクがあるぞ?
「魔王退治を致しましょう」
「はい。……はい?」
まるで散歩に行くみてぇなあっさりとした口調に、パーズが頷きかけて聞き返す。
信じられねぇのか、間抜け面をファイに向けた。
「……ファイ君、頼みがある。僕を思い切り殴ってくれないか?」
「おっけー」
いや、おっけーじゃねぇし。
ファイは握り拳に息を吐きかけ、パーズを殴った。
石造りの床にめり込むぐらい。
「パーズ。貴方のお給料から天引きします」
「……はい」
受け答えができる程度には無事らしい。
スゲー石頭だな。
「つーか、なぜに魔王退治?」
「本人に直接聞くのが、最も手っ取り早いでしょう?」
ああ、なるほど。そう言う仕組みだったのか。
「あのう、よう分からんのじゃが。失礼とは思うが、最初から順を追って説明して下さらんかの?」
俺はすぐに理解できたが、他のヤツは理解できなかったらしい。
でもこれって結構説明がめんどくせぇんだけど。
「説明してもご理解頂けない、専門分野のお話は省きます」
しろよ。そこ、大事だろ?
「個人的に、魔王が腹立たしいので、お仕置きをしたいのです」