第11話 勇者、来襲。
「頼もーぅ!」
魔王様たちとも仲よくなり、食後のデザートとしてみかんをごちそうになっていた時。
どこからか勇ましい声が響いた。
「…………!」
魔王様が動くより早く、ラズりんが霧のように掻き消える。
瞬間移動だ。
中級の魔法で、本来は野外で使う。
屋内で使うと、天井に頭をぶつけ、打ち所が悪ければ死んでしまう。魔法書の注意事項にも明記されている。
それなのに、年間数万件発生するらしい。うち、死者が出るのが数百件。
『この上なくアホでマヌケな死因ランキング』の常連だ。今月は二位に転落してたけど。
ラズりんが使ったのは、それの応用っぽい。俺も練習したら、使えるようになるんだろうか。魔導師系の魔法でねぇ事を祈る。
「勇者の末裔が来たか」
あぁ、あの半年間行方不明になってる?
……今更?
「客人よ、この部屋から出てはならぬ!」
「ちょ! 魔王様、行っちゃらめぇ!」
相手は人非人だから! 道とか書かれてねぇ世界地図で、魔王様ンとこまで来ちゃうチート野郎だから!
「よし、わしらも行くぞ」
みかんを完食して、ラルド。みかんの山から五つ、みかんをくすねた。
「パーズはアタシを守ってくれるよね?」
「勿論だよ!」
バカップルはイチャイチャしてるし。
「あ、行くのですか? 魔王なら大丈夫だと思いますが」
「うむ。魔王はあれでも魔王だしな」
こっちはこっちで、緊張感ねぇし。
こんなにボケ散らかして。ツッコミできんぞ、コラ。
「うぬら……!」
おさらい。
俺たちは、魔王を倒すために旅立ちました。
でも今は、勇者を倒そうとしています。
……どうしてこうなった。
「あ、俺は引き続き、食い専で」
「あんたも来るの!」
「へいへい」
やっぱり俺に拒否権はなかった。
ホールには、いかにも『勇者様!』って感じの勇者様がいた。
ツンツンと逆立てた髪に、青系の服。鎧は着けねぇ主義らしい。背中には鞘を背負っているけど、あれって非実用的じゃね?
勇者様の足元には、ラズりんがうつぶせで倒れている。
すげぇ。あのラズりんを倒したのかよ!
さすが勇者様!
「おのれ……! よくも我が部下を……!」
「ちょちょちょちょちょ! 待って下さい! オレじゃありません! オレじゃありませんからーッ!!」
魔王様、御乱心。
手すりを軽々と飛び越えて、勇者様の前に降り立った。
勇者様は剣を抜いてはいるが、何だろ。妙にヘタレ臭がする。
ラルドは手すりを飛び越え、俺たちは階段を下り、倒れているラズりんのもとに駆け寄った。
ラルドがラズりんの背中に着地したのは、見なかった事にしといてやろう。
「ラルド!」
「うむ!」
ラリドと姫がラズりんを引きずって後方に下がり、俺は三人の前に立って、対物理攻撃用魔法障壁を展開する。
前方にはパーズとファイが並び、更にその前で魔王様と勇者様が対峙していた。
一対多数か。リンチっぽいな。
「勇者よ、覚悟は出来ておるな? タダでは帰さぬ……っ!」
あー、久々に悪役っぽいセリフを聞いたぞ?
みんなでナベをつついている間、散々ラズりんとキャッキャウフフしてた魔王様からは、全然想像できねぇな。
「待っておれ! すぐに回復してやるぞ! ホイ――」
「言わせねぇよ!?」
「…………」
「…………」
「では、ケア――」
「お空の彼方へ吹っ飛べ!」
異世界の回復魔法をかけようとしたラルドに、瞬間移動魔法をかける。
すっげぇ勢いで離陸したヤツは、ホールの天井に激突。短い空の旅を終えた。
今のは事故だ、事故。数十万件のうちの一件だよ。
「ラルドとやら! ラズりんの調子はどうなんだ!?」
勇者様を威嚇しながら、魔王様。
さっきからチラッチラ見て来て、正直ウザイ。
「それが……」
「悪いのか!? 回復魔法が追っつかねぇくらいに!」
やっぱりアレか? さっきの着地が効いたのか?
「言いにくいんじゃが……」
自分に回復魔法をかけているラルドが、言葉を濁す。
ちくしょう! これだから、勇者の末裔ってだけで産地でのほのほ育って来た、世間知らずの特別天然記念物は!
特別天然記念物は特別天然記念物らしく、大人しく丁重に保護されてればいいだろ!?
睨み合いが続く中、ラズりんがゆっくりと起き上がる気配がして、みんなが振り返る。
「ラズりん! 大丈夫か!?」
「…………魔王」
「許さぬ。許さぬぞ、勇者よ! 死んだラズりんの仇ィ!!」
いや、死んでねぇから。
「ぴぃッ!? 待って下さい! 違いますぅ! その人の話を聞いてあげて下さい!」
あ、鳴いた。てか、泣いた。
ヘタレめ。
「……魔王、落ち着いて……。魔力溢れてて、変身、しそう……。それに、まだ死んでない……」
拙い口調ながらも、魔王様をなだめつつツッコミを入れるラズりん。
しゅこしゅこ言ってた魔王様はようやく、少しは落ち着きを取り戻したようだ。
ラズりんが、言いにくそうに口を開く。
「……あの……出るところ、間違った……。手すりに引っ掛かって落ちて……頭打っただけ……。……勇者悪くない……」
「ラズりんのたわけ者ーッ!!」
あ、みかん投げた。
しかも俺の対物理攻撃用魔法障壁をブチ抜いて、ラズりんにクリティカルヒット。
すげぇ。
ごりゅっとか、結構痛そうな音したぞ?
「……あの、魔王……その……申し訳ない……」
「余がどれだけ心配したと思っておる!?」
どこから取り出しているのかさっぱり分からねぇが、魔王様が次々にみかんをラズりんへ投げ付けている。
拳大のみかんが、イイカンジに積み上げられて行く。
「みかん漬けにしてくれるわー!!」
「…………いたい」
「全身みかん色になるまで許さん!」
それってみかんになれってのと同義じゃね?
「……魔王、魔力篭めないで……!」
「えぇい! 口答えなぞ、忠実なる竜人のすることか!」
「堪えられない……っ! 魔王、どうか自分を殺して……!」
ラズりんはそう不吉な言葉を残すと、鼓膜が破れそうな雄叫びをして。
黒い、ドラゴンに……。
……えっと、もしかしてもしかしなくても、……死亡フラグ? だよな?