第10話 魔王と鍋。
「ふはははは! どうかな? 我がこたつは」
唐突に、悪役のお手本的な高笑いが響く。
顔を上げると、いかにもラスボスっぽいヤツがいた。
魔王っつか、どっちかってぇと、男装した女王様? みてぇな?
金髪は腰まで真っすぐ伸び、銀の目は姫やファイと違って大人っぽい。色白で線が細い分、着てる物が残念だ。
常人には理解不能な色彩の、ボンデージ。十八禁的な意味で目の毒な衣装は、色彩感覚的にも目の毒だ。
多分、本人はおしゃれのつもりなんだろうが、痛々しくて見てらんねぇ。
「おっと間違えた。罰ゲーム中の格好で済まぬ」
何をどう間違ったら、そんな格好で出て来んだよ……!
ソイツは一瞬で、魔王らしい服装に着替えた。黒を基調にした軍服は、ファイのとは違うロングコートタイプ。黄金色のボタンや鎖が、荘厳さを演出している。
よかった、一応美的センスはあるらしい。
更にその上から黒くて長いマントを羽織り、咳払いをする。
大きく息を吸い、そして。
「ふはははは! どうかな? 我がこた――」
「言わせねぇよ!?」
「むぅ」
二度目のセリフを遮られ、不服そうなソイツ。
その足元で、謎の騎士が片膝をついている。石像のように動かねぇ。
「お、お前が魔王か!?」
パーズが力を振り絞り、こたつから脱出。剣を抜いて構える。
俺、初めてヤツの本気を見たかも知んねぇ。
「いかにも。余は魔王ぞ」
踏ん反り返り、鼻息荒く宣言する魔王。
すると、何を思ったのか、パーズは剣を鞘に収めた。魔王に片膝をついて、手を取る。
そして。
「僕と結婚してほしい!」
「今すぐ死にさらせぇい!!」
ファイの本気も初めて見た! 力任せにこたつを布団ごと持ち上げ、パーズ目がけて投げ付ける。
そのおかげで、俺たちは何とかこたつから生還した。
「……魔王……!」
魔王の前に立ちはだかった騎士が、対物理攻撃用魔法障壁を展開。更にウワサでしか知らねぇ粉砕魔法で、こたつを布団ごと粉々に砕きやがった。
何コイツ! すげぇ強ぇ!
あのこたつに勝てるなんて、俺たちに勝ち目ねぇじゃんか!
「ありがとう、ラズりん」
「……当たり前。自分は、魔王の剣……。魔王の盾……」
マジかよ! アイツ、魔王腹心の部下だったのか、ちくしょう! 絶体絶命じゃね?
つか、ラズりんなんて、可愛らしい名前なのかよ! そっちの方が意外だわ!
「残念だが、余は同性と結婚する趣味は持ち合わせておらぬ」
「男なのかよ!」
「うむ。ラズりん、極上の鍋で持て成して差し上げろ」
「…………御意」
ナベ!? ナベだと!?
その一。調理ナベ乱れ撃ち。痛そうだな。
その二。上からナベが降ってくる。どこのコントだ。
その三。ナベ料理をご馳走してくれる。敵陣中でそれはねぇだろ。
その四。その三に同じ。ただし毒入り。魔王の意味がねぇ。
俺たちが慌てて態勢を整える。
ラズりんがおもむろに、右手を差し出した。
粉々に砕かれたこたつの破片が、一ヶ所に集まる。てめぇの意志を持ってるみてぇだ。
木の破片はパズルのように組み立てられ、骨格を作る。繋ぎ目は淡い光と共に、完璧になくなる。
ちぎれた糸も淡い光を放ち、綺麗に繋ぎ直される。高速で編まれ、布団を形作ったと思うと、雪のように白くてふんわりした物が詰められる。
そして、脚と板が布団を挟むと、元あった場所に戻された。
……すげえええぇぇぇ!
あれは何て魔法なんだ?
あんなの、見た事も聞いた事もねぇ。
「再構築魔法だ。かなり高等なのは、お前なら分かる筈」
「再構築って、まんまじゃねぇか」
ふとンクルを見ると、ヤツは完全体になっていた。
どうやら魔王の力は本物らしい。
こたつには、さっきまでなかった大きな器が乗っている。
がっしりとしていて無骨で、地味。
その器から湯気が立って、うまそうなニオイがしている。
まさかの三か四! どうか三でありますように!
「茹卵、大根、鶏肉、水菜、豆腐、白菜、こんにゃく、餅巾着、雁もどき、はんぺん、竹輪、豚肉」
ラズりんが抑揚のねぇ声で告げる。
ラインナップらしい。具だくさんだが、肉が少ねぇ。
「上出来だ、ラズりん。ささ、客人よ、先ずは自慢の鍋を食らうがよい!」
「……魔王、御手を」
「うむ」
魔王は流れる動作でラズりんのエスコートに応じ、こたつに入った。
「遠慮するでない! 早く食らえ!」
「えっと、じゃあ……」
「ファイ君はこっちに」
「ありがと」
ラズりんの前に座ろうとしたファイを、さりげなくパーズがエスコートして、ズレた位置に座らせた。
ラズりんVSパーズ。
火花散らす程度なら許す。
用意された食器に、各自好きな具を取る。
ここはやっぱ、豚肉だろ!
「ねぇ、モチキンチャクって何なの?」
「……餅入り油揚げ」
「美味しいのですか?」
「…………おいしい」
よし、餅巾着とやらも食べてみよう。
ハシでつまむと、スープがじんわり染み出してくる。
マジうまそう。
「ラズりんは餅巾着ばかり食うぞ」
うん、うまい。スープと油が口の中で混ざって、とろけた餅が何とも言えねぇ。
これだけ狙って食いたくなるのが、分かるわ。
「……魔物、飽きた」
もう一個食おう!
ラズりんが恨めしそうに、餅巾着の行方を目で追っている。
ほれほれ、どうだ、羨ましいか。
しかし、敵陣の真っ只中でナベ。
おかしくねぇ?
「……魔王、なに?」
「そうだな、最初は大根だ」
「…………御意」
魔王の指示に、ラズりんがナベから大根を取る。それを一口サイズにハシで切り分け、魔王に「あーん」。
めっちゃ仲よしじゃねぇか。
……って、待てよ。
あまりに微笑ましい光景と餅巾着のうまさに、思わず聞き逃してたけど、魔物を食うって言ってなかったか!?
「ラズりんは魔物を食うのか?」
「…………ラズリ」
「うむ、魔物が主食の筈なのだがな、ここ数年は食傷気味らしい」
大根をぺろりと平らげて、魔王。
フツーに「大根が主食」みてぇなトーンで言わねぇでほしい。
いや、大根が主食でも、それはそれでリアクションに困るけど。
「食うんだ、魔物……」
「ラズりんは竜人だからな!」
魔王によると、竜人ってのはドラゴンでも人間でもある魔物の事、らしい。魔王の故郷では、絶滅危惧種。最近発覚した性質のせいで、造る物が減っているとか何とか。
造るって、物かよ。
「共食いにはならんかの?」
「ならぬ。余の部下はラズりんだけで、他の魔物はみな、別の魔王の手下なのだ。茹卵」
「……御意……」
ちょ、聞き捨てならねぇぞ!
「別の魔王って、他にも魔王がいんのかよ!?」
もしやこの魔王、魔力がデカいだけの偽者なんじゃね!? ウワサの場所と違ぇ所にいるし!
「……魔王は、他に五人いる」
「五人!? 全部倒すの面倒だね!」
「安心せい。他の魔王は、我が故郷で大戦中だ。余は隙を見て、この世界に避難して来た」
「まさかのヘタレ……」
ふぬぉっ!? ちょっとヘタレって言っただけなのに、ラズりんが剣を抜きやがった!
憤怒を隠しもせず、俺を睨み付ける。どこかぽやぽやした感じは、今やすっかり鳴りを潜め、まるで別人。
こ、恐ぇんだけど!
「よい、ラズりん。剣を収めよ」
「しかし魔王!」
「余を想う気持ちは、しかと受け取った。誇り高き竜人よ、今一度我が命に従え」
「……御意……っ」
魔王の言葉に従うものの、腹の底からすっげぇ不服そうなラズりん。
「済まなんだ、客人よ。我が部下の教育に、不行届きがあった様だ」
いきなりのサスペンスは、ご遠慮くださりやがれ! 殺されるかと思ったわ、こんちくしょう!
「余の力は、比較的弱い方でな。強者同士が共倒れすれば、戦わなくて済むし、この世界に住み続けられる」
ナベをつつきながら、魔王。
何かすっげぇペース乱されンだけど。
「魔王様は戦いが嫌いなんだ?」
パーズがいつの間にか、魔王に様を付けてる。すっかり向こうのペースに巻き込まれてンじゃねぇよ、バカ。
「うむ、疲れるからな。ラズりんを亡くしたくないし」
話を聞く限り、コイツらは悪いヤツじゃなさそうだ。
「魔王。石像王子は知っていますか?」
黙々と食べていた姫が、口元を拭う。
思い切り忘れてたけど、本来の目的は石像王子の石化を解く事だっけ。
魔王様を倒しても、魔物は減らねぇのは分かった。
でもそれじゃ、何の解決にもならねぇな。
「知っている。ンクルの弟子だ。そなたらを石化させたのは、四番目だったか」
「待て。知り合いなのか、そこの二人は」
「小生と魔王は、旧知の仲だ。勿論、ラズリも知っている。生身で会った事はないがな」
「……ん。ンクル、いい人」
「はいはい、脱線しないで下さい。つまり、貴方ではない魔王が、ンクル様を石にしたのですね?」
姫が強引に話を戻す。
当のンクルは思案顔だ。
「我々はいずれ戻る。問題は、あの馬鹿弟子だ」
「我々……。旧ジェムナスの民もやはり、その魔王が?」
ダメだ、話に全くついてけねぇ。
ナベに集中するか。
ひとしきり三人に話を聞いた姫が、要約して教えてくれた事によると。
ンクルのパーティーと旧ジェムナスの民は、四番目の魔王に石化させられたらしい。
ソイツは他の魔王たちから集中フルボッコされていて、数年以内の敗北が確定したとか。
で、ソイツが石化させた人々は、ソイツが死ねば元に戻る。
でも王子と姫は、王子が作った薬を飲んだので、元には戻らねぇらしい。
「振り出しに戻ってしまいました……」
とは、姫の弁。
ちなみに看板の話をしたら、ラズりんが魔王様を叱った。魔王の自覚がどうとか、本来の魔王はどうとか。
部下に説教されて、しょんぼりする魔王。
……締まんねぇなぁ……。