魔法少女は働かない【エメラルドフラワー】
──この世界には、魔法少女が存在する。
怪人や怪獣が現れるたび、彼女たちは光の力を振るって街を守る。
けれど、その輝きにも終わりはある。
放課後の陽が傾く頃、九条家の応接間。
重厚な調度に囲まれて、希咲良は姿勢よく椅子に腰掛けていた。長いブロンドの髪、モデルの様に整った容姿。学業優秀、スポーツ万能。高校三年生にしてはあまりにも大人びた雰囲気で、どこに出しても恥ずかしくない、名家・九条家の令嬢だ。向かいには、彼女の母。
「希咲良。卒業後のことだけれど──」
「ご心配には及びません、お母様。既に受験する大学も決まっております。学業も滞りなく進めておりますので、何の問題もありません」
「それは何よりね」母は微笑みながらも声を落とす。「……けれど、貴女には縁談の話も来ているのよ。昨今は怪人の出現も増えているでしょう。何があるか分からない時代だから、九条家の跡取りとして、早めに身を固めるのも大切な選択肢。心に留めておいてちょうだい」
「……承知しております」
感情を揺らすことなく、希咲良は頷いた。
自室に戻ると、ベッドの上で小さな妖精が待っていた。透き通るような緑の羽を持つ存在──魔法妖精、メローヌだ。
そう、何を隠そう、九条希咲良は魔法少女だ。
エメラルドフラワー──鮮やかな緑の髪とロングドレスの様な衣装を翻し、風を流麗に操って怪人を圧倒する。『史上最も美しい魔法少女』と呼ばれる存在だ。その実力も折り紙つきで、その場から一歩も動かずどんな怪人も怪獣も退治してみせ、付近の民衆に被害をただの一度も出したことがない。街への被害も最小限に抑え、その名に恥じぬ、歴代最強との呼び声も高い魔法少女だ。
しかし──
「希咲良、街に怪人が現れているようだ。……今回も、変身する気は無いのかい?」
「言ったはずです。私はもう引退したも同然だと」
「しかし、君の力ならまだまだ戦える。君の力は、誰よりも美しく、強いのに……」
「お気持ちは察しますが、私には私の人生があります。将来の夫に、もし魔法少女だと知られたら?人妻の魔法少女、だなんて……。ふふ、私にはそんな恥ずかしさ、とても耐えられません」
「だ、だが……!」
「それに──」
希咲良はリモコンを手に取り、テレビをつける。
そこでは別の魔法少女たちが懸命に戦っていた。火花が散り、風が唸る。
彼女は小さく微笑んで言う。
「もう、私の出る幕は無いでしょう」
─────
翌日もまた、怪人のニュースが流れていた。だが希咲良は意にも介さない。
学校へ行き、授業を受け、友人たちと談笑する。
昼休みには購買でパンを買い、放課後はカフェに立ち寄る。
「ねえ希咲良、また魔法少女が戦ってたみたいよ!」
「まぁ……そうでしたの」
友人たちが口々に話題にするのを、希咲良は涼しい顔で聞き流す。
またある日には、縁談の相手とのディナー。
「九条さん、ここの料理はどうだい?僕は気に入っているが、君の口にも合うと良いな」
「味も口触りも、非常に私好みですね。ふふ、よく下調べをされているようで」
「いやいや、そういうわけでは……」
「冗談ですよ。……お酒のお相手は、ごめんなさい」
「勿論だとも。未成年に飲ませるような事は断じてしない。……だが、いずれは二人で楽しみたいと思っているよ」
自身より一回り以上年上の男。はっきり言って下心は有るだろうが、気を引こうと努力する姿勢はある。
「……」
希咲良は食事の手を止め、窓の外の夜景を静かに見やる。
日常は静かに、しかし確かに続いていく。
─────
そして、街を揺るがすほどの巨大怪獣が出現したのは、そんなある日の放課後だった。
希咲良は友人たちと、巨大怪獣が現れたのとは別の街を歩いていた。ビルの壁面にある街頭ビジョンが緊急中継を流す。
画面には、魔法少女たちが束になって挑む姿。しかし、その力は怪獣に届かず、押し返されるばかり。
「やばくない……?負けちゃいそうだよ……」
「どうなっちゃうんだろう……この街にも来るのかな」
友人たちの顔に不安が広がる。
希咲良はじっと画面を見上げる。その脳内に、テレパシーによるメローヌの声が響いた。
『希咲良……本当に、良いのか?君ならきっと、あの怪獣を倒せる!まだ終わってなどいないはずだ!』
希咲良は答えない。ただ瞳を細め、思考に沈む。
その時。
白銀の輝きが空を裂いた。
ホワイトスノー──“現役最強”と謳われる魔法少女の登場だ。
彼女のたった一撃で、巨大怪獣はあっさりと塵と化した。
歓声が街に響き渡る。
無表情のまま、風に翻る白い衣を纏い、ホワイトスノーは去っていった。
その横顔が街頭ビジョンに映し出された瞬間、希咲良はふっと失笑する。
「……ほらね。もう私は必要ないんですよ。残念でしたね、メローヌ」
そう告げると、彼女は友人たちに微笑みかける。
「さぁ、行きましょう。折角の放課後なのですから」
その背に、メローヌのかすかな声が追う。
『希咲良……』
けれど彼女は気にも留めない。
「JKブランドと学友は、今この時にしか輝かないのです。魔法少女の肩書きなど、その足元にも及ばないと、そうは思いませんか?」
そう言って笑った希咲良の横顔は、どこまでも凛として美しかった。




