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第1話 好きな声優の彼氏になりたい!

七月、夜が更けても二十五度を超えるのが珍しくない季節。


 東京都某所にある深夜のファミレスでオレ、佐久間颯太(さくまそうた)は宣言した。



「オレは声優さんと付き合う」


「そう」



 オレの対面に座っている瀬野美姫香(せのみきか)はパフェを口に運ぶ手を止めようとせず、冷めた表情のまま返事をした。



「もう少し具体的に言おうか。オレは推し声優さんと付き合う」


「そう」



 オレに興味がない事この上ない美姫香の反応だが、この女はオレと付き合いの長い友達だ。初めて会ったのがいつだったか思い出せないが、初対面なんてのは付き合いが長ければ長いほど思い出せなくなるモノである。


 つまり、美姫香との付き合いはそのくらい長い。具体的に言えば、深夜のファミレスに呼び出せるくらいの仲であり、よく相談事を聞いてもらっている。



「次は何食べようかしら。颯太のおごりだものね」


「おい、何故オレがおごらなきゃならんのだ?」



 メニュー表を机に置き、ペラペラと捲りながら美姫香は注文を悩んでいる。


 綺麗な黒髪を腰のあたりまで伸ばし、色白で雪の様な肌をしている。体も弱そうなため、一見育ちの良いお嬢様に見えなくもない――が、違う。断じて違う。


 勘違いしてはならない。こいつはほとんど家にひきこもっているから、こんな見た目なのだ。


 髪は伸ばしっぱなし、太陽にあたらないから色白、体が弱そうなのは運動をしないからである。つまりただのビタミン不足で、決してお嬢様なんていう属性持ちではない。


 素材だけで判断するなら可愛いと認めるが、己を磨く気がなければダイアもただの石ころだ。化粧もせず、いつ買ったかわからない体系の隠れるダブダブのパーカーを着て、「とり天定食撤廃なんて、残すべきメニューもわからないの? 上層部の海馬が知れるわね」なんて言ってる女に特別な視線や好意を向ける者はいない。



「私は颯太の壮大な計画に付き合うんだもの。今日くらいはおごってもバチは当たらないと思うのだけれど」


「何? つまりそれは――」


「面白そうだから付き合ってあげるわ。おごってもらえるなら尚更よ」


「……二品だけだぞ?」


「二十品の間違いじゃないかしら?」


「ファミレスは食い放題じゃないんだが?」



 美姫香は本気で食べたら某超有名漫画の主人公くらい食べかねない。焼肉食べ放題を時間いっぱい食べた後、次郎なラーメンを食べて「たまには腹八分目で終わらせておきましょう」なんて言うヤツだ。そして、それを何度もやっちまってるのに、美姫香の体系は太くなる様子がない。外宇宙生命体か?



澄嶋真織(すみしままおり)って知ってるか?」



「飛ぶ鳥を落とす勢いの声優ね。早朝深夜問わず、アニメを見ているなら必ず聞く声で目にする名前だわ」



 最近かなり注目されている声優さんだ。ファンからまののんという愛称で親しまれ、抱えているレギュラー作品は七本。準レギュラーも含めればもっとで、イベントやラジオなんかも含めれば、さらにその仕事量は膨大になる。それでいてライブもしっかり参加して、歌も振り付けも完璧に仕上げてくる完璧超人だ。



「つまりそういう事だ」


「理解しているわ」



 こんな素晴らしい声優さんを好きにならない方が難しい。まず声や容姿が完全にオレの好みだし、ファンになるのは当然の帰結だし。というか好きになるのに理由なんて必要ない。


 好きなモノは好き。


 好きな人はどうしようもなく好きなのだ。



「澄嶋真織とセックスしたいのでしょう?」


「下品な言い方やめてくれない? いや、そうでもあってしまうんだけど」


 絶対に断じて神に誓って違うとは言えないので、非常に否定しづらい。



「オレは澄嶋真織が好きだ。まののんが好きで好きでたまらないんだ! 会って仲良くなりたい! それが今のオレの夢だ。その為に具体的に何をすればいいかを一緒に考えてほしい。お願いします!」



 声優と付き合う。それを一人で達成できると思う程、オレは自惚れていない。


 オレはただのオタクであり、ただのガチ恋勢であり、ただの消費者であり、声優界やアニメ界といった業界を全然知らない者であり、一般人も一般人だ。


 そんな何も知らないオレには相談できる人物が絶対に必要だった。



「オレにはお前が必要だ! 美姫香しかいないんだ!」


「わかっているわ。一応、私はその世界にいたんだもの。一般人(パンピー)なあなたにとって私以外の適任者はいないでしょう」



 この瀬野美姫香は以前芸能界で働いていた。しかも、その仕事先は声優業界だったらしい。元関係者なのだ。


 ちなみに美姫香が業界でどんな仕事をしていたのかも、その仕事をやめた理由もオレは知らない。それら諸々をこちらから根掘り葉掘り聞くのはどうかと思ったからだ。なので、やめてしまった理由は知らないが、美姫香がファンでは知り得ない実情や内情に詳しいのは知っている。


 それにコイツは、だ。


 ――無謀でバカだと一笑に付さなくて、真剣に話し合えて、建設的な意見を言ってくれる。


 瀬野美姫香という親友が協力してくれなければ、この恋の達成は不可能だろう。



「この目標はただでさえ非現実的なのに、二十八歳のオレでは尚更だという自覚はある。達成困難だと理解してるが、美姫香はどう思う?」


「そうね。状況や年齢を加味しても、目標達成はやり方次第じゃないかしら」



 美姫香は声優業界を充分に知っている。


 なのに、一般人(ヲタク)大人気(アイドル)声優と付き合うのは無理だと言わなかった。



「可能性がゼロとは全く思わないわね。ああ、ゼロじゃないだけで宝くじで一等が十連続当たる確率と同等、とかではないわよ。どんな一般人(パンピー)だろうと普通に勝算はあるわ」



 オレと澄嶋真織が付き合うのは可能だと美姫香は思っている。


 ――ありがとう。さすがオレの数少ない親友だ。



「とりあえず色々と考えてきたんだが」



 オレはすぐにカバンの中から、ノートとボールペンを出した。そしてテーブルの上にノートを広げる。


 ノートにはオレが昨日考えてきた可能性が書かれていた。

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