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磯端健成は「ざまあ」と言いたい。

僕には、お兄ちゃんがいます。


大成兄ちゃんは、「ゼランティア大陸」という異世界に転生して、勇者として名を馳せ、そして日本に生還したんです。



僕は、毎晩お兄ちゃんから、「ゼランティア大陸」の話を聞いて、

結婚相手は慎重に選ぼうと思いました。

それでもやっぱり僕も、お兄ちゃんの意思を継ぎたいな!と思ってます。


「にいちゃん!!にいちゃん!!」


「はいーなんですかー?」


「もはや言葉は出尽くした!今は議論の時ではない!行動の時だ!」


「わかりました!じゃあ麦茶を取ってきてください!!」


「違うの!そうじゃないの!ゼランティア大陸に行きたいの!!」


「あー・・・発作が出ましたね。例の病気の・・・。」


「なんの病気?!」


「ゼランティア・ヘルペスです。和名は異世界ヘルペスですね。」


「その心は?」


「潰しても出てくる。」


「やかましいわ!!」


「じゃあ診察しましょうねー。今日はどのような症状出ましたかー?」


「病人にするなよ!転生志願者を!」


「病人です!流行りに感染する人間はもれなく病人です!!使い古しの腐った設定で死んだ言葉をつらつらつらつら・・・病人のすることです!」


「にいちゃん、怒られて?そして全員からアイフォンで殴られたらいいよ。」


「かくいう私も病気です!逆張りしかできないひねくれモンのボッチです!!ざまあ!!」


「それー!!!!」


「・・・はい?」


「それが言いたいの!!異世界に行って、『ざまあ』って言いたいの!!




[異世界の真実、兄が語る現実]




「・・・ほほう。『ざまあ』ね。ケンちゃん・・・学校でいじめられてたりする?」


「しない!」


「あ・・・じゃあ、なんとなくだ。」


「そんなことない!!でも異世界で裏切られて、悲惨な目に遭う予定!」


「ああ、もうそんな御予定まで立ててらっしゃるんですね。」


「それで、俺を裏切ったやつを出し抜いて、渾身の『ざまあ』を言いたい!!そうすれば俺は自分の人生に肯定的になれると思います!」


「なるほど。」


「だからゼランティア大陸の行き方を教えてほしい!」


「ケンちゃん!悪いことは言わない!それだけはやめとけ!」



[異世界の真実、兄が語る現実]



「なんだよ。異世界転生したからって、『ざまあ』を言うシチュエーションになるとは限らないってことか?」


「ちゃんと、ケンちゃんが『ざまあ』と言う前提に沿って反対してますよ。」


「じゃあ何か。ざまあって言いたくなるのは、『人間として病んでいるから』とか『病気だから』とか、そういう事を言うんだろ!?」


「違いますよ。そんな野暮ったいことは言いません。私が『ざまあ』をやめた方がいいと言う理由はそんな所にありません。」


「じゃあなんだよ!」


「ケンちゃんね・・・。『論破』っていう死語・・・覚えてる?」


「『論破』って死語だったの?」


「死語ですよ。もう誰も使ってないんじゃないですか?ディベート界隈でもそんな言葉使う人間いないんじゃないですか?あの言葉、どこ行ったと思います?」


「知らんよ。」


「もう少し時を遡りましょうか。『倍返し』という死語、覚えてます?」


「あれも死語なの!?」


「まあ何が言いたいかと言いますとね?結局人間は、そう言う・・・相手を叩きのめす事に特化した言葉に弱いんですよ。

 でも所詮は、人間の作り出したブームですから。今、異世界に行って『ざまあ』なんて言ったらもれなく、有象無象の仲間入りですよ?」


「悪いことかい?」


「良いことですよ。競争心も人間には大事なことですからむしろ肯定します。」


「あのさあ、どっち側の意見なの!?」


「お兄ちゃんは、ケンちゃんが『ざまあ』と言いに行くことに反対してるのであって、異世界に行く事に反対はしません。

 むしろ、今回は異例中の異例で全力で応援しようと思ってますよ。」


「おお!」


「その代わり、もう『ざまあ』は1年後には死語になってる未来が見えているので、新しいワードを携えて異世界で裏切られてきてください!!」


「わかった!!」



[異世界の真実、兄が語る現実]




「ケンちゃんが異世界で裏切られて『ざまあ』に代わる一言を言いに行く、という作業にあたり、

 まずこの、『ざまあ』『論破』『倍返し』を一つのカテゴリーとして考え、フォルダーに名前を与えましょう。

 私はこのような言葉達に共通する感覚は、『相手を打ち負かして勝利を得る事によるカタルシス』だと思います。」


「ふにふに。」


「その感覚に名前をつけます。ここでは、『勝者中毒』または『勝利バイアス』と呼ぶことにします。」


「うーん。『勝者中毒』は悪意があるなあ。」


「単にわかりやすい名前をつけただけなので気になさらないでください。

 さて、ケンちゃんはこれから新たなワードブームの先駆けを目指すわけですが、それに伴いこの『ざまあ』のルーツを探り、傾向と対策を練る事にしましょう。

 私はこの度、『勝者中毒』または『勝利バイアス』がどこから来たのか、調査しました。」


「・・・いつの間にだい?」


「といわけで、『勝者中毒』の出所を探す歴史の旅に出かけるといたしましょう。

 まず『ざまあ』こちらは2021年下半期から現代に至る『勝者中毒ワード』ですね。」


「にいちゃんその間、異世界にいたんじゃ・・・」


「その前には『イキる』『マウントをとる』『煽る』と言う三つの本流が『勝者中毒ワード』として存在しました。

 この『イキる』はインターネット上で2019年~2021年まで流行し、『イキりオタク』などが有名でしたね。

 これは勝ちにこだわる人間を皮肉った言葉ですね。

 『マウント』も2018年あたりからみんな使ってましたね。

 『煽る』は煽り運転が社会的に取り上げられ、ネットで挑発する人間に対してこの表現が用いられました。この『煽る』がやがて『論破』の本流と合流し、

 やがて『ざまあ』に至ったと私は考察します。」


「諸説ありそうだね。」


「さて、この三つの『勝者中毒ワード』の本流の前には何があったか、記憶を遡ってみましょう。

 2000代には、『ドヤ』『倍返し』がありました。

 主に『ドヤ顔』という言葉が現れたのはこの辺りからでしたね。

 『倍返し』は、お兄さんはガンダム派でした。」


「あ、そう。」


「さらに『勝者中毒ワード』を遡りますと、

 1990年代には『勝ち組、負け組』という言葉が流行りました。言葉の背景にはバブルの崩壊後の社会格差があったとされます。

 もう一つは1980年から流行り出した言葉で『自己責任』というものがあります。

 これは、一見『勝者中毒ワード』とは関係なさそうですが、この自己責任論とは個人の失敗や不幸が自分の責任であり、勝者は全て努力の結果、敗者は自己責任という二律的な考えからきています。

 『勝利バイアス』の根は深いんですね。」


「俺産まれてねーし。」


「さらにさらに遡ります。

 1980年代は、『自己責任』以外特に目立った『勝利バイアスワード』はありませんが、概念は存在しました。

 それが、『努力』や『根性』から紐づく勝者が絶対に正しいという『体育会系』という概念です。」


「さっきから兄ちゃんのノリが、ゆっくり系YouTuberみたい。」

 

「そして1970年代。

 この時の日本は高度成長期で、貧困や困難な境遇から成功を勝ち取った者を称賛する言葉がありました。

 『成り上がり』という言葉ですね。これも『ざまあ』に近い概念でして、『勝利バイアス』は戦後の高度成長期から存在したと決定づける言葉です。

 続いて1960年代。

 戦後の日本は実力主義やエリート意識が社会で広まり、学歴や地位による優劣が強調されました。特に大学受験や就職での『勝ち負け』が明確に分けられ、こんな言葉が出てきます。

 『実力主義』と『エリート』です。」


「よくわかんないけど、頑張って調べたんだなあ、と思う。」


「明治時代には、似たような概念こそあったものの、露骨に言葉として表現するものはありませんでした。

 だから『ざまあ』の源流は終戦後なのかなあ・・・と思ったら、江戸時代に居たんですよ!露骨なやつが!!

 それが江戸時代の身分制度を表す、『士農工商』です!その下もありますけど差別用語なので言いたくありません!!

 この時からやってやがったんですな『勝利バイアス保持者』は!」


「つまり、『ざまあ』の源流は、江戸時代の身分制度からくるコンプレックスだったってこと?」


「もちろん違います!!江戸時代以前にも世界中でこういった『勝利バイアス』はありました!

 一例を挙げると旧約聖書です。

 『ダビデとゴリアテ』の物語では、ダビデがゴリアテを打ち負かし、神の力を得た事で国王の信頼を得ました。

 ここでは信仰と勝利が結びついており、神の加護を受けたものが勝者となり、その力が社会的に認められるという構図が見えます。

 これらの歴史を元に、私は『ざまあ』の源流を一言で言い表すことに成功しました。」


「聞こうか。」


「つまり、・・・ ・・・『勝ったもの勝ち。』」


「・・・えー?・・・ここまで引っ張って・・・えー?それが『ざまあ』の源流なの?」


「だってそうとしか言えないんですもの。現実でも異世界でも『勝てば官軍』実力主義なわけです。

 これらを踏まえてケンちゃんは新たな『勝利ワード』を探さないといけません。」


「なんか・・・冷めちゃったなー。そんな気分じゃなくなっちゃったよ。」


「ご心配なく。そんなケンちゃんのために、お兄ちゃんから提示したい新たなプランがございます。」


「あんたが言いたいだけじゃん。」


「これから『来る』新たな概念、それは・・・」


「それは?」


「『反転的ざまあ。』」


「はん・・てんてき・・・?」


「これは2000年以上繰り返されてきた、『勝ったもの勝ち』に唯一対抗できる概念です。

 そろそろ人類はパラダイムシフトすべきです!もう勝ち続けてきた人類は、そろそろ『勝ち疲れ』に突入する頃だと私は思ってます!

 そこで!この『反転的ざまあ』の概念です!

 ここから抽出される言葉をケンちゃんに授けます!これをもって異世界で存分に裏切られてきてください!!」


「どうやら、あまり期待できないぞ・・・?」


「行きますよ!!?

 (吐息混じりに)『・・・満足?』」


「はあ?」


「(吐息混じりに)『それで、満足?』(吐息混じりに)『満足した?』」


「あー。なるほど。裏切られた直後に言うわけか。・・・ってか思ったんだけどさあ!それって結局いつもの『逆張り』じゃね!?」


「・・・ ・・・ ・・・」


「・・・なんか、異世界って感じじゃなくなったわー。冷めたわー。今日はもういいかな。おやすみ。」


健成は、ついに兄大成の言葉に勝利した。


「・・・ ・・・(吐息混じりに)満足した?」


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