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〈三十三〉総仕上げ

 見間違いなどではなく、やはり花車は無事だった。着物に綻びひとつない。

 それにしても、花車のような女人がよく一人でこの状態の里をうろついていたものだ。


 感情らしき色のない顔。

 恐怖も怒りもそこには見えなかった。ただそこに立っている。

 カセイは花車を見るなり整った顔を歪めた。


「この里はもう終わりだ。おぬしの(あるじ)は往生際が悪いようだが」


 花車は何も答えない。

 答えないし、花車は微動だにしないのに彼女の周りにぽうっと火の玉が浮かんだ。ひとつ、ふたつ、みっつ――次々と現れる。

 琴平と采璃だけが驚いて声を上げた。


 火の玉は赤い筋をつけて流星のような軌跡を描き、意志を持っているかのごとくカセイに襲いかかった。


 けれど、この時――。

 カセイのよく通る声が緊迫を破った。


(りん)、」


 声と共に、カセイの白い指が素早く、なんらかの意味を持って組まれる。


「――(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)


 次々に形を変え、手だけが別の生き物のようだ。

 花車の放った火の玉は、カセイに当たることなく手前で跳ね返される。そして、火は向きを変えて、放ったはずの花車を襲い、燃やし始めた。


 火の手は強く、それでいて熱気を感じなかった。カセイが思川太夫を燃やした時と似ている。煙も上がらない。


 悲鳴ひとつ上げず、ただ静かに、あまりに呆気なく花車は燃えてしまうが、カセイには人を殺めたことによる罪の意識はない様子だった。


「い、今のは……」


 采璃が呆然としていると、すぐ近くから女の声がした。


「あれは九字(くじ)だ」


 気配がしなかったので、急に湧いたのかと思わず悲鳴を上げそうになった。

 声のした方を見遣ると、そこに立っていたのは薙刀を手にした時永だった。吉次はいない。華汰も。


 一体、何がどうなっているのだ。采璃ばかりでなく琴平も限界に近かった。こんなことばかりが起こって震えが止まらない。

 結局、花車は何者だったのだろう。火の玉を出すなんて、ただの遣り手のはずがない。


「く、九字って何よ?」


 采璃の問いかけに、時永は鬱陶しそうに眉根を寄せた。


「この里の遊女は水揚げの際にすべて知るようになっている。あんたは知らなくて当然だし、関わらなくていい。――さて、これから最後の仕上げだ」


 そう言って、明かりの灯った〈御衣黄屋〉を見上げた。

 ――時永もただの遊女ではないらしい。少なくとも、この里で今起こっていることを理解しているように思われた。


 時永は躊躇いなく〈御衣黄屋〉の中へと進んでいく。采璃もここへ来て引き返すことなどできないと思ったのか、時永の後を追った。

 琴平も木の檻に囚われた虎之助を気にしつつも采璃に続く。むしろあの檻の中が安全なように思われた。


 カセイの姿はすでにない。

 琴平はこの時、何か大事なことが喉元まで出かかっているような、何とも言えない感覚を味わっていた。


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