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〈二十五〉肆町

 日が暮れていくにつれ、桜の動きも鈍っているように思われた。日光がないことには桜も力を失うのだろうか。


 途中、潜り抜けられない場所に来てしまった時、折り重なった木の根を越えていかねばならなかった。華汰には到底よじ登れない高さだった。

 ここはもともと道ではなかったのかもしれない。家屋が建っていたところも潰されて木の根に浸食され、里はもう采璃が最初に言った桜の花に似た構造にはなっていないように思う。


「しっかりつかまってな」


 吉次はそう言って華汰を自分の首にしがみつかせ、腰に差していた手斧を滑り止めにしつつ木の根を登っていった。時永は薙刀を襷に引っかけて手を空けると、その後に続く。

 采璃も琴平が下から押し上げ、どうにかよじ登ることができた。吉次と時永と合流して助かったのは琴平たちの方だったようだ。

 向う側に下りた時、采璃の息は上がっていたけれど、時永は涼しい顔をしていた。


「あと少しだ。行こう」


 日が沈みきると方角がわからなくなる。今のうちに辿り着いてしまいたかった。


 肆町の仮家の周囲は静かで、この辺りには誰も近づいていないらしい。

 里の人たちはどうなったのだろう。最初の頃に差し入れを持ってきてくれた米屋などは優しげだったが、あの時とは状況が違う。ここに吉次がいると知れば穏やかには済まされないのだとしたら悲しい。


 残念ながら、家に虎之助の姿はなかった。無事だと信じているけれど、虎之助も生身の人間なのだから休息は必要だ。


 座敷へ上がると、皆が力尽きたようにへたり込んだ。時永はずっと涼しい顔をしていたが、それは気を張っていただけのようだ。


「夜具は三つあるけど、虎之助様の分は残しておかないと」


 これには誰も文句を言わなかった。本来、この家は虎之助のための家なのだから。

 吉次は寝転がりながら言う。


「俺と時永はひとつでいいぜ」

「い、いや、それは……」

「別にここでおっぱじめねぇし」

「子供の前で何言って――!」


 と琴平は焦ったが、思えば華汰は遊廓の禿だ。色事に馴染めないのは琴平の方だったのかもしれない。子供は自分かと少し虚しくなった。


「あんたが采璃と同じ夜具だとまずいわけ?」

「……っ」


 時永が目を細めて少し笑った。意地悪だ。

 琴平は何も言い返せず、采璃の方も向かなかった。


「俺は畳の上でいい。采璃と華汰が二人で寝て」

「うん、ありがとう」


 采璃は静かにそう答えた。

 こうして家に落ち着いたら疲れが出たのだろう。元気がなかった。華汰も眠たそうだ。


 琴平は松枝の部屋に采璃と華汰を入れ、自分の部屋に吉次と時永を入れた。琴平は台所の畳の上で横になる。

 こうしていると静かで、琴平も疲れ果てていたからすぐにまぶたが下りた。


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