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桜ノ奇  作者: 五十鈴 りく


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〈二十四〉巡り巡って

 隙間を潜って進んでいくと、その道が本当に正しい方角なのかも次第にわからなくなっていた。

 そのせいか、不意に一体自分はここで何をしているのだろうという気がしてきた。山道からこんなところへ迷い込んで、狐狸妖怪に化かされているのではないだろうか。


 これが現世のこととは到底思えない。夢なら早く覚めてほしかった。

 虎之助と松枝がどこかからひょっこりと顔を出して、化かされている琴平を導いてくれないだろうかとまだ願っている。


 そんなことを考えたせいか、抜けた先にいた男女を見て驚いてしまった。もちろん、その二人が虎之助と松枝なわけはない。


「時永っ」

「吉次さん」


 またこの二人に会った。ただ、先に会った時よりもゆとりがないように見えた。

 特に時永の方が今にも手にした薙刀でこちらを打ち据えるのではないかと思えるほどの気迫を向けていたのだ。薙刀の穂先に撒いた布も取り払っている。


 しかし、吉次は力を抜くように息をつくと琴平に向けて言う。


「お互いにまだくたばってなかったな。まあ、橋が落ちてる以上逃げられやしねぇし、時間の問題だろうが」

「あの、時雨太夫に会いたいんですが、どこにいるか知っていますか?」


 琴平が訊ねると、時永は目をつり上げた。


「どうしてあんたが時雨太夫に会いたいなんて言うんだ?」


 叱られた気分になって肩を竦めてしまう。時永は琴平のことをよく知らないのだから、この状況で気を許してもらえていないのは仕方がない。


「それは、その、思川太夫が自分は逃げないって部屋から出てきてくれないので、説得できる人を探していて……。花崎さんもいないし、どうしたらいいのかわからなくて、もしかすると時雨太夫の言うことなら耳を傾けてくれるんじゃないかと」


 正直に答えたが、時永は少しも思川太夫を憐れんだ様子はなかった。むしろ顔をしかめている。


「当人がそう言うのなら放っておけばいい」


 これを聞いた采璃はカッと顔を赤く染めた。


「どうしてそういう冷たいことが言えるのよっ? あたしは姐さんに恩があるの! 絶対に見捨てるなんてできない!」

「それを思川太夫が望んでないのに?」


 時永があまりにも冷ややかに言い放つので、琴平も唖然としてしまった。


「思川太夫はあんたたちだけで行けって言ったんじゃないのか? だったらそうしなよ。間違っても戻るんじゃない」


 その場にいたわけでもないのに言い当てられた。

 ――言い方は悪いけれど、時永なりに思川太夫の心を察して言っているのだろうか。

 時永の、ほんの少しの表情の揺れから琴平はそう思った。そうであってほしかっただけかもしれないが。


 そこで吉次が割って入る。


「頼むから騒いでくれるなよ。俺はこの桜のせいで里のやつらに殺されそうなんだ。全部俺のせいにして、俺を殺せば桜が治まるってな。やっと人がいないところに来れたのに、騒ぐとまた見つかるじゃねぇか」


 大門の方へ行くと言っていたのに、未だにこんなところに潜んでいるのはそのせいらしい。方角としては真逆だろう。


「吉次さんのせいじゃないと思います」

「当り前だろ。こんな芸当ができるなら、何も植木屋なんぞになりゃしねぇよ。もっと大枚稼げるようになってら」


 クッと皮肉な笑みを見せたが、内心では相当参っているのだろう。


「とにかく、あんたは時雨太夫の居場所を知らないのね?」


 采璃が時永を睨みつけながら訊ねる。

 桜が動き始めた時、時永は〈関山屋〉の外で吉次と会っていたと仄めかした。そのまま時雨太夫とは顔を合わせていないとしても不思議はない。そう思ったけれど、それは違った。


「知ってるけど」


 ため息交じりに言った時永を吉次が一度気づかわしげに見た。その様子に胸がざわつく。


「会いに行かない方がいいよ。説得どころかもう口も利けない。夢見が悪くなるだけだ」

「それって……」

「〈関山屋〉の上から落ちた。まともな道がないから近づけなくてそのままになってるけど、生きちゃいない」

「っ……」


 救いのない結果に、采璃の顔が歪んだ。

 もう言葉を交わしているのがつらくなったのか、吉次は時永の肩を抱いて足を進めた。


「じゃあ、俺たちはもう行くが――」


 この時、琴平はそんな二人を引き留めた。


「待ってください! 前にも言いましたけど、俺が借りていた家のある肆町が一番桜に狙われにくいんです。そっちへ行ってください」

「なんでそんなことがわかるんだ?」


 吉次が疑問に思うのも無理はなかった。上手く説明はできないけれど、信じてほしい。生きていてほしい。


「その、カセイが……」


 カセイと言っても伝わるわけがない。桜の精がそう言ったなどと言えば余計に胡散臭いだけだ。

 けれど、ここで顔色を変えたのは時永だった。


「あんた、()()()と話したの?」


 ひどく驚いた様子だった。琴平も驚いた。自分以外にカセイを知っている人がいるとは思わなかったのだ。


「は、はい。カセイを知っているんですか?」


 時永はそれには答えず、強い口調で言った。


「カセイはなんと言った?」

「この里には、人の都合で打ち捨てられた桜の怨みが凝っているって……。カセイは止めてくれるつもりはないみたいでしたけど、絶対ではないにしても肆町の方はなるべく襲われないようにするっていうようなことを言われました」


 すると時永は黙り、少し考え込んでからうなずいた。


「わかった。肆町へ向かう」


 時永が言うと、吉次は逆らうつもりがないようだった。琴平のことは疑っても、カセイの言い分は信じるらしい。


 これは琴平も感じたことだが、カセイは祟り神になった桜の精かもしれないが、〈悪〉ではないように思う。殺戮を楽しんでいるのとは違う。多分、時永もそれを感じたのだろう。


「で、お前さんたちは〈千里屋〉へ戻るつもりかい? いつ崩れるかわからねぇのに、やめておいた方がいいんじゃねぇのか?」


 理屈ではわかっていても、采璃にはそれを受け入れることができない。

 そう思ったけれど、意外なことに采璃は突っぱねなかった。


「あたしたちも肆町へ行きましょう。あんまり暗くなったら動けなくなるもの」


 確かにそうなのだが、一番気が急いているのは采璃だと思っていた。だから、采璃なりに冷静な部分も残していたことが意外であり、少しほっとしたとも言える。

 それは華汰のためだったのかもしれない。


「なるべく皆で固まって動いた方がいいんだろうな。ま、いざとなったらお前さんたちのことは置いて逃げるけどな」


 と、吉次はどこまで本気だかわからないようなことを言った。

 けれど、実際に人が増えると心強い。肆町の仮屋に虎之助も戻ってきてくれているといいけれど。


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