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第95話 (アナスタシア視点) 悪役令嬢は病床で父親に説教される

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

身体が…だるい。


昨日…否、今日の深夜にこのラムズレットの王都邸に着き、湯浴みをしてすぐにベッドに入ったのだが、今朝目が覚めたら起き上がることができなかった。頭痛、悪寒、強い倦怠感、発熱、そして酷い寝汗。


どうやら、私は風邪を引いてしまったらしい。エイミーが忠告してくれたのに、情けないことだ。貴族令嬢として失格だな。


寝汗に濡れたネグリジェをメイドの手を借りて替え、もう一度ベッドに横たわる。それだけでも、倦怠感に苛まれた身体には難行苦行だった。


ベッドサイドでは、メイドたちが付き添って私の世話や看病をしてくれている。


「お嬢様、お水を飲まれますか?」「いや、大丈夫だ。ありがとう」


イライザが、水で冷やしたタオルを額に乗せてくれる。冷たくて心地いい。


「お嬢様がお風邪を召されるなど、珍しいことにございます。これまで、そのようなことはございませんでした」

「昔から、何ぞやは風邪を引かぬというからな。…だが、今のこの私のザマは、その言葉に矛盾しているな」


そう、まさに昨日の私のザマは『何ぞや』としか言いようのないものであった。


『あれだけいろんなことが起こってしまったら、わたしだったらテンパって訳判らなくなって何も手につかなくなってしまいます。アナスタシア様は、わたしのことを覚えていて下さいました。それだけで十分です。おまけに差し入れまで用意して下さって、お礼の言葉もございません』


エイミーを学園の反省室に(おとの)った時に彼女が私に言ってくれた言葉。確かに、昨日は色々なことがありすぎた。だがそれは理由にはならない。


愚かなことをしてしまった。王太子殿下に、あの者たちに、何を言われようとも決闘を申し込んだりしてはならなかった。その軽挙妄動のせいで、アレンとエイミーに多大な迷惑をかけてしまった。


今、お父様がアレンとエイミーをこの王都邸に呼び、詳しい話を聞いている。エイミーは昨日の深夜に会っていたが、アレンとはあれきり会えなかったので彼が健在であることを知り、胸を撫で下ろした。


風邪を引いてしまって彼らと顔を合わせずに済んだのは、ある意味もっけの幸いだった。今の冷静を欠いた私が彼らと会っても、いいことはないだろう。


「お疲れが出たのでございましょう。少しお休みになられてはいかがですか?」


こんな状態では纏まる考えも纏まらない。イライザが言ってくれたように…少し…(やす)もう…


◇◆◇


私が目を覚ました時には、夕方になっていた。頭痛と発熱、そして悪寒は消えたものの、倦怠感はまだ完全には消えていない。


「お嬢様、お目覚めですか」「あぁ、水を飲みたい。飲ませてくれ」


イライザが水差しからコップに水を入れ、若いメイド二人に命じて私の体を起こさせてくれる。コップを渡された私はそれに口をつけ、一気に飲み干した。乾いた喉に、冷たい水が沁み入って心地いい。


そこに聞こえたのは、扉をノックする音。


「アナ、私だ。入ってもいいかね」


お父様の声が、扉の外から聞こえた。


◇◆◇


「風邪の具合はどうかね?」

「ありがとうございます。あらかた、症状も(おさま)りました」


お父様はベッドサイドの椅子に腰掛けている。対して私は、ベッドの上に上半身だけ起こし、ネグリジェの上にカーディガンを羽織っていた。


「さっき王城から帰ってきた。お前と殿下の婚約は、正式に解消になったよ」


当然の帰結だ。あのようなことをされて、婚約を継続できるわけがない。私の感情だけの問題ではなく、ラムズレット公爵家の面子の問題でもあるのだ。


「最大の責任は無論殿下にあるが、お前にも責任がないわけではない。わかるね」

「…はい。私が、もっと殿下を支えて差し上げるべきでした」


確かに王太子殿下は、将来の王たるに相応しくない愚物と成り果ててしまったが、そうならぬように私が取ることのできる手段はあった筈だ。


殿下が弱音を吐いた時に、突き放してはならなかった。

ただ殿下を上回るだけでなく、殿下の努力を認めて差し上げるべきだった。

私が努力を続けるのは、殿下のお側にあって恥ずかしくない淑女になるため。

そう言葉と態度で示さねばならなかった。

あの者たちに対しても、悪魔呼ばわりなどしてはならなかった。

ただ怠惰を断罪するだけで、済ませるべきではなかった。

加護に見合った努力を勧め、努力する姿を称揚し敬意を表するべきだった。


その機会が永遠に失われてから気づくなどと、つくづく私は愚か者だ。


将来の王妃、国母たる者は、民草の範となるため自らを高めるだけでなく、そういう慈愛を身につけなくてはならないのだ。…そういう意味では、殿下の言葉は正しいのかもしれない。私よりも、エイミーの方が王妃、国母に相応しいという言葉。


ベクトルは違うかもしれないが、エイミーの、自らが傷つき汚れることも厭わずに私を救おうとしてくれている姿は、まさに慈愛の権化とも言うべきものだった。…言動は少し、いやかなり、いや甚だ、いやこの上なく奇矯だが。


「尤も、まだ年若いお前にその任は重すぎる。殿下があれほどの愚物と成り果ててしまったのは、殿下の周囲の責任だな」


はっきりと落ち込んでしまった私を慰めるように、お父様は付け足して下さった。


◇◆◇


話は、アレンとエイミーのことに移った。


「お前の代理人に立ってくれたアレン君だが…面白い男だな」

「はい。彼は、素晴らしい人物です」


敢えて私はそっけなく答えた。そうしないと、昨日のようにアレンの素晴らしいところを延々とお父様にアピールしてしまいかねなかったから。


「随分とそっけないな。私はてっきり、お前が昨日のように彼の絶賛演説を一席ぶつと思ったが。あれを聞いていて、私はお前が彼に惚れてしまったかと思ったぞ」


お父様のその言葉を聞いて、ボン!と音が立つほどに顔が赤くなるのを知覚した。


「お、お、お、お父様!わ、私は決してそのようなこと!」

「判っておる。彼も、身分が違いすぎると言っていたよ」


アレンらしい台詞だ。だが、胸に痛みが走ったのは何故だろう?


「それに、やはり彼もエイミー嬢も退学を覚悟していたそうだよ」

「そんなッ!そのようなこと…!」


そんなことを認めることなんて、絶対に、絶対にできない!アレンとエイミーが、学園からいなくなってしまうなんて!!


「落ち着きなさい。国王陛下も、他の貴族諸氏も、アレン君やエイミー嬢は退学するに及ばず、と言ってくれた」


そうだったのか…よかった…


「それとな、彼が代理人に立った理由だが…」


その理由を聞かされて、私は愕然とさせられた。そして、自分の度し難いほどの愚かさを再確認させられた。殿下のことを笑えない。そのお父様のお言葉が、凄まじいほどの重みを以て私の心にのしかかった。


彼がお父様に示した、私自身が決闘に臨んだ場合のシミュレーションは、恐ろしく説得力があり、蓋然性の高いものだった。


王太子殿下の声望が堕ち、疑心暗鬼に陥った貴族たちが弟君のルートヴィッヒ殿下を担ぎ上げて後継者争いを展開する。その争いは容易に内乱に繋がり、その内乱で弱ったセントラーレン王国という野生動物は、最終的にエスト帝国という東方の凶悪な肉食獣の餌食となってしまう…


なんということだ…貴族令嬢にあるまじき思慮の浅さに、私は自身に対し殺意すら覚えた。アレンの慧眼に比して、何と視野の狭いことか!返す返すも、私は断じて決闘を申し込んではならなかったのだ!殿下やあの者たちにどれほど侮辱されようとも、どれほど屈辱を味わわせられようとも!!


その結果アレンやエイミーに尻拭いをさせてしまい、偉大な人材や素晴らしいヒーラーの未来をブチ壊しにしてしまったかもしれなかったのだ。


後悔と自己嫌悪、そしてアレンやエイミーへの罪悪感が、頬を伝って流れ落ち、ネグリジェに寝汗とは違うシミを作っていった。お父様が仰って下さらなかったら、私はいつまでも涙を流し続けていただろう。


「アナ、お前の過失など小さいものだ。殿下が負うべき責の方が、遥かに大きい。殿下がこのような愚行を為さなければ、何事も起こらなかった筈なのだ」


◇◆◇


「次にエイミー嬢だが…彼女はアレン君とは違うベクトルで面白い女性だな」


お父様が話題をエイミーに変えた。


「はい。彼女も、素晴らしい人物です。素晴らしい治癒魔法を操るに留まらず、心優しい慈愛の精神に満ちた女性です。そして…自分が傷付き汚れることも厭わずに、人を救うことができる人物です」

「お前がそういうのだからそうなんだろうが…恐ろしく口が悪かったな。事もあろうに王太子殿下を『バカクズ太子』などと呼ぶことのできる人間は、他にはいるまい。それに、貴顕の若様方を集めて『クズレンジャー』とは…クズは判るが、レンジャーとは何なのだ?」


…否定も反論もできなかった。パーティーでの彼女の振る舞いは、恩知らずな言い方ながら淑女の対極と言うべきものであった。


「私にもよく判らないのですが…クズが5人集まったらクズレンジャーだ、とパーティーの際に彼女が言っていました」

「それに、決闘の共闘者に名乗りを上げた時の所作…アレン君から聞いたが、何故履いていた靴下を脱いで殿下に投げ付けたのだ?」


お父様はくつくつと含み笑いをしながら言葉を繋ぐ。そのお父様の笑いが、私にも伝染した。くつくつと、お父様そっくりの笑いが出てしまう。


「ふふっ…それが、どうやら手袋を携行するのを忘れていたそうで…」


私のその言葉に、お父様は堪えきれなくなったか「ぶはっ!」と笑い声を上げた。


◇◆◇


「…旦那様、お嬢様、宜しゅうございますか?」


イライザの声が、冷たく響いた。途端に、私とお父様の背が伸びる。


「お話の途中恐縮でございますが、お嬢様は病み上がりでいらっしゃいます。風邪がぶり返したらことなので、今日一日はゆっくりとお休みなさいませ。旦那様も、そろそろお控え願います」

「そ、そうだな。アナ、今日はイライザの言うことをちゃんと聞いて休みなさい。ではイライザ、後はよしなに頼む…アナ、アレン君とエイミー嬢は、お前にとって他の何物にも替え難い、素晴らしい『友人』だ。大切にしなさい」

「はい、お父様、勿論です」


お父様が蒼惶と部屋を出ていく姿を、イライザは美しいカーテシーで見送った。


「ではお嬢様、お休みなさいませ」

「あ、あぁ。イライザ、では済まないが休ませてもらうよ」


ベッドに横たわった私の耳に、お父様が部屋の外で呟く声が聞こえよう筈もなかった。だが、その声は確かに聞こえたのである。


『英雄気取りの卑劣漢、拳王ぶった破落戸(ごろつき)、自称弓王の軽薄漢、賢者面の小才子、騎士紛いのならず者…ラムズレットの顔に泥を塗った報い、必ずやくれてやる』

そりゃ冬場に火の気のないところで上着を脱いで

制服裸足なんぞやったら、風邪くらい引きますわ。

幾ら走り回って体が熱ったとは言え、

悪役令嬢に似つかわしくない軽挙でした。


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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[良い点] 反省してる所 前から思ってたけど、アナスタシアは自分にも他人にも厳しいから反感持たれたのもある
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