第9話 ヒロインは飛び級で中学校を卒業する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
アレンという天才君に遅れること半年、俺は中学校の卒業資格検定試験を受けることになった。
飛び級なので、試験は個室で行われる。部屋の真ん中に置かれた席に着き、俺は眼鏡の奥、目を閉じて精神を安定させていた。大丈夫だ、俺はやれる。かつてやらかしたような、あほ丸出しのケアレスミスは絶対にしない。
やがてきょぬー眼鏡のヒルデガルド先生が入室した。いつもは優しい微笑みを絶やさない先生だが、その顔は緊張を隠せない。俺よりも緊張してるんじゃないか?
「エイミー様、頑張って下さい」「ありがとうございます。頑張ります」
先生は机の上に問題用紙と解答用紙を置いてくれた。試験まではあと1分ほどある。始まるまで、もう一度目を閉じて精神を集中させた。
「では、試験は今から180分です。始め」
先生が宣告すると同時に、俺は目をかっと見開いて問題用紙に手をやった。
◇◆◇
試験問題の内容は大して難しくない。古典と算術は日本の小学校のカリキュラムの範囲内だし、国内外の地理・歴史・礼儀作法座学は基本丸暗記だ。俺は90分ほどかけて全答案を埋め、その後でケアレスミスがないかどうか慎重に見直した。
3回見直して、どこにもケアレスミスがないのを確認した俺は、ヒルデガルド先生に声をかけた。試験時間はあと30分ほど残っている。
「先生、終わりました」
俺から解答用紙を受け取った先生は、大きく息を吐いた。そのご立派な胸部装甲がしぼむのではないかと思わせるほどの、大きな溜息だ。
「ふう…エイミー様、お疲れ様でした。結果は1週間後にお知らせ致します」
◇◆◇
「お父様、お母さん、ただいま」
家に帰ると、父親―最近ようやっとそう呼べるようになった―であるブレイエス男爵と、母親が出迎えてくれた。母親が変わらぬメイド服なのは、現在の母親の立場を『ブレイエス男爵家令嬢のエイミーのお付き』としているためである。
なお、初めて男爵を「お父様」と呼んだとき、彼は嬉しさのあまり大号泣し、その後でエイミーの優しさとそのように優しく育てた母親を褒め称え、それに対して母親は男爵の誠意の賜物であると男爵を褒め称え、挙句甘く熱い視線で見つめ合って…要は、いつものバカップルモードに突入した。だから、娘の前でそういうことはやめろ下さいお願いします。
「おかえりなさい、エイミー。試験はどうだった?」
「多分大丈夫。多分合格してる。多分王立高等学園への推薦ももらえる。多分…」
母親の何気ない質問に、だが俺は不気味な不安を禁じえなかった。
解答を書く場所がずれていなかっただろうか?
ケアレスミスを見逃していないだろうか?
その懸念が溢れ出し、歯ががちがちと音を立てる。いつしか、体まで震えてきた。
その震えを止めてくれたのは、父親の抱擁である。
「エイミー、大丈夫だよ。君は今日まで、一生懸命に頑張ってきた。その頑張りは私とシュザンナと、誰よりも神様が見ておられる。その頑張りに対して、神様は決して惨い報いをなさらないさ」
父親の抱擁の、何と頼もしいことだろう。そして、何と心地よいことだろう。
「お父様…ありがとうございます」
そこに、母親が入ってきた。悲痛な顔をしている。
「エイミー、ごめんなさい。あなたを不安にさせてしまって」
「お母さん、謝らないで。娘の試験の結果が気になるのは当然ですもの。寧ろ、そんなことで不安になるわたしの方が弱いの。頼りない娘でごめんなさい」
「そんなことはないぞ、エイミー」父親が抱擁を解くことなく言った。
「人間は不完全な存在だ。不安になることがあるのは当然のことなんだ」
「お父様…」
ほっと安心し、視界が滲んでくる。母親が父親の手に自分の手を添えて言った。
「ジークフリード様、エイミーを安心させて下さり、ありがとうございます」
「気にすることはないよ。私は君とエイミーを愛しているからな。君とエイミーは、私にとって何物にも替え難い宝物だ」
「…ジークフリード様…」「…シュザンナ…」
…またおっぱじめなすった!しかも、俺の体は父親によって優しくもがっつりと抱擁されてて逃げ場がねぇ!誰か、俺をこのゲロ甘空間から解放してくれ!!
◇◆◇
1週間後、俺は試験結果を確認するために中学校に登校した。
「失礼致します。エイミー・フォン・ブレイエスでっぷ!」
職員室に入って名乗ろうと思った途端、猛烈な勢いで俺の顔に押し付けられるものがあった。柔らかい。
「エイミー様、おめでとうございます!卒業資格検定試験、合格です!しかも全教科満点ですよ!!アレン君以来です!」
ヒルデガルド先生が、喜色をすさまじい勢いで発しながら俺を抱擁している。さっき俺の顔に押し付けられたものは、先生の立派な胸部装甲だった。
よかった。どうやら、俺は合格できたようだ。しかも満点だったということは、問題を解いた後の見直しが功を奏したようだ。安堵の息を吐いた俺に、校長先生がこれも満面の笑みを湛えて俺を称賛してくれる。
「エイミー様、本当におめでとうございます。11歳での卒業資格検定試験合格、しかも全教科満点というのは、非常に素晴らしい成績です。過去、というか半年前に一つその事例はありましたが、だからといってその素晴らしさが減殺されることはありません」
知ってる。アレンという件の天才君だ。あのときは、先を越されたと思って悔しかったなぁ…
でも、先生方が俺を祝福してくれているのは確かなので、これだけは人として言わなくてはならない。
「ありがとうございます。先生方がご指導して下さったおかげです」
そういって全然様になっていないカーテシーの礼を取ると、先生方が皆立ち上がって拍手をしてくれた。
「おめでとうございます、エイミー様!」
「エイミー様、おめでとうございます!」
先生方が祝福してくれるのは嬉しいが、この構図、なんかのアニメみたいだなぁ…
◇◆◇
その後、王立高等学園への入学推薦と学科試験の免除申請を先生方にお願いして職員室を出ると、いつも勉強会をしていたクラスメイトの1人が、何やらにまにましながら声をかけてきた。
「エイミー様、ちょっと付き合って下さい」
「え?…いいですけど、どこに行くんですか?」
「んふふ~…い・い・と・こ・ろ、ですよ?」
そう言って彼女は俺の手を引き、いつも授業を受けていた教室の扉の前に俺を押しやった。
「さ、エイミー様、入って下さい」
俺が教室に入ると…
「「「「「エイミー様、ご卒業おめでとうございます!!!」」」」」
クラスメイトたちが、大声を揃えて俺を祝福してくれた。黒板には、『祝・エイミー様ご卒業!!』と大書されている。
「エイミー様、これまで勉強を教えて下さってありがとうございました!」
「エイミー様との勉強会、とても楽しかったです!」
「エイミー様に教えて頂いて、俺すげぇ成績が上がったんですよ!」
クラスメイトたちが、みな満面どころか全身の笑みで俺を祝福してくれ、また俺に礼を言ってくれる。
やばい。これは嬉しすぎる。いつしか、俺は頬を伝うものを感じていた。
「あ…え、エイミー様、俺たち何か変なことしましたか?」
「違うんです。嬉しくて…嬉し涙が止まらなくて…」
慌てて俺は眼鏡を取り、目をごしごしと乱暴に擦った。そして赤くなっているであろう目をクラスメイトに向け、顔中を笑ませて口を開く。
「皆さん、わたしの卒業を祝って下さって、本当にありがとうございます。わたしも、皆さんと一緒に勉強できてとても楽しかったです。皆さんと一緒に勉強できたことは、わたしの宝物です!」
そういってもう一度様になってないカーテシーの礼を取ると、割れるような大拍手が教室に響いた。
「エイミー様、卒業おめでとうございます!」
「また学校にも、遊びにいらして下さいね!」
「おいしいお菓子、ご馳走して下さい!」
「素敵なドレスがあったら、一度着せて下さいね!」
「俺が卒業したら、ブレイエス男爵様のご領地への就職を斡旋して下さい!」
クラスメイトたちが、また口々に祝福の言葉をかけてくれた。それは本当に嬉しいのだが…あんたら、だんだん自分の欲望が入ってきてねぇか?
クラスメイト達の私欲丸出しの台詞に共感頂けたら、
応援を宜しくお願い致します。
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