第88話 ヒロインは悪役令嬢と裸足の付き合いをする
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
徒然なるままに心に移りゆく由なしごとを思っていたわたしのお腹から、突如ぐるる…と大きな音が響いた。それで、わたしは空腹を自覚させられたのである。
…お腹減った…!
…考えてみたら、王宮ダンスホールでの卒業・進級祝賀パーティーで、何も食べてなかった。何かを取りに行こうとしたら、クズレンジャーどもがやたらといちゃつきかかってきて、結局何も取りに行けなかったのだ。そのくせクズレンジャーどもは、わたしに何か料理や飲み物を持って来てくれるでもなかった。
奴らは、自分のためだけに料理や飲み物を持ってきて、自分たちだけで消費していやがったのだ。…信じられねぇ!あのクズども、わたしに傅いてる風を装いながら、ちっともわたしのことを大切に思ってねぇってことじゃねぇか!!
いや、大切に思ってもらう必要なんざ更々ねぇが、料理や食べ物を取りに行かせてくれないんだったら、せめてそれらを持って来てくれよ!やっぱりあのクズども、アナスタシアをいじめるためのダシにわたしを使ってやがっただけだったんだ!!
…畜生が!もっとあのクズども、ボロクソに言っておいてやればよかった!!
◇◆◇
何とかして空腹を紛らわせるべく、制服裸足の魅力や裸足にローファー直履きの功罪について懸命に考えるも、一度知覚してしまった飢餓を忘れることはできない。胃ノ腑はぐるぐると鳴り続け、食事の摂取を執拗に求め訴えている。
窮したわたしは、一縷の望みを素数の神に託すことにした。素数の神よ、願わくばわたしの空腹を忘れさせたまえ…2、3、5、7、11、13…
事態の変化が生じたのは、途中でつっかえたりうっかり合成数を数えたり、挙句の果てにはどこまで数えたか忘れて最初からやり直しながらも1009まで数えた頃だった。ノックの音がして、監視という名目で護衛してくれていた女性騎士様のうち1人が、わたしに声をかけてくれたのだ。
「エイミー嬢、アナスタシア様がいらっしゃった。入って頂いても宜しいか?」
えっ?アナスタシアがわざわざ来てくれたの?
「大丈夫です。お入り頂いて下さい」
反省室送りになった男爵家の娘を、わざわざ公爵家ご令嬢様が訪ねて下さったのだ。拒否する理由なんて、どこにもない。外側からかかった鍵を開ける音がし、「お入り下さい」と女性騎士様が声をかけた先には。
「…はぁっ、はぁっ…エイミー、遅くなって、しまって、はぁっ…済まなかった」
余程休む間もなくそこら中を走り回っていたのか、サイハイソックスの膝に手を付き、玉の汗を額に浮かび上がらせて苦しい息を吐くアナスタシアの姿があった。
◇◆◇
反省室には、椅子は一脚しかない。それも、背凭れもない代物で、椅子というよりも『腰を下ろすことのできる木製の箱』といった風情だ。そんな代物でも、腰掛けて休むことはできる。わたしは立ち上がり、アナスタシアにそれを勧めた。
「こんなものしかなくって、申し訳ありませんが…」
休む間もなく走り続けていた人に勧めるようなものでもないが、それでも立っているよりは遥かにマシだろう。そもそも、男爵家の娘が座りながら公爵家ご令嬢様を立たせていたら、大問題である。
「はぁっ、はぁっ…ありがとう。だが、お前の使う椅子がないだろう?」
漸く息が整ったアナスタシアがそう言った途端に、わたしの胃ノ腑が獲物を求めて “ぐるるぅ…” と咆哮を上げた。…うわ恥っずぅ…
おそらくその音をアナスタシアは聴覚に覚えたのであろう。彼女はふ、と微笑んで手に提げていた袋をわたしに示してくれた。
「パーティーでも何も食べていなかったようなのでな、差し入れにサンドイッチとお茶を持ってきた。よかったら食べてくれ」
うわぁ…めっちゃ嬉しい!ありがとうございます!!アナスタシアから受け取った袋の中には、サンドイッチと水筒が入っていた。袋からサンドイッチを取り出し、包装を解くのももどかしく口の中に放り込む。…うめぇ!マヂうめぇ!!
…あ、お礼を直接言うのを忘れてた。
「あ、あいひゃほうほひゃいまふ!ほれおいひいれふ!!」
「…口の中に物を入れながら話すのは、やめた方がいいぞ…」
◇◆◇
アナスタシアが持ってきてくれたサンドイッチで腹の虫を宥め、水筒の中の暖かいお茶を頂いて漸く人心地がついた。改めてお礼を言おうとアナスタシアに向き直ると、彼女はハンカチで顔の汗を拭っている。…あぁ、そっか。ずっと走り回ってたから身体が火照って、暑くなっちゃったんだな。
「アナスタシア様、サンドイッチ美味しかったです。ありがとうございました。あと、わたしは構わないのでお過ごしやすい格好をなさって下さい」
「そ、そうか。では、お言葉に甘えてそうさせて貰おう…ところで、お前は何故靴を脱いで素足になっているのだ?」
ブレザーを脱ぎながらもわたしの素足に気付いたアナスタシアが、妙なところに感じた疑問をわたしに問うた。
「あ…はい、それはですね…裸足にローファーを直履きすると、足にも靴にも良くないと聞いたことがございまして…」
まさか『足も靴も臭くなるから』とは言えないし、況してや『制服裸足の魅力に目覚めて靴を脱いで色々ポーズを取ってました』なんて言うわけにはいかない。…そうだ!わたし如きでも相当にエロ魅力的だったんだから、アナスタシアがやったらすっげぇことになりそうだ!!
「…アナスタシア様、ここの石床結構冷たいんです。アナスタシア様も素足になられたら、冷やっこくて気持ちいいかもしれませんよ」
…ごめんなさい、アナスタシアを救うためじゃなくってアナスタシアの制服裸足姿を見るために悪魔に魂を売りました。
ブラウスの袖を捲っていた彼女は、「そうか。そういうことなら、そうさせて貰うか」と言い、ローファーを脱いで右の太腿に両手を遣り、サイハイソックスを下ろしていた。黒いサイハイソックスが下されていく過程で、引き締まりつつも肉感に満ちた、白皙の太腿と脹脛が露わになっていく。
…エッッッロッ!超マヂですっげぇエッッッッッッロッッ!!超MSE!!
…右脚を覆うものがなくなり、左脚も外気に晒されていくアナスタシアの姿をガン見していたわたしを、誰も責められなかっただろう。
◇◆◇
「エイミーの言う通りだな。確かに、足裏が冷たくて気持ちがいい」
そう言ってわたしが勧めた椅子に座り、ブラウスの両袖を肘下まで捲った腕から伸びる手を椅子の座面について、両脚の太腿から爪先までを露わにしたアナスタシアは笑顔をわたしに向けた。
…何ですかこの制服裸足フェチ垂涎の一品!?もう1から100まで眩しすぎて、例える言葉すら出てこねぇんですけど!?『マジコイ』の公式は、何でアナスタシアのこの姿のスチルを作らなかったんだよ!?アナスタシアがならず者どもに凌辱されるスチルなんていらねぇんだよ!そんなことやってやがるから、わたしに『公式がご臨終』呼ばわりされるんだ!!
あと、脱ぎ置かれたアナスタシア着用済みのサイハイソックス!これ、はっきり言ってオクに出したら巨額の金が動くぞ!わたしの着用済み靴下とは雲泥の差だ!!
…はッ!!やばいやばい、アナスタシアの制服裸足姿がエロ魅力的すぎて、またあっちの方に意識が飛びそうになっちまってた。また彼女に叱られかねねぇ。
◇◆◇
「エイミー、あの時は私の味方になってくれて、本当にありがとう。こんな月並みな言葉では言い切れないくらい、心から感謝している」
笑顔を絶やさぬままのアナスタシアがわたしにお礼を言ってくれた時、何とか平静に答えることができたのは先に彼女に叱られた経験があるからだろう。
…バカにするんじゃねぇぞ?わたしだって、学習するんだよ。
「と、とんでもございません。寧ろ、逆上してしまってあのような暴言を吐いてしまった自身の堪えのなさに恥じ入る思いです」
「あのことは…本当に、申し訳なかった。お前にああまで言わせる前に、お前を止めなくてはならなかった。私の行動が遅かったせいで、お前にあれほどの不敬の挙を取らせてしまった…済まなかった、赦せとは言わぬが、謝罪だけはさせてくれ」
一転して表情を曇らせた彼女の言葉に、一瞬息が止まる思いがした。さっきは勝手に楽観していたが、やっぱり不敬罪に問われてしまうんだろうか?
「安心してくれ。お前のことは、先ほどお父様にお伝えしてきた。悪いようにはしない、とお墨付きを頂いてきたよ。ブレイエス男爵家にも、累は及ばないとな」
「ありがとうございます。それを聞いて、安心致しました」
ラムズレット公爵のお墨付きならば、信頼しても大丈夫だろう。そもそも、先に道理に合わないことを仕向けたのは、クズレンジャーどもだ。さっきも言ったが、わたしはそれを咎め諌めただけなんだよ。
と、アナスタシアの類稀な美貌が急にわたしの顔に近づいた。何故かどぎまぎしてしまう。彼女は悲しげに眉を顰め、薄桃色の唇を開いた。
「…やはり腫れているな…本当に申し訳ない。ああでもしないと、お前を止められないと思ったのだ。今、傷薬を塗るから我慢してくれ」
あぁ、そう言えばさっきアナスタシアに2発、全力で引っ叩かれたことを今更思い出した。言われて、急に頬が痛くなってきたのを知覚する。アナスタシアが脱ぎ置いたブレザーから傷薬の容器を出そうとするのを留めて。
「アナスタシア様、お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です」
こんな時こそ、わたしの本領が発揮されるんですよ。さて問題です。わたしは何の加護を授かっていたでしょう?
アナスタシアに引っ叩かれた箇所に痛覚遮断と診断を施し、C級治癒魔法を高速発動する。本当はD級でも良かったんだけど、万一痕が残ってもコトだしね。そうなったら、最悪お父様がアナスタシアに手袋を投げつけかねない。
わたしが治癒魔法を発動する姿を見て、アナスタシアが納得の笑みを浮かべた。
「…そうだな、お前は “癒し” の加護を授かっていた、凄腕のヒーラーだったな」
「正解です。凄腕っていうのは烏滸がましいですけど、確かにわたしは "癒し" の加護を授かったヒーラーです」
アナスタシアとわたしは、笑顔を交わし合った。
『悪役令嬢の着用済みサイハイソックス=伝説級アイテム』
『ヒロインの着用済み靴下=希少級、甘めに見て叙事詩級アイテム』
(但し何れも未洗濯。洗濯したら、何れも平凡級になる)
異論は認めます。
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