第64話 ヒロインは肚を決める
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
遺跡探索の当日、集合時間に10分程度の余裕を持ってわたしは貴族用の通用門に到着した。そこにはアナスタシアと、なぜかアレンさんがいる。何でアレンさんが?…あ、そっか。アナスタシアが言ってた、案内役兼護衛役の冒険者っていうのがアレンさんなんだな。
「アナスタシア様、アレンさん、おはようございます」
探索の段取りについての会話を進めていたらしい2人に近づき、わたしは挨拶した。本来であれば目下が目上に話しかけるのは非礼に当たるが、挨拶に関しては例外である。寧ろ、目下が目上に挨拶しない方が非礼ってものだ。
アナスタシアもアレンさんも、わたしの挨拶に対して返事を返してくれた。アナスタシアはともかく、アレンさんもわたしが参加することが判っていたと見えて特段驚いたような反応は見せない。アナスタシアは、ちゃんと案内役兼護衛役のアレンさんに話を通しておいてくれたようだ。
「ああ、おはよう。…エイミー嬢は、アレンとは面識があったのか?そう言えば、入学式の日に随分と親しく話し合っていたようだな」
「エイミー様、おはようございます…アナスタシア様にお答え申し上げます。確かに、入学式の日にエイミー様から勿体なくもお声掛けを頂きました。…そのせいで、アナスタシア様とマーガレット様にお叱りを賜るハメに陥りましたること、私の苦く忌々しい記憶として残っております」
その言葉に込められた悪意にわたしは寒気を感じたわけでもないのに身体をぶるっ、と震わせ、アナスタシアはその美貌を顰めた。
「アレン、その様に言うものではない。私もマーガレットも、場を弁えるように注意しただけであって仲良くすることを咎めたわけではないのだ…それにしても、エイミー嬢の姿はなかなか凛々しいな」「あ、ありがとうございます」
アレンさんを窘めたアナスタシアは、わたしの姿に好意的な興味を向けてくれた。わたしはこの日、布製のローブの腰に巻いたベルトに短剣を佩き、ブーツを履いている。鎖帷子と皮革製の、踝丈のレギンスはローブとブーツに隠れて見えない。先にも言ったが、駆け出しの冒険者のような格好である。
アナスタシアもアレンさんも似たような冒険者姿だが、アナスタシアの優雅かつ強靭な姿からはこれまでの鍛錬に支えられた自信が自ずと滲み出ており、アレンさんが有する、幾多の修羅場を潜ってきた者だけが醸し出すことのできる凄みはわたし如きでもびりびりと感じることができる。
このメンバーで並んでいると、まるで熟練の冒険者2人が駆け出しの冒険者を連れてクエストに差し掛かろうとしている構図であるとすら言えるだろう。
「ルールデン城壁の外に出るということだったので、魔物と遭遇したり、戦闘になる恐れがあると思ったんです。その時に学園指定の制服じゃまずいと思ったので、こんな格好をしてきました」「ほう…殊勝だな。感心したぞ」
「そうですね…正直、意外でした。てっきり、エイミー様のことだから制服のままで何の準備もなしに来られるかと思っていました」
アレンさんが口を歪めて発した言葉の中にある棘が、容赦なくわたしの心に突き刺さった。自覚せずして、両手を握りしめてしまう。
「アレン、エイミー嬢は、王太子殿下の肝煎りで急遽参加することになったんだ。何の準備もなしに、などと言うものではない」
「ふぅん…王太子殿下の肝煎りで、ですか。だったら、猶更の事ご参加なさらないわけにはいきませんね…エイミー様にとっては、ご寵愛下さる方のお誘いですからねぇ?…エイミー様、頭の天辺から足指の先まで、きっちりと両殿下や諸公子様方に余すところなく幸して頂けるように、磨き上げて来られましたか?」
アレンさんの言葉の棘に、今度は毒が塗られた。おそらく、その時のわたしの顔は身体には知覚し得ざる痛みに歪み、眦には涙が浮かんでいたことだろう。その毒を受け、アナスタシアの語気が強まる。蒼氷色の瞳から発せられる強い眼光には、怒気すら感ぜられた。
「…アレン!いい加減にしろ!エイミー嬢の何が気に入らぬかは知らぬが、女人の貞節を侮辱するような、陰険な物言いをするなッ!」
「…アナスタシア様のお言葉であれば」
アレンさんはそう言って口を噤んだ。…と、アナスタシアが「…遅いな…」と言って通用門の内部、貴族街に視線を向けたと見るや、彼は不意に近寄ってきた挙句わたしにだけ聞こえるように「チッ!」と舌打ちをくれた。
◇◆◇
悪意を向けられるのには慣れている、筈だった。前世でのブラック企業のパワハラ、そして学園でのいじめや無視…そして、アレンさんに対しても、特別な感情は全く抱いていない筈だった。
それなのに、なぜ?なぜ、アレンさんに悪感情を向けられただけで、こんなに心に痛みを感じるのだろう?一体わたしの何が、アレンさんを怒らせてしまったのだろう?…いつしかローブの裾を掴んだまま、わたしは俯いてしまっていた。頬を、何かが流れる感触がある。
わたしの頬に光るものを見て取ったであろうアレンさんの険悪な雰囲気が、わたしに近づいてくるのを感じた。アナスタシアの視線がこちらに向いていないであろうことを確認し、わざわざわたしの耳元にまで口を寄せ、口を開く。その言葉の毒刃に、わたしは抗することも叶わずに顔を覆うばかりであった。
「そら涙が通用する男ばかりだと思ってるんじゃねぇぞ…屍山血河の上でイケメンどもと乳繰り合うつもりでいやがるのか、この淫売の人でなしが!」
◇◆◇
「ああ、エイミーはもう来ていたのか」
「冒険者風の出で立ちとは、珍しい姿だな。そんな君も、凛々しくていいけどね」
「そんな格好をしなくても、俺たちが護ってあげられるんですけどね」
バカクズ太子とイキリクズ王子、ついでに腐れクズ脳筋の声が聞こえる。慌てて眼鏡を取り、涙をローブの裾で拭った。その様子を見て取ったアホクズチャラ男が、訝るような視線を向けて「エイミー、何かあったのかい?」と聞いてくる。…こんな時ばっかり目敏いんじゃねぇよ。
「ウィムレット公子様、何でもございません。急に目にゴミが入ったみたいで」
そう答えるわたしの声はどことなく棒読みだ。こんな演技じゃあ、ゴールデンラズベリー賞も取れねぇよ。
「エイミー、目を擦ってはいけませんよ。君の美しい瞳が傷ついてしまいます」
うるせぇ糞クズメガネが、期末試験の点数がわたしより良かったからってウエメセでしたり顔にほざきやがって…そこに、アナスタシアの冷たい声が聞こえた。
「両殿下に諸公子、随分と遅かったようですが…集合時間は、9時だったのではありませんか?」「あぁ?色々と忙しかったんだ、細かいことをグダグダ言うな」
バカクズ太子の不機嫌丸出しな声に我に返って、懐中時計を確認した。…9時18分!?このクズレンジャーども、15分以上遅刻とか何考えていやがる!?しかもそれが細かい事だってか!?
…ダメだ、こんないい加減すぎる奴を国王にした日には、マヂでセントラーレン王国全土が地獄の底に引き摺り込まれるぞ!さっさとこのバカクズ太子を廃太子しちまわねぇと…っと、その前にアナスタシアと奴の婚約をブッ潰さねぇと…!!
喫緊の目的に立ち返ると、急に心が治まった。同時に肚も決まった。能う限り迅速に、クズレンジャーどもを地の底までも堕落させてやる。これまでは、覚悟が決まっておらず、そのために人として捨ててはならないものを捨て切れなかったのだ。
だから、アレンさんに悪感情を向けられたくらいで泣いたりしていたんだ。そんな惰弱なことではこの目的を達成することなどとてもできない。
わたしの真っ当な感覚や羞恥心、それに良心には暫くおねんねしていて貰おう。
◇◆◇
「アナスタシア様ぁ、そんなことどうだっていいじゃないですかぁ。カール様もぉ、クロード様もぉ、オスカー様もぉ、マルクス様もぉ、レオ様もぉ、みんなお忙しかったんですよぉ」
そのわたしの声に、その場にいた全員が驚きの視線を向けた。尤も、アナスタシア以外の視線には驚き以外の夾雑物が混じっていたが。クズレンジャーどもの視線には歓喜が、そしてアレンさんのそれには侮蔑に満ち満ちた怒りが。
わたしは本当は取りたくもなかったバカクズ太子の腕を両手で抱き込むように取り、わたし自身後に顧みて嘔気を禁じ得なかったほどの甘ったるい声を出した。
「カール様ぁ、早く行きましょうよぉ」
「あ、ああ。そうだな、エイミー。…ほら、さっさと行くぞ、平民。案内しろ」
バカクズ太子―もとい、カール様は折角母君でいらっしゃる王妃陛下が精悍かつ秀麗に産んで下さったお顔をニタニタとだらしなく―もとい、心から嬉しそうに笑ませ、そうアレンさんに命令するのだった。アレンさんは跪いて臣下の礼をとり、首を垂れて表情を隠しながらお答え申し上げた。
「承知致しました。殿下、そして皆様方、本日はどうぞ宜しくお願い致します」
◇◆◇
バカクズ太子などと、心の片隅にすら置いてはならない。カール様はわたしの一番の推しで、わたしはこの世界のヒロインで、わたしは逆ハールートでこのゲームをクリアすることを目的として奔走するのだ。
そのためには、本来の目的と真逆の行動、アナスタシアを追い落とすための行動すら躊躇ってはならない。それによって、カール様とアナスタシアの婚約解消を達成するのだ。願わくば、その日が一刻も早く訪れんことを!
そして、その上でいつの日かカール様が廃太子されたら、クロード様が王族の身分を剥奪されたら、そしてオスカー様やマルクス様やレオ様が廃嫡されたら…その時には、両手で中指をおっ立てて見せて、「クズレンジャーどもざまぁwwプギャーm9(^Д^) ww」と声の限り絶叫して、笑い死にする勢いで嘲笑してやる!
願わくば、その日までわたしの正気の保たれんことを!!
ヒロインの心境の激変に整合性が…ありますよね?
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。




