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第62話 ヒロインはバカクズ太子の誘いを断り切れない

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

今日は、ご褒美の1日だ。おそらく、ここ2〜3週間ほど激甚極まりないストレスに起因する肌髪のトラブルや激痩せに苛まれていたかわいそうなわたしを、神様が哀れと思し召して配牌純正九蓮一向聴級の幸運を授けて下さったのだろう。


久々に治癒魔法を延々と発動することができたのは、思いがけないストレス発散になった。それだけでなく、バイト料を出来高制にしてもらっているので今日1日で嘘みたいな大金を手に入れることができた。1人治癒するごとに2万セント貰う計算になっていて、今日1日で少なくとも50人は治癒したので今日1日だけで100万セントは稼いだことになる。


これは、王都ルールデンでも比較的裕福な4人家族が4ヶ月生活水準を落とさずに暮らしていくことができる金額である。どう見ても貰いすぎな気がしたので、その半分の50万セントをわたしの私室、通称「治癒室」の管理維持費としてヨハネスさんに渡そうとしたら、あっさりと断られてしまった。


「エイミー様はご自身の価値を判っておられやせん。S級治癒魔法の使い手をパートとはいえヒーラーとして雇ってるだけで、うちのギルドには大きな箔が付いてるんですぜ。言うなりゃぁ、エイミー様はうちのギルドの広告塔にもなって頂いてるんでさ。ま、広告代込みってことで受け取って下さい」


そこまで言われては断ることができない。有り難く受け取り、今後もガンガンコキ使って欲しい旨を伝えてギルドを辞することにした。ヨハネスさんは、「じゃぁ、こんなことがあったらまたガンガン治癒してやって下さい」と言って、莞爾たる笑みをその厳つい顔に浮かべて見送ってくれた。


最後にして最大の朗報は、エイミー・フォン・ブレイエス謹製のS級治癒魔法が魔法特許を取得したことである。先にも言ったが、このS級治癒魔法に関連する全権利の独占・優先的獲得行使は、莫大な収益をわたしに、そしてブレイエス男爵家に齎してくれるだろう。爆発させてなお余りある歓喜が、わたしの顔にだらしなく、また欲に塗れたお世辞にも美しいとは言えない笑いを作らせた。


「うひっひっひっひっ…!…あーっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!げーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃーッ!!」


馬車が急に止まるのを知覚する。ヒロインにあるまじき奇声を馬車の中に認めた御者さんが、慌てて馬車を止めたのだ。


「エイミー様!?何かありましたか!?」

「あ…ご、ごめんなさい。嬉しいことがたくさんあったから…ちょっと帰りに、寄って頂きたいところがあるんです。お願いしていいですか?」


流石に気恥ずかしい思いを禁じ得ず、顔を赤くしてわたしはセントラーレン王家御用達のケーキ屋に寄って欲しい旨を御者さんに伝えた。彼は、「判りました。じゃぁ今日はお祝いですね」と答えて、馬車の御者席に戻った。


流石にはっちゃけすぎた。なんぼ嬉しいからと言っても、理性はちゃんと保たなくてはいけないことは言うまでもない。


◇◆◇


「ただいま戻りました!いつもありがとうございます、お土産買ってきました!」


いつもお世話になっているメイドさんへのせめてものお礼として、ケーキの入った小箱を高く掲げる。そのわたしの姿を見たメイドさんは、どこか狼狽したような様相を示していた。いつもは冷静沈着な彼女にしては、珍しいことである。


「え、エイミー様、お帰りなさいませ」


いつもは完璧無欠な筈の、彼女のカーテシーもどこかぎこちない。その姿は、わたしの不審を誘うには充分であった。


「どこか変ですけど、何かあったんですか?」

「え…エイミー様、お手紙が届いております。お改め下さい」


ああ、いつもの日刊アナスタシア通信ですね。そう思ってメイドさんから受け取った書簡の封蠟の印影は、ラムズレット公爵家の家紋ではなかった。


それは、セントラーレン王家の家紋だったのである。


「…え˝ぇっ!?」


わたしの声帯が誤作動を起こした。何で新興貴族のブレイエス男爵家の娘に、王家から書簡が来るんだよ!?何度も見返したが、封蝋の印影は確かに交差した二本のレイピアの上に王冠を配した、セントラーレン王家の家紋である。


そりゃメイドさんも狼狽するわ。わたしはもっと狼狽したもの。言うまでもないが、国王陛下とも王妃陛下とも、わたしは面識はない。


一体、王家の何者がわたしなんぞに書簡なんか送るんだよ?


…だとしたら…!いや、最悪の予想だけど蓋然性はある…!願わくば、わたしの嫌すぎる予測が外れていますように…!!


「…ありがとうございます。…寝室で、改めさせて頂きますね」


そう答えたわたしの声も表情も、引き攣れ掠れていた。


◇◆◇


『君と会えない日々が、これほど辛く寂しいものだとは思わなかった』

『君の芳しい髪の香りを思い返して、日々心を慰めている』

『きっと君も、同じ辛さと寂しさを感じてくれているものと自惚れている』

『この日、俺は神からの啓示を受けて君にこの文を寄せさせてもらった』

『俺は、夏休みの自由研究の題材として近場の古代遺跡の探索を行うことにした』

『そのメンバーは、俺、クロード、オスカー、マルクス、レオ、他2名だ』

『その中に、君も参加して欲しい』

『その日時は来週の水曜日朝9時、貴族用の通用門に集合する予定である』

『君が参加してくれた暁には君の名をレポートの共著者として掲載する予定だ』

『君と共に、古代遺跡を探索できる日を心待ちにしている。

我が最愛のエイミー・フォン・ブレイエス嬢へ

カールハインツ・バルティーユ・フォン・セントラーレン』



…最悪だ。例うなれば、トリロンありのルールで純正九蓮を聴牌した途端、親にスッタンを、他の散家二者には国士と大三元を振り込んだくらい最悪だ。


そもそも、書簡の文章がキモい。

わたしの髪の臭いを思い出して、日々祖珍をしごいてるってかぁ!?

この臭いフェチのド変態が!

わたしは、お前に遭わずに済んで心の底からせいせいしてるってのに!

自惚れてんじゃねぇ!

ンな啓示を与えやがった神なんざ、梅の毒に中って腐れ死んじまえばいいんだ!

大体お前なんぞに共著者にして頂かなくても、こちとらお前の自由研究なんぞより遥かに有意義で有益な自由研究のネタは山ほど持ってるんだよ!

S級治癒魔法持ちのヒーラーをコケにするのも、いい加減にしやがれ!!

そもそも、婚約者がいるのに他の女に最愛とか言ってるんじゃねぇよ!!


ああもう気持ち悪い。おまけにムカつく!そもそも来週水曜日って、ヨハネスさんと一緒にバインツ侯爵閣下のお墓参りに行って、色んなことを報告する予定の日だったじゃねぇか!お供えの魔力水だって、しっかり用意しておいたのに!!


こっちにも予定があることくらい判るだろうに、何だってこっちの予定を確認するくらいのこともしねぇんだ!?そんなだから、バカクズ太子って呼ばれるんだよ!この臭いフェチのド変態が!


あぁもうムカつく、心の底から忌々しい!いっそのこと、断ってやろうか!!?


…そうすることができないのが現実である。王太子殿下のお誘いを一介の新興貴族の娘が断るわけにはいかない。やっぱり身分制度は糞である。や身糞。


◇◆◇


「…え…エイミー様…大丈夫でございますか…?」


寝室の外から、メイドさんの不安に満ちた声が聞こえてくる。寝室に入ったまま、1時間以上も物音1つ立てようとしないわたしに不審と心配を感じてくれたのだ。


「…大丈夫です…今行きますので、少し待ってて下さい…」


ちっとも大丈夫じゃない声で答えて、わたしはメイドさんが用意してくれた食事を摂るために自室内のダイニングルームに向かった。


「え…エイミー様、本当に大丈夫でございますか?」


わたしの、陰鬱にどんよりとした顔を確認したメイドさんが、隠しきれない不安と心配を声にして向けてくれた。そこには、普段の厳格さは微塵もない。本当にありがたいが、それ以上に申し訳ない。


「本当に大丈夫です…今日はいいことがあったんで、お祝いにと思ってお土産買ってきました…いつもお世話になってるお礼です…よかったら、食べて下さい…」


ちっとも味のしない夕飯を頂いた後、ちっともいいことがなかったような顔と声で、ダイニングテーブルに置いたケーキの小箱を指さした。その箱に書かれた店名とお店の商標を見て、メイドさんの顔がぱっと明るくなる。


「これって…王家御用達のお店ですよね!?ありがとうございます!頂きます!」

「いいんです…今日はいいことあったから…その…お祝いです…」


メイドさんの明るい喜色満面の笑顔と引き換えに、わたしの顔はあくまでも暗くどよついている。その声も、お祝いと言うよりもお悔やみと言った方がいい。


「あの…エイミー様、くどいようで申し訳ありませんが…本当に大丈夫ですか?」

「本当に大丈夫です…ご心配をおかけして、ごめんなさい…お風呂頂きますね…」


脱衣場で制服のブレザー、チョッキ、スカート、ブラウスと脱いでハンガーにかけ、下着姿になったわたしは改めて姿見の前に立って己の姿を映した。…そんな筈はないのに、寮に戻ってからの2時間強で歴然と肌髪のトラブルと激痩せが蘇った錯覚すら覚える。


暫く姿見を睨んだ後で、わたしは頭をがりがりと掻き毟って心中に絶叫した。


ふざけんな糞がああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!


◇◆◇


何につけ断る事はできないので、お風呂を使った後でバカクズ太子に対して『ありがたくご同道させて頂く』旨の書簡を認めてメイドさんに託した。その文面は、アナスタシアに対するものとは比較にならないほどいい加減でぞんざいな物であったことは言うまでもない。


…あの臭いフェチのド変態のバカクズ太子!わたしの、エイミー・フォン・ブレイエスの人生最高の1日をぶち壊しにしやがって、そんなだから臭いフェチのド変態のバカクズ太子とか言われるんだ!


大事なことだから幾百千万回でも言ってやる!あの糞ったれの手の施しようのない愚物の臭いフェチのド変態のバカクズ太子が!!

このエピソードを書くに当たっては、

麻雀劇画の描写を使わせて頂きました。


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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