第6話 ヒロインは冒険者ギルドに登録する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
俺の父親であるジークフリート・フォン・ブレイエス男爵の訪問を受けてから数日後、俺と母親は迎えの馬車に乗ってブレイエス男爵邸に引っ越した。同時に、俺の身分も平民のエイミーから変わって、ブレイエス男爵家の令嬢としてエイミー・フォン・ブレイエスを名乗ることとなった。
流石に先妻が亡くなってからすぐに新しい妻を娶るのは体裁が悪いため、母親はブレイエス男爵家令夫人を名乗るわけにはいかず、かつてのようにメイドの一人としてブレイエス男爵家に勤めることになった。
「いずれほとぼりが覚めたら正式にシュザンナを正妻として公表する」とは、男爵の言葉である。
◇◆◇
その辺は良いのだが、俺がブレイエス男爵家令嬢としてエイミー・フォン・ブレイエスを名乗るようになったことによって、困った事態が生じた。
中学校の先生方やクラスメイトたちが、俺のことを「エイミー様」と呼ぶようになってしまったのである。
「先生、お願いですからわたしのことを様付けで呼ぶのはやめて下さい」
何度お願いしても、きょぬー眼鏡のヒルデガルド先生をはじめとする先生方やクラスメイトたちはこの呼び方をやめてくれない。
「そういうわけにはいきません。エイミー様は、ブレイエス男爵家のご令嬢でいらっしゃいます。貴族のご子女に対し、しかるべき礼儀を払うのは当たり前です」
「貴族って言っても、現当主で二代目の新興貴族ですよ。わたしの祖父は、先生方と同じ平民だったんですよ。それも貧民街出の剣士で、エスト帝国との戦いで大功を挙げて男爵に封ぜられたんですよ。おまけにわたしは婚外子、非嫡出子ですよ」
「いかに非嫡出子とはいえ、貴族のご子女に対して礼を失した呼び方をしては、私どもが常識を疑われ、懲罰の対象にすらなります。何卒、エイミー様とお呼びすることをお許し下さい」
罰を与えられるというのであればしょうがない。だが、これだけは譲れない。
「判りました。そういうことであれば、様付けで呼んで下さって構いません。でも、一つだけお願いがあります」「何でしょうか?」
「わたしが貴族だからって、くれぐれも成績評価で贔屓したりしないで下さい。そういうの、わたし大ッ嫌いなんです」
学業や体術などの技芸において、身分を考慮に入れて勘案するとろくなことにはならない。聞いた話なので真偽のほどは定かではないが、大日本帝国の陸海軍士官学校では、宮様が首席と次席を占め、実質的な順位は第三席以降だったという。そんなことやってた結果、どうなったかは…お察し下さいだ。
「承知致しました。エイミー様のご身分を忖度して成績を評価することは、絶対に致しません」
俺のお願いを、校長先生が承諾してくれたのでとりあえず安心することにした。俺は、あのアレンという天才君を自分の実力だけで凌駕したいのだ。実力以外のファクターを計算に入れられた評価で彼を上回るなんて、死んでもごめんだ。
「お願いを聞き入れて下さって、ありがとうございます。では、失礼致します」
◇◆◇
教室に戻った俺を迎えたのは、クラスメイトたちの腫れ物に触るような視線だった。溜め息を吐いて、すぐ近場にいたクラスメイトの女子に声をかける。
「勉強会をしましょう。判らないことがあったら、遠慮なく聞いて下さいね」
一人の男子がおずおずと声を発した。かつて彼はガキンチョで眼鏡っ子のエイミーが中学校にいることをいろいろと弄ってきて、そのときは微妙にムカついたが今となってはいい思い出ですらある。
「あ、あの…俺たちみたいな平民が、エイミー様のようなお貴族様と一緒に勉強させて頂いても大丈夫なんですか?」
…これだよ。貴族だろうが平民だろうが、同じ中学校に通っていたら対等な生徒同士じゃねぇのかよ?
いささかならずげんなりさせられたが、そのとき俺に天啓が舞い降りた。
「皆さん。わたしは、非嫡出子とはいえ、確かにブレイエス男爵家の血を引き継いでいます。だとしたら、そのわたしと一緒に勉強したという経験があったら、皆さんにとっては小さくない箔になると思うのですが、いかがでしょうか?」
その俺の提案に、クラスメイトたちは色めき立った。新興貴族とはいえ、爵位を持つ貴族の令嬢と一緒に勉強したという経歴は、平民にとっては確かに小さからざる箔、一種の勲章にすらなりうるだろう。
「その通りだよ!エイミー様、俺に勉強を教えて下さい!」
「あんた、何を抜け駆けしてるのよ!?私がエイミー様に勉強を教えて頂くんだから、あんたはおとなしく後ろに下がってなさいよ!」
俺が何か言っただけで事態が険悪になる。流石にこの事象に対して俺は切れた。
「ああぁ、もう!はっきり言って、わたしは皆さんが貴族だろうが平民だろうがどうだっていいんです!わたしは、皆さんが中学校を卒業して、3度のご飯を食べることができるようになって欲しいだけなんです!だから、そのためにわたしは協力してるんです!」
◇◆◇
「はあぁ…お母さん、ただいま」
疲弊困憊した俺がブレイエス男爵邸に着いたとき、母親は完璧なメイドとしての礼儀に則ったカーテシーの姿勢を示した。メイド服が板についている。流石に、以前からブレイエス家にメイドとして勤めていただけのことはある。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
多分、母親は軽い冗談のつもりだったのだろう。だが、中学校で散々貴族と平民の格差に悩まされた俺にとっては、決壊の契機にすぎなかった。
「…お母さんッ!!」
いきなり大声を上げた俺に、母親はギョッとした様子を見せた。
「お母さんまで、そんなこと言うのやめてよ!わたしはわたしでしょ!貴族だとか令嬢だとか、そんなことどうでもいいじゃない!」
「…ご、ごめんなさい。そんなに、エイミーが嫌だなんて思わなかったから…」
母親に謝られ、俺も気まずくなってしまった。中学校で散々貴族令嬢として扱われてうんざりしてたからって、家族に当たり散らしてるんじゃねぇよ。あほか俺は。
「お母さん、わたしこそごめんなさい。わたしがブレイエス男爵家のお嬢様になったからって、みんなに様付けで呼ばれたり敬語で話しかけたりされて、少し…じゃないわね、げんなりしてたの」
母親は俺の言葉に納得したような表情を浮かべた。
「ふぅん…エイミーも大変なのね。私も、ブレイエス男爵令夫人になったら同じようなことになるのかしら…あ、お茶入れるわね」
「ありがと。お母さんも、覚悟しといたほうがいいわよ。急に周りの態度が変わるって、いい方向であっても気分のいいもんじゃないわね」
そう言って机の前に座ると、母親は軽く微笑んだ。
「実はね、私もエイミーと同じことを経験してるのよ。私は、表向きはブレイエス男爵家のメイドだけど、ブレイエス家の内々では新しく正妻になることが決まっていて、他のメイドの皆さんには敬語で話されてるの」
「なんかそれって…気まずくない?」
「あまり気まずくはないわね。元々皆さんは私の後輩ばかりだし」
そんな会話を交わしていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。扉を開けると、歳の頃は10代後半と思しき、ご立派な胸部装甲をお持ちのメイドさんが控えている。中学校のヒルデガルド先生といい、俺の周りにはきょぬーさんが多い。
「シュザンナ様、お嬢様、ご主人様がお呼びです」
◇◆◇
俺と母親がきょぬーのメイドさんに連れられてブレイエス男爵の私室に通されると、そこには男爵ともう一人、スキンヘッドでガチムチの大柄なお爺さんがいた。体格では男爵も負けてはいないが、纏っている雰囲気はこちらの方が荒々しい。
「シュザンナにエイミー、よく来てくれた。紹介しよう。こちらは、東部冒険者ギルドのギルド長、ヨハネスさんだ」
手を向けられたヨハネスというお爺さんは、いかつい頭を下げた。挨拶する口調も武骨なべらんめえ口調である。
「奥方様…でいいんですかい?とお嬢様、お初にお目にかかりやす。東部冒険者ギルドを差配しておりやす、ヨハネスと申しやす」
母親は完璧なカーテシーでこれに応える。俺も見様見真似で応えた。
「シュザンナと申します。ヨハネス様、お目にかかれて光栄でございます」
「初めまして、ヨハネスさん。エイミー・フォン・ブレイエスです」
挨拶が済むと、男爵は俺と母親に対して私室に呼んだ理由を説明した。
「今日来てもらったのは、君たちのステータスを確認するためだ。そのために、ヨハネスさんに来てもらった」
男爵が俺と母親にそう話す一方で、ヨハネスさんは持ってきた鞄からカードを2枚、それと針を取り出した。
「君たちには、何か加護があるかもしれない。もしあったら、それを伸ばすことによってより広い道が開けるからね。そのために、冒険者ギルドに登録してもらう必要があるけど、構わないかい?」
「構いませんわ、ジークフリード様」
「わたしも大丈夫です、男爵様」
むしろ願ったり叶ったりだ。元々、俺はブレイエス家に引き取られる前には冒険者ギルドに登録することを母親に提案していたのだ。
そこで “癒し” の加護を授かっていることを確認し、それを活かして治癒魔法のスキルを伸ばし、あわよくば他のスキルも入手するのだ。それらは、アナスタシア救済においてメリットになってもデメリットには絶対にならない。
そのときには母親に「まだ早い」と言われてしまっていた。まぁ結果的に、俺の目論見通りに冒険者ギルドに登録してもらえたからいいんだけどね。
「いきなり立場が変わったりすると、本人も周りも面食らう」
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