第59話 (アレン視点) 町人Aは悪役令嬢に目を付けられる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
「糞ったれが…つくづく忌々しいッ…!アナスタシアやアレンさんに負けるのならしょうがねぇけど…何でよりによってあの糞クズメガネに負けるかぁッ…本当に…わたしはあほか…ッ…!!」
終業式の途中、何かの悪戯で俺の耳に届いたエイミーの独り言は、俺に強烈な違和感を抱かしめた。俺の中ではエイミーが転生者であることは確立されているので、あいつがアナスタシアを呼びつけにすることに対しては特に違和感はない。俺だって心中にやっていることだ。その割に俺の名前には『さん』付けなのは、一体どういうことだろうか?
…それはそれと、違和感のよって来る所以は、エイミーがマルクスのことを『糞クズメガネ』と評した事だ。あいつが逆ハールートを目指しているのであれば、そのような悪意剥き出しの表現をするわけがない。元々のゲーム通りであれば名前を呼びつけにするか、節度のある転生者であれば『バインツ公子様』と呼ぶだろう。
そもそも洋の東西を問わず、相手の名前をそのまま呼ぶことは大いなる非礼とされてきたのだ。ゲーム中でエイミーが王太子やクロードのことを『カール様』『クロード様』と呼び、他の攻略対象キャラを呼びつけにしていたが、そんなことをした日には場合によっては首が飛ぶ。物理的に。
…話がズレた。元々エイミーは逆ハールートのフラグを立てているにしては、王太子に対して露骨に嫌悪と恐怖を示していた。更に、その場にアナスタシアが現れて王太子とエイミーに説教をくれていた時の、アナスタシアとエイミーの態度。
アナスタシアは冷静な態度を隠すことはなかったが、エイミーの態度にはどこか演技を楽しむような風情が感ぜられた。アナスタシアが立ち去った後に彼女の背中にあっかんべぇをする姿すら、どこかわざとらしかった。
そして、ここ最近のアナスタシアの行動にもどこか違和感がある。これまではそのようなことはなかったのに、ここ最近では王太子の行動に問題があると見たら、場所も時も選ばずに王太子に諫言するようになってきたのだ。それも、他の生徒がいるような場所であっても、反論の余地のない正論を以て。
尤も、アナスタシアは王太子の行動に対して、殊更にケチをつけて説教しているわけではない。というか、その必要すらない。王太子の行動は、将来の国王として大いに問題があると、俺のような平民ですら思うからだ。
これらの要素について、どう考えたらいい?思考の海に沈みかけた時、先生が俺とアナスタシアを呼ぶ声が聞こえた。
「アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット嬢、アレン君、両名は壇上に上がって下さい」
◇◆◇
何だ?何も変なことはしていないはずだが…おまけに、アナスタシアまで一緒に?
アナスタシアと俺が壇上に並ぶと、先生が称賛の言葉を送ってくれた。
「アナスタシア嬢とアレン君は、今回の期末試験で満点を達成しました。アナスタシア嬢は王立中等学園の頃からそのずば抜けた優秀さを知られていて、またアレン君は我が国の学校制度開闢以来の天才と言われていましたが、2人ともその実力を遺憾なく発揮したのです。皆さん、2人に拍手を送ってあげて下さい」
ああ、そういうことか。試験内容の難易度は決して高くない。前世では、中学生の頃にはもっと難易度の高い内容を学んでいた記憶がある。だが、そのように褒めてもらえるのは確かに嬉しい。目立ちたくなかったので、正直痛し痒しではあるが。
まぁ、どうせ拍手するとしてもアナスタシアに対してだけだろう。お貴族様が平民風情に拍手を送ってくれるとも思えない。そう思っていたら、他ならぬアナスタシアが俺に向き直って拍手をしてくれたのだ。それに釣られるように、彼女の取り巻きや親ラムズレット閥の貴族家の若様方やご令嬢様方が俺とアナスタシアに拍手を送ってくれる。俺も慌てて、アナスタシアに拍手を送り返した。
拍手を送ってくれる人々の中に、エイミーがいた。我が事のように満面の笑みで、誰よりも熱心な拍手を送っている。そして、エイミーがかくも熱心に拍手を送っているのを見た攻略対象キャラたちは顔を見合わせ、そして渋々、といった風情で壇上に拍手を向けた。
このエイミーの態度も、俺の違和感を増幅させていた。ヒロインであるエイミーが悪役令嬢であるアナスタシアの快挙に対してかくも熱心に、しかも大喜びで拍手を送るなどと、おおよそ考えられないシチュエーションである。
やがて拍手が止むと、アナスタシアは壇上から優雅なカーテシーの礼で、そして俺は最敬礼で拍手への礼を示した。
◇◆◇
終業式が終わり、教室に戻ってホームルームが始まった。そこで、夏休みの自由研究についての説明を受ける。何をやってもよいが、この自由研究の内容はクラス分けの評価基準に使われる。名門貴族家の若様やご令嬢様を下のクラスに置くわけにはいかないので、ある意味この自由研究は各種考査が不振であった若様やご令嬢様の救済措置、という側面もあるのだろう。まぁ、俺には縁のない話である。
それはそれと、俺は何を自由研究課題にしよう。エルフの伝承を聞いてレポートにでも纏めようか。しばらくエルフの里にも行っていないし、ちょうどいい機会だ。あの光の精霊神になったという変態は、聞いた話によると大層偉い大賢者様だったというので、うまくすればあいつから色々と教えてもらえるかもしれない。そうすれば、それなりのものができるはずだ。
そんなことを考えていると、俺の名前を呼ぶ声がした。
「おい、アレンと言ったな」
女性の、美しい声で発せられる無骨な男言葉。アナスタシアの声だった。彼女が目下に話しかける時には、いつもこの口調である。ゲーム中でも、この『現実』でもそうだった。ゲームをプレイしていた時に初めてこの口調に接した時には、いかにも悪役令嬢らしい高慢な口調だ、と妙な先入観を抱かされたものだ。
そんなことを表に出すわけにはいかない。俺は右手を左胸に当て、左手を腰の後ろへ回して跪き、臣下の礼を取ってアナスタシアに答えた。
「平民アレン、アナスタシア様にお答え申し上げます。貴顕の方に名をお覚え頂きましたこと、また先ほどは私の期末試験満点について拍手を頂き、幾重にもありがたく光栄なことと、お礼申し上げます」
「ここは学園だ。そこまでの礼を取らなくてもよい。それに、お前とて私に拍手を返してくれたではないか。立ってよい、直れ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、立たせて頂きます」
許しを得て立ち上がった俺に、アナスタシアは質問を向けた。
「お前は冒険者の資格を有していると聞いたが?」
「お答え申し上げます。確かに、冒険者資格を有しております」
「ならば、ダンジョンに立ち入ったこともあるのだな?」
「お答え申し上げます。ゴブリン迷宮踏破の経験がございます」
俺が答えると、アナスタシアは納得したように頷いた。
「判った。追って使いの者を寄越す。呼び止めて悪かった。下がっていいぞ」
「承知致しました。親しくお声がけを頂きましたこと、誠にありがたきこととお礼申し上げます」
アナスタシアは、最敬礼を取った俺に背を向けて取り巻き令嬢たちと一緒に教室を去っていった。…使いの者を寄越すって?まさか、俺ってアナスタシアに目を付けられた?…冒険者の話が出ていたから、護衛か何かの依頼の話なんだろうか?
◇◆◇
アナスタシアの使いの人は、ラムズレット公爵家お抱えの屈強な騎士様だった。その人に案内されて、貴族用女子寮のロビーのソファに腰を下ろす。なお、女子寮で男が入ることができるのはロビーだけだ。
「もうじきお嬢様が来られます。しばらくお待ち下さい」
使いの人に言われて間もなく、アナスタシアが現れた。咄嗟に臣下の礼を取る。
「呼びつけたのはこちらだ。そこまでの礼を取らなくていい。座ってくれ」
再びソファに腰を下ろすと、アナスタシアは話を始めた。
アナスタシアの話は、俺に王太子をはじめとする攻略対象キャラのグループの自由研究を手伝ってほしい、ということだった。何でも、王太子が元ゴブリン迷宮であった遺跡に興味を持っているので、そこから話を膨らませてダンジョンそのものの概要や構築物の素材、更にはその遺跡の歴史についてレポートを纏め、自由研究として提出することにしたらしい。
「そこで、ダンジョンに詳しい冒険者に案内と護衛を頼もうと思ったのだ。本来なら冒険者ギルドに事情を説明して外部冒険者を寄越してもらうところなのだが、お前が冒険者資格を持っているのならお前に頼んだほうが色々と都合がいいからな」
冒険者ギルドに事情を説明して外部冒険者を寄越して貰うとなると、その冒険者に支払う報酬の他にギルドに対する手数料が発生する。それに比べれば、俺を使えば報酬も手数料も支払わなくて済む、ということらしい。
「金銭で報酬を渡すことはできないが、その分レポートの共著者としてお前の名前も入れさせてもらう。引き受けてくれるか?」
それはそれでありがたい。だが、そういうことになるとレポート作成のための下調べから原稿執筆、果ては校正に至るまで平民である俺がやることになるのは必定だ。それを考えると、いささかならず気が重くなる。
さりとて、この依頼を断るわけにはいかない。公爵家ご令嬢様のアナスタシアの『依頼』は、平民である俺にとっては『命令』に等しい。断ったりした日には、この王立高等学園を追い出されてしまうだろう。
俺は表情を殺して、「承知致しました。私でよろしければ、相努めさせて頂きます」とアナスタシアに答えた。彼女はそれに対し頷いて薄桃色の唇を開く。
「ああ。遺跡探索の日程が決まったら連絡を寄越す。その時には、宜しく頼む」
このエピソードは、原作を拝借させて頂きました。
「安直なことしてるんじゃねぇよ」という批判は、甘んじてお受け致します。
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