第54話 ヒロインは仕方なくゲーム攻略に取り掛かる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
『…貴女が私を追い落とした上で自身が王妃になろうなどと考えていないことも、貴女が信頼に値する人間であることもよく判っている。だが、一抹の不安と猜疑を禁じ得ないため、この書簡を認めさせて頂いた』
『本書簡に同封したガラス瓶には、致死性の毒薬が入っている。セントラーレン王家の嫡男が立太子した際に、婚約者に立てられた貴族令嬢がその父親に持たされるものだ。婚約者たる貴族令嬢は、この毒薬を肌身離さず持っておく必要がある』
『王太子殿下に不始末の儀これあって廃太子された時には、婚約者たる貴族令嬢がこの毒薬を酒に混ぜて廃太子殿下におすすめし、その後に己もこれを呷って廃太子殿下に殉じるという不文律がある』
『私が置かれた立場に悲憤慷慨し、涙まで流してくれた貴女までも疑ってしまうことを、心から申し訳なく思う。だが、権謀術数が渦巻く貴族社会では、猜疑心は身を護る鎧であり、盾なのだ。もはや、他者を疑うことは私たち貴族の本能ですらある。故に、この毒薬入りのガラス瓶を送らせて頂いた。貴女がこの中身を使わないで済むように、心から願っている』
『最後になるが、貴女の忠誠―否、義侠心に、心から感謝する。
エイミー・フォン・ブレイエス嬢へ
アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット』
…ふざけんな!!そんな話聞いてねぇぞ畜生がああああぁぁぁぁッ!!!
アナスタシアの美しい女文字で書かれた書簡を読みながら、わたしは心中に口汚く絶叫を上げていた。
何そのふざけた話!?バカクズ太子が廃太子された挙句おっ死ぬのは勝手だし、むしろこの国の将来的には甚だ好もしいんだけど、そうなっちまったらバカクズ太子の婚約者まで死ななくちゃならねぇってか!?冗談じゃねぇぞ!!
…危うくリアルに絶叫を上げそうになってしまった。とりあえず、素数を数えて落ち着こう。1、8、27、64、125、216…
そもそもわたしは、何よりもアナスタシアを救済し、彼女に幸せになってもらうことを転生以後の至上命題としている。くどいようだが、本当に、本ッ当に大事なことだから何度でも言う。クズレンジャーどもを『落とす』ことは全く考えていないし、ましてやあのバカクズ太子の婚約者になるなんて死んでもごめんだ。
わたしはそんなつもりはさらっさらないことはアナスタシアも判ってくれてるだろうけど、やっぱり彼女が書いたように一抹の不安は拭えないんだろうな。…まぁ無理もないや。お姫様とか王妃様なんてのは、女の子にとって一番の憧れだもの。
…だが、これでわたしのやるべきことははっきりした。やっぱり、アナスタシアにとってバカクズ太子との婚約は不幸の根源であり、破滅しか齎さない。絶対に、解消させなくてはならない代物だ。
そのためには、がんがんバカクズ太子とのフラグを立てまくって、奴にアナスタシアとの婚約破棄を宣告させなくてはならない。一応ゲームをプレイしていたし、攻略wikiも読んでいたから立てるべきフラグは頭の中に入っているものの、どこに出しても恥ずかしいコミュ障のわたしがうまくやれるかどうか自信はない。
何よりも、クズレンジャーどもに対して嫌悪感を出さないようにしなくてはならない。多分、これが一番難しい。
「はぁぁ、うまくやれるかなぁ…」
婚約破棄後の新規婚約者役を安請け合いしてしまった軽率を悔やみながら、わたしはベッドに横になるのであった。
◇◆◇
翌朝、登校して教室に入ってみたはいいものの、相も変わらずわたしを見るご令嬢様方の視線は険悪であった。ただ、皆険悪な視線を向けるだけで特に手を出そうとはしてこない。昨日、アナスタシアが宣告したことが効いているみたいだ。
正直言って、ありがたいことではある。悪意に晒されるのは変わらないにしても、実害があるとないとでは大違いだ。
そこに、クズレンジャーどもが入ってきた。示し合わせていたかのように、わたしが座っている席に近寄ってくる。わたしは慌てて、上達したはずの淑女の礼を取った。…しかし、何だってわたしに近寄ってくるかなぁ?
「エイミー嬢、昨日はすまなかった。俺としたことが、冷静を欠いた挙に出てしまい、君を怖がらせてしまったようだ。この通り、許してもらえればありがたい」
腐れクズ脳筋がわたしに向かって頭を下げる。いや、お前が謝るべきはわたしじゃなくってアナスタシアだろうが。
その感情を万一にもクズレンジャーどもに気取られないように頭を下げたまま、わたしも腐れクズ脳筋に向けて謝罪の言葉を述べた。
「ジュークス公子様、わたくしこそ恐怖のあまり公子様に非礼を働いてしまいましたこと、幾重にもお詫び致します。公子様の寛大なお心をもちまして、お許し下されば幸甚に存じます」
決して頭を上げることなく、念の為に表情まで殺してわたしは腐れクズ脳筋に謝罪した。そこに嘴を挟んだのは、バカクズ太子である。
「エイミー嬢、君が謝る必要はない。それと、レオも正義感が過ぎて暴走してしまっただけなんだ。レオの親友として、俺からも彼の行き過ぎを謝罪させてくれ」
イキリクズ王子も、アホクズチャラ男も、糞クズメガネもそのバカクズ太子の言葉を皮切りに口々にわたしに謝罪の言葉を述べる。
…だから、お前らが謝罪するべきはアナスタシアに対してだろうが。何だって、わたしに謝ってるんだよ?もうほんと、こいつら嫌だ。
「王太子殿下ならびにウェスタデール王子殿下、また諸公子様方にもお詫び申し上げます。皆様のご親友でいらっしゃるジュークス公子様に対する非礼、何卒皆様の寛大なお心をもちまして、お許し下さいますよう伏してお願い申し上げる次第にございます」
絶対に内心が表情に出ませんように。その願いを込めて、わたしは淑女の礼を保ったままさらに頭を深く下げた。
◇◆◇
その日以来、やたらとクズレンジャーどもはわたしに近づいてくるようになった。それだけでなく、わたしも殊更に奴らとベタベタ付き合うように心がけた。
さぞや、事情を知らない他者から見れば卑賎の身―新興男爵家の小娘など、名門貴族のご令嬢様方から見れば平民と変わらないだろう―が身の程知らずにも貴顕の若様方を周囲に侍らせているようにも見えるだろう。
そんな中、わたしは死んでもやりたくなかったがゲーム中のイベントを順調にこなし、クズレンジャーどもとのフラグを立てて行った。おかげで奴らの好感度は覿面に上がっていることが確信できるが、同時にご令嬢様方からのヘイトも指数関数的に稼いでいる状況だ。
過日の、ノートとペンの事件の際のアナスタシアの宣告がなければ、さぞや手酷いいじめの対象になっていたことだろう。そのため、教室を離れる時には貴重品は言うに及ばず、手回り品を全て携帯する嫌すぎる習慣が身についてしまった。
ちなみに、クズレンジャーどもに初めて取り囲まれた時に感じていた強烈な嘔気は、いつの間にか感じなくなってしまっていた。魔石を体内に取り込んだことの影響もあるかもしれないが、やはり嗅覚疲労と同じで慣れてしまったのだろう。
そんな中、ちょうど奴らから離れて1人になったところへ、1人のご令嬢様が気の強そうな可憐な容貌に、静かな、しかして耐え難い怒りを湛えてわたしに近づいてきた。彼女はマーガレット・フォン・アルトムント伯爵令嬢、アナスタシアの取り巻き令嬢第1号である。
◇◆◇
「エイミー・フォン・ブレイエス嬢、ちょっとよろしくて?」
マーガレットの痩身中背からは、隠しようもない怒りのオーラが滲み出ている。心なしか、冷気も漏れ出ているようだ。あぁ、彼女も氷魔法のスキル持ちなんだな。
そんなしょうもないことを考えていると、マーガレットは細く形のいい右手の人差し指をわたしに突き付けて糾弾し始めた。
「あなた、最近どういうおつもり!?王太子殿下は言うに及ばず、諸公子様方も婚約者がおありなのよ!?婚約者のある殿方を周囲に侍らせて、あなたは満足かもしれないけど、それが学園内の秩序を乱す行為だとお判りになっていらして!?」
マーガレットの怒りも、まぁもっともだ。婚約者のいる男とベタベタ引っ付いて仲睦まじい様を見せるのは、男女ともに良識を疑われる挙である。
でもねマーガレットさんや、これには二つ事情があるんですよ。まず、これはアナスタシアと示し合わせてやってることなんです。アナスタシアに幸せになってもらうために、バカクズ太子との婚約を解消する必要があるんです。
それとね…わたしだって、やりたくてやってるわけじゃないんです!クズレンジャーどもとベタベタ引っ付くなんて、ほんとは死んでもやりたくないんです!アナスタシアの幸せのために必要なことだから、しょうことなしにやってるんです!
…もとより、そんなことを言うわけにはいかない。現実は不便である。
わたしを糾弾するマーガレットの後ろには、アナスタシアの優雅な長身が見える。彼女は、その美しい蒼氷色の瞳でマーガレットとわたしを見据えていた。
わたしの眼鏡越しの視線は、マーガレットではなくアナスタシアに向いている。わたしと視線が合うと、アナスタシアは頷いた。…わたしがやりたいように、好きなようにやれということですね、了解です。
げに恐ろしきは、シナリオの強制力ですよね。
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