第51話 ヒロインは悪役令嬢を説得する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
アナスタシアから相談・依頼された内容―バカ太子の側からアホチャラ男、糞メガネ、腐れ脳筋の3クズを排し、バカ太子にかつて持っていた将来の国王としての自覚を取り戻すために協力して欲しい―を受け、わたしは脳味噌の中でも全く使ったことのない部分をフル回転させていた。
治癒魔法や魔力増強についての部分はエイミーに転生してからしょっちゅう使っていたが、こと陰謀とか策略なんかについての部分は、前世も含めて60年近く、全く使ったことがなかったのである。
眉間に皺を寄せ、眉を顰めてわたしは考え続けた。とても人様に美しいと言ってもらえる顔ではない。せっかくお母さんがお腹を痛めて、乙女ゲーのヒロインを張れるレベルの美少女に産んでくれたのに、台無しである。
アナスタシアの蒼氷色の瞳に、本当に、本当に僅かながら縋るような色すら浮かんでいる。これに応えられなければさっきも言ったが女が廃る―いや、わたしの中身はアラフィフのおっさんなのだが―というものだが…今日も冒険者ギルドでのアルバイトがある。あまりゆっくりもしていられない。
…しょうがない、他に手はなさそうだ。わたしはアナスタシアに向き直った。
◇◆◇
「…王太子殿下と、諸公子様方を引き離すのは困難だと思います」
アナスタシアはそれを聞いて、「やはりそうか…」と呟き、肩を落とした。
「ですが、殿下や諸公子様方からアナスタシア様が離れるのは容易ですし、わたしはそうなさるべきだと考えます」
その後でわたしが続けた言葉にアナスタシアは蒼氷色の瞳を擁する目を見開き、「それは…どういう意味だ?」と問うた。
「殿下や諸公子様方から離れるべき、という話ですが、殿下や諸公子様方がアナスタシア様に対して抱いておられる感情を考えると、このまま殿下や諸公子様方と近くにおられるのは、ありとあらゆる意味でアナスタシア様にとって危険すぎます」
あの、お昼の長休みの時みたいに腐れ脳筋が物理的にアナスタシアに危害を加えようとしたこともあったし、アナスタシア自身も言っていた。3クズがアナスタシアを『邪な欲望すら感ぜられる目で見ている』と。…まぁ、あのクズどももうかうかと『王太子殿下の婚約者』を手籠めにするような真似はしねぇだろうけど。
「お前の言うことは判るが、私は殿下の婚約者だ。婚約者同士が行動を共にしない時点で、無用の疑惑を招きかねないぞ」
「婚約者じゃなくなってしまえばいいんですよ」
そのわたしの言葉に、アナスタシアの声帯が誤作動を起こしたようである。「ゔぇっ?」と、その秀麗な容姿からは想像もつかないけったいな声が漏れ出た。
「アナスタシア様には、かつてやっておられたように殿下や諸公子様方に、事あるごとに厳しく諫言し続けて頂きたいんです。そうし続けていれば、必ずどこかで殿下はアナスタシア様に対して婚約破棄を宣告するはずです。アナスタシア様のお話によれば、殿下は大層堪え性がないみたいですから」
この辺の流れは、ゲーム中のシナリオと同じだ。そのシナリオでは、アナスタシアはバカ太子に対して思慕の念―よしんばそれがなかったとしても、少なくとも婚約者としての義務感―があった一方で、この『現実』では彼女はバカ太子に対して愛想を尽かしかけている―言葉の端々にその感情が見られた―、その点で齟齬があるが。今の彼女にはバカ太子への思慕の念はさらっさらなく、そして婚約者としての義務感も擦り切れようとしている状態だ。
この状況でバカ太子が「アナスタシア、今この時を以てお前との婚約を破棄する!」と言ったところで、おそらく彼女は「さいですか、ほなさいなら」と渡りに船とばかりに婚約破棄を承諾するだろう。その時に、バカ太子はアナスタシアを切り捨てたつもりが、アナスタシアに切り捨てられたことに気付けるだろうか?
…気付けねぇだろうな、バカだからな。
◇◆◇
「この案の問題点は、婚約破棄を突き付けられることによってアナスタシア様の経歴に傷が付いてしまうことですね。本当なら、殿下に『僕みたいなあほでばかで目先の欲望に負けちゃうような根性なしのヘタレの賃粕野郎なんか、アナスタシア様の婚約者に相応しくありません。どうか、僕との婚約を破棄して下さい』って言わせてやりたいところですけど」
わたしがこう言った時のアナスタシアのドン引きっ振りは、さっきわたしが彼女に貸してもらったハンカチでうっかり鼻をかんでしまった時を遥かに凌ぐものであった。…まぁ、しょうがねぇか。こんなこと言ってるのを他の人間に聞かれた日には、それこそ不敬罪待ったなしだ。でも、わたしは間違ったことは何一つ言ってませんし、STAP細胞もありません。
「わ…私の経歴などどうでもいいが、殿下と私の婚約によってセントラーレン王家とラムズレット公爵家の結び付きが強くなる。ただでさえセントラーレン王国は周囲四方を敵国、もしくは仮想敵国に囲まれているのだ。ラムズレット公爵家を中心とする南部諸侯が王家に協力し、国内一丸とならねばこれに抗しえぬ。そのために、この婚約は必要なのだ。私の一存で破綻に追いやっていいものではない」
あなたが言わんとすることは判ります。でもね…
「アナスタシア様、婚約を破綻に追いやるのはアナスタシア様じゃありません、殿下です。アナスタシア様は、貴族として王族として、果たすべき義務を果たすように婚約者として殿下に諫言なさるだけです。そして、それに耐えられなくなった愚劣惰弱な殿下が婚約破棄をアナスタシア様に突き付けるのです」
いけねぇ、ついつい本音が出てきちまった。でもまだ、バカ太子のことを『殿下』って呼んでるからいいよね?…大丈夫だよね?
「お…お前の言うことも判るが…私は貴族の一員だ。そして、例外なく貴族は民草の納める租税によって生かされている。…であったれば、貴族たるものは、皆民草の平安と富裕のためにその身命を捧げるべきではないのか?そして、セントラーレンの民草の平安のためには、殿下と私の婚約は必要なのだ」
…アナスタシアのその気概こそ、本当の貴族のそれだ。バカ太子と取り巻きどもとは、全くものが違う。あなたのその気概は、全く尊敬に値します。でもさ…
「アナスタシア様、失礼を承知で申し上げます。婚約とは、それを結んだ双方が努力することによって、成立し継続するものではありませんか?わたしが見たところ、この婚約が継続するように努力なさっているのは、アナスタシア様お一人だけです。あのバカ太子は、全くその努力をしているように見えません」
「ば…バカ太子…」
アナスタシアがその単語を言葉に発して息を呑む。…あ、しまった。心の中でずっとそう呼んでたから、つい表に出ちまった。…もういいよね?本当のことだもん。開き直ったわたしは、その後も更に言い募った。
「アナスタシア様は、この婚約の重要性を充分に理解なさっておられます。ですが、あのバカ太子は、全くそれを理解していやがりません。だから、婚約者でいらっしゃるアナスタシア様をあからさまに蔑ろにしたり、険悪な様相で怒鳴りつけたりし腐りやがるんです。…全くあのバカ太子、脳味噌腐ってんじゃねぇか、いや確実に腐ってるだろって、わたしはずっと思っていました」
被っていた猫を遥か遠方に追い遣って、こともあろうに王太子殿下を蔑視剥き出しで悪罵する。他にこの会話を聞いている者がいたら、不敬罪一発アウトだ。
アナスタシアはあまりのことに、両目を見開いて口をパクパクと開閉させている。お昼の長休みの腐れ脳筋と異なり、こちらには何かコミカルな愛嬌が感ぜられた。
「…し、し…し腐りやがる…」
わたしが飛ばしまくった悪罵の一端を、絶句しながらも律儀に繰り返す。…あ、そっか。アナスタシアは超名門貴族のご令嬢様だから、あまり汚い言葉遣いとかは知らないんだな。片や、わたしはガキの頃は平民街にいたし、冒険者ギルドで荒くれの冒険者の皆さんからもその手の言葉遣いを伝染されてしまっている。うっかり出てしまい、ロ○テンマ○ヤーさんなメイドさんにド叱られたこともある。
◇◆◇
…バカ太子とその取り巻きどもの正当な評価…もとい、悪口ならなんぼでも出てくるが、話が進まないのでこの辺にしておこう。とにかく、だ。バカ太子との婚約で、絶対にアナスタシアは救われない。バカ太子が3クズどもに毒される前であったらまだワンチャンあったかもだが、もう奴は更生不可能だ。
アナスタシアの真価も彼女との婚約の意味も理解できない知能、己よりも優れたもの (アナスタシア) の実力も認められない度量、さらには怠惰の誘惑にも容易く負け、己の力量を高めるべき努力を放擲してしまうほどの克己心。
どれを取っても完全無欠、どこに出しても恥ずかしいほどに王としての資質に欠けた、前世であっても絶対に恋愛対象にも婚姻対象にもしたくないほどの、清々しいまでのドクズ。それが、よりにもよってわたしの贖罪・救済対象であり、幸せになってほしい人物No. 1であるアナスタシアの婚約者なのである。運命の皮肉を感じざるを得ない。こんな奴との婚約なんか、さっさと破局させちまうに如かず、だ。
「…とにかくですね、このままバカ太子と婚約を続けていても絶対にアナスタシア様はお幸せになれません。バカ太子に、アナスタシア様をお幸せにしようという気持ちがこれっぽっちもないんですから」
幸せ…その言葉を聞いたアナスタシアが、びくんと首を上げた。
「幸せ…貴族である私が、私個人の幸せを願ってもいいのか?」
「何でアナスタシア様がご自身のお幸せを願っちゃダメなんですか?少なくともわたしは、アナスタシア様にお幸せになって頂きたいです」
「本音ダダ洩れじゃねぇか、だからヒドインとか呼ばれるんだよ」
と思って頂けたら、応援を宜しくお願い致します。
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