第43話 ヒロインは無茶した効果を確かめる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
阿鼻叫喚の思いをして魔石水を飲んだ土曜日とその翌日の日曜日、わたしは摺り減らされた気力と体力の回復に努めた。
バインツ侯爵閣下のご指南を頂いていた時に、魔石成分を体内に取り込むことによって魔力の増強が図れるのではないかと閣下にお聞きした時の、閣下のお言葉。
『エイミー嬢、魔石はこの世のものとも思えないほどに不味いのだよ』
『魔物由来の物質を体内に取り込むわけだから、猛烈な不快感を催すのだ』
つくづく、恩師の教えと茄子の花は千に一つも徒はない。あの辛さ、苦しさは二度と味わいたい代物ではなかった。
その恩師の教えを無視してまで、なぜ魔石成分を体に取り込んだか。この世界を舞台とした乙女ゲー、『マジコイ』の攻略対象キャラである鬼畜戦隊キチクナンジャーどもの瘴気と、悪役令嬢アナスタシアに対する腐り果てた悪意に中てられないように、不快感に対する耐性を身につけておきたかったためだ。
実際に奴らに相対して、それらのおぞましさに接してみないことには判らない。だが、魔石成分を体内に取り込んだ時ほど強烈な不快感はあるまい。あの無間地獄を凌ぎ切ったわたしは、そんな妙な自信があった。
でも、それにしても…あんなこと、もう絶ッ対に二度とやらねぇ!!
◇◆◇
あらかた気力体力ともに回復した月曜日、学園に登校して教室に入ったわたしを迎えたのは、非好意的な―というよりも、明らかに悪意的な空気であった。ご令嬢様方がわたしを射る露骨に険悪な視線、もはや声のトーンを落そうともしない聞えよがしのヒソヒソ陰口や悪罵。
本当であれば、わたしはそれらを素数を数えて遣り過ごすべきだったのだろう。だが、そのときわたしはなぜかこれらの悪罵に対し、腹の内だけでとはいえ反論せずにはいられなかった。
「あの女、王太子殿下の御前で非礼極まりない態度を取ったらしいですわ…」
何でだよ?ゲロつきながらであっても、ちゃんと敬語を使って話してたじゃねぇか。微粒子ほどの敬意もなかったけどな。
「王太子殿下やウェスタデール王子殿下、他の諸公子様方に親しくお声掛けを頂いたというだけでもあの女には分に過ぎたことなのに、無視して外に走り出すとは何様を気取っているのやら…」
「体調不良で早退したとか言っておりましたが、本当のところは怪しいところですわ。大方、己の非礼に気付いて居た堪れなくなったのでしょう…」
ふざけるな!お前ら、殿下だろうが公子様方だろうが、5人がかりで1人の女の子を寄って集っていじめるような奴らに囲まれて、気持ち悪くならねぇとでも思ってるのか!あんなエグイ瘴気と、他者に対するものとはいえ悪意を剝き出しにされて、体調崩さねぇ奴がいたらお目にかかりたいわ!!
「今更気付いて、王太子殿下やウェスタデール王子殿下、諸公子様方にお許しを乞うつもりなのでしょうが、遅きにもほどがありますわね…」
ああ、上っ面だけは謝ってやるよ。申し訳ないなんて、わたしは鼻毛の先ほども思っちゃいねぇけどな!
「所詮は人品卑しき新興男爵家、あのような者と同じクラスにいるというだけで身が穢れるような気が致しますわ…」
勝手に致してろ!つぅか、実際に身を穢されろ!ゲーム中で、アナスタシアがならず者どもにされたみたいにな!お前らがそうされてる様を見て、わたしは「ざまぁ見ろwwプギャーm9(^Д^) 」って言いながら、声が枯れるくらい嘲笑してやる!
◇◆◇
悪意に晒されるのは前世にブラック企業で糞上司にパワハラされ続けていたので慣れていたが、気分がいいものではない。そんな中、事の元凶であるところの5人組が入ってきた。途端に、わたしに対して向けられていた音声化された悪意がピタッと音を立てたかのように止まる。
キチクナンジャーどもは示し合わせたように連れ立って、教室最後尾の廊下側、わたしが指定席としている場所にやってきた。奴らの瘴気にはいささかの不快感を惹起させられたが、嘔気を催すほどではない。…不快感に対する耐性ができたのだ。どうやら、魔石成分を体内に取り込んだのは正解のようである。
わたしは、咄嗟に立ち上がって淑女の礼を取った。相変らぬその拙劣に頓着することなく口を開くバカ太子の姿は、『カール様推し』にはさぞ磊々たる豪気に見えるだろう。更に続けた言葉も、思い遣りに満ちた優しいものと聞こえるに違いない。
「エイミー嬢、先週は本当に体調が悪かったようだね。無理に呼び止めてしまったようで本当に申し訳ない。この通りだ、俺の無神経を許してほしい」
無神経の自覚があったら治せボケ!っていうか、わたしなんぞにその思い遣りを見せるくらいなら、お前の婚約者をこそ思い遣れクソバカアホンダラ!!
…その考えを罷り間違っても表には出さないように、顔を伏せて淑女の礼を取ったままわたしはバカ太子に答えを返した。
「王太子殿下にお答え申し上げます。過日は親しくお声掛けを賜りましたにも関わらず、急の体調不良により満足にお答え申し上げること叶わず、誠に申し訳ございませんでした。失礼の段、幾重にもお詫び申し上げます」
◇◆◇
この言葉に対し、バカ太子が直接答えを返すことはなかった。代わりに答えたのは、イキリ王子の声である。
「エイミー嬢、そんなこと気にしなくていいよ。カールは、身分や礼儀作法の巧拙に関わりなく、優れた人材はその能力に応じて重用する器量を持った男だ。…身分に囚われて個々人の真価を見抜けない、アナスタシア嬢のような人間とは違うさ」
諧謔に交えて笑って見せたイキリ王子の顔にわたしが見たものは、愛嬌に満ちたいたずらっぽさよりも醜悪さ。
「エイミー嬢の治癒魔法は、誰にも真似のできない素晴らしいものだからね。アナスタシア嬢のことだから、君の治癒魔法の才に嫉妬して何か酷い嫌味でも言うかもしれないけど、気にしなくていいよ」
チャラ男の無駄に美しい顔貌に浮かんだ笑みにわたしが感じたものは、わたしに対する優しい思い遣りよりもアナスタシアに対する腐った悪意に満ち満ちた嘲弄。
「オスカー、エイミー嬢は私の祖父の弟子でもあった方ですよ。アナスタシア嬢の嫌味如きで心傷付くような、そんな弱い女性ではありません。祖父は、本当に人の至らぬ点を重箱の隅をつつくように責め立てる点では古今東西、比するものはありませんでしたから。言うなれば、アナスタシア嬢は私の祖父の劣化互換ですね」
おい糞メガネ、諧謔を使ってわたしの強靭さを褒め称えているつもりなのだろうが、一言言わせろ。…お前如きがバインツ侯爵閣下を貶めるんじゃねぇ!!…アナスタシアに対する侮蔑的な言辞にもムカついたが、糞メガネ如きが閣下を貶めるのが一番腹が立った。おい糞メガネ、お前は地獄に堕ちてもわたしの敵だからな!!
「マルクス、お前のお祖父様をあんな性悪女と一緒くたにしたら、あまりにもお祖父様にお気の毒だ。俺如きがその御名をお呼びするのも烏滸がましいが、お前のお祖父様は “治癒の賢者” と呼ばれたほどの伝説的ヒーラーだぞ。あんな根性の腐った毒婦と一緒にするなんて、バインツ侯爵閣下に対して失礼千万だ」
…おい腐れ脳筋、認識違いにも程があるぞ。お前、何をバインツ侯爵閣下を糞メガネの孫だと認識していやがる!?こんなクズ野郎が、閣下の孫であってたまるか!よしんば糞メガネが閣下の血を引いていたとしても、わたしだけは絶対にこんな奴が閣下の孫だなんて認めねぇからな!!
…あともう一つ腐れ脳筋、お前に言っておきたいことがある。魔法と学問においてはどこに出しても恥ずかしい劣等生の分際で、バインツ侯爵閣下の御名を呼ぶんじゃねぇ!お前如きが閣下の御名をその臭い口の端に上せるのは、閣下に対する最大最悪の侮辱であり冒涜だ!判ったか糞ったれが!!
…っていうか、お前らどいつもこいつもいちいちアナスタシアを悪し様に罵って貶めなかったら話ができねぇのか!?このクズ野郎どもが!!
◇◆◇
いちいち奴らの発言に心中で悪態をつかねばやっていられないほど不快感は強かったが、先日のように強烈な嘔気を感じるほどではなかった。やはり、魔石成分を体内に取り込んだのが大きかったのだろう。あの時感じた不快感の強さを2010年代前半の白〇に例えるならば、奴らから感じる不快感の強さはせいぜい2020年代前半の大関陣だ。それでも立派に強いのだが、比較対象が極端すぎるのだ。
「両殿下ならびに諸公子様方にお答え申し上げます。皆様方におかれましては、わたくしのような身分卑しき無礼者に親しくお声がけを頂き、恐懼の極みにございます。皆様方の寛大なるお心に甘えさせて頂き、1つお教え頂きことがこれございますが、お教え頂いても宜しゅうございましょうか?ことに、王太子殿下には是非お教え下されたく、お願い申し上げます」
そのわたしの質問に対し、バカ太子殿下は鷹揚にお許し下されたので一発きつめの爆弾を投下してみることにした。
「皆様、ことに王太子殿下におかれましては、親友や主君筋の婚約者を悪し様に罵る人間を如何様に思われるか、是非お教え頂きとう存じます」
乙女ゲーの攻略対象キャラたちは、
何故悪役令嬢を蛇蝎の如く忌み嫌うんでしょうね?
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