第41話 ヒロインは無茶しまくる (前編)
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
…空腹と、キチクナンジャーどもの瘴気や悪意に対する対処の糸口を掴んだことによるテンションの過剰亢進により、その夜のわたしは一睡もできなかった。わたしが酷く嘔吐した日−すでに昨日となっている−は金曜日で、今日土曜日は学園は休みであったから学園へ通学しなくてもいいが、その代わりに朝から冒険者ギルドでの治癒のアルバイトが終日入っている。
今のわたしにとっても、ギルドには用事があったから渡りに船だ。前日から全く胃に物を入れていない上に碌に睡眠も取っておらず、体力には不安があったが前途に希望の光がちらついたことで気力はかなり回復しており、魔力は枯渇する兆しすら見せない。尤も、わたしの魔力が枯渇したらそれはそれでえらいことではある。
制服のブラウスとスカートを身につけ、リボンをブローチで留めた上にチョッキを着たわたしに、目のぐるりに隈を作っている他には寝不足の様子は全く見せないメイドさんが、制服のブレザーを持ってきてくれた。昨日汚してしまったブレザーを洗濯しただけでなく、手持ちスキルである風魔法と炎魔法を上手に活用して、夜っぴて乾燥させてくれたのだ。
王立高等学園の校則では、特殊な事情でもない限り制服以外を着用しての外出は禁ぜられている。そして、今日の外出はその特殊な事情には当てはまらない。
それにしても、本当にこの制服指定のスカートは裾が短い。ショートパンツを穿かなくては、『男の浪漫』が見えそうで危ういことこの上ない。
「ありがとうございます」
お礼を言ってブレザーを受け取り、袖を通す。昨日わたしの涙と鼻水と涎でカピカピになっていたそれは、もはやその痕跡すら留めていない。
「お嬢様の身だしなみに細心の注意を払うのは、メイドとして当然の責務にございます。お礼などは、ご無用でございます。…本当に、朝ご飯は宜しいのですか?」
メイドさんがせっかく用意してくれた朝食だが、わたしはお詫びと共に「メイドさんが食べてしまって下さい」と伝えていた。わたしが今日やることを考えたら、胃ノ腑の中に固形物―あるいはその成れの果て―を入れているのは危険にすぎる。十中八九、いや確実に、ゲロになってしまうのが目に見えている。
もはや空腹は限界に至り、お腹の皮と背中の皮が引っ付きそうな感覚すら覚えるが、それでも朝食を摂るわけにはいかないのだ。
王立高等学園の、華美ではあるがやや装飾過剰のケがある制服に身を包んだわたしは、貴族令嬢として恥ずかしくないだけの姿を得ることができた。…眼鏡で隠れてはいるものの目の周りには隈を作り、目の色はウサギみたいになり、頬はややこけていたが。つくづくヒロインの顔じゃねぇよ。
「それでは、行って参ります」
貴族用女子寮の門の前に止められた冒険者ギルドの馬車に乗り込むわたしを、メイドさんは完璧無欠なカーテシーの礼で見送ってくれた。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
◇◆◇
ギルドにつくなり昨日急病で休んで仕事に穴を空けてしまったことをヨハネスさんに詫びると、ヨハネスさんは厳つい顔に莞爾たる笑みを浮かべて言ってくれた。
「急に体調を崩すことだってありまさぁね。お気になさらねぇで下さい」
「ありがとうございます。昨日の分も頑張ります。ガンガンコキ使って下さいね」
わたしがそう言うと、ヨハネスさんはニヤリ、と悪い笑みを浮かべた。
「じゃぁお言葉に甘えて、ガンガン治癒して頂きやしょう…って言いてぇところですが、ここんところそんなにケガ人が出るような難しいクエストがありやせんで、実は昨日もケガ人や病人は出なかったんでさぁ。だから、昨日エイミー様が休んで下さったのは願ったり叶ったりって奴だったんです」
エイミー様に来て頂いちまったら、バイト料が発生しちまいやすからね。そう言って、ヨハネスさんは露悪的、かつ豪快に笑った。その笑い声を聞きながら、わたしはかねてより提案しようと思っていたことを話してみる。
それは、時間単位の時給でなく、何人治癒魔法で治癒したかによってバイト料を決めるという、言うなれば出来高制にしてほしいという提案だった。
「そいつぁいけやせん。エイミー様に来て頂いてる以上、あっしらはエイミー様のお時間を買ってることになりやす。S級治癒魔法持ちのヒーラー、しかも魔法特許を取ろうってぇお方のお時間を頂いときながら、その対価を払わねえってぇのは仁義に悖りまさぁね」
ヨハネスさんのべらんめぇ口調で仁義とか言われると、浅〇次郎の小説を思い出す。プリ〇ンホ〇ルとか、天〇り松〇語りとか…
「でも、それじゃぁわたしはここに来るだけで何もせずに時給1万セントなんて大金を頂くことになっちゃうことになる可能性だってあるんですよ。おまけに、わたしが治癒しないで済むときにはここでバインツ侯爵閣下の遺された蔵書を存分に読み耽ることができるんです。やりたいことをやって、それでそんな大金を頂けるなんて、そんなおいしい話どこにもありませんよ」
そんな状態に甘んじることこそ、仁義に悖ります。わたしはそう言った。
「やれやれ…エイミー様も頑固でいらっしゃいやすね。じゃぁそういうことにして、時給は1000セント、ケガ人や病人を1人治癒して頂くたんびに2万セントお支払いするってことでよござんすかい?あっしらはエイミー様のお時間を買ってるんですからね、時給をお支払いすることは譲れやせんぜ」
ヨハネスさんはそう言った。この頑固者め…って、前にもそんなやり取りした記憶があるな。誰とだったっけ?まぁいいや。
斯くして、わたしのバイトヒーラーとしての新規給与体系が確立したのであった。
◇◆◇
「ここんとこは、オークやゴブリンの討伐依頼や護衛依頼もねぇですし、エイミー様のお手を煩わせるようなケガ人が出る懸念はござんせん。あっしらギルドの人間としても、エイミー様みてぇなS級治癒魔法持ちのヒーラーにいて頂けるってぇのはそれだけで箔になりやす。どうぞ、レオンの野郎…おっと、バインツ侯爵閣下の蔵書でもお読みになってお過ごし下さい」
いいんですよ、ヨハネスさん。バインツ侯爵閣下はわたしにとっては治癒魔法の恩師だけど、あなたにとっては幼馴染のレオンなんですから。
ヨハネスさんがわたしの私室―通称『治療室』を辞した後、わたしは『お花畑』で用を足した上でギルドの受付に向かった。そこでゴブリンから摘出された魔石を1個購入すると、それを魔石加工室で全部粉末にした。それを全部コップ一杯分の水に溶かし、溢さないように治療室に持ち込む。
そこでわたしはブレザーとチョッキを脱いでハンガーにかけ、ブローチとリボンを外して机の上に置いた。更にブラウスの第一ボタンを外した上で両袖を肘下まで捲り上げ、ショートパンツと下着を脱いで代わりに近所で買い込んだ安いタオルを大量に、かつ何重にもして『乙女が命に引き替えてでも護るべき秘所』と『不浄の秘所』に宛てがう。これは、万一の事態の際に社会的な生命を失わないようにするための、せめてもの対応なのだ。
かつて、バインツ侯爵閣下に最低最悪の侮辱的言辞を弄しやがったクズ令嬢は、そのことでアナスタシアに詰められた挙句お小水で両の足元に水溜りを作り、それによって社会的のみならず生物学的な生命すらお失いになられた。ざまぁw
…そうならないためにも、スカートの下に大量にタオルを宛てがい、まるで相撲の廻しのようにギチギチに下半身をカバーしておく必要があるのだ。
そして、これからやることによって齎される激烈な不快感と嫌悪感に襲われた際に、暴れ回ってうっかり壊してしまわないように、眼鏡を外して机の上に置いた。最早、眼鏡はわたしにとって欠くべからざる相棒だ。こんな不始末で壊してしまうことは、決して許されない。
…さぁ、準備はできた。あと必要なものは、わたしの覚悟だけだ。魔石水を飲み、魔石成分を体の中に取り込むための覚悟である。
この世界を舞台とした乙女ゲー、通称『マジコイ』の攻略対象キャラ、わたしが称するところの鬼畜戦隊キチクナンジャーどもが発する、瘴気とアナスタシアに対する腐れ果てた悪意に中てられないように、それらによって感じさせられたものよりも強い不快感と嫌悪感を克服するための覚悟だ。
「金銭に執着が薄いのは、いいことなんだろうか?」
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