第4話 ヒロインは眼鏡っ子になる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
無事に小学校の卒業資格を取った俺ことエイミーは、そのまま中学校に進学した。
この中学校は、言うなれば大日本帝国における旧制中学校のようなものであり、進学しない子どもも多い。というか、大抵の子どもは小学校を卒業したらすぐに就職してお金を稼ぐ道を選ぶ。平民は大抵貧しく、子どもも貴重な労働力なのだ。
おそらく、中学校への進学率は3割も行っていないのではなかろうか。
そのせいかどうかは知らんが、中学校は中等教育だけでなく高等学園への入学準備予備校としての役割も担っている。各国の古典やより高度な算術に留まらず、王侯貴族の名前や紋章、各地の特産品や国際情勢といった地理・歴史、礼儀作法のような、国政や地方行政に携わるための基礎的内容を教える場所でもあるのだ。
そのため、中学校の卒業資格を取得すれば都市や町村の役場に就職するための試験の受験資格を得ることができる。
最も、俺は役場に就職したくて中学校に進学したわけではない。俺が欲しいのは、高等学園の受験資格だ。この世界に転生した俺が第一の目標としているのは、悪役令嬢アナスタシアへの贖罪であり、ヘイトシナリオからの救済である。
そのためには、王立高等学園に行かなくては始まらない。平民が王立高等学園の受験資格を得るためには中学校の卒業試験で合格するだけではダメで、中学校からの推薦が必要なのだ。そして、その推薦を受けるためには卒業試験で全教科90点以上を取らなくてはならない。なお、この点数をクリアすると王立高等学園の学科試験が免除される。
結構高いハードルである。気を引き締めて勉強にかからねばならない。
◇◆◇
幸いにして、中学校で学ぶ内容はあまりレベルの高いものではなかった。
古典やより高度な算術については日本の小学校のカリキュラムと同じレベルなのでケアレスミスだけ気をつけていればいい。国政や地方行政に携わるための基礎的内容については、基本的に丸暗記でしかも量はあまり多くない。
この調子なら、さほど苦労せずに中学校も飛び級で卒業できそうだし、高等学園の受験資格も問題なく取得できそうだ。
「アレン君が入学してきたときもびっくりしたけど、エイミーさんにもびっくりさせられたわ。まさか、9歳で中学校に入学するような天才が2人も出るなんて」
眼鏡をかけた、きょぬーの先生が俺の成績表を確かめている。アレンというのは、俺よりも5ヶ月前に小学校の卒業資格を取って中学校に入学した天才君の名前だ。
「わたしよりも先に、飛び級で中学に入学した人がいたんですか?」
俺は、そのアレンとかいう天才君に興味を持った。できれば一度会ってみたい。
そのことを先生に伝えると、先生は残念そうに口を開いた。
「アレン君は冒険者もしているから、なかなか中学校には来られないのよ。成績最優秀だから、あまり問題はないんだけど」
中学校においては、出席日数は全く重要視されず、寧ろ定期試験の点数だけで成績が決まると言っても過言ではない。その辺は、前世の大学にも似ている。そこで、優秀な子どもの中には学生としての籍を中学校に置き、普段は仕事をして試験を受けるときだけ中学校に行くような者もいる。
聞いた話によると、アレンとかいう天才君は大層貧しい母子家庭の出で、冒険者ギルドに籍を置き、毎日ドブさらいや地下下水道掃除をして日銭を稼いでいるという。その上で中学校の勉強もしているというのだから、並大抵のことではない。
「すごいですね…そのアレンさんって人、わたし尊敬します」
他愛もなく俺はそう言った。本心である。勉強と仕事を両立させるなど、なかなかできるものではない。彼に比べれば、俺は遥かに恵まれている。勉強だけしておればいいのだから。
「先生、わたしアレンさんに負けないように頑張ります。よろしくお願いします」
「そうですね。天才児を2人も受け持つことができて、私も光栄だわ。互いに切磋琢磨して頑張ってね」
先生はにっこり笑って励ましてくれた。その後部屋を出ると、クラスメートたちが俺を待っていた。彼らはみんな俺より年上である。
「エイミー、今日も勉強教えてね」
「エイミーは判らねぇところを判りやすく教えてくれるから、ありがたいよな」
「歳下に教わる私たちもどうかとは思うけど」
中学校に9歳の子どもが入学した、ということで最初は奇異の目で見られていたが、俺が成績優秀であり、またクラスメートたちに勉強を指導してやると覿面に俺への評価は好意的なものに変わった。今ではこうして、放課後に彼らの判らないところを説明・指導するのが日課になっている。
これは、俺にとってもいい勉強だった。ちゃんと理解していなかったら、人に教えることなどできないからである。
こんな感じで、俺の中学生生活はいい塩梅に充実していた。
ところが、猛勉強の副作用がとんだところに出てきた。
◇◆◇
それに気づいたのは、中学校で授業を受けていたとき。視界がやたらとぼやけ、黒板に書いてある文字が読めなくなってきたのだ。
俺はそのことをすぐさまきょぬー眼鏡の先生に伝えた。黒板の文字が読めなかったら、勉強もへったくれもあったものではない。
先生はすぐさま俺を中学校の医務室に連れて行き、視力検査表を取り出して医務室の壁にかけた。そして俺を一定の距離をおいて立たせ、視力検査表の文字を示す。
「エイミーさん、今から私が示す文字を言ってね。これは?」「…判りません」
「これは?」「…判りません」
全然視力検査表の文字は見えず、とうとう先生は一番上の最大の文字を示した。
「じゃあ、これは?」「…ごめんなさい。判りません」
先生は溜め息を吐くと、俺に向き直った。
「完全に近目ね。眼鏡を作らなくてはいけないわ」
◇◆◇
先生は家に行って、母親に俺が近眼になってしまったことを伝えてくれた。
「…毎日机にかじりついて勉強していたせいですね…だから無理はしないようにって言ったのに」
母親は溜め息を吐いて俺に咎めるような視線を送った。思わず首を竦めてしまう。
「お母さん、エイミーさんを責めないであげて下さい。それだけエイミーさんは、一生懸命に勉強していたんです」
先生と母親の会話を聞きながら、俺は申し訳なさでいっぱいだった。
せっかく母親が五体満足で産んでくれたのに、猛勉強にかまけて視力を落とすようなことをしてしまった。古代の賢者の言葉がある。
「身体髪膚、之を父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始め也」
つまり、「自分の体はパパンやママンから頂いたものなんだお。これを損なわないようにすることが、親孝行の最初の第一歩なんだお。おっおっおっww」という意味である。
そういう意味では、俺は親不孝者だ。申し訳なくて、悲しくて涙が出てくる。
「とにかく、近目のままでは勉強だけでなく日常生活にも支障を来します。眼鏡を作ることをお勧めします」
「判りました。先生も眼鏡をご使用なさっておられますし、お勧めの眼鏡店をご存じだと思います。お教え頂けますか?」
「もちろんです。私が眼鏡を作ったお店は、貴族の皆様方がお屋敷を建てていらっしゃる場所の近くでして…」
先生と母親が話をしている横で、俺はぼやぼやの視界が滲むのを知覚していた。勉強に精を出すのはいいが、親孝行の初歩としてもう少し自分の体を大事にしろよ。あほか俺は。
◇◆◇
先生が中学校に戻った後、俺は母親に謝った。
「お母さん、ごめんなさい。せっかくお母さんがわたしを健康に産んでくれたのに、それを自分でブチ壊しにするようなことをしちゃって…」
その言葉を受け、母親は俺を抱き締めてくれた。
「そんなことは気にしなくていいのよ。あなたは、やりたいことがあって一生懸命勉強しているのでしょう?私は、それで充分よ」
◇◆◇
その翌日、俺と母親は先生が教えてくれた眼鏡店に出向いた。先生が話を通してくれたようで、ベルトコンベアーに乗ったように話が進んでいく。
「ヒルデガルド様からお話は伺っております。エイミー様のお眼鏡を、私どもの眼鏡店の威信にかけてお造り致しますから、どうぞご安心下さい」
ヒルデガルドというのは、件のきょぬー眼鏡の先生の名前だ。
眼鏡店の店員さんが出してくれた眼鏡をかけてみる。…快適だ。
ぼやぼやにぼやけていた視界が、覿面に明確な輪郭を得て世界を構築する。くっきりと見えるというのは、こんなにも気持ちがいいものだったのか。
眼鏡のデザインも気に入った。やや大きめで丸い、髪の色に合わせたピンク色の縁が可愛らしい。
店員さんが微笑んで、「よくお似合いですよ」と言ってくれた。母親も、「エイミー、よく似合ってるわよ」と言ってくれる。
近眼になってしまったと判ったときには母親に申し訳ない思いを禁じ得なかったが、新たなアクセサリーをゲットしたと思うと、嬉しくなってくる。…母親にある意味無駄な出費を強いたということもあり、嬉しがったらバチが当たることは判っているのだが。
無私の大賢者ロリンガス様は、中華大陸の古典にも影響を与えたようです。
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