第39話 ヒロインはゲロインと化す
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
まぁ何と言うかいろいろあった1日、わたしにとって一番衝撃的であった事象で論ずるのであればバカ太子と接近遭遇を果たすハメになった日の一週間後の朝。登校して教室に入ると、わたしが一番会いたくなかった連中がわたしを待ち受けていたのだ。この世界を舞台とした乙女ゲーの攻略対象キャラ、わたしの称するところの鬼畜戦隊キチクナンジャーどもである。
恐怖と嫌悪で思わず「ヒギィッ…!」と呻き声を上げてしまったわたしに頓着もせず、その中のキチクレッド、バカ太子ことカールハインツ王太子が口を開いた。
「エイミー嬢、過日は急いでいたようだね、無理に呼び止めて済まなかった。改めて礼を言わせてくれ。先日は、俺の火傷を治癒してくれて、本当にありがとう」
バカ太子は右手を優しく差し出し、秀麗な造りの顔に爽やかな微笑みを浮かべている。さぞ、『カール様推し』のプレイヤーにすれば『じゅんとくる』姿だろう。
「初めまして、エイミー嬢。俺は、クロード・ジャスティネ・ドゥ・ウェスタデールだ。カールは俺にとっても大切な親友でね、親友の火傷を治癒してくれたこと、俺からもお礼を言わせてほしい。ありがとう」
次に口を開いたのはキチクブルー、イキリ王子ことクロード王子だ。笑うと、ネコ科の猛獣の優雅さと強靭さを併せ持つ風貌に何とも言えぬ愛嬌が漂う。『クロード様推し』のプレイヤーは、この優雅と強靭、そして愛嬌にいかれたとみえる。
「エイミー嬢、先日は君のご機嫌を損ねてしまったようで申し訳なかった。改めて自己紹介させてほしい。僕は、オスカー・フォン・ウィムレットだ」
キチクホワイト、アホチャラ男ことオスカーが次に口を開いた。
「あのとき、殿下を治癒した魔法は本当に凄かったね。あれほど素晴らしい治癒力を持つ魔法を会得しようとして集中しているところに声をかけられたら、機嫌が悪くなるのも当然だよ。本当にごめんね」
チャラい外見と口調に反し、その謝罪の言葉は誠意に満ちている。秀麗ながらもチャラい外見と誠実な内面から生まれるギャップに対する萌えから、『オスカー様推し』が生まれたのではないだろうか。
「エイミー嬢、お初にお目にかかります。私はマルクス・フォン・バインツです」
次はキチクグリーン、糞メガネことマルクスである。
「君は、私の祖父であるレオンハルト・フォン・バインツの最後の弟子と聞いています。あの偏屈者を師匠に持ったとあれば、大層苦労なさったのではありませんか?ご心中お察しします」
言葉の端々に優れた知性を感じさせながら、優しい諧謔も忘れない。知性に対する敬意と包容力に対する恋慕が、『マルクス様推し』を産んだと思われる。
「エイミー嬢、俺はレオナルド・フォン・ジュークスだ。初めまして」
最後にキチクイエロー、腐れ脳筋ことレオナルドだ。
「俺は魔法に疎いし頭の出来もよくないが、それでも君の治癒魔法が素晴らしいものだということはよく判る。あれほどの治癒魔法を自在に操る君は、まさにこの国の宝だ。力及ばずとも、一個の騎士として君を護らせてほしい」
外見ですぐ判る男性的な力強さと、自身の至らぬ部分を素直に認める謙虚さ。『レオ様推し』は、その素朴な剛強に好感を抱いた可能性が強い。
◇◆◇
…気持ち悪い!
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いきもちわるいキモチワルイィィィッ!!
恐怖感と嫌悪は極限にまで達し、耐え難い嘔気と化してわたしを執拗に苛んだ。お前ら、何爽やかぶってイケメンオーラ発してやがる!?それは、わたしにとっては腐海の瘴気なんだよ!近寄るな、今すぐあっち行け!さもなくば、かつて『俺』がパワハラ糞上司に対してやったみたいにお前らの頭上に血ゲロぶち撒けるぞ!!
それに、どれだけお前らが爽やかぶってみせても、わたしはお前らの醜悪極まりない本性を知ってるんだよ!お前ら、どいつもこいつも寄って集って5人がかりで1人の女の子を、アナスタシアをいじめていやがったくせに!
何が『アナスタシアは取り巻き令嬢を使ってエイミーをいじめていた』だ!お前らがアナスタシアに対してやっていたことの方が、よっぽどか酷いいじめじゃねぇか!!この最低最悪の卑怯者、卑劣漢どもが!!!
凄まじい勢いで胃の辺りからせり上がってくるものを知覚し、思わずわたしは口を押えた。執拗に突き上がってくる苦酸っぱいものを懸命に飲み下そうとし、そのあまりのまずさ、苦しさにわたしの瞳は意志を無視して涙目になる。
その様子を見て、何を勘違いしやがったかバカ太子はその様子を遠方から冷たい視線で見据えていたアナスタシアに対し、険悪極まる視線を向けた。そうやって悪意に満ち満ちた視線で暫くアナスタシアを睨みつけていた後にわたしに向けたのは、真逆の感情を湛えた優しい声。
「俺を治癒したことで、アナスタシアやその取り巻きどもに何か言われたのか?心配しなくてもいい、エイミー嬢、俺は何があろうとも君の味方だ」
イキリ王子がそれに続く。
「エイミー嬢、カールの言う通りだ。アナスタシア嬢やその取り巻きどもに何か言われたりされたりしたのなら、遠慮なくカールに言っていいんだよ」
アホチャラ男がその後を引き継ぐ。
「エイミー嬢、王太子殿下の言葉を借りるようだけど、僕たちは君の味方だからね。何があっても、心配することはないよ」
糞メガネが、眼鏡を治しながらそれに続いて垂れた寝言は、わたしの嘔気とアナスタシアから発せられる冷気を大きく増強した。
「アナスタシア嬢は人の至らない点を論うことでは人後に落ちませんからね、さぞやエイミー嬢も辛い思いをなさったことでしょう。でも、これからはエイミー嬢の後ろ盾には王太子殿下がいらっしゃいますからね。ご安心下さい」
腐れ脳筋が薄ら笑いを浮かべながらほざいた戯言は、アナスタシアが発する凍気を南極大陸内陸部の極夜のそれにし、わたしの嘔気の攻撃力を爆発的に増加させた。…それは、実質的なとどめであった。
「あの性悪女は人の心を傷つけることしかできない、醜悪極まる人間性を持つ女だ。だがエイミー嬢、俺たちがいればもう心配ないぞ。あの女の腐った悪意から、俺たちが君を護ってあげるからな」
その妄言が劇的に増強した嘔気は、キチクナンジャーどもの瘴気によって徹底的に弱められていたわたしの防御力をいともたやすく突破した。あのクズどものアナスタシアに対する腐れ果てた悪意はわたしの胃の奥からせり上がってくるものの速度を爆発的に高め、それに耐えきれずわたしは両手で口を抑え、眼鏡の奥から涙を流して―その場から逃げ出した。
◇◆◇
「おえぇぇっ…げえぇぇっ…おええッ!!」
『お花畑』で、わたしは個室に籠って執拗に嘔吐し続けていた。かの〇ッテ〇マイ〇ーさんなメイドが朝食に作ってくれたパンケーキはとっくに無惨な吐瀉物と化し、出てくるものは胃液しかない。それでも嘔気は収まらず、苦酸っぱい胃液が舌を侵し、歯を溶かす。苦痛に溢れ出てくる涙は止まらず頬を濡らし続け、嘔吐の発作のため流れ出てくる鼻水を啜り上げることもできず、さぞやそれはわたしの顔を醜く彩っていることだろう。
…わたしってヒロインだった筈だよな?幾ら何でも扱い酷すぎねぇか?…これじゃ、ゲロインじゃねぇか…
「えっ…えっ…えええぇぇぇっ…」
ようやく嘔気が収まったものの、嘔吐に伴う気力体力の消耗は如何ともし難い。よろよろと、ようやっとの思いで立ち上がり、個室の扉を開けると…そこにはいた。わたしが悪魔に魂を売ってでも救いたい、そして今は最も会いたくない人物。
アナスタシアは、取り巻き令嬢も連れずに『お花畑』に入ってきて、ちょうど個室から出ようとするわたしと鉢合わせることになった。慌てて相変わらず下手な淑女の礼を施すわたしに対し、美しい蒼氷色の瞳から冷たい視線を向けると、何も言わずにその場を立ち去った。
◇◆◇
その姿に、わたしはこれまで人間をやってきた中で最も強い自己嫌悪を感じた。かつて、わたしが前世で『俺』だった頃。悪役令嬢アナスタシアがキチクナンジャーどもに罵られ、決闘でズタボロに痛めつけられ、挙句の果てにはならず者どもに陵辱されるスチルを見ながら、『悪役令嬢ざまぁww』などとほざいてゲラゲラ笑っていたことを、今更ながらに思い出させられたのだ。
結局、わたしはあの頃と何も変わっていない。アナスタシアを悪し様に罵倒するキチクナンジャーどもを止めるどころか、嗜めることすらできなかった。奴らの瘴気に当てられて口を開くだけでも吐きそうだったなんて、言い訳にもならない。
わたしに対するアナスタシアの感情は、それほど悪いものではなかったと思う。彼女は、わたしの治癒魔法を口を極めて褒めてくれた。一種の敬意すら見せてくれていたと思う。わたしのへっぽこなカーテシーを殊更引き合いに出したことについては、まぁ悪意薄きいじりのつもりだったのだろう (悪意がなければいじらない) 。
それが、あのクズどもの陰湿で醜悪な彼女への悪意に対し、盾にすらなれなかったのだ。わたしなぞと同じ空気を吸いたくない、彼女がそう思うのも当然だ。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…
わたしは『お花畑』のお世辞にも綺麗とは言えない床に四つん這いになり、涙を流しながら謝罪の言葉を心に連ねるしかできなかった。
色の由来は、バカ太子以外は特に理由はありません。
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