第32話 ヒロインはS級治癒魔法を編み出すことに成功する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
S級治癒魔法とは、 “癒し” の加護を授かった者が、血の滲むような死に物狂いの鍛錬を経てようやく身につける…いや、バインツ侯爵閣下のお言葉によれば自らの手で編み出すことのできる、A級治癒魔法を遥かに上回る治癒力を発揮するオリジナルスペルである。ヒーラーにとっての、究極目標と言っても過言ではない。
おおよそ、なんぼ “癒し” の加護を授かっているからと言って、王立高等学園の一学生に過ぎない小娘が軽々に口の端に上せていい言葉ではない。でも、実際にS級治癒魔法の発動機序の確立について自学してたんだからしょうがねぇじゃねぇか。
わたしにしつこく絡んでくるアホチャラ男こと、オスカー・フォン・ウィムレット公子を追っ払うためのハッタリとしてこの事実を使ってみたが、その効果は抜群であった。…いや、効果が抜群すぎた。
教室は音のない世界と化し、アホチャラ男やわたしに聞こえるように陰口を叩いていやがったご令嬢様方は言うに及ばず、わたしから離れた場所にいたキチクナンジャーこと攻略対象キャラどもも、アナスタシアとその取り巻き令嬢も、アレンさんでさえも目と口で3つのOをこさえて一言も発しない。
まるで、G (虫の方) を退治するために火炎放射器を使ってしまった時のような後悔が、わたしの慎ましやかな胸の中に満ち溢れた。…何だよ、貧乳はステータスで希少価値なんだよ、文句あっか?
ガタン!とわざと大きく音を立てて席を立ち、教室の出入り口に向かうわたしにアホチャラ男が「え、エイミー嬢、どちらへ?」と声をかけた。
「お花を摘んで参りますッ!ウィムレット公子様には、婦人がお花を摘む様を愛でるご嗜好をお持ちでいらっしゃいましてッ!?」
良い子のみんな、クイズの時間だよ!この質問の意味判るかな?
砂と化して崩れそうな様相を示すアホチャラ男にもはや一片の興味だにくれず、わたしは『お花を摘む』ために『お花畑』に向かった。
◇◆◇
教室で宣告したことは、本当のことだった。下着とショートパンツを下ろし、便器に跨って膀胱の内部に溜まっていたものの解放を命じるとそれは勢いよく放出され、便器の下の屎尿溜めに向かって落下していく。そこにある程度溜まった屎尿は、浄化魔法のスキルを持つ学園の職員によって屎尿臭が完全に消えるまで “逆浄化” され、その後肥料として農民に譲渡されるのだ。
それはそれと、無事に用を足したわたしは個室の片隅に置かれた塵紙で小水の放出口の辺りを丁寧に拭い、それも屎尿溜めに放り込む。そのまま下着とショートパンツを上げることもなく、何となくぼーっと立っていた。隣の個室からは、「…どうして…今日こそはあると思ったのに…」という涙声が聞こえてくる。
S級治癒魔法の発動機序として、わたしはA級治癒魔法を2つ高速発動した上でそれらを融合させ、それをS級治癒魔法、即ちより強い治癒力を持った治癒魔法として発動することを考えていた。だが、それがどうもうまくいかない。A級治癒魔法は発動した途端に治癒力を発揮し、未発動のままにしておくことはできないのだ。
ならば、魔力障壁によって中身が空の球状の殻を作り、その中に魔力を干渉させて強引に治癒力を未発動の状態に置いたA級治癒魔法を閉じ込めてもう一つ高速発動したA級治癒魔法をぶつけ、それによって2つのA級治癒魔法を融合させてはどうか?…これも首尾はよくない。
A級治癒魔法の治癒力のオーラが大きすぎ、またそこに込められた魔力が強すぎて魔力障壁の殻が割れてしまうか、割れなくても殻の厚さが非常に薄く脆いものになってしまう。これでは、気軽にS級治癒魔法の母体として扱うわけにはいかない。
それにしても…S級治癒魔法を『気軽に』発動するとかほざくなんて、わたしも相当バインツ侯爵閣下に毒されてきたな…閣下がご健在で、今のわたしを見たら褒めて下さるだろうか…それとも「まだまだだな」と仰るだろうか…
下着とショートパンツを膝下に引っ掛けた状態で涙ぐみ、慌てて涙を拭った。いかんいかん、この格好で涙を流していたらいらん誤解を招きかねない。
◇◆◇
気を取り直して、わたしはS級治癒魔法の発動機序について改めて考えた。そもそも、なぜわたしは高速発動したA級治癒魔法を2つ融合させて、より強い治癒力を持つ治癒魔法、即ちS級治癒魔法を開発しようと考えたのか―下着とショートパンツを上げることなく眼鏡越しの視線をトイレの床に落として考え続ける。…いや、だからいい加減下着とショートパンツ穿けよわたし。
そうだ!治癒能力未発動状態のE級治癒魔法を2つ、同時に独立させて発動し、それを融合させたらE級治癒魔法を2回発動させたよりも遥かに強い治癒力を発揮した、そのことにヒントを得たのだ。
つまり、治癒能力未発動状態の治癒魔法には、他の治癒魔法の治癒能力を大きく向上させる正の触媒効果があると考えてもいい。となると、治癒能力未発動状態の治癒魔法を魔力障壁で閉じ込めておいて、そこに高速発動したA級治癒魔法を魔力最大出力でぶつけて魔力障壁を破壊して治癒魔法を融合させたら…!
まずE級治癒魔法を治癒能力未発動の状態で発動し、それを魔力障壁の殻で包む。その殻は、高速発動したA級治癒魔法の魔力で壊れる程度に薄く脆くしておく必要がある。この程度、わたしの魔力であれば瞬時に呪文無詠唱で、しかもほとんど魔力を消費することなく作ることができる。 E級治癒魔法を内部に宿した魔力障壁の殻は、ちょうどピンポン玉くらいの大きさであった。
そこに、高速発動したA級治癒魔法を魔力最大出力でぶつける!
…ビンゴォ!!そこに顕れた癒しのオーラは、A級治癒魔法の5割増ほどの強い治癒力を示した。だが、この程度ではS級治癒魔法と呼ぶには全然足りない。ならば、魔力障壁の殻の中に入れる治癒魔法のランクを上げてみよう。
…結果は残念だった。B級治癒魔法を治癒能力未発動状態で高速発動して魔力障壁の殻に入れたもので実験してみても、得られる治癒力はE級と殆ど変わりがない。どうやら、触媒能力は治癒魔法のランクとは関係がないと思われる。…ならば、触媒の数を増やしてみるとすべぇ。
この実験は成功だった。それも、『大成功』と言っていいほどの。E級ピンポン玉を作れば作るほど、そこに高速発動したA級治癒魔法をぶつけたときの治癒力は指数関数的に増大していったのだ。
最後の実験を終えた後、これまでで最も強大な治癒のオーラが『お花畑』全体を覆うほどの光を放ち、その後隣の個室から「…出た…やっと出た…!」と、歓喜に咽び泣く声が聞こえた。何が出たって言うんだ?それも泣くほど嬉しいことか?
その声を聞き流し、わたしは常時携帯している冒険者ギルドのギルドカードを取り出して自分のステータスを確認した。
名前 : エイミー・フォン・ブレイエス
ランク : E
年齢 : 15
加護 : 癒し、氷魔法 (逆)
スキル : S級治癒魔法、E級炎魔法、E級氷魔法、E級風魔法
居住地 : ルールデン
所持金 : 10,615,138
レベル : 2
体力 : E
魔力 : S
実績 :
そのスキル項目と魔力を確認すると、いつしか眼鏡の奥から涙が溢れ出て頬を濡らしていた。ついに、ついにS級治癒魔法のスキルを手に入れたのだ…!莫大な魔力を消耗したこともあり、力が抜けて呆然と口を開けたままわたしは『お花畑』の冷たい床にへたり込むように座り込んで、滂沱の涙を流し続けていた。
閣下…とうとうわたしは、自分なりのS級治癒魔法を確立しました…これで、真のヒーラーとして認めて下さいますか…?
◇◆◇
そうしているうちにお昼の長休み終了の予鈴がなり、我に返ったわたしは慌てて立ち上がり、下着とショートパンツを穿いた。…っていうか、さっきの構図は甚だ問題である。下着とショートパンツを膝下まで下ろした美少女が、呆然と『お花畑』の床に座り込んで放心しながら滂沱の涙を流しているのである。『そういうことをされてしまった』事後と誤解されてもしょうがない、痛ましくもエロい光景だ。
個室から出ると、ちょうど横の個室からも使用者が出てくるところだった。目礼をして、手を洗おうとするといきなり彼女はわたしの手を強く握った。茶髪に黒い瞳の、一見地味だがぽややんとした魅力を持つ美少女である。
「あなたが、隣の個室で治癒魔法をかけ続けて下さったんですね…!ありがとうございます、おかげでやっと、やっと頑固なモノが出てくれました…!!」
「は、はい…」
彼女は嬉し涙を目尻に滲ませながら口を極めてわたしに感謝の意を述べた。曰く、救世主様、聖女様、女神様…要は、わたしがS級治癒魔法の発動実験をずっとやっていたおかげで頑固な便秘が治った、ということらしい。それにしても、S級治癒魔法をかけなくては治らないなんて、どれだけ頑固な便秘なんだよ…
「本当にありがとうございました。このお礼は、いずれさせて下さいね!」
彼女は朗らかに笑い、そしてそのままトイレを出て行った。それはそうと…
あんた、手ェ洗ってねぇぞ…
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