第3話 ヒロインは途方に暮れた挙句飛び級で小学校を卒業する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
乙女ゲーである、『マジコイ』の世界に、ヒロインであるエイミーとして転生した俺は、悪役令嬢であるアナスタシアの悲惨極まりない破滅を嘲笑しながらプレイしてしまったことへの贖罪のため、彼女をこのゲームのヘイトシナリオから救い、幸せになってもらうことを目的として、行動を起こすことにした。
だが、今現在俺は途方に暮れている。どのような行動を起こすべきか、取っ掛かりが全くつかめないのだ。
現在の、俺ことエイミーの年齢は9歳。10歳のときにエイミーの父親、ブレイエス男爵の正妻が嫡男を生さぬまま流行病で急逝し、誰憚る必要もなくなった彼はエイミーと母親をブレイエス男爵家に引き取るのだ。
もともと男爵と正妻との婚姻は、政略結婚でその間に愛情はなかった。男爵の父親であるブレイエス男爵家の創設者―つまり、エイミーの父方の祖父に当たる―が、自分の作った家に箔をつけるために没落した伯爵家の令嬢を自分の息子の嫁に、と巨額の結納金を包んで婚姻関係を結んだのだ。
もともとブレイエス男爵家の創設者は平民出ながら他国との戦争で大功を挙げた剣士であると同時に多くのダンジョンを踏破して一山当てた冒険者であり、没落した伯爵家の家計を立て直して有り余る資産を保有していた。
正妻は男爵に対して「身分が低いくせに自分を金で買った」と軽侮と反発を隠そうともせず、また男爵も最初は正妻に対して誠意を尽くしていたものの、正妻の変わらぬ態度に愛想を尽かして平民出のメイドであったエイミーの母親に手を付けた、というのがエイミー生誕の裏に隠された事情である。
かくて平民出のメイドはエイミーをその胎内に宿すこととなった。俺がこの世界に転生する契機となった事情であるが、こうしてみるとつくづく政略結婚とは碌なもんじゃない。アナスタシアの不幸の端緒だって、カールハインツ王太子との政略結婚…じゃねぇや、言うなれば政略婚約だった。
やっぱり政略結婚は糞である。や政糞。
◇◆◇
話がずれたが、俺ことエイミーがブレイエス男爵家に招聘されるにはあと1年の期間がある。それまではエイミーは平民街に住む一介のガキンチョに過ぎない。
ならば、俺はどのような行動を起こすべきであろうか…?
思い悩んだ挙句、俺は母親に相談することにした。と言っても、自分が転生者であるとかアナスタシアを救いたいとか、そんな話ではない。いきなりそんなことを言い出したら、頭のお医者さんの所に連れて行かれるのが目に見えている。
「お母さん、ちょっといい?」
「あらエイミー、どうしたの?もう寝る時間よ?」
俺は母親に、冒険者ギルドに登録して仕事を斡旋してもらいたいと提案した。冒険者ギルドでは8歳から登録を受け付けており、子どもにもできる公共の仕事を斡旋している。どぶさらいやごみ収集などが、子どもがやる定番の仕事だ。
「うちって、あまりお金がないでしょ?だから、わたしもお仕事してお金を稼いで、少しでもお母さんに楽してほしいの」
そう言ったが、本心はもう一つある。エイミーは、 “癒し” の加護を授かっていることを『俺は』知っているが、そのことはまだ明らかになっていない。
おまけに、どのようにしたら治癒魔法を発動できるのかも判らん。
そこで、冒険者ギルドに行って鑑定を受け、 “癒し” の加護を授かっていることを明らかにしてもらうことを思いついたのだ。
ちなみに、加護とは神様から与えられる祝福のようなものであり、特定の物事や分野において素晴らしい才能を与える、言うなれば『ギフテッド』である。エイミーは “癒し” の加護を授かっているため、治癒魔法を使うに当たり非常に高い適性を持ち、鍛錬によって飛躍的に治癒魔法を習得・上達させることができるのだ。
とまれ、 “癒し” の加護を授かっていることが明らかになれば、治癒魔法のスキルを持っている冒険者に治癒魔法を教えてもらうこともできるだろうし、冒険者ギルドに登録することによって新しくスキルを手に入れることもできるかもしれない。
俺の提案に対し、母親は優しく微笑んで俺の頭を撫でてくれた。
「ありがとう、エイミーは優しいのね。でも、お金のことなら大丈夫よ。決して楽じゃないけど、エイミーのお父さんが毎月お金を渡してくれるから」
俺は大袈裟に驚いてみせる。エイミーはこの時は父親に会った記憶はない筈だ。
「エェッ!?わたしに、お父さんがいたの!?」
「そうよ。事情があって一緒に暮らすことはできないけど、あなたのお父さんはエイミーのことをとても大切に思っているわ」
母親は優しい微笑みを絶やさぬまま、言葉を繋いだ。
「だから、あなたが無理に働く必要はないのよ」
無理に働く必要はない、と言ってくれるのは嬉しいが、俺は少し困惑した。アナスタシア救済のためにも、さっさと “癒し” の加護に目覚めておきたいし、他のスキルだってあって得なことはあっても損なことはないはずだ。
その俺の内心に気づかず、母親は優しい声を続ける。子の心親知らず。
「明日は学校でしょう?もう寝なさい」
このセントラーレン王国では平民階級を対象にした教育制度が存在し、初等教育を目的とした小学校、中等教育を目的とした中学校がある。中学校にはもう一つ、高等学園への入学準備教育の目的もあるのだが、高等学園に進学できるほどの経済力を持つ平民なんて殆どいないのでそちらはあまり重視されていない。
小学校は12歳まで、中学校は15歳までの子どもを対象としているのだが、飛び級制度があって優秀な子どもはそれよりも早く卒業資格を得ることが可能だ。
そういえば、こないだ同い年の男の子が飛び級制度を活用して9歳で小学校の卒業資格を取得していたな…名前は何と言ったか…忘れた。史上最年少の小学校卒業資格取得者ということで、結構話題になったんだけどな。
…そうか!飛び級制度があるんだったら、それを活用すればいいんだ!
前世の俺はアラフィフのおっさんだったし、地理や歴史、初等魔法学などのようなこの世界特有の教科以外の初等教育を今更受ける必要はない。
ならば、それらの教科に勉強を全振りすれば飛び級を進めることができるだろう。そして、中学校の卒業資格を飛び級で取った上で冒険者ギルドに登録すればいい。
「わかったわ。お母さん、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
とりあえずやること、やれることを見つけた俺は、その日はもう寝ることにした。
◇◆◇
次の日から俺は、地理や歴史などの “この世界特有の” 教科の勉強に全振りした。読み書きや算数は受けるまでもなかったが一応受けておいた。不真面目な生徒だと思われるのはまずい。
そして、基本的にそれらの教科は暗記メインなのでそれほど難しくない。そして、勉強という奴は判れば判るほどやる気が出てくる。
ついつい乗ってしまって、学校に行かない日でも一日中机の前に陣取って教科書を開き、ノートに鉛筆を走らせていたら気がついたら日が落ちていることもあった。
その日もそんな感じで一日中勉強を続けていると、母親の呼ぶ声がした。
「エイミー、晩ごはんよ。キッチンにいらっしゃい」
◇◆◇
「明日はいよいよ卒業試験ね。たくさん食べて、しっかり力を蓄えておきなさい」
母親がシチューを皿に盛って、俺の前に出してくれた。彼女の言った通り、明日は小学校の卒業資格取得試験だ。俺がエイミーの中の人となってから、4ヶ月ほど経っている。
「ありがとう、お母さん。明日は頑張るからね」
自身もテーブルに着いた母親は、ニコニコと笑いながら口を開いた。
「それにしても、どうしてエイミーは急に猛勉強するようになったの?」
「前も言ったけど、わたしは早くお仕事をしてお金を稼いで、お母さんに楽してほしいの。学校に通うのにもお金がかかるし、だったら飛び級でさっさと卒業してしまった方がいいでしょ?」
本心ではある。エイミーの母親は、本当に優しい女性だ。俺は彼女の娘として、親孝行をしたいし、幸せになってほしいという感情は確かにある。
だが、もう一つの本心もある。こればかりは、表に出すわけにはいかない。表に出したら、頭のお医者さんのお世話になるハメになるだろう。
そんなことを考えているうちに食事も終わり、俺は歯を磨いて寝ることにした。
「おやすみなさい、明日のためにゆっくり休みなさい」
「ありがとう、お母さん。おやすみなさい」
◇◆◇
次の日の試験で、俺は自分で言うのもアレだが会心の出来栄えを示すことができた。合格は間違いないし、何なら全教科満点もある。試験の内容自体簡単だから、あまり自慢にはならないかもしれないが。
その一週間後、確かに全教科満点で俺は小学校の卒業資格を取得した。かの、史上最年少で小学校の卒業資格を取得した天才君から遅れること、約5ヶ月である。
その捷報を受け、母親は大喜びしてくれた。
「エイミー、本当におめでとう。頑張っていたものね」
「ありがとう、お母さん。でもまだ早いわよ。これから中学校もあるし、まだまだその先もあるからね」
俺がそういうと、母親は溜息をつきながら苦笑した。器用だなぁ。
「そんなに急ぐことはないわよ。くれぐれも無理はしないでね」
「ありがとう。でも大丈夫よ。わたし、無理するのは嫌いだもの」
事実である。俺は無理するのは大嫌いだ。それなのに、母親は俺が冗談を言ったように受け取って「まぁ、この子ったら…」と笑い出した。解せぬ。
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