(原作コミカライズ7巻発売記念) 後日談 その1 (アレン視点) 元町人Aは元悪役令嬢と新婚旅行に出かける (第6話)
このエピソードは、本編終了後の物語になります。
ヒロインが悪役令嬢の味方に付いた場合の
本編終了後のストーリーを、お楽しみ頂けたら幸いです。
エルフの里の住人たちが総出で俺とアナを歓迎し、また祝福してくれた日の翌日、俺たちはお揃いの飛行服に身を包んでエルフの里の近隣の空港に至っていた。そこには、一部のお留守番の人たちを除いて、この里の住人たちの殆ど全員が俺たちの見送りに立ってくれている。
見送りに立ってくれるだけでなく、こっちが恐縮するくらいにお土産を沢山持たせてくれた。女性陣にはエルフの蜂蜜、国王陛下や義父上、また東部および西部の冒険者ギルドにはその蜂蜜で作った蜂蜜酒。その他にも、エルフの里でのみ採れるような果物や野菜など。他にも、エルフの里で作られた弓矢も持たせてくれた。
最後のものは、誰向けのお土産だかすぐ判ってしまいそうだが。
そのうちの一人、女王様が穏やかな微笑と共に声をかけてくれた。
「アレン様、アナスタシアさん、また数日後にここにおいで頂けるとお聞き致しました。楽しみにしておりますので、是非いらして下さいね」
「「女王様 (陛下) 、ありがとうございます。またお世話になります」」
無論他の人たちも、俺たちに惜別の声をかけてくれた。
「アレンさんも奥さんも、また来ておくれよ」
「暖かい季節にばかり来て貰ってるけど、冬のこの里も乙なもんだよ」
「アレンー、アナー、また来てねー」
そんな中、シェリルラルラさんがそっぽを向きつつ、どこかぶすくれながら言った言葉。それに俺もアナも苦笑させられた。
「ふ、ふん…あなたたち、お似合いの夫婦よね。…悔しいけど」
…昨日アナが言ってたけど、本当にシェリルラルラさんは俺を想い慕ってくれていたのか?…万一そうだったとしても、絶対に彼女の想いに応えることはできないし、またそのつもりも全くないんだけど。
「それじゃ、皆さんありがとうございました。また寄せて頂きます!」
そう言ってブイトール改に搭乗して、俺はアナと身体をベルトでしっかりと固定すると、風魔法エンジンに火を入れた。安全のために離れて貰っていた皆さんが見守る中、ブイトール改はあっという間に凄まじい高速に至り、そして離陸した、
地上から手を振ってくれるエルフたちに手を振り返し、俺たちは空に舞った。
◇◆◇
エルフの里からアルトムントまでは、大体3時間半程度のフライトだ。そんな中、ふと思ったことがあって俺はアナに声を向けた。
「ねぇ、アナ」「…?アレン、どうしたのですか?」
不思議そうに俺に声を返してくれたアナに、俺は不安と懸念を向けた。
「アルトムント郡では、水害が起こったって話だったよね?その水害の被害って、結構大きかったんじゃないかな?そうじゃなかったら、アルトムント伯爵閣下も奥方様も、俺たちの婚礼の儀を欠席なさったりしなかったよね?」
俺のその疑問に応えるは、アナの険しい声だった。
「水害の被害について、アルトムント伯爵閣下からお父様にお手紙が届いたそうです。アレンの言う通り、被害は小さくなかったようでラムズレット本領からも支援物資を送っているそうです。ただ…」「どうしたの?」
アナの険しい声に、今度は曇りが混じった。
「水害によって橋が崩れて流されたため、物資の運搬に支障が出ているそうです。そのせいで、橋の向こう側の地域に食料や医薬品が行き渡らず、飢餓や疫病の発生すら危惧されている、ということです」
俺の顔が、思わず顰んでしまった。そこまで事態が逼迫していたのであれば、エルフの里の訪問を後回しにして、先にアルトムントに向かうべきではなかったか?
そうしていれば、ブイトール改の往復によって物資を川向こうに送るなどの手段で支援のお手伝いをすることもできた筈だ。
「アナ、ごめん。そういうことだったら、先にアルトムントに行くべきだったね」
俺を後ろから抱き締めるアナの力が、より強まった。それと裏腹な、ふ、と優しく微笑む雰囲気が伝わってくる。
「アレン、大丈夫です。私たちが着けば、すぐに橋を再建できます」
そのアナの言葉は、力強い自信に満ち満ちていた。
◇◆◇
アルトムント郡の領都であるアルトムント市には、アルトムント伯爵閣下はいなかった。閣下の奥方様が恐縮しきりに言うには、やはり水害の被災地に赴いて難民の救済と復興の指揮を執っているそうである。
「折角ドラゴラント伯爵閣下と令夫人様においで頂きましたのに、夫がこのアルトムント本邸を留守に致しおりますこと、誠に申し訳なく、心よりお詫び申し上げます。言い訳に過ぎぬのですが、先の水害の被害が殊の外大きくて…」
マーガレットの端正な痩身中背について、優れた説得力を示す上品な痩身にドレスを纏った奥方様は、そう言って淑女の礼を俺とアナに向けて執った。
「奥方様、どうかそのようにお詫びなどなさらないで下さい。私どもこそ、そういう事であれば復興のお手伝いをさせて頂くべきでした」
「些かならず遅くなってしまいましたが、宜しければドラゴラント伯とわたくしに復興のお手伝いをさせて下さいまし」
奥方様の表情に浮かんだ恐縮は強まり、更に困惑が混じった。
「で…ですが、ドラゴラント伯爵閣下はラムズレット公爵閣下の娘婿でいらっしゃいますし、令夫人様は公爵閣下のご令嬢様でいらっしゃいました。そのような方々に復興をお手伝いして頂くのはあまりに畏れ多く…」
それを受けてアナが浮かべた穏やかな微笑は、本当に愛らしくて美しい。うん、やっぱり俺の奥さんは三千世界一可愛くて美しい。異論は認めない。
「どうかご遠慮はご無用に願います。アルトムント伯爵閣下も、わたくしの夫のドラゴラント伯も、ラムズレットの寄子です。ラムズレットの筆頭寄子たるお方に対し失礼とは存じますが、寄子仲間が困っているときに助けるのもまた、貴族たる者の責務。どうか、わたくしどもに復興のお手伝いをさせて下さいまし」
奥方様は、その表情に更に感謝の色を浮かべて淑女の礼を執った。
「そういうことでございましたら、是非お願い申し上げます。ドラゴラント伯爵閣下、令夫人様、この度のご厚意、篤くお礼申し上げます」
奥方様に対し、俺とアナは騎士の礼を執って返礼した。…何故騎士の礼かって?
お貴族様の一員になった俺が王族の方々以外に臣下の礼を執るのは変だし、アナは今はズボンを履いた冒険者風の姿をしていたからね。淑女の礼は執れないよ。
◇◆◇
水害の被害が一番酷かった場所は、アルトムント市から馬車だと何時間もかかる場所だと、伯爵閣下の奥方様が教えてくれた。…まぁそんな程度の距離、ブイトール改を使えばものの数分で着くけどね。
暫くフライトしていると、大きな河川が見えてきた。その流域は、水害の蹂躙に見舞われたようでかなりの荒廃を見せている。その中でも、幹線道路に架かっていた何本もの橋が水害によって壊され、流されてしまっている様相が見て取れた。
それぞれの橋が架かっていた場所に、多くの人たちが集まっている。その中の最も大きな集団、アルトムント伯爵閣下がいる場所の近くに俺たちは着陸した。
「おお、ドラゴラント伯爵殿に令夫人殿!よくこそ来てくれた!早速歓待させて頂きたいところだが…申し訳ない、この現状ではそういう訳にも行かなくてな」
心からの慚愧の念を言葉に示してくれたアルトムント伯爵閣下に対し、俺とアナはさっき伯爵閣下の奥方様に対して執ったのと同様の騎士の礼を執る。
「こちらこそ、閣下のご領地が奇禍に見舞われている最中に真っ先に復興のお手伝いに伺いませず、まこと不敏にございました。謹んで、お詫び申し上げます」
「せめてもの謝罪の意と致しまして、微力ではございますが水害によって毀たれたる橋を、臨時的なものではございますが再建させて頂きます。その橋を土台として、より堅牢頑丈な橋をお築き下さいますよう、お願い申し上げます」
そのアナの言葉に対して、アルトムント伯爵閣下は首を傾げた。俺も首を傾げた。
一体、アナはどうやってその『臨時的な橋』を再建するつもりなのだろう?…と、アナは橋が架かっていた跡地に立ち、何か両手に魔力を集め出した。…何か、魔法でも発動すると言うことなのだろうか?
呟くようにぶつぶつと呪文を詠唱するアナの小声に微かに耳を傾け。俺は納得した。…成程ね。そういうことなのか。
「…全てを凍てつかしめる氷は、水によりて別たれたる地を繋ぐ絆なり。…我が聖なる氷よ、アナスタシア・クライネル・フォン・ドラゴラントの名に於いて命ず。そなたの力もて、引き裂かれたる地を繋ぐ橋を架けよ。…聖氷架橋…!」
…と!瞬く間に、河川の上に堅牢な氷の橋が築き上げられた!!
つまりアナは、 “氷の聖女” の独占的スキルである『聖氷魔法』によって、橋が毀たれて流されてしまった河川の上に、氷の橋を架けたのだ。そしてその原材料である氷は『聖なる力を宿した氷』であるため、ちょっとやそっとのことで融けたりそれによって作られた橋が壊れたりすることはまずない。
その様子を眼前で見たアルトムント伯爵閣下が、驚喜と疑問の声をアナに向けた。
「令夫人殿…瞬く間に橋を架けて頂いたこと、心からお礼申し上げる!!…だが、今貴女が橋を架ける際に使った魔法、あれは一体どういうものなのかね?」
「…あ…それは、氷魔法の応用でございます。故に、火の気がございましたら融けることもございます。どうか、そのことをご記憶下さいまし」
…そういうことにしておくべきだろうな。アナが “氷の聖女” の加護を授かった聖女であることがバレた日には、どうなることやら知れたものじゃねぇ。
「あと、何分氷の橋でございます。これからの季節は、夏に差し掛かります。故に、長くは保たぬものと思し召し頂き、可及的速やかに正式の橋をお架け下さいますよう、この通りお願い申し上げる次第にございます」
そう言ってもう一度、アナは騎士の礼を執った。
「心得た。…それにしても令夫人殿、幾重にもお礼申し上げる!これで、川向うにも支援物資を届けることが叶いますからな!」
そこに現れたのは、一見頼りなげな雰囲気を持った若い―と言っても、俺やアナよりかは年長のようだ―官吏と、背が低く旅塵に汚れた中年の男。…と言っても、その手はごつごつと頼もしく節くれ立っている。
更には、彼が醸し出す雰囲気は一つ事に通暁した自信に満ちたものだった。
「おお、クリークか。いい所に来た。ドラゴラント伯の令夫人殿が、氷魔法で臨時の橋を架けてくれた。早速、ドミンゴ卿に新しく頑丈な橋を架けて頂いてくれ」
「は、はい。では、ドミンゴ卿、お願い致します」
若い官吏の名前はクリーク、そして中年の男はドミンゴというのか。そして、ドミンゴは建築家か土建業者か、そういった仕事をしているんだろう。
「あいよ。伯爵閣下、オフレアン男爵様、確かに承ったぜ。ちょっとやそっとじゃ壊れねぇ橋を、確かに架けてやるから安心してくれ」
そう言うとドミンゴはアナが架けた氷の橋を、何思いけんいきなり金槌で叩いた。
「ど、ドミンゴ卿!?」「ドミンゴ卿、いきなり何をなさるのですか!?」
伯爵閣下とクリークという若い官吏―どうやら、オフレアン男爵という貴族の一員らしい―は驚愕の声を発した。…そりゃそうだ、俺だって驚いたもの。
一方で、この橋を架けたアナは一片の動揺も示していない。
「…こいつは驚いた。普通、氷は叩けば砕けるもんだが、この氷の橋はびくともしねぇ。お嬢さん、この橋はあんたが氷魔法で架けたようだが、この氷はどんな魔法細工を施してあるんだ?よかったら、教えてくれねぇか?」
それに対するアナの返答は、少しからずむっ、としたものを内包していた。
「ドミンゴ卿…と仰いましたね。わたくしは、未婚ではありません。この、ドラゴラント伯アレンが妻、アナスタシア・クライネル・フォン・ドラゴラントにございます。どうか、お見知りおき下さいませ」
それを聞いたドミンゴは苦笑した。確かに、既婚女性に対してお嬢さん呼ばわりはない。かなりの失礼に当たる。
「そうかい。そりゃぁ、失礼した。で奥方様、こいつの魔法細工だが…」
「申し訳ございません。それは、企業秘密と言うことでお許し下さいまし」
企業秘密。その言葉を聞いて、ドミンゴは豪快に笑った。
「企業秘密ならしょうがねぇな。俺だって、人様に言えねぇ芸の二つ三つはある」
その、何処かで聞いたことがあるような会話をアナと交わした後、ドミンゴはアナが架けた氷の橋を足場にして早速作業に取り掛かった。
◇◆◇
ドミンゴが新しく橋を架ける作業に取り掛かっている間も、アナは聖氷魔法を駆使して等間隔に氷の橋を架けていった。これらを足場にして、ドミンゴや彼の指示を受けた者たちが新しく橋を架けていくのである。
やがて全て橋を架け終えたアナに、俺はポーション瓶を渡した。
「アナ、お疲れ様。大分魔力も消耗したでしょ?はい、どうぞ」
このポーション瓶の中には、魔力回復用の魔力水が入っている。エイミーが差し入れてくれた、『癒しの姫御子』謹製の魔力水だ。
「ありがとうございます」と俺に礼を言ってくれて、アナはポーション瓶の飲み口を薄桃色の唇に当て、魔力水を飲み干した。
「…これは…!!」…かつて俺が感じた驚愕を、アナも感じたようだった。
「…本当に、素晴らしい魔力回復力ですね。殆ど枯渇していた私の魔力が、これ一本で全回復しました。これほどの魔力水をいとも容易く作ることができるとは…」
「やっぱり、エイミー様は素晴らしいヒーラーだよね」
「アレンの言う通りです。…彼女の行動はあの通り、少し、いやかなり、いや甚だ、いやこの上なく奇矯ですが」
それを言っちゃぁかわいそうだよ。…まぁ事実だけどさ。
「それに、彼女のお蔭で得られた “氷の聖女” の力で、私は今回人助けをすることができました。本当に、エイミー女史様様ですね」
…アナは与り知らぬ事情について、俺も全く同じことを考えていた。…エイミーがあの運命を厭い嫌い、悪役令嬢の救済と幸福を願ってくれて、運命に背反した行動を取ってくれたから、俺は今このように幸せを噛み締めることができるのだ。
全く以てエイミー様様だ。…否、それだけじゃない。嘗て俺は、エイミーの意図を誤解して、彼女に辛く当たってしまっていた時期があったのだ。
後にその事を謝罪した俺に対し、彼女は『当時、アレンさんがわたしの行動について誤解したのもやむを得ないことですから、謝罪なんてしないで下さい。寧ろ、その様にアレンさんが考えたのは、わたしの浅慮に起因することだったんです』とまで言って、エイミーは俺に謝罪すらしてくれたのだ。
…それら諸々の事を考えたら、俺は彼女に足を向けて寝られないよ。
原作の後日談で出てきた建築家にも、出演して貰いました。
また、聖氷魔法を建築に駆使するという選択肢も
ありではないかと思いついて、このエピを執筆致しました。
シベリアの方では、冬場には川が凍り付いて
その上を車が走れるほどだそうですから。
そして、元悪役令嬢が聖氷魔法を活用して土建屋家業に勤しむと…
…ご想像下さい、元悪役令嬢が扇子を使いながら
「よっしゃよっしゃ」と、ラムズレット領民の陳情を聞く姿を…
…一周回って面白いかもしれませんね…
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