第22話 ヒロインは亡師のお墓参りをする (中編)
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
馬車を降りたところに、立派な墓所の門があった。ヨハネスさんとわたし、そしてお母さんはその門をくぐり、歩を奥の方に進めた。身分の高い者のお墓は、墓所の奥まった場所に設置されるのだ。
その最も奥まった場所、深い森を背負ってそれはあった。
「これのようでござんすね」
ヨハネスさんが示してくれた墓石には、こう刻まれている。
『治癒の賢者、レオンハルト・フォン・バインツここに眠る』
墓石はピカピカに磨き上げられ、その周囲には一本の雑草もない。墓守さんが、丁寧に閣下のお墓を管理してくれているのだ。そして、お墓の前にはお供えの花束やポーション類が所狭しと並べられている。治癒魔法の第一人者として尊崇と敬慕を一身に集めていた閣下のお墓をお参りする人は、たくさんいるということだ。
「まずは、奥方様からお済ませ下さい」
ヨハネスさんが、お母さんにそう言った。
「宜しいのですか?」
そのお母さんの問いに、ヨハネスさんのしんみりした声が応える。
「あっしもエイミー様も、きっと長くなりやすから」
◇◆◇
お母さんは、ヨハネスさんに頭を下げてお礼を言った。
「ありがとうございます。では、お先にご無礼させて頂きます」
お母さんはお供えの花束を携えて墓前に進んだ。
「バインツ侯爵閣下、閣下のご生前には愚女がお世話になり、誠にありがとうございました。これからも、エイミーのことをお見守り下さいませ」
そう言って墓前に花束を置き、数歩下がって美しいカーテシーの礼を取る。その後でわたしとヨハネスさんに声をかけた。
「ヨハネス様、エイミー、お先にご無礼させて頂きました」
「奥方様、ご丁寧なご挨拶痛み入りやす」
次はわたしの番だ。大トリは、閣下の幼馴染にして終生の親友であったヨハネスさんであるべきだ。そう言って前に進もうとすると。
ヨハネスさんの巨躯に進路を阻まれた。
「ヨハネスさん、先にお参りさせて下さい」
「いや、あっしに先にお参りさせて下さい」
如何にヨハネスさんであろうとも、これは譲るべきにはいかない。
「大トリは、閣下の幼馴染で親友だったヨハネスさんが努めるべきです」
「いや、そいつぁ治癒の賢者の最後の愛弟子だったエイミー様でしょう」
「ヨハネスさんです」「いや、エイミー様だ」…そのやり取りが何度か続いた後、不意にヨハネスさんがふっ、と顔を笑ませた。
「ヨハネス様、如何なさいましたか?」
お母さんが問うと、いかにもおかしそうにヨハネスさんがそれに応えた。
「いえね奥方様、さっきみてぇな言い合いを、生前のレオンの奴―バインツ侯爵閣下としょっちゅうやってたな、と思い出しやして…あ、エイミー様、こん畜生!」
お母さんとヨハネスさんのやり取りの隙をついてわたしは閣下の墓前に陣取った。それほどの間柄だったら、なおさら大トリはヨハネスさんが務めるべきだろう。
きっと、2人は飲み屋で酒を飲んだ時の支払いも「ここは私が持つ」「いや、俺に持たせろ」と、口論を繰り広げていたのだ。
「…しょうがねぇな。エイミー様、貸しイチですぜ」
「ヨハネスさんからの借りは怖いですね」
わたしが軽口を叩くと、ヨハネスさんがにやりとして言った。
「あっしの切り取りはきついですぜ。少しでも返済が滞ったら、ケツの毛まで毟ってやりやす。お覚悟なせぇよ」「ちゃんと返しますよ」
そう言ってわたしは閣下の墓前に向き直った。予てより用意しておいたお供えの花束を、お母さんが置いた花束の横に置き、墓前に跪いて手を合わせる。
「閣下、ご生前は本当にありがとうございました。閣下がヴァルハラに旅立たれた後も、不肖なれど、閣下の弟子エイミー・フォン・ブレイエスは日々鍛錬に励んでおります。どうか、極楽浄土にてわたしの精進をお見守り下さい」
◇◆◇
この世界の宗教観は、はっきり言って結構めちゃくちゃだ。死者が赴く世界の名称も、天国、極楽浄土、泉下、ヴァルハラ、冥土、パライソなどなど、実に雑多である。それを同一人物がその時の気分で使いたい言葉を使って表すのだから、余計に収集がつかない。
尤も、悪事を働いた人間が死後に赴く先は地獄である、それだけは変わらない。
これは、セントラーレン王国国教会が非常にアバウトな教義しか持っていないことに起因する。曰く、「亡くなった人はちゃんと弔いましょう」「高い徳を持つ聖者や聖女を敬いましょう」「悪いことをしたら死後に地獄に落ちて長いこと苦しむハメに陥るので、悪いことはしないようにしましょう」このくらいである。
というか、もともとこの世界は乙女ゲーの世界、それも元旦には神社に初詣に行き、お葬式でお坊さんにお経を上げてもらい、結婚式を教会で上げて神父さんに新郎新婦の愛を確認してもらい、家族や友達とクリスマスパーティーを開く日本で開発された乙女ゲーの世界である。宗教観がめちゃくちゃでも不思議ではない。
◇◆◇
それはさておき、わたしはジャケットの内ポケットに入れていたポーション瓶を取り出した。そこには、貧弱な氷魔法で作り、ちまちまと貯めた水が入っている。それに浄化魔法と消毒魔法を施し、最後にA級治癒魔法の高速発動に必要な魔力を2回分程度ぶち込んだのだ。今や、わたしの魔力はA級の高速発動2、30回程度ではびくともしない程度に強化されている。 ”逆加護” チートによる魔力増強の賜物だ。
水を浄化・消毒した上で強大な魔力を持つ魔術師やヒーラーが自身の魔力をその中に注入したものを『魔力水』という。魔力水の用途は多岐に亘るが、魔力の回復薬として用いるのが最もポピュラーな用途である。
わたしは閣下へのお供えに、この自分で作った魔力水を選んだ。せっかく ”逆加護” チートで魔力を飛躍的に伸ばせたのだから、その “逆加護” チートの産物である水で魔力水を作って、それを閣下へのお供えにしようと思ったのである。
魔力水の味自体はポーションほど不味くない−要はただの水で味はない−上に、作成者の魔力にもよるが、ポーションより魔力回復効果は遥かに高いため、魔力水はポーションより遥かに高値で取引されている。わたしの作ったこの魔力水であれば、大体ポーション200本くらいの値段がつく。
え?めちゃくちゃ高いって?とんでもない。こんなもん、過去に高値がついた魔力水に比べれば安いものだ。『炎の女帝』と呼ばれた炎魔法の大魔術師、『氷の暴君』と呼ばれた氷魔法の一大泰斗、『風の法王』と呼ばれた風魔法の一大権威が作った魔力水であれば、その値段は一国の国家予算にも匹敵する。
え?『治癒の賢者』の魔力水の値段?身贔屓入ってるの自覚してる上で言っていい?多分値段つかない。魔力回復量が大きすぎて。価値が高すぎて。
◇◆◇
「もう一つ、お供えに魔力水を持ってきました。わたしも、閣下と同じように ”逆加護” を授かってたんです。閣下は風魔法の ”逆加護” を授かっておられたんですね。わたしは氷魔法でした。閣下が見つけて下さったこの “逆加護” のおかげで、魔力が飛躍的に伸びたんです。おかげで、この魔力水を作ることができました。生まれて初めて作った魔力水です。閣下にとっては取るに足らない魔力量ですけど、お納め下さったら嬉しいです」
その魔力水を、数多のポーションの横に置いた。数歩後退って、腰を120度ほど折って最敬礼する。閣下には、このようにご挨拶するようにしたのだ。
「今日はこれでご無礼致します。またお邪魔させて頂きますね」
待ってくれていたヨハネスさんにお礼を言った。
「ありがとうございました、ヨハネスさん。お先に失礼させて頂きました」
「エイミー様、貸しイチですぜ」
…ヨハネスさん、それさっき確認しました。
お墓参りのシーンはH. v. カラヤン指揮の
モツレクを聴きながら執筆致しました。
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