第21話 ヒロインは亡師のお墓参りをする (前編)
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
「ふぅん…別にいいんじゃねぇですかい?」
ギルド長室で、執務机の上に胡座をかいていたヨハネスさんは、わたしの悩みを聞いてこともなげに答えを返した。行儀悪いですよ、ヨハネスさん。
「その、レオンの野郎が確立した “逆加護” とやらを活用して、エイミー様が魔力を増強なさったってちっとも構やしねぇ、あっしはそう思いやすよ」
「でも、それじゃぁ!」
声が高くなったわたしを、ヨハネスさんは大きな掌を翳して制した。
「エイミー様、確かにあいつはその “逆加護” を使わずにS級治癒魔法を高速発動できるほどの魔力を身につけた、そのこたぁ事実です。ですが、効率的に魔力を身に付けることができるってぇのにやらねぇのは、ただの回り道でさぁ」
ヨハネスさんは「どっこいしょ」と執務机から飛び降りて、その横に飾られていた剣のグリップを握った。ヨハネスさんが冒険者の頃に使っていた愛剣なのだろう。
「エイミー様、あっしの爺様の爺様のそのまた…と想像もつかねぇ大昔には、こんな剣なんざなかった。じゃぁ、この剣を使って魔物を倒したり、盗賊どもを殺すのは卑怯ですかい?」
それはない。わたしは首を横に振って否定の意を示した。
「でしょう?昔っから、人間って奴ぁいろんな道具を発明して、開発して、後世のもんはそれを活用して、さらに改善して生きてきた。魔法理論だって同じでさぁね。そして、新しくそういう道具や魔法理論を発明したり開発したりした奴が偉人って呼ばれるんでさ」
ヨハネスさんは靴を脱ぐこともなく、もう一度執務机に上がって胡座をかいた。…だから、行儀悪いですってば。
「レオンの野郎も、そういう意味では立派な偉人でさ。だったら、エイミー様だって偉人の確立した魔法理論を活用して魔力を増強なさったらいいんです」
ヨハネスさんの、厳ついが慈愛に満ちた視線がわたしを見据える。
「それに、あいつがこうやって本に書いた、ってこたぁ、ガンガン世の中でその “逆加護”を使って欲しいって、あいつがそう言ってるんですよ。それが嫌だったら本に書きゃしやせん。でも、てめぇが必死こいて確立したもんをてめぇの頭で考えようとしねぇ奴らに教えたくねぇから、『どういういいことがあるかてめぇで考えやがれ』って書いたんでさ」
そこで、ヨハネスさんはニカっと笑った。
「エイミー様は、ご自身でそれに気づきなさった。その “逆加護” とやらを使う資格は十二分以上にありまさぁね。遠慮することなく、レオンの野郎の遺産を活用して、魔力を増強してやって下さい。それが、多分あいつも本望ですぜ」
ヨハネスさんに力強く励まして貰ったような気がして、わたしも笑顔になった。
「そうですね…ヨハネスさん、ありがとうございます!」
「お気になさらなくたっていいですぜ。若いもんが悩んでる時に相談に乗るのは、年寄りの仕事でさ。いつでも悩みがあったら、相談しに来て下さい。しかし…」
そこまで言って、ヨハネスさんは似合わない含み笑いをした。
「レオンの野郎、いつも冷静なツラしてやがると思ってたけど、普通の人間らしいところもあるんですねぇ…『腐って滅んで死んじまえ!』って…プッ…ククッ…」
「ほんとですね…そんなこと、絶対に仰らない方だと思ってたから…ププッ…」
そこで、先ほど読んでいた論文の内容の1センテンスをふと思い出した。途端に笑いが掻き消え、不快な怒りが心中に湧き起こる。その様子に不審を抱いたヨハネスさんが、怪訝そうな声をわたしに向けた。
「エイミー様、どうなさいやした?」
苦い怒りを吐き出すように、わたしは口を歪めた。ヒロインのする顔ではない。
「…ヨハネスさん、閣下のことを『治癒は神だが風はゴミ』とかほざき腐りやがった奴がいるそうです。そいつの姓名が判明したら、わたしそいつに手袋をぶつけてやりたいんで、共闘して頂いていいですか?」
ヨハネスさんの顔からも笑いが消え、頬が引き攣って獰猛な歯が剥き出しになる。
「…エイミー様、もちろんでさぁ。…あっしだけじゃなくって、男爵様にもお声をおかけになられたらいかがです?」
「…いいですね、それ。お父様にお願いしておきます。…妄言の報い、身命で贖わせてやりましょう」
わたしは片頬を引き攣らせた、『魔女の嗤い』を口元に浮かべた。やっぱりヒロインのする顔ではなかった。
◇◆◇
閣下は、若い頃は「風」という単語も見たくなかったと、論文に書いておられた。
わたしは、別に氷は嫌いではない。確かに氷魔法に対する “逆加護” はあるが、だからと言って氷が嫌になるわけではない。何か、氷のせいで酷い目に遭わされたことがあるような記憶、声が出せなくなるようにされてしまったような記憶があるのだが、エイミーとしての人生の中でも前世でもそんな目に遭ったことはないので多分気のせいだろう。
おそらく、それは閣下とわたしの目標とする終着点の違いに起因するのだろう。わたしは、あくまでも『ヒーラーとして』人類史上極北の存在を極めたいのであり、魔法学者になりたいわけではない。片や、閣下はヒーラーとして既に名声を得ておられたが、それにはとどまらず魔法学者としてもご自身の名を後世に残したい、と思っておられたのだろう。
そのためには宮廷魔術師団に入り、そこで魔法学の研究を進めるのが王道である。そのための最大最悪の障壁となってしまった風魔法が、閣下は憎くてならなかったのだ。『風魔法なんざ、腐って滅んで死んじまえ!』という、閣下らしくもない悪罵が、それを如実に証明している。
わたしは急に、閣下と言葉を交わしたくなった。もとより、既に泉下に旅立ってしまわれた閣下と、直接言葉を交わすことはできない。でも、閣下の魂が宿っておられた肉体が眠っている場所に行けば、閣下のお言葉が聞けるかもしれない。
「それ幻聴や」とか言うた奴、後で屋上な。
◇◆◇
閣下のお墓参りに行きたい、とヨハネスさんに言うと、ヨハネスさんは「じゃぁあっしも一緒に行かせて下さい」と言ってくれた。ヨハネスさんとわたしの都合をより合わせ、ちょうど都合のいい日時を決めておく。
閣下のお墓参りに行く日時をお母さんに伝えると、「エイミーがお世話になったお方にご挨拶しなくちゃね」と、同道することを申し出てくれた。わたしには異議はないし、ヨハネスさんも賛成してくれた。
お父様は宮廷でのお仕事があるとかで行けず、残念がっていた。なんでも、剣士団の部隊長のお仕事があるらしい。それを聞いてわたしも残念に思ったが、少し安心した。だって、お父様とお母さんが…その、ねぇ、閣下の墓前でああなってしまったら反応に困る。
閣下のお墓参りの前日、お母さんは「お弁当とクッキーを持っていかなくちゃね」とうきうきと台所に立っていた。…ピクニックと勘違いしてない?
その夜、いつもの通りに貧弱な氷を氷魔法で作り、それをコップに貯めておくとそれらはすぐに溶けて水になってしまう。最初は眼鏡のレンズを拭くにも足りない量の水にしかならなかったが、最近では口を湿らせる程度の量は作ることができるようになってきた。
閣下のお墓参りに行くことを決めてから、わたしは貧弱な氷魔法で作った水を貯めている。ある目的のためだ。
そのままベッドに横たわり、E級治癒魔法を無駄打ちしていると意識の切れ目が訪れ、わたしはそのまま眠りに陥った。
夢の中で、誰かの声が聞こえた気がした。冷静な、しかして優しく穏やかな声。「待っているよ」と聞こえたような気が…
◇◆◇
翌朝、ギルドで使っている馬車がブレイエス男爵邸に着き、それにわたしとお母さんが乗り込んだ。目的地は言うに及ばず、レオンハルト・フォン・バインツ侯爵閣下の肉体が眠るお墓である。
ブレイエス男爵邸から、閣下のお墓までは馬車で2時間ほど。変わらず、僅かの隙もない凛然たるメイド服に身を包んだお母さんは、ヨハネスさんにお礼を言った。
「ヨハネス様には、いつもエイミーがお世話になっております。今日は、エイミーのお師匠様にあたられるお方のお墓参り、とお伺い致しました」
「いや、エイミー様にお世話になってるのはこっちでさ。…つかぬことをお伺い致しやすが、なんで奥方様はいつもメイド服でいなさるんですかい?」
ヨハネスさんが予てからの疑問をお母さんに向けると、お母さんは苦笑した。
「まだ、ブレイエスの先妻様が亡くなられたほとぼりが覚めていないのです。先妻様のご実家との関係もあるとかで…だから、今の私の立場はエイミーのお付きのメイド、ということに表向きはなっております」
お母さんのその返答に、ヨハネスさんも苦笑した。
「そうなんですかい。お貴族様も大変ですねぇ。男爵様もちゃっちゃと奥方様を正妻にお迎えなさりてぇでしょうに…」
そんなことを話していると、いつしか馬車がその進みを止めた。御者を買って出てくれた冒険者の人が、馬車の中に声をかける。
「着きましたぜ、奥方様、エイミー様、ギルド長」
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