第19話 ヒロインはチートを使って魔力の増強に務める
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
バインツ侯爵閣下に師事していたときの、治癒魔法や魔力増強における無茶振りに対応するよりも苦労して氷魔法のスキルを取得したわたしは、その夜家に帰って夕食と入浴を済ませたあと自室のベッドに潜り込み、外していた眼鏡のレンズに指をつけて6回E級氷魔法 (つまり氷魔法における初級魔法) を発動した。
結果6つ発生した貧弱な氷は、瞬く間にレンズの上で溶けて水になってしまった。
氷が溶けたのを確認したわたしは、その水をレンズ拭き用の特殊な布で丁寧に拭った。その上で眼鏡を枕元の棚に丁寧に置く。フラフラする頭を枕の上に置いてベッドの上に横たわると、そのままの姿勢でE級治癒魔法を自身にかけ続けた。
程なく意識の切れ目がきて、わたしは眠りに就いた。おやすみなさい。
◇◆◇
次の日の朝、わたしの目覚めは素晴らしく爽快だった。気力は満身に横溢し、魔力も完全に回復したばかりでなく昨夜寝る前よりも大きく強化されたことが判る。A級治癒魔法の高速発動をやったときとは大違いだ。あの時は、翌朝碌に起き上がれなかったからなぁ…
わたしはベッドの上に立ち上がり、ガッツポーズをとって叫んだ。
「ビンゴォ!!」
やっぱりそうだ。わたしが氷魔法の修得にあれほど苦労した、そして氷魔法を発動するのに莫大な魔力を消費する、そして氷魔法の威力が呆れるほど貧弱な理由は判らない。だが、その苦労は報われた。それも、今のわたしにとって最高の形で。
この調子で寝る直前にベッドの上で横になって、貧弱な、しかし莫大な魔力消費を必要とする氷魔法を10回弱ほども発動させ、あとは意識が落ちるまでE級治癒魔法を自身にかけ続けていれば、容易に魔力枯渇からの超回復による魔力強化ができる。それも、決して心身に負担をかけることなく。
素晴らしい。この世界には、チートなんてないって思ってたけど、このわたしの貧弱極まりない氷魔法のスキルはまさしくチートだ。
実に爽快な気分で眼鏡をかけ、スリッパを履いて階段を降り、食堂の扉を開けてわたしは元気よく挨拶した。
「お父様、お母さん、おはようございます!」
◇◆◇
…わたしの予測に反して、食堂では重苦しい雰囲気が流れていた。お父様は腕を組んで目を瞑り、お父様の傍らに立つ、一分の隙さえもないメイド服に身を包んだお母さんは手にしたナイフに手指を添え、口の端には歪んだ笑みを浮かべ、何やらぶつぶつと呟いている。その呟きは徐々に言語の形を成し、そしてこう聞こえた。
「ふふふ…エイミーを泣かせるなんて…許さない…絶対にぜったいにゼッタイニユルサナイ…!」
…本当にこう聞こえたんです!お母さん、怖い!
…そして、食堂の中央を占める大きなテーブル、お父様とお母さんの真向かいに座するヨハネスさんが、お父様と同様に腕組みして目を瞑っている。
…何この異様な雰囲気。わたし何か変なことしました?
「…エイミー様…うちのギルドに、エイミー様を泣かせるような太ぇ奴がいやがったってぇのは本当ですかい?」
なぜバレたし。わたしは何も言っとらんぞ。
「ヨハネスさん、共闘をお願いしたい。シュザンナ、手袋を用意しておいてくれ」
昨日の野次馬の冗談がマヂになってやがる!
「男爵様、もちろんでごぜぇやす。お預かりした大事なお嬢様を泣かせるような真似をしちまって、お詫びのしようもござんせん」
「ジークフリード様、畏まりました。私も、共闘させて下さいまし」
お母さん!あなた、荒事の経験ないのに共闘しちゃダメでしょ!冒険者ギルドに登録はしてるけど!それと、ヨハネスさんもお父様と共闘しちゃダメ!立会人がいなくなっちゃう!
…って、問題はそこじゃねぇだろ!あほかわたしはあああぁぁぁぁッ!!
「もちろんだ。シュザンナ、止めは君に譲ろう」
「ありがとうございます。ジークフリード様のお優しさに、心から感謝致します」
「気にしなくてもいい。君とエイミーのために戦うのは、私の務めだ」
「…ジークフリード様…!」
「…シュザンナ…!」
がたっ、と音を立ててお父様は椅子から立ち上がり、お母さんを抱き締めた。お母さんもそれに応えてお父様の背に手をやる。…あ、また始まった。よし、これで二人は大丈夫だな。
その光景を目の当たりにさせられたヨハネスさんが瞬く間に毒気を抜かれるのをいいことに、わたしはヨハネスさんに一言言いおいて食堂を出た。今にして思えば、ネグリジェのままで髪も整えず、お客様の前に出るなど貴族令嬢にもヒロインにもあるまじき所業だ。だって、ヨハネスさんが来てたなんて知らんかったんだもん、しょうがないじゃねぇか。
「ヨハネスさん、わたし着替えて参ります。少しお待ち下さいね」
◇◆◇
服を替え、メイドさんに髪を整えてもらって食堂に戻ると、いつからかお父様とお母さんは固く抱きしめ合い、ベーゼすら交わしていた。…まさかとは思うが…あんたら、舌絡めてねぇだろうな?
それを見ているヨハネスさんの目からは、ハイライトが消えている。失礼とは思ったが、わたしはヨハネスさんの耳元で大声を出した。
「ヨハネスさん、ギルドに行きましょう!」
その大声を聞いたヨハネスさんははっ、と目に光を戻し、お父様とお母さんはぎょっとして離れた。
「お父様、お母さん、行って参ります」
「あ、ああ、い、行っておいで、エイミー」
「え、エイミー、い、行ってらっしゃい」
◇◆◇
「なるほどねぇ、そういう事情でしたか」
冒険者ギルドに向かう馬車の中で、わたしはヨハネスさんに事情を説明した。
「わたしに氷魔法を教えてくれた人を責めないであげて下さいね。悪いのは、物覚えの悪いわたしなんです」
ヨハネスさんはふん、と荒く鼻息をついた。
「それはそれ、これはこれでさぁ。普段エイミー様にケガを治癒して頂いてるのに、氷魔法の覚えが悪いぐれぇでイラつくなんざ、見識不足にも程がある。恩を仇で返すにも等しい所業ですぜ」
いや、一生懸命教えてるのに、ちっとも出来なかったらわたしだったら下手したらブチ切れる。イライラするのは当たり前です。だから、怒らないであげて下さい。
「あいつにはちゃんとヤキ入れておきやすんで。エイミー様も、あっしに免じて水に流してやって下さい」
だから、悪いのはわたしなんだってば!人の話を聞けえええぇぇぇぇッ!!
◇◆◇
ギルドに着いた途端、ヨハネスさんはえらい剣幕で昨日わたしに氷魔法を教えてくれた人を引きずってきた。
「おめぇ、たかが氷魔法の覚えが悪いくれぇでエイミー様を泣かせやがったそうだな、普段エイミー様にはさんざお世話になってるってのに、恩を仇で返すような真似しやがって、この野郎!」
ヨハネスさんの巨巌のような拳骨を頭部に浴びせられた彼は、反省と恐縮の権化と化してわたしにペコペコと頭を下げた。
「へ、へい、エイミー様、この通りです。許して下さい、本当にごめんなさい!」
「そ、そんな、気にしないで下さい、あれは、物覚えが悪いわたしが一番悪いんですから、わたしこそ、本当にごめんなさい!」
そこに割って入ったヨハネスさん。
「エイミー様は本当にお優しいですね、まるで聖女のようなお方でさぁ」
違います、聖女なんかじゃありません、少し治癒魔法に覚えがあるだけでイキり腐ってる、氷魔法に関しては完全無欠の、どこに出しても恥ずかしい劣等生です!
「おめぇ、こんな聖女みてぇなお方を泣かせやがったんだぞ、この野郎!」
わたしの心情に構うことなく、ヨハネスさんはもう一発巨巌の拳骨を彼にくれた。
「い、イテッ、エイミー様、本当にごめんなさい、許して下さい!」
…本当にごめんなさい。お詫びに、今度あなたがケガをしたら、治癒魔法を強めに発動させてもらいます。
◇◆◇
「はあぁ、疲れた…でも、何でこんなにわたしは氷魔法の適性がないんだろ…」
騒動とその日のケガ人の治癒が一段落し、お母さんが用意してくれたお弁当をぱくつきながらわたしは考えていた。朝からドタバタして朝ご飯を食べられなくてお腹がペコペコなため、本当に美味しい。空腹は究極至高の調味料である。あ、もちろん、お母さんのお料理そのものも美味しいんだけどね。
今、わたしはヨハネスさんがあつらえてくれたわたしの私室、通称『治癒室』にいる。椅子が3脚と、机とベッドが1台ずつあるだけの質素な部屋だが、部屋のぐるりを本棚が取り囲んでおり、しかもその本棚はびっしりと書籍で埋まっていた。言うまでもなく、バインツ侯爵閣下がわたしに託して下さった蔵書である。
この部屋は、閣下が薨去されてからまもなく、「”癒し” の加護をお持ちで、しかも『治癒の賢者』に認められたほどのお方なら、ギルドに私室ぐれぇ置いてもいいでしょう」と言って、ヨハネスさんが冒険者の皆さんや、それでも足りないときには近所の大工さんにもお願いしてこさえてくれたものだ。
本当にありがたい。感謝をお伝えしている途中で感極まって涙を流してしまい、皆さんを慌てさせてしまった。
治癒が必要な患者にはここに入室してもらい、椅子に座ってもらって治癒する。重傷者はベッドに寝かせるが、幸いにしてこれまでベッドが使われたことはない。
「閣下なら、何か書き遺しておられるかもしれないな…」
そう一人ごちて立ち上がった。適性といえば、その最たるものは加護である。加護について記載された書籍が集中して陳列されている本棚から1冊取り出し、それを机に置いて読み始めた。
そこで、わたしは驚愕の事実を知ることになる。
「弱点も使いようによっては武器になる」
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