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第15話 ヒロインは治癒の賢者との永訣を悲しむ

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

「うっ、ひぐっ、えぐっ…」


冒険者ギルドからブレイエス男爵邸への帰りの馬車の中で、わたしは嗚咽を漏らしながら滂沱の涙を流し続けていた。眼鏡は傍らに置いている。ハンカチをぐっしょりと濡らしてなお、涙が止まることはない。


レオンハルト・フォン・バインツ閣下の余命はあと3ヶ月。3ヶ月も経てば、閣下は逝ってしまわれる。


閣下と初めてお会いしてからの期間は、本当に短い。せいぜい2か月といったところだ。だが、その短い期間に閣下がわたしに与えて下さったイメージは、閣下が教えて下さった、ハイレベルで知的好奇心を強烈に刺激してくれる知識や理論とともにわたしの中に鮮烈に残って、わたしが死ぬまで決して消えることはないだろう。


初めて閣下とお会いしたときの、優雅で威厳に満ち満ちたお姿。

閣下の指導をお受けするための試験内容が、わたしの心身に与えた激烈な負担。

試験途中で魔力が尽きた時、わたしを抱きかかえて下さった姿の頼もしさ。

試験合格を伝えて下さった時に漏らされた、ぶっとびすぎている感覚。

指導のない日に、いともたやすく出されるえげつない難易度の課題。

その課題をクリアした時の、「できて当然だ」とでも仰りたげなそっけない態度。


いずれも強烈な印象を残している。でも、それらよりも更に強い印象をわたしに与えてくれたのは、これまで一度も褒めて下さらなかった閣下が、今日の指導では何度も褒めて下さったことだ。


「あなたという素晴らしい才能を目の当たりにして、年甲斐もなく興奮していた」

「あなたは、これまでの私の無茶振りにも音を上げることなくついてきてくれた」

「エイミー嬢の謙虚さと真摯さは、尊敬に値するな」

「私の孫にも、あなたの爪の垢をダイレクトに飲ませたいくらいだよ」

「エイミー嬢の気概を、あれにも持ってほしいものだ」


そしてわたしが死んでも絶対に消えないであろう、一番印象に残っているもの。それは、今日の別れの時に微笑みながら仰った短い言葉だ。


「エイミー嬢もまだまだだな。私もまだまだだ。まだまだ同士、頑張ろう」


閣下は、おそらくもうわたしを指導することは難しいと思って、「これまでのエイミー嬢の頑張り (わたしの主観では悪戦苦闘) を高く評価しているよ」と伝えようとして下さり、「でもまだ足りないから頑張りなさい」とも励まそうとして下さったのだろう。


閣下ほどのヒーラーにそこまで高く評価して頂けたのは本当に光栄だし、励まして頂いたのも本当に嬉しい。…でも、でも!


褒めて頂かなくたってよかった!

励まして下さらなくたってよかった!

もっと、いろいろなことを教えて頂きたかった!

えぐすぎる無茶振りを、もっともっとして頂きたかった!!


もっともっと、長生きして頂きたかった!!!


とうとう我慢が決壊し、わたしは赤ん坊みたいに大声を上げて泣き出した。


「うっうわあああああぁぁぁぁん!!ああああああぁぁぁぁっ!!」


馬車の御者さんが鼻を啜り、目に光るものを浮かべたことに気づくこともできず、わたしは貴族令嬢にあるまじき、聞き苦しく泣き喚く声を上げ続けていた。


◇◆◇


ブレイエス男爵邸に着いたわたしを見たお母さんとお父様は、何も詳しいことを聞かずに優しい挨拶をかけてくれた。


「エイミー、お帰りなさい。お疲れ様」「お帰り、エイミー。お疲れ様だったな」


ひょっとしたら、詳しい事情を知っているヨハネスさんに事情を聴かされたのかもしれない。だが、敢えて何も言わない無言の心遣いはその時のわたしにとって、本当にありがたかった。


「エイミー、ヨハネスさんからの伝言だ。『事情はレオンハルト・フォン・バインツ閣下からお聞き致しやした。3日間ほどご心身をお休めなさって、万全の状態でギルドにお越し下さい』とのことだ。せっかくのご厚意、素直にお受けしなさい」


「…はい。…お父様、『ご厚意に甘えさせて頂きます。ありがとうございます』と、ヨハネスさんにお伝え下さい」


真っ赤に充血した目を懸命にお父様の視線から隠し、わたしはそう答えた。


その日の夜、わたしは寝付くこともできずにひたすら泣き続けた。


◇◆◇


その2週間後、冒険者ギルドでケガ人の治癒に励んでいたわたしに、ヨハネスさんが声をかけた。


「エイミー様、ちょっとお付き合い頂きたいんでさ。よござんすかい?」


わたしは、失礼千万にもそれに顔を向けずに答えた。少し厄介な治癒だったのだ。


「ごめんなさい、ちょっとこの人を治癒させて下さい」

「構いやせん、急がねぇのでそいつをしっかり治してやって下さい」


わたしの治療を受けていた人が、ヨハネスさんにちゃちゃを入れた。


「ギルド長、エイミー様をナンパしちゃいけませんや。ブレイエス男爵様に手袋を投げつけられますぜ」「おめぇと一緒にするんじゃねぇ!」


ヨハネスさんの拳固が、その人の頭に落ちた。


◇◆◇


その1時間ほど後、治療を終えたわたしとヨハネスさんは馬車に同乗していた。


「ヨハネスさん、どこに行くんですか?」


ヨハネスさんは行き場所をわたしに教えてくれず、代わりに別なことを言った。


「エイミー様、今からあっしらが行くところは、相応の覚悟が必要な場所でごぜぇやす。お気を確かにお持ち下さい」


それを聞いたわたしの顔が引き攣った。


◇◆◇


やがて、ヨハネスさんとわたしを乗せた馬車は貴族街の中心部にある、貴族街の中でも一際目立つ立派な、だがどこか無骨な偉容を持つ建物に到着した。


王立魔法病院。セントラーレン王国における、魔法による傷病治癒の総本山だ。


見舞いの受付を済ませると、ヨハネスさんとわたしは最上階の特別室に向かった。


ヨハネスさんが特別室のドアをノックすると、「誰かね」と聞き覚えのある、優れた知性を感じさせる声が聞こえた。


だが、その声は2週間前に聞いたよりも遥かに弱々しい。途端に、わたしはその声の持ち主である方がどれほど衰弱なさったかを察知し、溢れ出てくる涙を止めることができなかった。


嗚咽が漏れ出るのを、口を押えて懸命にこらえる。その横で、ヨハネスさんが部屋の中に声をかけた。


「閣下、お休みのところ失礼致しやす。ヨハネスでごぜぇやす。エイミー・フォン・ブレイエス様をお連れ致しやした」


◇◆◇


2週間ぶりにお会いしたレオンハルト・フォン・バインツ閣下は、一目ではっきりと判るくらいに衰弱しておられた。ベッドに力なく横たわる体はガリガリに痩せ細り、頬はげっつりと痩せこけ、顔に血の気はない。だが、知性の光は目にも弱々しい声にも健在であった。


「2週間前にエイミー嬢と別れてから、病状が急に悪化してね。この病院に入院したのだよ。体を立ち上げることもできない有様でね、申し訳ないがこのまま失礼させて頂くよ」


涙を止めることも、拭くこともできない。掠れ、嗚咽に詰まった声で、「…閣下…」というのが精一杯だ。


「エイミー嬢、ありがとう」


閣下はわたしに礼を仰って下さった。どうして?


「あなたは私の終焉にあたり、悲しみ涙を流してくれる。つまり、それだけ私を慕ってくれているということだ。そして、あなたはかつて私が指導した者たちの中でも五指に入るほどの優秀な弟子だ。ことに、素養については最高かもしれない。これほどの弟子に、会って間もないのにこれほど慕ってもらえるというのは、師匠冥利に尽きる」


だから礼を言ったのだ、その閣下のお言葉に、わたしの瞳から更に涙が溢れ出た。


「エイミー嬢よ、泣いてくれるのは嬉しい。だが、泣いてばかりではいけない。さらに、ヒーラーとしての高みの至りを目指して精進してくれたまえ」


「ひ…ぐっ、かっ、か…えぐ、っ…ありがとう…う、ぎっ…ございま…した…これ、からも…頑張り…ます…ッ…!」


嗚咽に邪魔されて、この程度のことしか言えない。

もっとお礼を言いたいのに。

もっと感謝の言葉をお伝えしたいのに!


「ああ、そうだ。エイミー嬢、私の蔵書を受け取ってくれたまえ」


閣下は思い出したように、そう仰った。


「私は、70年近いヒーラーとしての人生で、多くの本を読み、また多くの本を書いてきた。それを、あなたに託したいのだよ」

「ひぐっ…ありがとう…ございます…頂きます…!」


ようやっと嗚咽が収まったのに、その程度しか言えない。わたしって、こんなに口下手だっただろうか?


「ヨハネス卿…いや、ヨハン。私の蔵書は冒険者ギルドに届けさせる。エイミー嬢に、確かにお渡ししてくれ」

「閣下、承知致しやした。閣下のご蔵書、確かにエイミー様にお渡し致しやす」


閣下は、弱々しい笑みを浮かべられた。


「最後のときくらい、昔のように呼んでくれよ」


ヨハネスさんは鼻を啜り上げ、急に閣下に乱暴な言葉を向けた。


「おめぇはいつもそう言ってやがったな…判ったぜ、レオン」


この2人は、きっと特別な関係なのだろう。だったら、わたしは席を外すべきだ。


わたしは2人に少し席を外すことを伝えた。2人の邪魔をしたくなかったし、わたしも1人で泣きたかった。


「ありがとう。エイミー嬢、何なら食堂でケーキでも食べて来てくれたまえ。レオンハルト・フォン・バインツのツケだと言えば通る」

「じゃあ俺も、おめぇのツケで食堂で酒でもゴチになるかな」

「君は変わらんな…病院に酒なぞあるわけないだろう」


軽口を叩き合う二人を特別室に残し、わたしは廊下に出た。途端に、「…ぐっ…」と胸が詰まる。ダメだ、まだ泣くな、まだ泣き声を上げるな!閣下を不安なお心持ちにさせるな!!


ようやく食堂に着いたとき、わたしは自分自身に決壊を許した。


「わあああああああぁぁぁぁっ!!あああああぁぁぁぁっ!!」

あざとすぎたかもしれませんが、『泣かせ』に挑戦してみました。

(´;ω;`)ブワッってなって頂けたら、応援を宜しくお願い致します。


また、ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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